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譲れないもの
しおりを挟む「だ、大丈夫ですか。コタ。」
バンッと音を立てて慌ただしく開けるとビクリッとコタが肩を震わせてこちらを見た。どうやら立てぬ身体で無理矢理立とうとしてベットから落ちて戻れなくなった様子。
相当気まずかったのか耳まで羞恥に染め上げ、シャツの裾を握りしめ、そっぽを向いた。
若干、醸し出される怒りの感情をコタから感じる。
だが何故だろう?
こんなにもその怒りすらもいじらしいと感じるのは。
ー いやいや、本人は至って真面目に恥ずかしくて怒ってるんだ。
まだ自身で立つ気でいるコタ。
来るなと言わんばかりにこちらを睨んでいたが、流石にこれ以上の無茶は身体に良くないので抱き上げる。
ひょいっと抱きかかえると目を丸くしてポカンと口を開けて固まる。腕にすっぽりと収まるその姿にコタは小さくなったのかと思ったが、自身がコタよりも大きくなったのだと悟る。
「お、おい。おろせ。」
「出来ぬ相談です。…もう一度言いますが、貴方は瀕死の状態だったんです。治癒魔法で怪我は治しましたがあれは万能じゃない。魔力で肉体に干渉して細胞の再生を高めているに過ぎない。治癒魔法を掛けられた当人もかなりの魔力と体力を消耗するんですよ。」
「…………ッ。」
「食事はベッドで取りましょう。今すぐ作りますから少し待っていてください。」
何も言い返せず、そっぽを向くコタをベッドの上におろし、この部屋と続きになっている部屋の扉を開ける。コタが気になり、振り返るが何時ものコタらしくなく何処か沈んでいるように見えた。
身体を動かすのが好きな人だから、もしかしたら動けないのが辛いのかもしれない。
フライパンを手に取り、火魔法でコンロに火を灯しながらそう考察し、侍従が届けてくれた朝一で採れた卵を三つ割り、ボールに入れかき混ぜる。
今日の朝食はお腹に優しいお粥と隠してるけど甘いものが好きなコタの為に卵焼きを作る。後はデザートに甘いフルーツも一緒に付けよう。甘いものを食べたらきっと少しは元気になってくれる筈。
そう頷きながら砂糖を入れた溶き卵をフライパンに流していると視線を感じて後ろを振り向いた。
後ろを振り向くと廊下に繋がる扉の隙間からハンカチを悔しげに噛みながらコック帽の男がこちらを見ていた。
その目は何故、私に作らせてくれないんですと訴えてくる。
気不味さに目を逸らし、見なかった事にするとしんしんと泣きながらコック帽の男は帰っていった。
彼は…、彼はこの城の厨房を任されているコック長。
そして現在、彼は私の事を恨んでいる。
魔王に就任してまもなく、料理の腕を鈍らせない為に己の食事は己で作りたいと我儘を言って元は妃専用の部屋だった自室に繋がっているこの部屋を改築した。しかし、それが彼の中で波紋をよんだ。
「私が…私がいるじゃないですかッ!! 」
護衛の部下達を押し退けて、死の宣告を受けたかのような深刻な顔をして、執務室にまで彼は直談判に来た。コック長として長年、魔王城で勤めてきた彼のプライドがそれを許せなかったのだろう。ヒシヒシと伝わってくる「なんて余計なもんを作ってくれたんだ。」という不満。しかし、私にも彼同様、どうしても譲れないものがあった。
絶対、コタの口にするものは全部私が作りたっか。
だからコタを迎えるまでに料理の腕が鈍るのはとても困る。絶対、これだけは譲れない。
だって、大きく豪快に口を開けて美味しそうに私の作った食事を食べるコタの姿は寝ている時の次に幸せそうなのだ。特に甘いものを食べた時の反応は本人に面と向かっては言えないが自身の分もあげたくなる程可愛い。
長年、魔王城の厨房を任されてきたとしてもコタの食事を作る権利は絶対に渡せない。コタが幸せそうに食べるのは私の料理であって欲しい。
なので私も引かなかったが、彼も諦めるという事を知らなかった。
かなりのベテランである筈のコック長がまさかの執務室の床で寝転がり、駄々を捏ね始めた時はどうしようかと思ったが…。
そうして今日も彼は諦めていない。
ああやって、常に私の食事の粗を探してる。
国政などの忙しさで食事に手が回らなくなるのを虎視眈々と持っているのだ。
意地と意地のぶつかり合い。
主張と主張のぶつかり合い。
これもまたコタのいう喧嘩の一つなのかもしれない。
ー 難しい喧嘩だ…。
よっとフライパンをトントンとリズミカルに動かし、卵を巻いていく。鍋でミルクを沸かしてパンを千切って胡椒と塩と生姜を一欠片投入する。
湯気が立ち込め、部屋の中を美味しそうな香りが広がり、気持ちが高揚してフンフンと下手な鼻歌を歌う。コタの食事の事もあるが料理は私の趣味でもある。なんなら三食だけでなく、おやつなんかも作ってるので今のところ疎かになる気配は一切ない。
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