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旅の道と青い小宇宙。
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傭兵団は馬に乗って颯爽と駆けたりしない。そりゃそうだ。厩に馬、二頭しかいなかったもん。隊列を組んでひたすら歩く。
子どもふたりとこっちの世界じゃ子どもにしか見えない俺は、釜や寸胴鍋といっしょに幌のかかった荷馬車の荷台に突っ込まれた。御者台はダメだって。遠目で見たら黒髪の妙齢の少女に見えるから。
妙齢の少女ってなんだ⋯⋯。
団長のフィーさんも王子様のギィも背中に背嚢や巻いた毛布とか背負ってガンガン歩く。見た目はワンダーフォーゲルだな。ヤンジャンコンビもふたりに比べたらヒョロイのに、やっぱり荷物をしっかり担いでいた。ちなみに治癒士のサイは御者台で手綱を握っている。サイは黒髪だけどガッツリしっかり大人の男なので、聖女と間違われることはない。
借宿の鍵を集落に住む管理人に渡して、村長から報酬を受け取ると、集落の女将さんたちが籠に盛ったパンを大量に荷台に積み込んでくれた。俺は荷台の前寄りに隠れていて、コニー君とミヤビンが幌から顔を見せてお礼を言った。ミヤビンが顔を出すのはちょっと悩んだけど、何度かパンをもらいに行ったから顔を見せないのも不審がられそうだった。
そうしたちょっとしたドキドキを味わいつつ、集落を抜けて森の中の道を進む。一応街道らしく、荷馬車の轍もなんとか通れた。揺れは激しいけど、俺もミヤビンも割と平気だ。田舎の無舗装の山道を軽トラの助手席に乗って移動したもんだ。
「ルン、もう顔を出しても大丈夫だろう。息苦しかったんじゃないか?」
ギィに言われて、コニー君とミヤビンのとなりに這い出す。芋と寸胴鍋の陰で空気が薄かったから、そよぐ風が気持ちいい。
「ルン兄ちゃん」
ミヤビンが早速胡座を組んだ俺の足の間に座った。狭いから折り重なっていたほうが場所の節約だ。コニー君もニコニコしている。ミヤビンの側にいると笑顔になるってギィが言ってた通りだ。初めて会ったときの、こっちの胸が痛くなるような泣き顔は、もう見たくない。
荷台の最後部に三人で座って、隊列の後ろのほうを見渡した。馬車の前後に半分ずつ傭兵を配置していて、先頭はフィー団長が歩いている。副団長のギィは馬車のすぐ後ろを歩いていて、いつもは殿にいるけど今回は俺たちがいるから変則的だって言ってた。
ギィは昼間は基本的に現場に出ていたから、一日中顔を見ているのは不思議な気分だ。明るい外で見るのは何気に初めてだったりする。豪奢な金髪が樹木の隙間から降り注ぐ太陽に照らされて、キラキラと輝いている。⋯⋯眩しい。
「ギィって本当に王子様みたいだ」
「みたいってなんだ」
ごめん、本物だった。
本当は国の情勢とか宰相一派の話が聞きたかったけど、ミヤビンとコニー君がいっしょにいるんじゃ無理だ。代わりに他愛もない話をしてときどき御者台からサイの笑いとツッコミが入るのが楽しい。
昼食は最初の日は女将さんたちにもらったパンを食べて、翌日からは携帯食になった。なんと傭兵たちは歩きながら食べている。
そのかわり夕食はきちんと摂る。まだ充分歩けそうな日の高いうちに野営地を決めて岩や土で簡易の竈門を作って夜に備える。川があったら魚を獲るけど、大抵は誰かが鹿とか猪を狩ってくる。その場で捌いて竈門で調理するんだ。凄いサバイバル。
サイはコニー君を連れて毎日森に潜る。潜るってなんだ。いや本当に鬱蒼と茂る樹々や地面近くの灌木を掻き分けて森に入っていくのが、まさに潜るって感じなんだよ。戻ってきたときには籠いっぱいのキノコやハーブ、ときには山芋みたいなものも採ってくる。傭兵団といっしょなら、無人島に流されても生きていける気がした。
俺はと言えば相変わらずの賄い夫の仕事に邁進する。その日の成果を待つ間に前日の獲物の骨を焼いて煮出してスープを取ったり下準備をしておく。パンとか作れないからスープの仕上げに水で溶いた小麦粉を落として水団にした。猪汁をベースにしたのでボリューム満点だ。
「このパスタは簡単で良いな。スープを吸って味も染みてるし食べ応えもある」
フィー団長が上機嫌で言ったので、心の中でずっこけた。パスタ⋯⋯。よく考えたらニョッキもパスタだし、水で捏ねた小麦粉を茹でるのがパスタの定義なら間違いじゃない。違和感すごいけど。
「おかわりあるよ」
「頼む」
フィー団長と副団長のギィだけは、おかわりを注いであげる。偉そうな態度は取らないけど、偉い人だから。他の傭兵たちは鍋の横に立つ当番に器を渡して注いでもらってた。自分で注ぐと最初の奴が肉だけ取ったりするからだそうだ。
大掛かりなアウトドアレジャーみたいだと思ったのは、最初の三日だけ。傭兵たちはどんどん薄汚れていって、言えないけど微妙な臭いもしてきた。そしてひ弱な現代っ子の俺とミヤビンは、眠って起きても疲れが抜けなくなった。
ずっと荷台に乗ってて、夕方前に地面に下りてストレッチをする。夜は固い荷台の板の上で薄い毛布に包まって眠るんだ。荷馬車で寝るのは子ども組三人で、普通に子どもに換算される自分が情けない。いつもの帰還よりずっとのんびりしたペースって言うのは、歩きながら交わされている傭兵たちの会話からわかる。俺とミヤビンを気遣ってくれてるんだ。
おかわりを注いでギィに渡して、隣に腰を下ろす。焚き火に照らされてぬくぬくしてくると、うつらうつらと船を漕ぎそうになる。ふと見るとミヤビンがフィー団長に抱き抱えられて爆睡していた。そのとなりでコニー君が心配そうに眉尻を下げていた。
フィー団長はコニー君の教育係兼護衛なんだそうだ。団長の小姓みたいな立場にカモフラージュしておけば、ふたりがいつもいっしょにいても変じゃない。そのコニー君がミヤビンと行動を共にすることが多いから、フィー団長も必然的にミヤビンの面倒を見てくれる。
「馬車に乗せてきます」
「僕ももう休むよ」
「見張りは立てるよ」
「では僕が」
ミヤビンを抱いたフィー団長が立ち上がると、コニー君とサイも続いた。傭兵よりも体力のなさそうなサイだけど、俺やミヤビンみたいに疲れを見せたりしない。それは最年少のコニー君もいっしょで、彼らにとってこの移動はいつものことだとわかった。
「俺ももう、馬車で寝ようかな」
馬車は野営地の中央部に停められて、周りをぐるっと簡易テントで囲まれている。俺とミヤビンは 保護対象なので、なるべくいっしょにいたほうが警護しやすいだろうと思って立ち上がる。そしたらギィがいっしょに立ち上がった。どうしたんだろう。
「確かこの辺りだったと思うんだ。夜光石の採掘場跡があるんだ。もう少し頑張れるなら、見せてやりたいんだが」
「やこうせき?」
「夜に光る石だ」
「夜光石か。⋯⋯見たいかも」
でも体力が保つかな。それにミヤビンが後から知ったら怒りそうだ。起こしてくれればよかったのにって。
「ビンは将来、コニーに連れてきてもらえばいいさ」
馬車の方を気にしているとギィが俺の頭をくしゃくしゃとかき回した。
「それに俺とふたりなら、護衛も要らないからな」
「ギィが俺の護衛なら、あんたの護衛は?」
「そんなん、要るか」
王子様なのにほったらかしかよ。傭兵団の副団長だけど。
ギィは夜の闇に浮かぶ真っ黒い木々の影の隙間から星と月の位置を確認して、手元の地図とコンパスを小さなカンテラの灯で照らした。
足元は暗い。月の光が届かないからだ。眠いしだるい。疲れと好奇心を天秤にかけて、やっぱり見たいと思ってほっぺたを手のひらでパチパチと叩いた。あんまり目が覚めた感じがしない。
「帰りは抱っこしてやるから、行きだけ頑張れ。今抱っこすると眠りそうだからな」
ギィが言った。喉の奥でくつくつ笑っている気配がする。子ども扱いは標準装備だな。
それは唐突に現れた。
灌木の枝葉をかき分けた瞬間、黒い森の中に青
光がぼんやりと天に向かって伸びていた。
「隕石孔になってるから気をつけろよ」
後ろから覆い被さるようにして、ギィの太い腕がお腹に回された。命綱の代わりだろう。
「ほわぁ、綺麗⋯⋯」
俺の口から出るのは語彙の貧相な感嘆だ。暗闇の中で全貌は見えないけれど、クレーター状、もしくはすり鉢状に地面が掘られているんだそうだ。森の中でそこだけぽかっと穴が空いているって。これだけ輝いていたらよく見えそうだけど、森の樹々が光を遮っているから傍に近づくまで認識できないらしい。
見下ろす夜光石の採掘場は不揃いなイルミネーションを散りばめられたように、幻想的に輝いている。LEDめいた青い光はちらちらと虹色の光彩を放って、鈴がはじけるような幻聴まで聞こえてくるようだ。光の粒と、多分深いのだろう穴の直径とで、遠近感がおかしくなってフラフラと引き寄せられそうだ。
「凄い⋯⋯ひとりで見てたら、絶対に落ちちゃう」
「気に入ったか?」
「うん」
気に入ったなんて軽い言葉で片付けちゃうダメな美しさだ。ギィに背中から抱きしめられていて、この温もりを感じるたびに、目の前に広がる小宇宙を思い出すかもしれない。
どのくらい眺めていただろうか。いつの間にかギィに抱き込まれたまま地面に座り込んでいて、光が徐々に収まって森の夜闇の暗さが優ってくるのを見守った。
「⋯⋯名残惜しいが戻るか」
「⋯⋯うん」
名残惜しいのは俺も同感だ。本当に素晴らしい景色だった。
「ビンには内緒な」
「うん」
素直にうなずく。羨ましがらせて喜ぶ趣味はない。
帰り道はギィに抱っこされた。俺の疲労が半端なくて、足をもつれさせたり木の根に引っ掛けたりして危なかったからだ。恥ずかしかったけれど、ピッタリくっついた身体の温かさに目蓋が落ちて来る。
ゆらゆらと揺れる。
そうして、眠気には逆らわなかった。
子どもふたりとこっちの世界じゃ子どもにしか見えない俺は、釜や寸胴鍋といっしょに幌のかかった荷馬車の荷台に突っ込まれた。御者台はダメだって。遠目で見たら黒髪の妙齢の少女に見えるから。
妙齢の少女ってなんだ⋯⋯。
団長のフィーさんも王子様のギィも背中に背嚢や巻いた毛布とか背負ってガンガン歩く。見た目はワンダーフォーゲルだな。ヤンジャンコンビもふたりに比べたらヒョロイのに、やっぱり荷物をしっかり担いでいた。ちなみに治癒士のサイは御者台で手綱を握っている。サイは黒髪だけどガッツリしっかり大人の男なので、聖女と間違われることはない。
借宿の鍵を集落に住む管理人に渡して、村長から報酬を受け取ると、集落の女将さんたちが籠に盛ったパンを大量に荷台に積み込んでくれた。俺は荷台の前寄りに隠れていて、コニー君とミヤビンが幌から顔を見せてお礼を言った。ミヤビンが顔を出すのはちょっと悩んだけど、何度かパンをもらいに行ったから顔を見せないのも不審がられそうだった。
そうしたちょっとしたドキドキを味わいつつ、集落を抜けて森の中の道を進む。一応街道らしく、荷馬車の轍もなんとか通れた。揺れは激しいけど、俺もミヤビンも割と平気だ。田舎の無舗装の山道を軽トラの助手席に乗って移動したもんだ。
「ルン、もう顔を出しても大丈夫だろう。息苦しかったんじゃないか?」
ギィに言われて、コニー君とミヤビンのとなりに這い出す。芋と寸胴鍋の陰で空気が薄かったから、そよぐ風が気持ちいい。
「ルン兄ちゃん」
ミヤビンが早速胡座を組んだ俺の足の間に座った。狭いから折り重なっていたほうが場所の節約だ。コニー君もニコニコしている。ミヤビンの側にいると笑顔になるってギィが言ってた通りだ。初めて会ったときの、こっちの胸が痛くなるような泣き顔は、もう見たくない。
荷台の最後部に三人で座って、隊列の後ろのほうを見渡した。馬車の前後に半分ずつ傭兵を配置していて、先頭はフィー団長が歩いている。副団長のギィは馬車のすぐ後ろを歩いていて、いつもは殿にいるけど今回は俺たちがいるから変則的だって言ってた。
ギィは昼間は基本的に現場に出ていたから、一日中顔を見ているのは不思議な気分だ。明るい外で見るのは何気に初めてだったりする。豪奢な金髪が樹木の隙間から降り注ぐ太陽に照らされて、キラキラと輝いている。⋯⋯眩しい。
「ギィって本当に王子様みたいだ」
「みたいってなんだ」
ごめん、本物だった。
本当は国の情勢とか宰相一派の話が聞きたかったけど、ミヤビンとコニー君がいっしょにいるんじゃ無理だ。代わりに他愛もない話をしてときどき御者台からサイの笑いとツッコミが入るのが楽しい。
昼食は最初の日は女将さんたちにもらったパンを食べて、翌日からは携帯食になった。なんと傭兵たちは歩きながら食べている。
そのかわり夕食はきちんと摂る。まだ充分歩けそうな日の高いうちに野営地を決めて岩や土で簡易の竈門を作って夜に備える。川があったら魚を獲るけど、大抵は誰かが鹿とか猪を狩ってくる。その場で捌いて竈門で調理するんだ。凄いサバイバル。
サイはコニー君を連れて毎日森に潜る。潜るってなんだ。いや本当に鬱蒼と茂る樹々や地面近くの灌木を掻き分けて森に入っていくのが、まさに潜るって感じなんだよ。戻ってきたときには籠いっぱいのキノコやハーブ、ときには山芋みたいなものも採ってくる。傭兵団といっしょなら、無人島に流されても生きていける気がした。
俺はと言えば相変わらずの賄い夫の仕事に邁進する。その日の成果を待つ間に前日の獲物の骨を焼いて煮出してスープを取ったり下準備をしておく。パンとか作れないからスープの仕上げに水で溶いた小麦粉を落として水団にした。猪汁をベースにしたのでボリューム満点だ。
「このパスタは簡単で良いな。スープを吸って味も染みてるし食べ応えもある」
フィー団長が上機嫌で言ったので、心の中でずっこけた。パスタ⋯⋯。よく考えたらニョッキもパスタだし、水で捏ねた小麦粉を茹でるのがパスタの定義なら間違いじゃない。違和感すごいけど。
「おかわりあるよ」
「頼む」
フィー団長と副団長のギィだけは、おかわりを注いであげる。偉そうな態度は取らないけど、偉い人だから。他の傭兵たちは鍋の横に立つ当番に器を渡して注いでもらってた。自分で注ぐと最初の奴が肉だけ取ったりするからだそうだ。
大掛かりなアウトドアレジャーみたいだと思ったのは、最初の三日だけ。傭兵たちはどんどん薄汚れていって、言えないけど微妙な臭いもしてきた。そしてひ弱な現代っ子の俺とミヤビンは、眠って起きても疲れが抜けなくなった。
ずっと荷台に乗ってて、夕方前に地面に下りてストレッチをする。夜は固い荷台の板の上で薄い毛布に包まって眠るんだ。荷馬車で寝るのは子ども組三人で、普通に子どもに換算される自分が情けない。いつもの帰還よりずっとのんびりしたペースって言うのは、歩きながら交わされている傭兵たちの会話からわかる。俺とミヤビンを気遣ってくれてるんだ。
おかわりを注いでギィに渡して、隣に腰を下ろす。焚き火に照らされてぬくぬくしてくると、うつらうつらと船を漕ぎそうになる。ふと見るとミヤビンがフィー団長に抱き抱えられて爆睡していた。そのとなりでコニー君が心配そうに眉尻を下げていた。
フィー団長はコニー君の教育係兼護衛なんだそうだ。団長の小姓みたいな立場にカモフラージュしておけば、ふたりがいつもいっしょにいても変じゃない。そのコニー君がミヤビンと行動を共にすることが多いから、フィー団長も必然的にミヤビンの面倒を見てくれる。
「馬車に乗せてきます」
「僕ももう休むよ」
「見張りは立てるよ」
「では僕が」
ミヤビンを抱いたフィー団長が立ち上がると、コニー君とサイも続いた。傭兵よりも体力のなさそうなサイだけど、俺やミヤビンみたいに疲れを見せたりしない。それは最年少のコニー君もいっしょで、彼らにとってこの移動はいつものことだとわかった。
「俺ももう、馬車で寝ようかな」
馬車は野営地の中央部に停められて、周りをぐるっと簡易テントで囲まれている。俺とミヤビンは 保護対象なので、なるべくいっしょにいたほうが警護しやすいだろうと思って立ち上がる。そしたらギィがいっしょに立ち上がった。どうしたんだろう。
「確かこの辺りだったと思うんだ。夜光石の採掘場跡があるんだ。もう少し頑張れるなら、見せてやりたいんだが」
「やこうせき?」
「夜に光る石だ」
「夜光石か。⋯⋯見たいかも」
でも体力が保つかな。それにミヤビンが後から知ったら怒りそうだ。起こしてくれればよかったのにって。
「ビンは将来、コニーに連れてきてもらえばいいさ」
馬車の方を気にしているとギィが俺の頭をくしゃくしゃとかき回した。
「それに俺とふたりなら、護衛も要らないからな」
「ギィが俺の護衛なら、あんたの護衛は?」
「そんなん、要るか」
王子様なのにほったらかしかよ。傭兵団の副団長だけど。
ギィは夜の闇に浮かぶ真っ黒い木々の影の隙間から星と月の位置を確認して、手元の地図とコンパスを小さなカンテラの灯で照らした。
足元は暗い。月の光が届かないからだ。眠いしだるい。疲れと好奇心を天秤にかけて、やっぱり見たいと思ってほっぺたを手のひらでパチパチと叩いた。あんまり目が覚めた感じがしない。
「帰りは抱っこしてやるから、行きだけ頑張れ。今抱っこすると眠りそうだからな」
ギィが言った。喉の奥でくつくつ笑っている気配がする。子ども扱いは標準装備だな。
それは唐突に現れた。
灌木の枝葉をかき分けた瞬間、黒い森の中に青
光がぼんやりと天に向かって伸びていた。
「隕石孔になってるから気をつけろよ」
後ろから覆い被さるようにして、ギィの太い腕がお腹に回された。命綱の代わりだろう。
「ほわぁ、綺麗⋯⋯」
俺の口から出るのは語彙の貧相な感嘆だ。暗闇の中で全貌は見えないけれど、クレーター状、もしくはすり鉢状に地面が掘られているんだそうだ。森の中でそこだけぽかっと穴が空いているって。これだけ輝いていたらよく見えそうだけど、森の樹々が光を遮っているから傍に近づくまで認識できないらしい。
見下ろす夜光石の採掘場は不揃いなイルミネーションを散りばめられたように、幻想的に輝いている。LEDめいた青い光はちらちらと虹色の光彩を放って、鈴がはじけるような幻聴まで聞こえてくるようだ。光の粒と、多分深いのだろう穴の直径とで、遠近感がおかしくなってフラフラと引き寄せられそうだ。
「凄い⋯⋯ひとりで見てたら、絶対に落ちちゃう」
「気に入ったか?」
「うん」
気に入ったなんて軽い言葉で片付けちゃうダメな美しさだ。ギィに背中から抱きしめられていて、この温もりを感じるたびに、目の前に広がる小宇宙を思い出すかもしれない。
どのくらい眺めていただろうか。いつの間にかギィに抱き込まれたまま地面に座り込んでいて、光が徐々に収まって森の夜闇の暗さが優ってくるのを見守った。
「⋯⋯名残惜しいが戻るか」
「⋯⋯うん」
名残惜しいのは俺も同感だ。本当に素晴らしい景色だった。
「ビンには内緒な」
「うん」
素直にうなずく。羨ましがらせて喜ぶ趣味はない。
帰り道はギィに抱っこされた。俺の疲労が半端なくて、足をもつれさせたり木の根に引っ掛けたりして危なかったからだ。恥ずかしかったけれど、ピッタリくっついた身体の温かさに目蓋が落ちて来る。
ゆらゆらと揺れる。
そうして、眠気には逆らわなかった。
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