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第十二章 ドイツ訪問(上陸編)

瑞鶴の博打

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 一九五五年十一月二十八日、コスタリカ、プエルト・リモン鎮守府、長門の執務室。

「ねえねえ長門、今日の新聞見た?」

 ドアをノックもせずに執務室に入ってきた陸奥は、早速唐突な話題を始めた。

「見てないが、今度は何だ?」
「サウジアラビアに潜伏していたドーリットルが逮捕されたって」
「ドーリットル……ああ、あの大量殺人犯か」

 ジミー・ドーリットル元海軍中将は、日本本土に対してドーリットル空襲と呼ばれる無警告かつ民間人を積極的に狙った無差別テロを行い、戦争犯罪人として処断される筈であったのだが、これまでずっと逃亡を続けていたのである。

「誰が捕まえたんだ?」
「ヒムラーだそうよ」
「確かアメリカの戦争犯罪人を捕まえて回っていた奴だったな」

 元ドイツ親衛隊全国指導者ハインリヒ・ヒムラーは、親衛隊を辞した後、逃亡を続けるアメリカの戦争犯罪人を捕縛することを生き甲斐にして、世界各地で活動している。人呼んでアメリカ・ハンターである。

「いずれにせよ、犯罪者が法の下で裁かれるのはよいことだ。まあ間違いなく死刑だろうが」
「でしょうね」

 無警告で民間人を標的にした空襲など、ただの大量殺人である。ドーリットルの死刑は免れないだろう。その後、ドーリットルは東京に移送されて無事に死刑を宣告されたのであった。

「……いやいや、そんなことより、陸奥、お前に聞いて欲しいことがある」
「何? 愛の告白?」
「違うわ! 瑞鶴からまた電文が入った。読んでみろ」

 長門は陸奥に瑞鶴からの電文を印刷した紙を渡した。そこには月虹がドイツに行ってヒトラー総統に直談判してくるという馬鹿げた計画と、その後日本に保護を求めるという無茶な要求が書かれていた。

「ふーん。なかなか大胆な話ね」
「ああ。まったく、私にこのようなことを聞かれても困るのだがな」
「じゃあ上司に相談すれば?」
「そうだな。どうせ内密にできることではない」

 という訳で長門は早速、連合艦隊司令長官の草鹿大将に事情を説明して問い合わせたが、とても軍部だけで収まる話ではないということで、話は大本営政府連絡会議に持ち込まれた。

 ○

「こんな馬鹿げた要求を受け入れられる訳がないでしょう。論外ですよ、論外」

 陸軍参謀総長の武藤大将は、話を聞くやそう言い放った。武藤大将でなくても、誰しも普通に考えたらそうなるだろう。が、石橋湛山首相の考えは違った。

「まあ、普通はそうだろうね。だがここで手を貸さなければ、瑞鶴がドイツのものになってしまうぞ? 海軍としては好ましくないことではないかな?」

 石橋首相は、海軍軍令部総長の神重徳大将に尋ねた。

「私は船魄技術にはあまり明るくありませんが、帝国の船魄技術の礎石である瑞鶴が敵国に渡ることは帝国にとって大きな不利益になるかと」

 ドイツのグラーフ・ツェッペリン、アメリカの先代エンタープライズ、ソ連のソビエツキー・ソユーズ。ドイツには日本から積極的に技術提供したものの、いずれも瑞鶴の模倣品に過ぎない。船魄の始祖たる瑞鶴は、誰にも渡す訳にはいかない。

「では、ドイツと敵対する彼女らを支援すると言うのですか?」

 重光葵外務大臣は呆れたような声で首相に問う。

「ああ、そうなるだろうね。確かに外交問題にはなるだろうが、軍事力の優位を覆される訳にはいかないだろう?」
「しかし、ドイツと戦争をする方が論外では?」
「ドイツと戦争をする気なんてないよ。お互いに亡命してきた人間を受け入れるのは、よくあることじゃないか」
「それはそうですがな……」
「海軍省としても、瑞鶴が敵に奪われるくらいなら、国家として保護するように提案します」

 井上成美海軍大臣も軍令部総長に同意した。つまりところ海軍の総意である。

「じゃあ、これで決定だな。瑞鶴の掌の上で踊らされているとは分かっているのだがね」
「一ついいか、石橋首相?」

 珍しく自分から声を発したのは、帝国陸海空軍の重鎮にして当今の帝一の腹心、阿南惟幾内大臣であった。

「ふむ。何ですかな?」
「瑞鶴は暫くの間ドイツを身を置いていたのだ。その間にドイツに我が国の技術が盗まれているということはないのか?」
「確かにそう言われてみれば……。重光外務大臣、何かわかるかな?」

 重光大臣は瑞鶴がドイツに渡った時にも外務大臣を務めていた。

「私に聞かれましても、その辺のことはよく分かりません」
「では例のごとく岡本中将を呼び付けるとするか」
「それでよかろう」

 早速岡本中将は明治宮殿に呼び出された。そして石橋首相は諮問を図る。

「――ということなんだが、どう思うかね?」
「そうですね、ドイツに既に技術を盗まれているのかと言われると、それは恐らく否でしょう。瑞鶴を解剖しなければ、私の技術を手に入れることはできません」
「なるほど」
「で、瑞鶴が奪われる危険性についてですが、それは瑞鶴に限らず帝国海軍のどの船魄にも言えることでしょう。我が軍の船魄は全て瑞鶴に始まる単一の系統に収まるのですから」

 どの船魄もドイツ軍には渡したくないということである。

「それもそうか。いやはや、技術というのは分からないものだね」
「はあ。しかし瑞鶴が捕まって問題なのは、帝国が返還を要求できないことでしょうね」

 妙高や高雄ならまだしも、長年帝国海軍から離れていた瑞鶴の所有権を帝国が主張できるとは思えない。

「確かにね。ではいずれにせよ、結論に変化はないな」

 石橋首相は話を終わらせようとしたが、そこに口を挟む者が一人。

「ちょっとお待ちを。どうして海軍は瑞鶴を保護する前提でいるんですかね?」

 武藤参謀総長である。瑞鶴をとっとと捕獲せよという真っ当な意見であった。それに神軍令部総長が答える。

「海軍としてもその好機があれば瑞鶴を生け捕りにするつもりだ」
「たった一隻の空母を相手に何をやっているのやら。そんな調子なら陸軍にやらせてもらおうか」
「前から言っているではないか。やりたかったら好きにせよと」
「……いいだろう。今度こそやってやろうじゃないか」

 あくまでも最終目標は瑞鶴を捕獲することである。それを諦めるつもりなど、陸軍にも海軍にも毛頭ないのである。
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