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chapter,2 (1)

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 賢者は呪われた魔女に恋した愚者に告げる。真実は一つ。唯一の恋を誇れ、と。


   * * *


 銀木犀の花、咲き誇る門前。白銀色の残滓で埋め尽くされた地面を、じぃっと見つめたまま、動かない鈴代。
 鈴代の父親が倒れて、三日が経過した。未だに父親の意識は戻らない。警察と医師の話によると、神経性の毒が体内に入っている、とのこと。緘口令が引かれているのか、マスコミの姿はどこにも見当たらない。翌朝の朝刊の社会面で、小さく取り上げられた程度だ。たぶん、死んでいないから、だろう。これが、命に関わる重大事だったら、こうはいかないはずだ。鈴代は思考を巡らせる。

「……でか」

 鈴代財閥当主のお屋敷なのだから、豪華であるとは予想できたはずなのだが、中央図書館のような赤銅色の煉瓦が組まれた洋館だとは、思いもしなかった上城である。
 館を囲むのは学園の金木犀とは異なる銀木犀の花木。建物の暖色に、銀木犀の白がよく映えているが、庭師のデザインにしては少しあかぬけたところがある。エントランスに並べられている寄せ植えも、一つ一つを見れば、プロ並の作品だが、全体で見ると、色彩はちぐはぐだし、どこかアンバランスな印象だ。
 庭師を雇って庭を造ったわけじゃなさそうだな、と上城は考える。だけどこの完璧ではない手作り風のデザインは、どこか懐かしくて、親近感さえ感じてしまう。
 鈴代は、顔をあげて、呼び鈴を鳴らす。
 ディンドォン、重々しい鐘の音。

「朝、慌てていたから鍵忘れちゃったの」

 慣れきったように、鈴代は門前に立つ。

「おかえりなさいませ、お嬢様」

 家政婦だろうか、着物の上に割烹着を着た中年の女性が、気品ある態度で、鈴代を迎える。

「ただいま、房江ふさえさん」

 鈴代はローファーを脱ぎ、上城においでおいでをする。ぼうっとしていた上城、慌てて房江に挨拶をする。そして、玄関先でスニーカーを脱ぐ。

「お邪魔します」
「ごゆっくりどうぞ」

 終始にこやかな房江は、鈴代と上城に一礼をして、去っていく。
 スリッパに履き替えた上城、鈴代を改めて見つめ、苦笑する。

「本当に、お嬢様なんだな」
「だからそう言ってるじゃない」

 クラシカルな内装に、溶け込んでいる鈴代は、螺旋状の階段をゆっくり上っていく。上城も、彼女についていく。

「隠していたことを、話すわ」

 だから、家に来て。
 そう言われた上城は、放課後、鈴代に連れられて、ここまで来たのだ。
 階段を上りおえた鈴代は、ノックすることなく木製の扉を開く。楕円型の大きな出窓に、花柄レースのカーテン、天蓋がついていてもおかしくないようなベッド、様々な本がしまわれている本棚、高級感漂う勉強机、それらが目の前に拡がる。

「入って」
「あ、はい」

 女の子の部屋に入った経験のない上城は、戸惑いを隠しながら、鈴代の部屋にお邪魔する。目の前に堂々と設置されているベッドに、思わず眼が行ってしまう。勢い余って彼女を押し倒してしまったらどうしようと、考えても仕方ないことで悩んでしまうのは、上城が健全な高校生男子である立派な証拠だろう。
 上城がしょうもないことで一人焦っているのをよそに、鈴代は平然としている。

「いいよ、その辺座って」
「あ。はいっ」

 突っ立ったままの上城に、鈴代は不思議そうに声をかける。鈴代の呼びかけに気づいた上城は、その場にどすん、としゃがみ込む。

「何緊張してるの?」
「いや」

 コンコン、と軽いノックの音。鈴代が扉を開くと、白いエプロンドレスを着た少女がオレンジジュースとドーナツを持ってきていた。どうやら住み込みのメイドらしい。

「どうぞ召し上がってください」
「ありがと。下がっていいわよ」

 鈴代はメイドから盆を受け取り、上城に手渡す。こうして見ると、鈴代は人を使うことに慣れているようだ。静かに扉が閉じたのを見送り、鈴代は上城に食べていいよと促す。

「いただきます」

 ドーナツを口にしたからか、上城、緊張が少しずつほぐれていく。鈴代も、小さな口で少しずつドーナツを食べていく。生クリームが中に入っていたからか、鈴代の口許に白いクリームがくっつく。彼女の口許を見つめて、思わず顔を赤くする上城に。

「どうしたの? 美味しくない?」
「そんなことないよ。でも」

 皿に食べかけのドーナツを置き、上城は応える。


「君の方が美味しそうだな」
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