聖女の兄は傭兵王の腕の中。

織緒こん

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聖女の棲家と間違われた乙女たち。

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 夜中に官吏に叩き起こされた様子の人々に、朝ごはんを食べさせた。小さな子は睡眠不足でうとうとし始めたので、急いで部屋を用意してもらう。離れ離れになったら不安に思うだろうから、全員一緒に大部屋に入れることにした。

 治癒士のサイもとっくに起き出していて、全員の体調をすかさずチェックしていたのはさすがだ。

 子どもたちの中では年長の、それでもミヤビンよりちょっと大きいだけの少年少女は、お年寄りの傍にいるべきか、小さな子の面倒を見るべきか悩んでいる。キョロキョロと落ち着かない様子だった。

「君たちも眠っておいで。大丈夫。おじいちゃん、おばあちゃんに意地悪なことなんてしないよ。お話が終わったら、すぐにみんなの部屋に連れて行ってもらうからね」
「本当だか?」
「うん、約束するよ」
「本当に本当の約束だら」

 何度も繰り返す少女に固く約束をして小さい子たちを追わせると、その場に残ったお年寄りがテーブルに頭を擦り付けるようにしてお礼を言った。

「ありがてぇことでござぁます。ナンマンダブナンマンダブ」

 な、南無阿弥陀仏?

 突然の日本かぶれ(?)に、場の雰囲気も忘れてずっこけそうになった。お腹に力を入れて椅子から転げ落ちるのを堪える。

 ⋯⋯謎の翻訳チートのせいだな。恐らく土着の祈りの言葉を唱えていると思われる。拝まれているようで居た堪れない。

「顔を上げてください。団長は今、依頼を受けて宿舎を離れています。お昼過ぎには帰ってくる予定ですが⋯⋯すぐに女性を助けに行けるとは限りません。傭兵団が乗り込むほうが、皆さんを危険に晒す可能性もありますから」

 傭兵は基本的に料金を提示すれば、依頼交渉の場に立つ。仲介場だって、まずは報酬を開示する。受けるか受けないかは内容次第だ。

 と言うことは、お金がない流民の依頼を受けるのは不自然なんだ。ぶっちゃけこの傭兵団はカリャンテ大公領の私軍だから、お金が発生しなくても王子様うえから一声号令があればすぐに行動に移すだろう。でもそれじゃあ領主は、傭兵団に不審の目を向けるかもしれない。

 悪いことしている人は基準が自分だから、他人も悪巧みをしていると思って探ってくる。実際、この傭兵団には探られて困る実情もあるんだけれども。

「⋯⋯たぶん、娘っ子たつはすぐにけえってきますわぃ。なぬされた後かは、わがらんけんど」
「それようも、あん子らのおとうやおかあのほうが心配すんぱいだが」

 流民は圧倒的に働き盛りの男性が少ない。サリャさんの夫のように、仕事を探しに行った先で殺されてしまったりする他にも、やっと見つけた危険な仕事で重労働を課せられたり、食料調達のための狩猟で猛獣に襲われたりしてしまうからだ。

 残ったわずかな壮年男性である父親と大人になったばかりの青年、そして娘を奪われた母親たちは彼女たちが詰め込まれた荷馬車を追って行ったそうだ。

 農具さえ持たない彼らは、その身ひとつで。

「やづら、ついこないだまでは、わすらはぎたなくて臭えがらって放っておいだに」

 おじいさんがぽつり言ったのを聞いて、目の前が真っ暗になった。

 サイとふたりで健康には清潔が一番だからって、ギィに離れの浴室を開放してもらったんだ。掃除のついでに足を滑らせて浴槽に落ちる人がいるかもねって、遠回しに入浴を促して。以来、宿舎の掃除は流民の女性たちに大人気で、順番にお風呂に入っていたんだよ。

 食事の量が増えて清潔になれば、年頃の女性はみんな魅力が増すだろう。

「ルン様、卑劣漢が悪いのです。あなたは何も悪くありません」

 シュウさんが俺が座る椅子の傍らに膝をついて、宥めるように囁いた。

「そもそも聖女様を探すのに、娘を全員連れて行く必要はないのです。魔力を感じることのできる者がひとりいれば、簡単な選別はできますからね」

 そうか。俺は魔力を感じることはできないけど、ミヤビンが初めて魔術師のアロンさんの姿を見たとき、何の訓練もしていないのに魔力を感じていたじゃないか。この世界で日常的に魔力に触れている人なら、当然相手の魔力の大きさは量れるだろう。

「大きすぎるとか小さすぎるとか、魔力保持量に特徴がある者だけを連れて行けばいいのですよ」
「大きいはともかく、小さくても?」
「桁違いの魔力持ちは、隠蔽することも可能ですから。アロン様がビン様のために呼び寄せられたのは、その訓練のためですよ」

 ミヤビンの訓練は脇に置いておいて、領主館からやって来た官吏、もしくはそいつが引き連れて来た兵士だったら、何人かは魔力持ちがいるはずだ。つまり若い女性を全員連れて行く必要はなかったってことだ。

 聖女探しに便乗した人攫いが横行しているのを目の当たりにして、腹の底がグラグラと煮え立つような怒りを感じた。これはテレビのニュース⋯⋯液晶画面の向こう側の出来事じゃない。現実に俺の目の前に曝け出された真実だ。

「流民の皆さんの被害は、今回が初めてですか?」
「へぇ」
「でも、町の人々も少なからず被害に遭っているんだよね?」
「いけませんよ、ルン様」

 おじいさんに確認していたら、まだ何も言っていないのにシュウさんに叱られた。口調は柔らかいのに圧がすごい。

「自己犠牲は美徳ではありません。それは最終手段ですが、それを決めるのは殿下を説得してからです」

 だから何も言っていないってぇの。シュウさんは人の心を覗き見る能力でも持っているんだろうか?

「私は読心術は持ち合わせておりませんよ」
「なんで思ってることがわかるの⁈ 読心術、持ってるじゃないか!」
「お表情かおに全部、出ておられます」

 なんだその、ラノベの天然主人公みたいなのは。

「ご不満そうになさっていますが、事実でございます」

 シュウさんが言うならそうなんだろう。ポーカーフェイスが苦手なのは、兄さんミノリンにも散々揶揄からかわれてきたことだ。

「うん、わかった。俺が表に出るときは、ギィにきちんと相談する」

 表に出るって言ったって、せいぜい深く被っているフードを外して黒髪と東洋的な素顔を晒して歩くくらいだ。別に『俺は聖女でございます』なんて自己申告はしない。いらん嘘をつくと後が面倒だし、あっちが思い込むのは勝手にしろっていうスタンスでいくつもりだ。

 お年寄りも子どもたちが待つ大部屋で休んでもらうよう手配すると、昼食の支度のために厨房に篭る。ギィたちが帰ってくるはずだから、流民たちの食事と合わせると結構な量になる。

 ジャガイモをひたすら皮剥きしながら、ふとジャンがいないことに気づいた。最近では下拵えの腕も上がってきて、充分な戦力なのに。

「いつからいないっけ?」

 起き出してから、顔を見た記憶がない。薄情でごめん。首を傾げながらジャンの相棒のヤンに訊ねると、流民が駆け込んできたと同時に、ギィの元に伝令に出かけたらしい。

「伝令って、馬の早駆けで行くんだよね?」
「護衛なので獣道や陰道を使わずに、街道を使って戻ってきているはずです。ジャンならすぐに殿下と会えるでしょう」

 出かける前に、依頼主の速度に合わせるからゆっくりしか進めないって愚痴ってたな。

「ジャンは馬力も脚力もある体力お化けを選んで乗って行きました。あの馬なら僅かな休憩で、すぐに引き返せます」

 ヤンの言葉に、俺のお腹の奥からぽかぽかした感情が湧き上がってきた。ギィはジャンが乗って行った馬に乗って帰ってくるってことだ。なんてこったい。別に一日早く帰ってくるとかじゃない。ほんの数時間、帰宅が早くなるだけだ。それも俺に会うためにじゃないんだからな。それなのに、ギィに会えることがとても嬉しい。

「ねぇ、シュウさん。玄関までちょっと様子を見に行っていい?」

 俺が歩き回ると、シュウさんとヤンまで道連れだから、一応聞いてみる。だけど三人で玄関に行くと、昼食の支度をする人手が足りなくなるんだよな。宿舎の中くらい、ひとりで歩いてもいいと思うんだけど、かしずかれるのに慣れるためなんだって。こういうのは身体に覚えさせておかないと、いざというときひとりでどこかに走って行っちゃうからって。

「それか、玄関でジャガイモの皮剥きする?」

 これなら時間の無駄にはならないよね。

「そんな暇はないと思いますよ」

 シュウさんがクスクス笑った。やっぱりダメか。真面目に賄い夫をするしかないようだ。

 と思ったら。

「ルン! ルン‼︎」

 大きな声で俺の名を連呼しながら、王子様が厨房に乗り込んできたのだった。

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