劇薬博士の溺愛処方

ささゆき細雪

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後日譚編

誰が為の自慰 + 1 +

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 いちどは恋人の琉と距離を置きたいからと黙って職場から姿を消した三葉だったが、追いかけてきた彼に絆され、元サヤに収まって半年。

 ――今日も彼女は新宿広小路薬局で逞しく夜のおともに精力剤を売り付けている。
 
 
   * * *
   
   
「今日こそ抱くからな! 覚悟しろ!」

 金曜日の夜になると病院勤務を終えた恋人の大倉琉が、恋人の勤務する薬局に立ち寄り、ポテンシャルをあげるためにドリンク剤を購入してから歌舞伎町のラブホでハッスルする、という流れはいつしか当たり前のものになっている。
 とはいえ、三葉が生理のときや琉が仕事でへとへとに疲れているときはラブホに入ってもセックスせず部屋で流れている陳腐なアダルトビデオを鑑賞したり、おおきなダブルベッドに転がって惰眠をむさぼったり、と以前よりも穏やかな週末を過ごすことも増えてきた。
 だが、琉からすると、それはすこし物足りない状況らしい。

 現に今宵も。
 ホテルの部屋に入った途端、「覚悟しろ!」と猛禽類のように瞳をギラつかせてベッドに三葉を押し倒す琉である。
 先々週は月のものがきていたからお預けされ、先週は琉自身が仕事で疲れきって眠ってしまった。今週こそはしっかりきっかりばっちり愛するひとを思う存分抱いて抱いて抱き潰してやると鼻息を荒くしながら言い募っている。
 さっき飲んだ精力剤は定番のギンギン皇帝だ。マムシエキスが入った精力剤で、お値段は千円ちょっと。

「……琉先生、せめて荷物を置いてシャワーを」
「待てない……待てぬ、待たぬっ!」
「ダメですって……ゃんっ」

 ほんとうに待ちきれなかったのか、強引に三葉の唇を塞ぎ、手早く彼女のブラウスのボタンに手をかける。そのままタイトスカートのチャックも引きちぎりそうな勢いでずり下ろし、素早く三葉を下着姿にした琉は、ますます興奮に満ちた瞳を輝かせながら、彼女の白いレースのブラジャーをずらして愛撫を開始する。いつになく早急な彼の動きに戸惑いを覚えつつも、深く舌を差し込まれたキスを長時間つづけていくうちに、抵抗する間もなく下半身が疼きだす。

 ――三週間ぶり、だからだよね? 琉先生が、こんなに激しいの……?
 
 「ほぅら、三葉くんのショーツもこんなに濡れているじゃないか。いやらしくてかわいいなぁ」
「はぅん」

 いつしか琉の手は湿りけを帯びたショーツを奪い、三葉のすらりとした肢体を余すところなく晒していた。
 身体を火照らせる三葉の下腿に、琉のいまにもはち切れそうな屹立が迫る。充分とは言いがたい前戯を切り上げた琉は、そのまま分身にコンドームをつけ、一気に彼女の膣奥目指して蜜口から貫いていく。

「――ぁあっ!」

 そして数分も経過しないうちに……果てた。


「…………え」


 あまりにもあっけない彼の昇天に、三葉は目を丸くする。膣内に入っていよいよこれからだ、というときに出されてしまった。

 付き合いはじめの頃から思っていたことだが、琉は勃起から射精するまでの時間がひとよりはやい気がする。一度距離を置いて離れたからなのか、とくに最近は顕著だ。
 三葉じゃないと勃たないと文句を言っていた当初と比べても、欲情する頻度が減ったというわけではない。


「あ……ご、ごめんっ、三葉のナカが、ナカがあまりにも気持ちよすぎて……!」


 求められて応じて、自分がナカで達する前に彼だけが達してしまう。
 身体の相性は抜群で、抜群ゆえに、彼はすぐに達してしまう。
 その後、申し訳なさそうに愛撫をしてくれたが、吐精を終えた琉のナニは、既に賢者と化していた。

 ……精力剤でしょっぱなからエンジンをかけすぎたのが敗因かもしれない。
 未だに上着を来たまま下半身だけ露出してあわてふためく間抜けな琉を前に、三葉ははぁと溜め息をつき、そっぽを向く。


「もう知りませんっ! 琉先生の……早漏っ!」


   * * *


「そ、そーろー……」

 あれから仲直りはしたものの、恋人からの「早漏」発言にショックを受けた琉は、職場にいる合間もどよーんとした空気を背負って働いている。

 いつもは飄々としている先生がこんなに落ち込んでいるなんて一体何があったんだ、周りのスタッフが何事かと詮索していても何のその、琉は患者の前では朗らかに診療を行い、診察が終わると同時に無気力になって溜め息をつくという器用な行動を繰り返している。

「大倉ぁー、魂抜けてるぞぉー」
「なんだ飛鷹ひだかか」

 診察室の机でぐったりしている琉を気遣うこともせず、患者が座る椅子にちょこんと腰かけた琉と同じ白衣姿の飛鷹は、不機嫌な彼を前に、こそっと呟く。

「まーた薬剤師の恋人に逃げられたのかぁ?」
「違う……」

 むすっ、とした表情の琉は、目の前の同僚の言葉を即座に遮り、首を振る。

「じゃあ、ケンカでもした?」
「してない」
「ふーん。でも大倉の機嫌が悪いときってあの三葉ちゃんが絡んでいるときだよね。転職したことで浮気でもされたとか」
「そんなめっそうも!」

 真っ青な表情で否定する琉を面白がりながら、飛鷹は笑う。

「冗談だって。ただ、お互い忙しい身だから仕方ないだろうけど、誤解があるなら早めに解消した方がいいと思うぞ」
「誤解……ならいいんだけどな」

 この世の終わりのように返されて、飛鷹が不思議そうに問い返す。

「なにか誤解されるようなことでも?」
「……なぁ飛鷹。恥を忍んで訊ねるが」

 大学時代からの悪友である飛鷹は医大を卒業後、大学院で博士号を取得した琉より一足先に総合病院に就職し、いまでは泌尿器科専門医としてバリバリ働いている職場の先輩でもある。

「早漏の治療法って、行動療法しかないよな……?」

 頬を赤らめて恥ずかしそうに呟く琉に、お前乙女かよ、と飛鷹が呆れたように頷き、興味津々の表情を浮かべて笑う。

「ああ……まぁアレだな。その前に――そこんとこ、教えろKWSKくわしく……!」


   * * *


 ――どうしよ、琉先生に「早漏」なんて言っちゃった……気を落とさなければいいんだけど。

 新宿広小路薬局のカウンターで、日下部三葉もまた、重たい溜め息をついていた。

 今日はまだ火曜日。
 本日の主な仕事は病院からの処方箋を受け付け、薬を準備し、お客さんに容量用法を守るよう説明し、お薬手帳にシールを貼り付けお会計をする、という病院薬局で行っていた勤務とほとんど代わり映えしないが、夕方近くになると、客層に変化が起こる。
 精力剤にコンドーム、潤滑ゼリーに大人のオモチャ……なぜ薬局にこんなものまであるのかは謎だが、未だに検査入院中の叔父の趣味(経営戦略)なのだろう、深く考えないでとりあえず販売に徹する三葉である。

 そのなかには自慰に使用する男性向けのグッズもあった。埃を被っているそれは、カップのなかで女性の膣内を再現したもので、自身の勃起したナニを突っ込み、吐精することで己の性欲を解消することができるポピュラーな商品である。三葉はひょいと取りだし、説明書を斜め読みする。

 三葉に会えない間、琉は勃たなくなったと騒いでいたが、こういうグッズを使ったらどうなのだろう。最近の製品は研究が進んでいるというし、いちど勧めてみるのもいいかもしれない。

 毎週金曜日に鬱憤を晴らされるように抱かれて自分だけ勝手に達してしまう彼に密かに苛ついていた三葉は、そんなことを思いながら商品を棚に戻すのだった。
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