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狼犬の獣人視点
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静かな森の中。
鳥も泣かなければ、動物が動く音もしない。
聞こえるのは自身の呼吸の音。自身の足音。
たかが猿の獣人の劣化版風情の人族にアジトを潰され、貴族になるチャンスを潰され、格下を見るような憐れみの目で見られた。
夜の空のような黒い瞳。
見下すように上から降り注ぐその視線に今すぐ食い裂きたいと心は叫んでいるというのに頭は逃げろと身体を勝手に動かす。
「ちきしょう。…ちきしょうッ。」
幼い頃からそうだった。
一番逃げてはいけない所で逃げ出してしまう。
逃げなくていい場面で身体が勝手に逃げを打つ。
犬の母が何時も第一夫人を、腹違いの兄を、前にしてヘコヘコしながら負け犬のように逃げる姿を見ていたからだろうか?
狼犬だからと追い出されるまで屋敷の中で逃げ隠れる生活を犬の母に強いられていたからだろうか?
兎にも角にも全ては犬の母の所為。
母が犬の獣人で、俺を狼でなく、狼犬として産んだのが悪い。
ギリギリと歯軋りが止まらない。
湧き立つ苛立ちは止まる事を知らない。
闇雲に暗い森を走っていると森が終わり、街の明かりが見えた。
この苛立ちをあの街の誰かにぶつけたい。その衝動のままに街に足が向かう。
何を奪ってやるか。
どう貶めてやるか。
自身より弱い者を嬲るのは楽しい。
自身より劣る者を嘲笑うのは心地良い。
そう考えるだけで自身が強者になれた気分になり、心が晴れやかになっていき、気持ちが大きくなってくる。
しかし、何時だって破滅は背後からひっそりとやってくる。
ブワリッと突然の嫌な気配に全身の毛が逆立つ。
街に向かっていた足が縫い付けられたように地面から離れない。
「珍しいな。獣人が人族領に来るなんて。」
月明かりに白刃が妖しく光る。
白刃はスッと俺の喉元を滑り赤い線を引き、まるで獰猛な肉食動物のような灰色の瞳がこちらを見ていた。
「君、森を抜けてきたよね? 随分とすんなりと…。何でかな? 俺達は森に拒絶されているのに。」
それは人族のふりをして俺の背後に立ち、ニッコリと笑顔の仮面を被っていた。
気付けば人族に囲まれていたが、囲む人族は皆一様に強張った顔をしていた。一瞬、俺を恐れているとも思ったが、その視線は灰色の瞳の男に向けられている。
「ソ、ソレーユ殿下。宮廷魔法使いの話ではこの森全体に結界が張られているとの事です。」
「それは分かってるよ、グレイブ。どうせ、あの耳長族が俺を彼に近づけないように張ったんだ。…でも、この犬の獣人は拒絶される事なく、森を抜けて来られた。それは何故か。」
灰色の瞳の男は仲間と喋りつつも一切俺から目を離さない。その目は興味深そうにこちらを見ている。
「俺が用意した冒険者達は皆、森に入った途中から記憶がなく、何時の間にか森に入った場所に戻ってきたと言っていた。実際俺も入ったけど、同じような感じでね。…でも君は違うよね。だって俺はここ数週間ここにいたけど君がここから森に入ったのを見ていない。何故だろうね? 」
そうまるでこちらに問いを投げつけているような言葉を吐くが、コイツの確信を持った声色から察するにコイツの中でおそらく答えは出でいる。
ーー 主人。私に発言をお赦し頂けませんか? ーー
ふと、何処からか声がする。
その声が聞こえた瞬間、首に出来た赤い線から垂れる雫を白刃が吸った。血を吸った白刃から無数の赤い蝶が吹き出し、人の形を取った。
男のような女のようなどちらとも取れる容姿の赫い獣。
赫い獣は灰色の瞳の男の前に傅くと男の手の甲に口付けを落とした。
「我が愛しい主人よ。魔を討つべく産まれた勇者の器よ。…貴方の憂いは全て貴方の下僕たる吾が打ち砕きましょう。」
「勝手にしたら? 」
「はい。お任せください。」
噛み合っているようで噛み合っていなあ会話。
狂信的に向ける忠誠と光悦の顔。
無関心と無表情。
真逆の感情。
真逆の表情。
それでもこちらを見る赫い瞳が宿すものは灰色の瞳と同じ類のもの。
赫い唇で弧を描き、その赫い獣は俺の首の傷に触れた。
「この結界は人族…特に主人を拒絶しています。主人が拒絶されれば、主人と繋がっている召喚獣である吾も入る事は出来ません。」
赫い獣は笑顔を残したままドロリと溶け、傷口から俺の中へと入っていく。
視界が赫く染まる。
全てが赫く染まっていく。
「だからこの犬の皮を借りましょう。吾の隠れ蓑として。」
鳥も泣かなければ、動物が動く音もしない。
聞こえるのは自身の呼吸の音。自身の足音。
たかが猿の獣人の劣化版風情の人族にアジトを潰され、貴族になるチャンスを潰され、格下を見るような憐れみの目で見られた。
夜の空のような黒い瞳。
見下すように上から降り注ぐその視線に今すぐ食い裂きたいと心は叫んでいるというのに頭は逃げろと身体を勝手に動かす。
「ちきしょう。…ちきしょうッ。」
幼い頃からそうだった。
一番逃げてはいけない所で逃げ出してしまう。
逃げなくていい場面で身体が勝手に逃げを打つ。
犬の母が何時も第一夫人を、腹違いの兄を、前にしてヘコヘコしながら負け犬のように逃げる姿を見ていたからだろうか?
狼犬だからと追い出されるまで屋敷の中で逃げ隠れる生活を犬の母に強いられていたからだろうか?
兎にも角にも全ては犬の母の所為。
母が犬の獣人で、俺を狼でなく、狼犬として産んだのが悪い。
ギリギリと歯軋りが止まらない。
湧き立つ苛立ちは止まる事を知らない。
闇雲に暗い森を走っていると森が終わり、街の明かりが見えた。
この苛立ちをあの街の誰かにぶつけたい。その衝動のままに街に足が向かう。
何を奪ってやるか。
どう貶めてやるか。
自身より弱い者を嬲るのは楽しい。
自身より劣る者を嘲笑うのは心地良い。
そう考えるだけで自身が強者になれた気分になり、心が晴れやかになっていき、気持ちが大きくなってくる。
しかし、何時だって破滅は背後からひっそりとやってくる。
ブワリッと突然の嫌な気配に全身の毛が逆立つ。
街に向かっていた足が縫い付けられたように地面から離れない。
「珍しいな。獣人が人族領に来るなんて。」
月明かりに白刃が妖しく光る。
白刃はスッと俺の喉元を滑り赤い線を引き、まるで獰猛な肉食動物のような灰色の瞳がこちらを見ていた。
「君、森を抜けてきたよね? 随分とすんなりと…。何でかな? 俺達は森に拒絶されているのに。」
それは人族のふりをして俺の背後に立ち、ニッコリと笑顔の仮面を被っていた。
気付けば人族に囲まれていたが、囲む人族は皆一様に強張った顔をしていた。一瞬、俺を恐れているとも思ったが、その視線は灰色の瞳の男に向けられている。
「ソ、ソレーユ殿下。宮廷魔法使いの話ではこの森全体に結界が張られているとの事です。」
「それは分かってるよ、グレイブ。どうせ、あの耳長族が俺を彼に近づけないように張ったんだ。…でも、この犬の獣人は拒絶される事なく、森を抜けて来られた。それは何故か。」
灰色の瞳の男は仲間と喋りつつも一切俺から目を離さない。その目は興味深そうにこちらを見ている。
「俺が用意した冒険者達は皆、森に入った途中から記憶がなく、何時の間にか森に入った場所に戻ってきたと言っていた。実際俺も入ったけど、同じような感じでね。…でも君は違うよね。だって俺はここ数週間ここにいたけど君がここから森に入ったのを見ていない。何故だろうね? 」
そうまるでこちらに問いを投げつけているような言葉を吐くが、コイツの確信を持った声色から察するにコイツの中でおそらく答えは出でいる。
ーー 主人。私に発言をお赦し頂けませんか? ーー
ふと、何処からか声がする。
その声が聞こえた瞬間、首に出来た赤い線から垂れる雫を白刃が吸った。血を吸った白刃から無数の赤い蝶が吹き出し、人の形を取った。
男のような女のようなどちらとも取れる容姿の赫い獣。
赫い獣は灰色の瞳の男の前に傅くと男の手の甲に口付けを落とした。
「我が愛しい主人よ。魔を討つべく産まれた勇者の器よ。…貴方の憂いは全て貴方の下僕たる吾が打ち砕きましょう。」
「勝手にしたら? 」
「はい。お任せください。」
噛み合っているようで噛み合っていなあ会話。
狂信的に向ける忠誠と光悦の顔。
無関心と無表情。
真逆の感情。
真逆の表情。
それでもこちらを見る赫い瞳が宿すものは灰色の瞳と同じ類のもの。
赫い唇で弧を描き、その赫い獣は俺の首の傷に触れた。
「この結界は人族…特に主人を拒絶しています。主人が拒絶されれば、主人と繋がっている召喚獣である吾も入る事は出来ません。」
赫い獣は笑顔を残したままドロリと溶け、傷口から俺の中へと入っていく。
視界が赫く染まる。
全てが赫く染まっていく。
「だからこの犬の皮を借りましょう。吾の隠れ蓑として。」
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