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自由の国『リーデンベルグ』

40 演習は別な意味で危険

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「アキラ、お前って野営の経験とかある?」
「ある。大丈夫、慣れてる!」
「そっか。なら俺たちのテント任せるな。女子達の方手伝ってくる」
「了解!」

 何度も何度も野営は経験してるから、何も問題ないよね!




 ………と、思ってました。本気で。




「………できないならできないと言えばいいだろ」
「う…、ごめん……、チェリオ君」

 俺の目の前にはぐちゃぐちゃになったテントになってない布が鎮座してる。
 張り切って「経験ある!」とか言っちゃったけど、俺、よくよく考えるとこっちの世界でテントの設営の経験なんてなかった。いや、日本でもほとんどなかった。なんなら野営の準備はいつもクリス隊のみなさんがやってた……。

「野営はしたことあるんだよ……。ただ、いつも天幕をぽいぽいって出したりしまったり…で」
「あー……天幕ね。そりゃそうか。…………一般的な野営にはテントが主流。天幕は収納箱がないと運べないから」
「うん。だよね……」
「ほら、そっち持って引っ張って」
「あ、うん」

 女子組のテント設営手伝いが終わったチェリオ君は、俺がぐちゃぐちゃにしたテントを手早く整えて、設営しやすくしてくれた。
 このテントは基本一人でも設営ができるようになってるものだから、二人なら楽々らしい。
 形は三角テントみたいな感じ。

「チェリオ君が一緒で良かった」
「……俺はちょっと頭が痛くなってきた」
「え。や、ほら、俺、テントは駄目でも料理は少しくらいできるし!?」

 指示されるままにあれこれ引っ張ったり杭を刺したりしているうちに、それらしい三角テントが出来上がる。

「料理って」
「母さんから色々教えてもら――――」

 雨よけの布を引っ張っているときに、ジリっと焼けるような魔力を感じて思わずクリスの方を見た。
 魔力の持ち主はマシロだ。クリスに抱かれながら、何故か魔力が高まってる。

「アキラ?」

 チェリオ君の声には答えられなかった。
 どうしよう。
 何があった?
 マシロが警戒するような、何かを威嚇するような、攻撃するような、何かが起きた?
 行くべきだろうか。
 クリスたちに向かって一歩踏み出したとき、クリスと視線があった。クリスは軽く首を振って、頷いた。

「アキラ、何かあったのか」
「あー…、や、えと、大丈夫、みたい?」
「なんで疑問形……」

 多分、大丈夫ってことだ。マシロの魔力はあれ以上膨れ上がることはないようだし、今は落ち着いてる。
 チェリオ君は俺の視線の先を追ったらしく、小さく「あ」って声が出た。

「あの小さい子」
「うん?」
「……養女と訪問されてるって聞いたんだけど」
「あー……だね?」
「……ってことは」
「うん、まあ……、娘、だね?」

 主語の丸っと抜けた会話だけど、お互いに言ってることはわかってる。
 大っぴらに「俺の娘!」なんて紹介ができるわけもなく。……あ、まあ、俺の学院生生活が終わったら、チェリオ君になら紹介してもいい。

「……実習に娘まで同伴……?」
「あー……」

 チェリオ君、遠い目をしちゃったよ。

 テント設営したら、荷物の片付け。
 …と言っても、各自のリュックサックをテント内に入れるだけ。
 ちなみに俺も普通のリュックサックに着替えとか入れてる。ベルエルテ伯爵が用意してくれた。
 そこまで終わったらテントの確認を教員がしてくれる。もちろん、これも評価点になるらしいから、最終学年の生徒は大真面目に指導もするし、五学年の生徒も真剣に覚えようとする。
 テントのチェックが終わったらまず昼食準備。
 定番のカレー!とはならない。
 少し硬めのパンと干し肉、それから野菜のスープ。班員で協力して作るのは野菜のスープだけ。
 料理なら(少しは)できる宣言した俺だけど、五学年女子二人組にナイフを持つなと言われた。笑顔で。……そりゃね。ちょっとね、芋っぽいものの皮むきでツルっとすべらせたりなんなりしたけどね……。ここでも戦力外通知を食らった俺。情けない……。

「アキラ、水出せる?」
「できる!」

 チェリオ君はナイフを扱う手先も器用だった。
 そのチェリオ君がでかい鍋を指さして言うから、それならと嬉々と水を出したさ。

「お、すごい」
「ロレッロ様、こっちの水差しにもお願いできますか」
「はい~!」

 こういう魔力制御なら得意だ。任せて欲しい。ついでに水差しには氷も入れておいた。冷たい水が飲める。
 炊事に必要な水を魔法で出すことはにならない。なぜならこれは魔法学院の演習だから。

「……アキラが水魔法得意で助かったよ」

 と、チェリオ君は他の班の様子を見ながら呟いた。
 ……うん、まあ、ね。俺もそう思う。
 他の班も同じようなことをしてるのだけど、あちこちで水柱や火柱や悲鳴があがる。
 日頃から魔力制御の授業とかもあるけど、こういう生活に即した使い方はまだまだみんな苦手らしく、制御できてない結果が柱なわけだ。
 教師も魔法騎士団の人も忙しなく動いている。
 あれを見るとここの班がいかに平和かよくわかった。
 水担当は俺。なので、故意に失敗しなければほぼ成功する。
 火担当は最終学年の女子(名前は忘れた)。絶妙に加減された火属性魔法で火起こしがばっちり。
 サポートしたチェリオ君と調理担当の五学年女子の手際も良くて、俺たちの班はどこよりも早く昼食となった。

「……毎年こうなの?」

 時々上がる水柱を眺めながらチェリオ君に聞いてみた。

「大体同じ。……今回は随分とあっさり食事にありつけて俺も驚いてる」
「食材が消し炭になるときもありましたわ」
「あー…、あったな。テントまで焼けたり」
「なんと……」

 演習、別な意味で危険を伴っていた…。

 そして、あれだ。
 大好評だったよ。
 よく冷えた水。
 みんなから滅茶苦茶喜ばれたよ。
 ……なんか、複雑な気分になったけどね……。









*****
「……しゅごいね、おみじゅと、めらめら、ぼーって!!」
「すごいと言うか……」
「あは。今年もみんな派手にやってますね。ああ、でも、アキラ殿のところは流石というべきでしょうか。食材もテントも備品も何一つ破損せず昼食を摂る班なんて、今までいませんでしたからね。さ、私達も昼食にしましょうか」
「……ああ(魔物討伐の演習だったよな?)」
「あきぱぱ、ぼー!って、ない?」
「しないな。……しなくていいんだ」
「う?」
「小さく魔法を使う練習だ。マシロはいつもアキとしていただろ?」
「うんしょーて、おみじゅ、だしゅ?」
「そう」
「ましろ、できぅ!」
「いや、ここでしなくていい」
「う??」
「ほら、昼だ」
「おひる!」
「こんな小さいときから魔法制御を練習してるのですか」
「ああ」
「それは将来が楽しみですね」
「……ああ」




「……あの、オットー」
「なんですか」
「私達のところにアキラさんがいてくれて本当によかったですね…?(食事の準備にどうして火柱や水柱が上がるのか理解できません……)」
「アキラさんはなんでもあっさりやってくれますからね(さすがです。アキラ様)」
「言いにくいんですが」
「……言わないでください」
「……そうします(エアハルト…実はすごい魔法師なんじゃないですかね)」
「(どうせエアハルトが実はすごいとか、そんなことだろ)」




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