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3章 希う大学生編
クソ寒いよね
しおりを挟む寒さが厳しさを増す中、クリスマス会という名の顔合わせが行われている。新居のお披露目会も兼ねて、屋上でバーベキューをしているのだ。
僕は、重ね着に重ね着を重ねて、達磨の様にまん丸になっている。父さんに、過保護にされすぎだと呆れられた。
今夜は、ホワイトクリスマスが予想されているほどクソ寒い。寒がりなりっくんと八千代は、室内で鍋でもすればいいと猛反対していた。が、それも一転する。
僕の両親を誘いに行った時、啓吾が『流石にもうガッツリ寒いし、バーベキューはしんどいっすか?』と聞いた。けれど、母さんが『大丈夫よ。クリスマスにバーベキューなんて初めてだからワクワクしちゃうわ~』なんて言ったものだから、途端にやる気を出して準備を始めたのだ。本当に単純なんだから。
お披露目も兼ねているので、家中を一通り案内した。僕とりっくんの両親は、まるで別世界にでも来たかのような顔で見て回っていた。
母さんが『リゾートホテルみたいねぇ』なんて言うのが予想通りすぎて、おかしくなって笑うと怒られた。
啓吾のお母さんは来ていない。何度か背中を押してはみたが、啓吾はとうとう声を掛けなかった。もう、連絡も取っていないんだそうだ。啓吾がそう決めたのだから、僕たちはもう何も言わない。
僕としては、来てほしい気持ちがあった。けれど、これは啓吾なりの線引きなのだろう。そう思うと、余計な事は言えなかった。
啓吾は特に、僕の母さんと八千代のお母さんに懐いている。今日だって、気がつくとどちらかと喋っているのだ。それを見ると、安心感と共にどこか切なさを感じる。
強がりだとか寂しいだとか、そういうのではないと分かっているのだが、無意識に母親を求めているのかもしれないと勘繰ってしまう。そんなつもりはなくとも、啓吾からすれば覚悟を侮辱されていると思うかもしれない。
だから、決して言葉にはしない。が、きっと母さんと琴華さんも、啓吾のそういう繊細さ感じているのだろう。
因みに、今日は千鶴さんも不参加だ。八千代が千鶴さんだけ招待しなかったらしく、建前上は病欠扱いになっていた。
今朝、珈琲を啜りながら真顔で呟いた八千代の『アイツァ不知の病に罹ってっから一生呼ばねぇ』で、啓吾とりっくんが『ざまぁ~』と爆笑していた。あの一件を根に持っているのだろう。
挙げ句の果てには、桜華さんの仕打ちだ。家の地下に鎖で繋ぎ、杉村さんを監視に置いてきたと言っていた。
いくらなんでも、扱いが酷すぎやしないだろうか。けれど、八千代は“グッジョブ”とでも言いたげに、親指を立てて讃えていた。
会はお昼前から始まったのだが、早々にそれぞれの家族の紹介を済ませ、あとは各々で交流している。初めこそ緊張感が漂っていたものの、バーベキューを始めたらまぁ和気藹々としたものだ。
美味しい物を食べると、人間って温和になれるんだろうな。なにせ、凜人さんが準備を手伝ってくれたのだから、箸休めまで絶品揃いなのだ。
けれど、調子に乗って食べすぎるのは危険なのである。
何を隠そう昨日、八千代の誕生日ではっちゃけていた僕たちは、ほぼ徹夜でこの大切な日を迎えているのだ。日付が変わる前には寝ようねって言ったのに、僕の手作りケーキで興奮した八千代が朝まで離してくれなかった。
そんなこんなで、お腹いっぱいになったら寝てしまいそうな僕。皆、顔合わせなんてどうでも良さげに、僕が寝てしまわないよう構ってくる。まぁ、実際皆が気にしてるのは、僕の両親からの印象だけなのだろうけど。
僕は、皆の家族にカッコ悪い所を見られないように必死なんだぞ。
「桃ちゃん、寒くない? ちょっと重いけど、すげぇ温かい上着あるよ」
「大丈夫よ、ありがとう。うふふ、寒空の下でするバーベキューも、なかなか乙なものね」
啓吾が母さんを気遣ってくれて、母さんはのほほんとそれに返す。
「でしょ? でも風邪ひかないように、あったかいの飲んでね」
そう言って、啓吾は母さんにスープを手渡した。
「啓吾くんは気配り上手だね。結人にも見習ってほしいよ。あの子はどうにも甘え癖があるからね」
父さんが、スープを受け取りながらしみじみと言う。否定できないから、僕は黙るしかなかった。
「んな事ないっすよ。結人はいつも自分より俺らの事ばっか考えてて、すーっげぇ頑張ってくれてます。不器用だからめっちゃカラ回ってるけど。そこも可愛いっす」
「もう、啓吾! 恥ずかしいから言わないでよぉ!」
「あっはは、ごめんごめん。だって、結人が頑張ってる事ちゃんと知ってほしくてさ」
「ならカラ回ってる事まで言わなくていいでしょ! もう、結局役に立ってないのバレちゃうじゃない····」
「役に立ってないと思ってんの? そんなわけないでしょ」
りっくんが、背後から来て言った。ちょっと怒っているみたいだ。
「ゆいぴは存在してるだけで癒してくれてるんだからね」
本物のおバカだ。親の前で言う事じゃない。けど、今更すぎて誰も突っ込まないんだよね。ただ、僕の顔が熱くなるだけだ。
大人は皆、お酒が回って浮かれ気分。かと思いきや、僕の親は、朔と八千代のご両親に凄くヘコヘコ挨拶していた。家の事や家具の事、父さんのヘッドハンティングの事、もちろん僕たちの事も。何においても頭が上がらないのだろう。
八千代のご両親は、色々な事情を踏まえて、これまたヘコヘコしていた。だけど、話しているうちに打ち解けたようで、今度親だけで食事をしようなんて話も聞こえた。
りっくんのご両親は相変わらずで、母さんは久しぶりに会うおじさんに圧倒されていた。りっくんとおばさんが、おじさんをコテンパンに言い負かして黙らせてしまったのは、少し気の毒に思えた。
それぞれの親のやり取りを見ているのは、ハラハラするけど面白くもある。なにより皆、仲良くしてくれて一安心だ。
ベンチに座りホッとひと息つく。寝ちゃうからダメってってるのに、八千代がどんどんお肉を盛ってきて、否応なしにあーんされている。と、桜華さんが隣に座った。
「ホント仲良しねぇ。寂しいからアタシもまぜてね」
宣言通りに持ってきてくれた、大量の贈り物についての説明をダダッと走り抜け、シャンパンを一気に飲み干す桜華さん。随分ご機嫌らしい。
「この間は嫌な思いさせちゃったわよね。ごめんなさいね。八千代には内々に処理しろって言ってたんだけど、ぜーんぜん話聞かなくってぇ」
「脱線ばっかして話長ぇから聞くんだりぃんだよ」
「またそんなこと言って。その所為で結人くんにあんな思いさせたのよ? 反省なさい」
「····しとるわ」
「あはは。八千代は誠実なんで大丈夫です」
「誠実····ねぇ。まぁ、八千代は一途だけが強みだものね」
「ンだとこら──ってぇ」
桜華さんの長く煌びやかな爪が、八千代の額に刺さった。僕を挟んで喧嘩するの、やめてほしいんだけどな。
「ま、揉めてないんならいいわ。それより、あんな状況だったからゆっくりお話できなくて残念だったのよね。でぇ··♡ 新居はどう? もう慣れたかしら。何か嬉しい事とかあった? お姉さんにお話聞かせて♡」
「あっ、はい! えっと、生活自体は慣れました。嬉しい事····、あっ! 八千代の匂いが──」
嬉しい事と言えば、八千代の髪の匂いが付き合い始めた頃に戻ったのだ。僕が八千代の家でお風呂に入るようになってから、バレないようにとシャンプーを僕の家と同じ物に合わせてくれていた。
啓吾は自分のお気に入りを使っていたので変わらなかったが、八千代は拘りがないからと僕と同じのを使っていたのだ。それが、やはり匂いが好きだからと引越しを機に戻した。
ふわっと香る海藻っぽい匂いが、付き合い始めた頃を思い出させて懐かしくなったのだ。
「やぁ~ん♡ 惚気られちゃった~」
「バカ正直に答えんでいいわ。つかお前それ、親居んのに言っていいんか」
呆れて言う八千代。ハッとして周囲を確認する。幸い、僕の親は八千代のご両親と話していて、こちらの話は聞こえていないようだ。
(危なかったぁ。流石に親に聞かれるのはちょっと恥ずかしいもんね。気をつけなきゃ····)
「なぁに~? 楽しそうじゃないの~」
酔った満さんが、朔を引っ張ってやって来た。
(お姉さんって、強いんだなぁ····)
僕は、桜華さんと満さんに絡まれ、近況報告という名の惚気を聞いてもらう。朔と八千代は、赤く染めた顔を逸らしたまま、最後まで無言を通していた。
そして、満さんが朔の演奏を聴きたいとゴネだしたので、急遽演奏会が開かれることになった。
部屋に行くと、桜華さんがお土産の中からあるものを引っ張り出してきた。年季の入ったサックスだ。一緒に演奏してくれるのかな。
と、思ったら八千代の物だった。
「チッ······ぁんで持ってきてんだよ」
「忘れてたみたいだから持ってきてあげたんでしょうが」
「置いてきたんだわ····あー··くそ、見てみろ。目ぇキラッキラしてんじゃねぇかよ」
僕を見て、うんざりした顔で天井を仰ぐ八千代。だって、仕方ないじゃないか。桜華さんに『ありがとう』と叫んで飛びつきたいくらいだ。
サックスを吹けるなんて、聞いたこともなかった。八千代が楽器を持つ所すら始めて見たんだ。ワクワクしないわけがない。
「楽器できるの凄いね! なんで教えてくれなかったの?」
「聴かせるほどもんじゃねぇからな」
「むぅ····聴きたい」
「はぁぁぁ······。ほらな、こうなんだよ。だから置いてきたっつぅのに、余計な事しやがって」
桜華さんは全て分かった上で、僕の為に持ってきてくれたらしい。カッコイイ笑顔で親指を立てる桜華さんに、僕は満面の笑みで親指を立てて返した。
特大の溜め息を放ち、諦めた八千代はサックスを奪い取って朔の元へ向かう。
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