聖女の兄は傭兵王の腕の中。

織緒こん

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笑顔とふかし芋とその真逆の出来事。

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 流民たちの代表はザレスさんという。宿舎に最初にやってきた、七歳のススと五歳のブチの祖父だ。ススとブチ、日本人の俺からすると微妙な名前だ。愛称なら問題ないか。そう言えば俺の同級生も家が酪農をしていてホルスタインを飼っているって理由で、ブチって渾名だったな。本名めちゃくちゃ格好よかったのに。

 それはさておき、ススとブチは七歳と五歳より小さく見える。日本人オレ基準で小さいと思うんだから、こちらの世界の標準よりうんと小さいってことだ。三人を勝手口から招き入れて、子どもたちにおやつがわりのふかし芋を渡す。ススはそれを大事そうに懐中ふところに入れようとするから、食べるように促した。

「母ちゃんにやるんだ」
「それはススのだよ。ちゃんとお土産はあるからね」
「ほんとうだか?」

 ススがフニャッと笑うと抜けた歯が見えて、愛嬌のある顔がますますキュートに見える。乳歯が抜けたばかりのようだ。

「スリャの寝床も団長様に布団をわけてもらったで、ぬくうしておりますわい。ありがてぇこってす」
「こってすぅ」

 スリャさんはザレスさんの娘でススとブチのお母さんだ。俺は会わせてもらえなかったけれど、治癒士のサイが二日おきに様子を見に行っている。父親になったばかりの彼は、妊産婦と生まれてくる赤ちゃんが路頭に迷うのは、他人事じゃないんだろう。俺の頼みとサイの熱意で、ギィも支援に賛同してくれた。

 布団も宿舎に長いこと放置されていた古いものだったけど、より必要としている者から順番に分け与えた。大っぴらにすると問題になるから、こっそりね。

 今日は頼むことはなかったから、わざわざきてくれたことにお礼を言って帰ってもらう。子どもたちはふかし芋を大事に抱えていった。ザレスさんが重いから持つと言ったのに、自分たちでお母さんに渡すと言って聞かない姿は、とても可愛らしい。

 三人の後ろ姿を見送りながら、やるせない気持ちが湧いてくる。

「ここの領主は宰相派?」
「そう聞いています」

 シュウさんが頷いた。

「我々は流民と呼ぶ彼らですが、この領の民はケダモノと呼んで蔑んでいるようです」

 ザレスさんに聞いた。スリャさんの旦那さんは身重の妻のために食べ物を買うためのお金を稼ぎに街に行って、ケダモノは汚いと石をぶつけられて亡くなったそうだ。打撲痕だらけで帰ってきて、二日後だって。後頭部から血を流していたそうだから、当たりどころが悪かったのだろうな。

 現在伏せっている王様は、そう言った差別をなくそうと精力的に活動していたそうだ。宰相は差別容認派なんだって。

 民は自分達より貧しく人間の尊厳を踏み躙られた存在がいることで、自己肯定感を高めて上位の存在に不満を持たないようにさせているらしい。ほらあれだ。『俺たちはあいつらよりマシだから、現状維持でいいや』ってヤツ。正義とか悪とかで括れない、もっと根深い何かだ。

 もっとも、スリャさんの旦那さんへの仕打ちは、完全に殺人事件だと思うけど。きっと捜査もされていないんだろう。ギィが宰相と相容れないのはそういうところだ。奴はいずれ手に入れるつもりの国を荒らしたいわけじゃないけれど、民の幸せを願っているわけでもない。

 鬱々した気持ちで厨房に戻って唐揚げを作る。さっきまでの楽しい気持ちがどこかにいってしまった。昔はともかく、今の日本はつくづく平和な国だったんだな。俺の育った町は田舎特有の煩わしさはさておき、仕事を求めてきた人の命を奪うようなことは絶対にしない。万が一、億が一あったとしても、警察が許さないしワイドショーだって卑劣な行いだと騒ぎ立てるだろう。

「ルン様は聖女様の兄君でいらっしゃるというだけでなく、ご本人の資質が慈悲深くておられる。我らが王子は良き伴侶をお迎えになられました」

 シュウさんが褒めてくれるのに曖昧な笑みを返す。ため息しか出てこない。慈悲深いんじゃなくて、平和ボケした日本人の感覚だろう。地球世界だって、紛争地帯や独裁政治が横行している国がある。それに平凡な田舎の学生だった俺は、流民たちが置かれている状況は非人道的だと唱えつつ、何の対策も思いつかないんだ。

「夕食の片付けが終わったら、城砦宛ての手紙を書くよ。ギィが明日帰ってきたら、内容を確認してもらってから鷹を飛ばそう」
「かしこまりました」

 まだ重大な何かが起こっているわけじゃないけれど、鷹を馴らさないとならないから、頻繁に手紙のやり取りをしている。鷹は猛禽なだけあってちょっと見怖かったけれど、俺のために若鷹になりかけの雛を用意してくれたので頑張って世話をしている。鷹匠みたいな防具を用意されたうえ、ちょっとでも嘴や爪に引っ掛かれたらすぐにサイが引っ張ってこられるけれども。

 そうして今夜は夜更かしをすることに決めて手紙を書いた。だからベッドに潜り込んだのは結構遅い時間で、ギィがいない寂しさを誤魔化すように丸くなった。ここに来てから充てがわれた部屋は別にあるけれど、彼がいない夜はこの部屋で眠るのが習慣になった。留守宅にお邪魔なんて図々しいが、ギィの許可は得ている。彼が宿舎にいるときはちゃんと自分の部屋で眠っているから、マチガイとやらは起こらない。

 ⋯⋯マチガイなんて起こっていいのに。

 ギィだって、キスはこっちが恥ずかしくなって押し退けるまでしてくるくせに、その先へは進んでくれない。

 理由を聞いたら納得したけど。

『俺は抱くとなったら一晩中どころか一日中だって貪る自信はある。お前がこの世界の男だったら、確実に変態するだろう?』

 異世界人にそれが作用するかわからない。するとしても、変態する覚悟は出来ていたりする。でも変態するってことは、子どもが出来る可能性が出てくるってことだ。無理言って危ない橋を渡ってギィのそばに来た俺が妊娠したら、いざというときに逃げられない。

 チュッチュッと俺の顎や鎖骨にキスをしながら、ギィは俺に言い聞かせた。行動が台詞に伴ってないけどな。

『陛下を奪還したら逃さないから。その前に婚儀をあげような』

 燻る熱を逃しながら、ギィはキスを繰り返した。そんなことを思い出しながら潜り込むギィのベッドは、安心するようなムズムズするような不思議な心地になる場所だ。

 ギィの匂いに包まれてぐっすり眠っていたはずなのに、ふと目が覚めた。宿舎全体がさざめいている気配がする。まだ空が白む程度には早朝のようだ。寝室の扉が控えめにノックされて、シュウさんが音もなく入って来た。

「お目覚めでしたか」
「うん。どうしたの? 階下したが騒がしいみたいだけど」
「⋯⋯流民が助けを求めて来ました。子どもと年寄りを中心に十五人ほどです」
「え?」

 シーツがバサリと音を立てる勢いで跳ね起きる。

「もしかして、ススとブチもいる?」
「はい」
「⋯⋯ふたりのお母さんは?」

 子どもとお年寄りってことは嫌な予感しかしない。ザレスさんとスリャさんはどうしたんだ?

「いえ⋯⋯若い女性はいません。乙女狩りにあったようです」
「はぁ⁈」

 乙女狩りって、スリャさんは妊婦さんだろう? びっくりしすぎて声がひっくり返った。

「幸い年寄りおとなが数人おりますので、ヤンとジャンが状況を確認しています。申し訳ありませんが、訛りがキツすぎて聞き取れないようなので、お出まし願いたいのです」

 シュウさんは限りなく不本意そうだ。俺をお姫様みたいに扱おうとするから、本来なら叩き起こして引っ張り出すなんて真似はしたくないんだろう。それでもTPOはわきまえるのがプロフェッショナルだ。

 シュウさんは俺の部屋から着替えを持って来ていて、素早く着せつけられた。自分でするとか言う隙もない。俺がしたのは枕元に置いてあったロケットペンダントを首に掛けることだけだ。ペンダントヘッドの仕掛けの中には、ミヤビンの髪の毛が隠されている。切ってから数ヶ月経つのに、未だ魔力を帯びているらしい。俺にはさっぱり感じることはできないけどね。

 流民のみんなが通されていたのは食堂だった。学校の会議室みたいな部屋はないからね。子どもたちは隅っこで固まっていて、お年寄り三人と少女がひとり、所在なくテーブルの側に立っていた。少女は腰の曲がったお婆さんを支えている。

「ルンさま!」

 ススが子どもたちの中から飛び出してくる。昨日の昼にはふかし芋を頬張ってニコニコしていたのに、乾いた涙と鼻水でぐちゃぐちゃな顔をしている。

「お爺ちゃんは?」
「じぃじ、母ちゃんをたすけにいった」

 しゃがみ込んでススと視線を合わせると、乾いた涙の跡の上に、新しい涙が溢れた。あとはわんわん泣くばかりで言葉が出てこないのでお年寄りに視線を向けると、彼らは痛ましげに表情かおを歪めた。
やはり話は大人に聞いたほうがよさそうだ。

「座ってください」

 まずは椅子を勧めると、彼らはためらうように顔を見合わせた。

「お疲れでしょう?」
らみたいな、風呂にもへえってねぇもんがそったらことしたら、椅子が汚れてまうが」
「大丈夫ですよ」

 俺が椅子を引くと、シュウさんもそれに倣ってお年寄りに椅子を勧めてくれた。そうしてやっと腰を下ろしてくれたので、向かいに座る。シュウさんが俺の背後に立ったので、お婆さんが立ちあがろうとしたのを目で制して、何があったのか訊ねた。

「へぇ、若い娘っ子はみんな、連れていがれますただ。濃い髪の子はもずろん、薄い色の髪の子も、で色を変えておぅかもせんと」

 って薬かな。本当に言いがかりだな。流民の生活で脱色剤なんか買うお金があったら、食べるものを買うに決まってるじゃないか。

「サリャさんは? もうすぐ赤ちゃんが生まれるのに、聖女な訳ないじゃない?」

 聖女召喚の儀式が成功したころには、もうお腹が大きかったんじゃないかな?

「それが⋯⋯聖女様がこつらに来られたときにゃ、孕んでおられなすったかもしれん、と」

 いやもう、どう突っ込んでいいのかわからない。

 ギィ、早く帰って来て! 俺は頭を抱えることしかできなかった。
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