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整備された街並みにマルシェの賑やかな客引き、人々の表情に翳はない。ニェーナ王国が戦争をしていたのは、五十年以上も前の話だ。徴兵されて戦場を体験した世代のほとんどが隠居して余生を楽しんでいるか、すでに鬼籍に入っている。街をそぞろ歩く人々は戦を知らず、国を守る役目を担っている軍隊の存在理由を疑問視する声も上がっていた。
その中で、絶大な人気を誇る軍属のアルファがふたりいる。魔術師団に所属する銃術師のホーリーライトと占星術師のクラングランである。
ふたりが並ぶ姿は一対の絵画のようだった。男であってもオメガなら誰でも情けを欲しがったし、若い娘は第二性など関係なしに恋人の座につくことを夢見た。
白い肌黒い髪、魔術師団所属らしからぬ逞しい身体つきのホーリーライトはすっきりとした顔立ちの色男だった。一対の片割れと称されるクラングランは褐色の肌に白い髪、しなやかな立ち姿で優しい垂れ目であり、ふたりの容姿は正反対だ。それぞれの信奉者はときに反目しときに結託して、彼らの気を引こうとあの手この手で頑張った。けれど誰ひとりとなりに並び立つことはできなかった。否、誰ひとりとは語弊があるか。互い以外には寄せ付けなかったというのが正しい。
ホーリーライトとクラングランは五つの年齢差があったが、入隊は同期である。もともと別の部隊に配属されていたのだが、団長たちの『白黒の新人、やべぇな』という噂話をきっかけにふたりは引き合わされた。
団長たちは互いに『白黒の新人』について話題にしたが、どうにも話が噛み合わぬ。背が高い。いやいやそうでもないぞ。白黒の奴は目つきの鋭い色男だ。いやいや、優しげな顔をしておったぞ。なぜ魔術師団におるのかわからん格闘家だ。剣の腕は騎士団にも引けを取らんと聞いたぞ。訓練で上官を軒並み延したそうだが……。あ、それは俺も聞いた。
『白黒の新人』とやらは、実際のところはどういう奴なんだ。疑問に思った将軍たちは早速部下に命じて噂の新人を呼び寄せた。そうして彼らの前で、ホーリーライトとクラングランは初めて顔を合わせたのだ。お互いの強いアルファ性をピリピリと感じながら。
将軍たちはふたりを並べて納得した。なるほど、彼らはふたりの噂がごちゃ混ぜだったのだ。彼らはどちらも『白黒』だったのだ。彩りは正反対だったのだが。
ホーリーライトは珍しい魔弾銃の使い手で、入隊する前は地方貴族の私兵団に所属していた。魔獣討伐で目覚ましい活躍を見せ、私兵団の所有者である領主の推薦で国軍に入隊してきた。王都の学院を卒業してすぐに入隊したクラングランと五つの年齢差があるのはそのためだ。ふたりは引き合わさた将軍たちによって面白がられ、彼らの命令で相棒となった。
それから五年、ホーリーライトとクラングランは背中を預け合う相棒であり、無二の親友である。
「また市民の代表から、軍の解体について陳情があったと聞いたが……」
訓練場で愛用の銃を磨きながら、ホーリーライトが言った。傍らで細身の剣を手入れしていたクラングランは深く息を吐き出す。ため息だ。
「何を考えているんだか」
かつては資源を求めて領土を奪い合った諸外国と終戦を迎えたのは五十年ほど前だった。百五十年間もダラダラと戦を続けてすっかり疲弊した国々は、力尽きて和平交渉に臨んだ。開戦はずっと昔の話で、きっかけを作った当事者は誰も生存していない。奪い合っていたはずの地下資源も戦のために使い果たされ既になく、市井の民はもちろん王侯貴族も戦をする意味がないことに気づいた。それが五十年前だ。以来、新たな戦は起こっていない。
「戦争なんてしないのに、軍は無駄なんだって」
「誰が魔獣を狩っていると思っているのかねぇ」
ふたり揃って再びのため息。軍隊は魔獣の発生に合わせて遠征し、樹海に飲み込まれそうな地方都市で伐採活動を行い、災害が起きれば被災者の救助を行う。しかし王都は城壁に囲まれた城塞都市である。魔獣の生息地からも遠く、被害に遭うことはない。人々は典礼の際に儀礼用の正装に身を包んだ美々しい隊列を見て、戦もないのに優秀なアルファを軍が独占しているとの不満を声高に叫ぶ。無論、一部の過激な軍隊排除主義者の発言ではあるが。
「とりあえず、来春は北に遠征だと思うよ」
「星が乱れたか」
「まぁそんなところ」
占星術師は魔術師団に所属している。クラングランもそのひとりだ。占星術とは可愛らしい星占いではない。ニェーナ王国ににおける占星術師は、夜空の星々から暦を読み、地形を識り、天候を見極めて、その年の作物の実りを占った。占いと言いつつもそれらは予測であり予報であって、歴とした学問である。それが占いと言われるのは、力のある占星術師は政も動かすためだ。
「この冬は多分長いよ。ケッペク山の山頂に極光が三度も掛かった。四度目もあるだろうね。天空の冷たい気流が例年よりも南に降りているから」
「寒い季節が長期に渡るってことか」
「つまり、冬が長いぶん魔獣の食料が足りないってわけ」
ホーリーライトの言葉にクラングランは頷いた。春を迎えると同時に冬眠が長引いた大型の魔獣が、飢餓の極限で大挙して人里に押し寄せる。不確かな未来視は学問を解さない者にとっては眉唾な占いにも思えるだろう。しかし、代々の王は占星術師の言葉を受け入れて対策を練る。それが『占星術師が政を動かす』と言われる理由だ。
冬が長引くと星を読んだのはクラングランだけではなかった。魔術師団に所属する占星術師の約半数が、北の空を見上げてそう結論づけた。もう半数は南の空を見上げていたので、実質皆の意見は一致している。となれば魔獣の群れを迎撃せよとの王命は、確実に発令される。
「冬の行軍は、出来れば遠慮したいがな」
「雪が溶けてからじゃ、間に合わないよ」
「わかっているが、愚痴くらい言わせてくれ」
「君、自分が派遣されると思ってるんだ?」
「俺が……というより、お前がな。俺の魔弾銃は群れを相手するには分が悪いが、お前の星読みは行軍に必要だろう? だったら相棒の俺は一蓮托生だ」
地形を識り天気を読む占星術師は実際の戦闘に役立つかはさておき、行軍日程を決めるために必ず二、三人同行する。その上でクラングランは剣の腕も立つとなれば、選出されないほうが不思議だ。自分の身を守ることができる占星術師は貴重だった。
ホーリーライトの予想通りクラングランは命令書を受け取り、彼自身も同じものを受け取った。接近戦において銃術師は役立たずだが、ホーリーライトは体術も巧みである。クラングランの相棒である点を除いても、遠征の人選は間違いない。
その中で、絶大な人気を誇る軍属のアルファがふたりいる。魔術師団に所属する銃術師のホーリーライトと占星術師のクラングランである。
ふたりが並ぶ姿は一対の絵画のようだった。男であってもオメガなら誰でも情けを欲しがったし、若い娘は第二性など関係なしに恋人の座につくことを夢見た。
白い肌黒い髪、魔術師団所属らしからぬ逞しい身体つきのホーリーライトはすっきりとした顔立ちの色男だった。一対の片割れと称されるクラングランは褐色の肌に白い髪、しなやかな立ち姿で優しい垂れ目であり、ふたりの容姿は正反対だ。それぞれの信奉者はときに反目しときに結託して、彼らの気を引こうとあの手この手で頑張った。けれど誰ひとりとなりに並び立つことはできなかった。否、誰ひとりとは語弊があるか。互い以外には寄せ付けなかったというのが正しい。
ホーリーライトとクラングランは五つの年齢差があったが、入隊は同期である。もともと別の部隊に配属されていたのだが、団長たちの『白黒の新人、やべぇな』という噂話をきっかけにふたりは引き合わされた。
団長たちは互いに『白黒の新人』について話題にしたが、どうにも話が噛み合わぬ。背が高い。いやいやそうでもないぞ。白黒の奴は目つきの鋭い色男だ。いやいや、優しげな顔をしておったぞ。なぜ魔術師団におるのかわからん格闘家だ。剣の腕は騎士団にも引けを取らんと聞いたぞ。訓練で上官を軒並み延したそうだが……。あ、それは俺も聞いた。
『白黒の新人』とやらは、実際のところはどういう奴なんだ。疑問に思った将軍たちは早速部下に命じて噂の新人を呼び寄せた。そうして彼らの前で、ホーリーライトとクラングランは初めて顔を合わせたのだ。お互いの強いアルファ性をピリピリと感じながら。
将軍たちはふたりを並べて納得した。なるほど、彼らはふたりの噂がごちゃ混ぜだったのだ。彼らはどちらも『白黒』だったのだ。彩りは正反対だったのだが。
ホーリーライトは珍しい魔弾銃の使い手で、入隊する前は地方貴族の私兵団に所属していた。魔獣討伐で目覚ましい活躍を見せ、私兵団の所有者である領主の推薦で国軍に入隊してきた。王都の学院を卒業してすぐに入隊したクラングランと五つの年齢差があるのはそのためだ。ふたりは引き合わさた将軍たちによって面白がられ、彼らの命令で相棒となった。
それから五年、ホーリーライトとクラングランは背中を預け合う相棒であり、無二の親友である。
「また市民の代表から、軍の解体について陳情があったと聞いたが……」
訓練場で愛用の銃を磨きながら、ホーリーライトが言った。傍らで細身の剣を手入れしていたクラングランは深く息を吐き出す。ため息だ。
「何を考えているんだか」
かつては資源を求めて領土を奪い合った諸外国と終戦を迎えたのは五十年ほど前だった。百五十年間もダラダラと戦を続けてすっかり疲弊した国々は、力尽きて和平交渉に臨んだ。開戦はずっと昔の話で、きっかけを作った当事者は誰も生存していない。奪い合っていたはずの地下資源も戦のために使い果たされ既になく、市井の民はもちろん王侯貴族も戦をする意味がないことに気づいた。それが五十年前だ。以来、新たな戦は起こっていない。
「戦争なんてしないのに、軍は無駄なんだって」
「誰が魔獣を狩っていると思っているのかねぇ」
ふたり揃って再びのため息。軍隊は魔獣の発生に合わせて遠征し、樹海に飲み込まれそうな地方都市で伐採活動を行い、災害が起きれば被災者の救助を行う。しかし王都は城壁に囲まれた城塞都市である。魔獣の生息地からも遠く、被害に遭うことはない。人々は典礼の際に儀礼用の正装に身を包んだ美々しい隊列を見て、戦もないのに優秀なアルファを軍が独占しているとの不満を声高に叫ぶ。無論、一部の過激な軍隊排除主義者の発言ではあるが。
「とりあえず、来春は北に遠征だと思うよ」
「星が乱れたか」
「まぁそんなところ」
占星術師は魔術師団に所属している。クラングランもそのひとりだ。占星術とは可愛らしい星占いではない。ニェーナ王国ににおける占星術師は、夜空の星々から暦を読み、地形を識り、天候を見極めて、その年の作物の実りを占った。占いと言いつつもそれらは予測であり予報であって、歴とした学問である。それが占いと言われるのは、力のある占星術師は政も動かすためだ。
「この冬は多分長いよ。ケッペク山の山頂に極光が三度も掛かった。四度目もあるだろうね。天空の冷たい気流が例年よりも南に降りているから」
「寒い季節が長期に渡るってことか」
「つまり、冬が長いぶん魔獣の食料が足りないってわけ」
ホーリーライトの言葉にクラングランは頷いた。春を迎えると同時に冬眠が長引いた大型の魔獣が、飢餓の極限で大挙して人里に押し寄せる。不確かな未来視は学問を解さない者にとっては眉唾な占いにも思えるだろう。しかし、代々の王は占星術師の言葉を受け入れて対策を練る。それが『占星術師が政を動かす』と言われる理由だ。
冬が長引くと星を読んだのはクラングランだけではなかった。魔術師団に所属する占星術師の約半数が、北の空を見上げてそう結論づけた。もう半数は南の空を見上げていたので、実質皆の意見は一致している。となれば魔獣の群れを迎撃せよとの王命は、確実に発令される。
「冬の行軍は、出来れば遠慮したいがな」
「雪が溶けてからじゃ、間に合わないよ」
「わかっているが、愚痴くらい言わせてくれ」
「君、自分が派遣されると思ってるんだ?」
「俺が……というより、お前がな。俺の魔弾銃は群れを相手するには分が悪いが、お前の星読みは行軍に必要だろう? だったら相棒の俺は一蓮托生だ」
地形を識り天気を読む占星術師は実際の戦闘に役立つかはさておき、行軍日程を決めるために必ず二、三人同行する。その上でクラングランは剣の腕も立つとなれば、選出されないほうが不思議だ。自分の身を守ることができる占星術師は貴重だった。
ホーリーライトの予想通りクラングランは命令書を受け取り、彼自身も同じものを受け取った。接近戦において銃術師は役立たずだが、ホーリーライトは体術も巧みである。クラングランの相棒である点を除いても、遠征の人選は間違いない。
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