魔女のおやつ 〜もふもふな異世界で恋をしてお菓子を作る〜

石丸める

文字の大きさ
95 / 110
第三章 幽閉塔の姫君編

12 婚約者の怒り

しおりを挟む
 リコは激しく息を吐きながら、転がるように森を駆け抜ける。
 しばらく自分の息と藪を漕ぐ音しか聞こえなかったが、やがて後ろから、猛然と何かが迫る足音が聞こえてきた。
 銀狐がユーリと共に、リコを追いかけていた。

「リング!」

 ユーリの声と共に、リコの真横を氷の輪が翳める。

「きゃあ!」
「エリーナ! 怪我をする前に止まるんだ!」

 ユーリの言葉を無視して、リコは走り続けた。
 穏やかで優しい顔に見えるユーリだが、リコにはもう、信用のおけない人物となっていた。差別的で強引で、乱暴な面を見てしまっては、恐怖の対象にしかならなかった。

 ザッと藪を飛び出すと、そこは町の手前にある、開けた野原だった。そのまま町へ向かって走ろうとしたその時。

「リング!」

 リコは氷の輪に捕まって、勢いよく転んでいた。
 ザシャア! と音がして、おでこからモロに地面に突っ込んでいた。
 ユーリはその姿に、溜息を吐いた。

「はぁ。みっともないな……記憶と一緒に知性まで無くしたのか? エリーナ」

 苛立ちを隠さずに、近づいて来た。
 リコはまた両腕が拘束されて、自力で立ち上がることができない。
 ユーリが銀狐から降りて、リコを抱き上げようと肩に手を掛けたので、リコは振り返りざまにユーリの手を噛んだ。

「痛っ!」

 ユーリは信じられない、という顔でリコを見下ろしている。

「ち、知性が無くて悪かったわね! 私はエリーナじゃないんだから、当たり前でしょ!? あ、あなたなんか、紳士じゃないし、私の好きなレオ君は、もっと紳士で、強いんだから!」

 涙目で一気にまくしたてるリコに、ユーリはピリッと空気を冷たくさせた。

「レオって……誰? エリーナ。もしかして、男がいるのか?」
「そうだよ。好きな人がいるの! だからあなたなんか……」

 言葉の途中で、ユーリはリコの襟首を掴んでいた。

「記憶喪失とか言って、男を作ってるじゃないか!」

 その剣幕に、リコは恐怖で目を硬く瞑った。
 と同時に、町の方向から、覚えのある声が聞こえた。

「はい、そこまで」

 リコとユーリが同時に振り返ると、離れた距離に、白い毛長の犬……オスカールが佇んでいた。見た事がないくらい、ハッ、ハッ、と息を吐いている。
 そしてオスカールの上には、派手なスーツを着たアレキサンダーが、金色の銃を構えていた。

 リコとユーリはどちらもギクッと肩を揺らして、固まった。
 情報が多すぎて、飲み込めない。

「そこの坊や。立ち上がって、後ろに下がるんだ」

 銃口がピタリとユーリに定まっていて、ユーリは息を飲む。

「き、汚いぞ。銃なんか……」
「君、能力者でしょ? 素手でやり合う馬鹿はいないよ」

 アレキはカチャリと銃を持ち直し、照準に集中する。

「銃と君の力。どちらが早く撃てるか、試すかい?」

 ユーリはそっと両手を上げて、歯軋りをして後ろに下がった。

「そうそう。賢明だよ」

 アレキは距離を保ちながら、近づいてくる。
 リコの頭上で「ウー」と小さな唸り声が聞こえた。それは銀狐ではなく、顔が見えないほど毛が長い、オスカールの声だと気づいた。白い毛で隠れているが、鋭い歯を剥き出しているのを、リコは間近で見てしまった。

 銀狐は竦むようにオスカールを凝視して、ユーリと同じように2歩、3歩と下がった。アレキはユーリを狙ったまま、銀狐に声をかける。

「よ~しよし、君にはわかるよね? オスカールは軍用犬だ。とっても怖い犬だよ~」

 宥める声が余計に不気味で、銀狐はユーリよりも早く後退した。
 ユーリは悔しさから、口を開く。

「お前は……誰なんだ。レオなのか?」
「俺はレオ君じゃないよ。三人娘の保護者だ。君さ、ミーシャを泣かしたでしょ? 俺の可愛い娘たちをいじめたら、許さないよ?」

 アレキの目は冷静を通り越して冷酷に見えて、ユーリは顔が強張る。足早に後退すると、銀狐に飛び乗って、森の方向へ逃げて行った。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

五年後、元夫の後悔が遅すぎる。~娘が「パパ」と呼びそうで困ってます~

放浪人
恋愛
「君との婚姻は無効だ。実家へ帰るがいい」 大聖堂の冷たい石畳の上で、辺境伯ロルフから突然「婚姻は最初から無かった」と宣告された子爵家次女のエリシア。実家にも見放され、身重の体で王都の旧市街へ追放された彼女は、絶望のどん底で愛娘クララを出産する。 生き抜くために針と糸を握ったエリシアは、持ち前の技術で不思議な力を持つ「祝布(しゅくふ)」を織り上げる職人として立ち上がる。施しではなく「仕事」として正当な対価を払い、決して土足で踏み込んでこない救恤院の監督官リュシアンの温かい優しさに触れエリシアは少しずつ人間らしい心と笑顔を取り戻していった。 しかし五年後。辺境を襲った疫病を救うための緊急要請を通じ、エリシアは冷酷だった元夫ロルフと再会してしまう。しかも隣にいる娘の青い瞳は彼と瓜二つだった。 「すまない。私は父としての責任を果たす」 かつての合理主義の塊だった元夫は、自らの過ちを深く悔い、家の権益を捨ててでも母子を守る「強固な盾」になろうとする。娘のクララもまた、危機から救ってくれた彼を「パパ」と呼び始めてしまい……。 だが、どんなに後悔されても、どんなに身を挺して守られても、一度完全に壊された関係が元に戻ることは絶対にない。エリシアが真の伴侶として選ぶのは、凍えた心を溶かし、温かい日常を共に歩んでくれたリュシアンただ一人だった。 これは、全てを奪われた一人の女性が母として力強く成長し誰にも脅かされることのない「本物の家族」と「静かで確かな幸福」を自分の手で選び取るまでの物語。

完結 辺境伯様に嫁いで半年、完全に忘れられているようです   

ヴァンドール
恋愛
実家でも忘れられた存在で 嫁いだ辺境伯様にも離れに追いやられ、それすら 忘れ去られて早、半年が過ぎました。

異世界に落ちて、溺愛されました。

恋愛
満月の月明かりの中、自宅への帰り道に、穴に落ちた私。 落ちた先は異世界。そこで、私を番と話す人に溺愛されました。

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

【完結済】隣国でひっそりと子育てしている私のことを、執着心むき出しの初恋が追いかけてきます

鳴宮野々花@書籍4作品発売中
恋愛
 一夜の過ちだなんて思いたくない。私にとって彼とのあの夜は、人生で唯一の、最良の思い出なのだから。彼のおかげで、この子に会えた────  私、この子と生きていきますっ!!  シアーズ男爵家の末娘ティナレインは、男爵が隣国出身のメイドに手をつけてできた娘だった。ティナレインは隣国の一部の者が持つ魔力(治癒術)を微力ながら持っており、そのため男爵夫人に一層疎まれ、男爵家後継ぎの兄と、世渡り上手で気の強い姉の下で、影薄く過ごしていた。  幼いティナレインは、優しい侯爵家の子息セシルと親しくなっていくが、息子がティナレインに入れ込みすぎていることを嫌う侯爵夫人は、シアーズ男爵夫人に苦言を呈す。侯爵夫人の機嫌を損ねることが怖い義母から強く叱られ、ティナレインはセシルとの接触を禁止されてしまう。  時を経て、貴族学園で再会する二人。忘れられなかったティナへの想いが燃え上がるセシルは猛アタックするが、ティナは自分の想いを封じ込めるように、セシルを避ける。  やがてティナレインは、とある商会の成金経営者と婚約させられることとなり、学園を中退。想い合いながらも会うことすら叶わなくなった二人だが、ある夜偶然の再会を果たす。  それから数ヶ月。結婚を目前に控えたティナレインは、隣国へと逃げる決意をした。自分のお腹に宿っていることに気付いた、大切な我が子を守るために。  けれど、名を偽り可愛い我が子の子育てをしながら懸命に生きていたティナレインと、彼女を諦めきれないセシルは、ある日運命的な再会を果たし────  生まれ育った屋敷で冷遇され続けた挙げ句、最低な成金ジジイと結婚させられそうになったヒロインが、我が子を守るために全てを捨てて新しい人生を切り拓いていこうと奮闘する物語です。 ※いつもの完全オリジナルファンタジー世界の物語です。全てがファンタジーです。 ※この作品は小説家になろう、カクヨムにも投稿しています。

辺境伯夫人は領地を紡ぐ

やまだごんた
恋愛
王命によりヴァルデン辺境伯に嫁ぐことになった、前ベルンシュタイン公爵令嬢のマルグリット。 しかし、彼女を待っていたのは60年にも及ぶ戦争で荒廃し、冬を越す薪すら足りない現実だった。 物資も人手も足りない中、マルグリットは領地の立て直しに乗り出す。 戦しか知らなかったと自省する夫と向き合いながら、少しずつ築かれていく夫婦の距離。 これは、1人の女性が領地を紡ぎ、夫と共に未来を作る「内政×溺愛」の物語です。 全50話の予定です ※表紙はイメージです ※アルファポリス先行公開(なろうにも転載予定です)

契約結婚の相手が優しすぎて困ります

みみぢあん
恋愛
ペルサル伯爵の婚外子リアンナは、学園に通い淑女の教育を受けているが、帰宅すれば使用人のような生活をおくっていた。 学園の卒業が近くなったある日、リアンナは父親と変わらない年齢の男爵との婚約が決まる。 そんなリアンナにフラッドリー公爵家の後継者アルベールと契約結婚をしないかと持ちかけられた。

キズモノ転生令嬢は趣味を活かして幸せともふもふを手に入れる

藤 ゆみ子
恋愛
セレーナ・カーソンは前世、心臓が弱く手術と入退院を繰り返していた。 将来は好きな人と結婚して幸せな家庭を築きたい。そんな夢を持っていたが、胸元に大きな手術痕のある自分には無理だと諦めていた。 入院中、暇潰しのために始めた刺繍が唯一の楽しみだったが、その後十八歳で亡くなってしまう。 セレーナが八歳で前世の記憶を思い出したのは、前世と同じように胸元に大きな傷ができたときだった。 家族から虐げられ、キズモノになり、全てを諦めかけていたが、十八歳を過ぎた時家を出ることを決意する。 得意な裁縫を活かし、仕事をみつけるが、そこは秘密を抱えたもふもふたちの住みかだった。

処理中です...