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chapter,2 (2)
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「君の方が美味しそうだな」
ぺろり。鈴代の頬から口許にかけて、上城の真っ赤な舌が触れる。突然のことに、鈴代、両手に持っていたドーナツを落とし、顔を朱に染める。
「こら、カミジョ。暴走しないっ……!」
犬に顔をぺろぺろ舐められるような感覚を思い出し、鈴代はくすくす笑う。だけど、ここにいるのはかわいらしい犬ではなく、猛獣注意な男の子だ。
「ごめんごめん。口許の生クリームが気になったからさ」
「……もぉ」
唇を寄せ合って、軽く触れてから、鈴代はふてくされた表情のまま、上城を見つめる。
首を傾げ、上城は鈴代に言う。
「それにしても、おかしいな」
「……え?」
「なんか、この家、ピリピリしてるみたいだからさ。まだ全容を見てないからなんとも言えないけど……スズシロ、まだ事件は解決してないんだろ? 警官の姿も見えないし、これだけ大きいのに、家政婦やメイドの姿も見当たらない。少なすぎる。何か事情があるだろ?」
突然真面目な表情になった上城を見て、鈴代は静かに応える。
「見ているところは見ているのね。そうよ、今、住み込みで働いているメイドは女中頭含めて三人しかいないわ。警察の方はわたしが学校に行ってる間にいらしたみたい。叔父夫婦が対応してくださったそうだから」
「叔父夫婦?」
「うん。この屋敷で暮らしているの」
鈴代の話によると、自分の家は大きくて、とても家族三人で暮らすには勿体無い状態だという。そのため、当主は叔父夫婦を敷地内に住まわすことで、屋敷を有効利用しているそうだ。
「ふーん。なんだか人間関係が把握しずらいな。つまりこの屋敷の登場人物はスズシロを含めて何人なんだ?」
「えっと、お父様とお母様、叔父様と奥様、叔父夫婦の息子さん、それからわたしに、住み込みの女中三人と執事を含めて合計十人。妥当でしょ?」
三つ目のドーナツに手を出しながら、上城は頷く。
「十人いたのか……とてもそんなには見えないけど」
「まぁ、お母様が病気で自室にこもったきりだし、叔父夫婦の部屋は中庭の向かいだから。用もないのに顔を合わせることは滅多にないわね」
鈴代も、三つ目のドーナツに手を伸ばし、上城の顔を見つめる。アプリコットジャムが入ったドーナツを食べていいかと目線で問うと、彼はしょうがないなぁと微笑する。
その間も、鈴代と上城は会話を続ける。
「……だいたいのバックグラウンドは理解できたよ。そこで、本題に入るけど」
「お父様が倒れた朝のことね?」
「そう。君の親父さんはどこで倒れたんだ?」
鈴代は、ドーナツを咀嚼しながら、窓を指さす。出窓の向こうから顔を出しているのは、オレンジ色の夕陽。
「あっち? 庭園?」
「うぐ」
頷こうとして、ドーナツを詰まらせてしまったらしい。鈴代は慌ててオレンジジュースを飲み干す。げほげほ、と咳き込む鈴代の背中をさすりながら、上城は尚も続ける。
「いいよ何も言わなくて。庭園で、事件は起こったんだな。たぶん、親父さん、趣味でガーデニングでもやってんだろ?」
「なんでわかるの」
「エントランスガーデンのつくり、だね。プロのガーデナーがデザイニングしたとは思えなかったから。特にポーチにずらりと並べられた寄せ植え」
立派な松の盆栽があるかと思えば、その隣で清楚なクリサンセマム・ムルチコーレとスイートアリッサムが競い合うように白い小花を咲かせていた。ガーデンの知識が乏しい上城が見ても、配置が妙だと理解できたのだから、この屋敷で暮らす人間も気づいているはずではないのか、と、彼は考える。
「メイドさんたちに任せるとしたら、きっと松の鉢植えはそこに置かないだろうな。見た目明らかに不自然だもの。だけど、そこにあるのを屋敷の人間、誰もが認めているみたいだ。そうなると、考えられることは一つだけ。この屋敷で一番偉い人間、つまり君の親父さん、が、置いたってことになる。違う?」
「違わない。お父様のお気に入りなのよ、落葉松の鉢植え」
上城の観察力の鋭さを改めて思い知った鈴代は、話の続きを請われ、頷く。
「三日前の朝のことから話せばいいのね?」
「とりあえずはそこからだね」
過去の出来事が気にならないと言えば嘘になる。けれどまずは、いまここで起こっている事象を見極めなくては。
そして語りだす鈴代の前で、上城は耳を傾ける。
ぺろり。鈴代の頬から口許にかけて、上城の真っ赤な舌が触れる。突然のことに、鈴代、両手に持っていたドーナツを落とし、顔を朱に染める。
「こら、カミジョ。暴走しないっ……!」
犬に顔をぺろぺろ舐められるような感覚を思い出し、鈴代はくすくす笑う。だけど、ここにいるのはかわいらしい犬ではなく、猛獣注意な男の子だ。
「ごめんごめん。口許の生クリームが気になったからさ」
「……もぉ」
唇を寄せ合って、軽く触れてから、鈴代はふてくされた表情のまま、上城を見つめる。
首を傾げ、上城は鈴代に言う。
「それにしても、おかしいな」
「……え?」
「なんか、この家、ピリピリしてるみたいだからさ。まだ全容を見てないからなんとも言えないけど……スズシロ、まだ事件は解決してないんだろ? 警官の姿も見えないし、これだけ大きいのに、家政婦やメイドの姿も見当たらない。少なすぎる。何か事情があるだろ?」
突然真面目な表情になった上城を見て、鈴代は静かに応える。
「見ているところは見ているのね。そうよ、今、住み込みで働いているメイドは女中頭含めて三人しかいないわ。警察の方はわたしが学校に行ってる間にいらしたみたい。叔父夫婦が対応してくださったそうだから」
「叔父夫婦?」
「うん。この屋敷で暮らしているの」
鈴代の話によると、自分の家は大きくて、とても家族三人で暮らすには勿体無い状態だという。そのため、当主は叔父夫婦を敷地内に住まわすことで、屋敷を有効利用しているそうだ。
「ふーん。なんだか人間関係が把握しずらいな。つまりこの屋敷の登場人物はスズシロを含めて何人なんだ?」
「えっと、お父様とお母様、叔父様と奥様、叔父夫婦の息子さん、それからわたしに、住み込みの女中三人と執事を含めて合計十人。妥当でしょ?」
三つ目のドーナツに手を出しながら、上城は頷く。
「十人いたのか……とてもそんなには見えないけど」
「まぁ、お母様が病気で自室にこもったきりだし、叔父夫婦の部屋は中庭の向かいだから。用もないのに顔を合わせることは滅多にないわね」
鈴代も、三つ目のドーナツに手を伸ばし、上城の顔を見つめる。アプリコットジャムが入ったドーナツを食べていいかと目線で問うと、彼はしょうがないなぁと微笑する。
その間も、鈴代と上城は会話を続ける。
「……だいたいのバックグラウンドは理解できたよ。そこで、本題に入るけど」
「お父様が倒れた朝のことね?」
「そう。君の親父さんはどこで倒れたんだ?」
鈴代は、ドーナツを咀嚼しながら、窓を指さす。出窓の向こうから顔を出しているのは、オレンジ色の夕陽。
「あっち? 庭園?」
「うぐ」
頷こうとして、ドーナツを詰まらせてしまったらしい。鈴代は慌ててオレンジジュースを飲み干す。げほげほ、と咳き込む鈴代の背中をさすりながら、上城は尚も続ける。
「いいよ何も言わなくて。庭園で、事件は起こったんだな。たぶん、親父さん、趣味でガーデニングでもやってんだろ?」
「なんでわかるの」
「エントランスガーデンのつくり、だね。プロのガーデナーがデザイニングしたとは思えなかったから。特にポーチにずらりと並べられた寄せ植え」
立派な松の盆栽があるかと思えば、その隣で清楚なクリサンセマム・ムルチコーレとスイートアリッサムが競い合うように白い小花を咲かせていた。ガーデンの知識が乏しい上城が見ても、配置が妙だと理解できたのだから、この屋敷で暮らす人間も気づいているはずではないのか、と、彼は考える。
「メイドさんたちに任せるとしたら、きっと松の鉢植えはそこに置かないだろうな。見た目明らかに不自然だもの。だけど、そこにあるのを屋敷の人間、誰もが認めているみたいだ。そうなると、考えられることは一つだけ。この屋敷で一番偉い人間、つまり君の親父さん、が、置いたってことになる。違う?」
「違わない。お父様のお気に入りなのよ、落葉松の鉢植え」
上城の観察力の鋭さを改めて思い知った鈴代は、話の続きを請われ、頷く。
「三日前の朝のことから話せばいいのね?」
「とりあえずはそこからだね」
過去の出来事が気にならないと言えば嘘になる。けれどまずは、いまここで起こっている事象を見極めなくては。
そして語りだす鈴代の前で、上城は耳を傾ける。
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