その召喚獣、ツッパリにつき

きっせつ

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切れた糸

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ぜぇぜぇとあがる息。
少し剥けて血の滲む拳を解きながら水の匂いのする空気を肺いっぱいに吸い込んだ。

「こ、降参です…。」

喧嘩に負け、命だけはと命乞いしてくるリザなんちゃら達の姿に苦笑した。「命なんて取るか、馬鹿野郎。」と阿呆らしい噂を一蹴するとリザなんちゃらは目を丸くして互いに顔を見合わせていた。

尾ひれがつきまくった噂の所為もあるが、どうやら魔物の中では負け=死という考え方が浸透しているみたいだ。喧嘩で負けたから死ぬなんて阿呆らしい。


喧嘩とは男の主張と主張のぶつかり合い。
互いに通したい信条を誇りを拳に乗せて殴り合い、最後には互いの健闘を認め合う。それこそ俺の求める喧嘩の真髄。死なれちゃ意味がない。


ふわりと森の木々の間を通り、風が喧嘩で火照った身体を冷やすように吹き抜ける。
喧嘩後のスカッとした清々しい気持ちで心が満たされ、風に身を任せ、空を見上げた。

どの国に居ようと、どの世界に居ようと、喧嘩後の空も風も心地いい。

「コタ。」

ミドリに声を掛けられて、空から地に目を向けようとした瞬間。
ふと、頭の中に細く光る白い糸のイメージが浮かんだ。
その糸はキリキリと引っ張られ、やがてプツンと切れた。

ー あれ?

糸が切れたとともに、ぐわんと視界が揺れた。
気が遠くなり、身体が地面に引っ張られる。

「コタ!!! 」

地面にぶつかる寸前でミドリが細い腕で俺を受け止めた。目眩は段々と治ったが、身体が少し重い。

「コタ!! 大丈夫? 」

緑色の顔を真っ青にしてミドリがペタペタと俺の顔を触れる。
そんなミドリの頰をムニッと摘み、「ちょっと疲れただけだ。」と笑うと強張った表情が和らぎ、ギュッと細い腕が俺の頭を抱き締めた。

「ひとりにしないデ。」

「…孤独にしたら腹に三発。俺が約束破る男に見えるか? 」


ホトホトと髪を濡らす雫。
男の涙は恥。見なかった事にしてやるのが優しさってもんだ。

涙を見なかった事にして、心配すんなとポンポンと背を撫でると、少しだけ困ったような、悲しんでいるような、俺には到底察する事の出来ない難しい感情をミドリはその顔に浮かべていた。

するりと小さな親指が遠慮がちに俺の唇を撫でるとミドリの身体は俺から離れていった。


「ミドリ? 」

身体を起こし、先程から感じる身体の違和感も忘れてミドリに手を伸ばした。その手がミドリの腕を掴もうとした瞬間……、

「これでッ!! これで許してくださいッ。」

…魚をこれでもかと抱えてリザなんちゃらが俺達の間に持ってきた魚を積んでいく。

「…………おい。」

「は、はい。まだ足りませんねっ。持ってきます。」

「……………。」

命は取らねぇと言ったら、強奪に来たと思われたよう。
ビシッと敬礼するとまだ魚を持ってこようとするので、ミドリに伸ばした手でリザなんちゃらをとっ捕まえた。

リザなんちゃらはビビり、ミドリは先程の表情が何処かに消え、キラキラとした目で大量の魚を見つめ、じゅるりと涎を垂らす。

「コタっ!! 魚食べ放題。」

魚に手を伸ばしたミドリの手を叩き落とし、今にも失神しそうなリザなんちゃらに魚を返却する。

「なんデ? 」

叩き落とされてヒリヒリと痛む手を撫でながらミドリが首を傾げる。その隣では魚では見逃してもらえないとリザなんちゃらが阿鼻叫喚。だから命なんて取りゃしないって言ってんだろッ!!


「俺達はカツアゲに来たんじゃねぇ。喧嘩しに来たんだ。そこを間違えんじゃねぇ。」

特にミドリに言い聞かせるように声を張ると、その場にいた全員が首を傾げた。……おい。まさか喧嘩の負け=簒奪されるってのが、この世界の常識とか言わねぇよな…。

「……喧嘩っていうのは男の言わば会話だ。そこに勝ち負けはあれど、相手の尊厳やモノを奪うような事があっちゃいけねぇんだよ。それをしちまえば、もうそれは喧嘩じゃねぇ。」

「男の会話…。」

「奪わない喧嘩。」

分かったらさっさと魚持って帰れと溜息をつく。しかし、リザなんちゃらは帰らず、ミドリと一緒になって正座で話を聞いてる。キラキラとした羨望の眼差しでこちらを向けてくる。

その視線はとても擽ったく、ムズムズする。
ゴホンッと咳払いをして、スッと視線から顔を背けると帰れとシッシッと手を振った。

「……言いたい事はこれで全部だ。もういい帰れ。」

「えっ!? もっと男の会話の話、詳しく聞きたい。」

「奪わない喧嘩…。なんか分からないけどカッコイイ。」

「もうやめろ…。それ以上、俺を純粋な尊敬な眼差しで見るんじゃねぇ。ミドリだけで充分、むず痒いのに大勢で向けんな!! 」

魔物はみんな子供みたいに純粋なのか?

先程の不調の続きか、やけに顔が熱い。
言っておくが、別に矢鱈持ち上げられて照れて赤くなっている訳じゃない。断じて違う。

結局。リザなんちゃらは俺の話に共感しちまったようでもっと聞きたいと中々帰らず、小一時間、喧嘩についての講義をする羽目になった。

最後には学ラン風の黒い上着を肩に羽織りながら満足気にリザなんちゃら達は湖に帰って行った。

「……俺達は一体何をしに来たんだったっけな。」

カチコミに来た筈なのに最終的に訳の分からない展開になり、ただただついて行けず呆然とする。隣では何故か「流石、コタ。」と羨望の眼差しをミドリが向けてくる。その表情は何時ものミドリだ。


「魚釣って帰るか…。」

「今日も競争? 」

「ああ。今日は負けねぇからな。」

じゃあ、釣り竿取ってくル、とパタパタと元気に走っていくミドリを見送る。
その姿に少し安堵し、見えなくなるまで見送るとその場にへたり込んだ。

ー なんだ。これ…。

糸が切れるイメージが流れてから身体が時間が経つにつれ、重くなっていく。
何か大切なものが切れた喪失感が心に影を落とす。

気合いでもう一度立ち上がるが、それでも体の重さも喪失感も気合いでは吹き飛ばない。


「馬鹿野郎。弱気になってんじゃねぇ。」

きっとこれは一時的なもの。
風邪かなんか引いたんだ。

その時はそう軽く考えていた。
気合いで全てどうにかなるとあの時の俺は思っていたんだ。
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