奇文修復師の弟子

赤星 治

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三章 揺れ動く感情と消える記憶

11 スノーとホークス家の住人達(後編)・消沈し続ける気力

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 モルドは二日安静にして完治した。

 いざ大広間の案件を解決しようとしたが、急に解決しなければならない案件が二件も重なった。
 奇文の憑かれ具合を見るからに、大広間より難解だというのは分かる。そして二件とも五日以内に解決を求められた。
 病み上がりと今まで寝ていただけで身体が疼いているモルドはやる気が漲っている。

「師匠、早くこの案件を解決して大広間の案件を解決しましょう!」
 若者の勢いに気圧されながら、デビッドは返事してさっそく修復作業に取り掛かった。


 数時間後、モルドのやる気も体力も完全に失ってベッドに倒れた。

 作品世界では、背丈が人間ほどの白い化物に追い回され続けた。
 解決の糸口が不明のままデビッドと逸れてしまい、さらに運悪く化物が増え続けた。しかもそれぞれが不気味で恐い。
 デビッドに現実世界へ戻りたいと言いたいが、どこにいるか分からない。
 最終的にモルドは化物に見つからないようにデビッドだけを探す事に専念する。修復はどうでもよかった。

 化物への恐怖と警戒で神経がすり減り、走り続けて体力を失った。
 逃走劇を繰り広げている最中にデビッドが現実世界へ戻った。
 結果、まだその作品の案件は解決できていない。
 ちなみにデビッドは何故か化物が走って追いかけてこなかった為、物陰に隠れて問題解決に当たっていた。モルドと解決の糸口の両方を探していたが、両方見つからず帰還した次第だ。
 この件は対策を練って取り組む事となり、もう一つは、シャイナとスノーで請け負う事となった。

 作品世界に入って二時間後、シャイナは見事に問題を解決した。

 その作品では人々が延々と何かの台詞を語り続けていた。
 語る台詞がバラバラ。
 誰しもが喜怒哀楽どれかの感情が強く籠っている。
 奇文の憑いた絵画の題が『朝日と舞台の練習風景』であることから、人々がそれに関するものとは想像つく。しかしこちらも解決の糸口と問題が不明であり、とりあえず二人は協力してどんな台詞を言っているかを手分けして聞いて回った。

 暫く聞いて回った時、人々は長文の台詞を延々繰り返し語っている事に気づいた。
 二人は台詞が繋がる者同士を隣り合わせにすれば変化が起きると考えついた。しかし人々はその場から離れられず、持ち上げようとするも石像のように動かない。
 この案は却下された。

 次の案を考えていると、スノーが場の空気を換えようと冗談が思いついて手を叩いた時だった。
 手の音に合わせて周辺の人々の声量が少し治まった。
 スノーは気づいていないがシャイナは違和感を覚え、スノーの冗談後に彼女の行動を繰り返し行い確信に至った。
 人々は何かの音で声が弱まると。

 いくつかの条件を照らし合わせ、二人は人々が終了の合図を待っているのだと判断した。

 これは確定ではないが、可能性として身体が動く条件は満たしていた。
 二人は作品世界を隈なく探し、音の鳴るモノか習慣を記したメモか日記を探した。

 やがて建物と建物の狭い間に銅鑼どらがあることに気づき、引っ張りだしてシャイナは思い切り叩いた。すると、銅鑼の音に反応して人々の声量が弱まった。
 スノーが叩き続けるように言うと、シャイナは間を置いて叩き続け、波紋のように銅鑼の大きい音と小さくなる音が響いて広まった。
 やがて人々が黙ると、姿が薄らいで消えた。
 間もなく建造物も消え、一体の銅像がある広場の光景に変わった。

 銅像はその装いから演劇の監督と思しい印象を与えるものだった。
 背後にはその人物に対する敬意を表する文章が綴られており、スノーが読むと銅像がゆっくりと光だし、次第に眩しくなる光に二人は包まれて元の世界に戻った。

 詳細を聞いたモルドは自分もそっちが良かったと嘆き、その日の修復作業は終了した。


 翌日、白い化物と対峙しつつ問題を解決するにはどうするかを考えた時、体力も力もあるシャイナが必要とされ、モルドは留守番となった。
 昨日に比べ、戦力的にも人数的にも増えた状態で三人が作業に取り掛かった。
 モルドは二時間後、更に意気消沈してしまう。それは、昨日あれだけ苦労したのに、あっさりと解決されてしまったからだ。
 挫けるモルドにデビッドは「こんな時もある」「たまたまだ」などと気遣うも、モルドは気にし続けた。

 今回の作品の解決に役立ったのは、勿論シャイナの体術もあるのだが、化物が煙草の臭いが苦手でデビッドに近寄りにくく、運よくデビッドの習慣が功を奏した。

 そんな説明すらモルドには届いていない。

 心機一転とばかりにデビッドは、モルドとスノーと共に大広間の案件に取り掛かった。
 スノーの励ましもあり、モルドのやる気が作品世界で再び燃焼し、一心不乱に問題解決に当たった。

 三時間後、やはり解決の手がかりが見つからず、モルドのやる気はまたも消え去った。


 翌日、デビッドが解決した案件を持ち主の元へ返しに向かった午前中、ホークス家にある人物が訪問した。
 呼び鈴が鳴り、ドアを開けたモルドはその人物を見て、デビッドが言っていた助っ人が誰か判明した。

 昼過ぎ、デビッドが家に帰宅すると、モルドの声ではない男性の声が聞こえ、以前約束していた人物が来たのだと分かった。
 家に入るとシャイナが台所から顔を覗かせて、来客の事を教えてくれた。
 応接室へ入ると、客席に腰掛けるシュベルトと、向かいの席に、まるで燃え尽きたとばかりに気力を失ったモルドの姿を捉えた。
 尚、テーブルにスノーのオカリナも置かれている。

「勝手に上がらせてもらってるぞデビッド」
「あ、ああ。……モルドはどうした?」
 答えたのはスノーである。
「それが、大広間の奇文修復をシュベルトさんがすぐに解決しちゃったから、意気消沈してるのよ」
 シュベルトの前でスノーが話している事を説明せねばとデビッドは思ったが、先にシュベルトが言って来た。
「彼女の事はさっき聞いた。作品世界で人になる事もな」

 それよりもどうやって大広間の案件を解決したか、デビッドは気になった。

「どうやってアレを解決したんだ?」
「モルド君から全て試した事を聞いたら、本に関係がないというのは分かった。そうなると原因は部屋自体だろうと察してな、作品世界に入ってすぐに気づいた。原因は床だってな」
「床?」
「ああ、大理石って不均一で妙な模様が一般的だろ? あの世界の石板は現実世界のそれと同様の見た目だが、あの床は一枚の石板がかなり大きすぎる。現代の技術では作れないが作品世界なら可能、そういう石板もあるのだと判断させられる。その盲点に気づかないとアレは解決できないだろうな」

 そう言われ、デビッドは気づかなかった事に悔しがった。
 本にばかり執着し、足元が見えていなかった。灯台下暗しである。

「本を取り除いて本棚を階段にして上ると、大理石の模様がある場所を示していた。それはある本棚の一冊の本だ。それを見つけて開くと、作者と恋人が共に写る写真が各ページに納められたアルバムだった。一年に一枚。それがそれが八十ページ分載っていて、最後の方は老人となった男性が、額に入った妻の写真を抱いて写っていたのが数枚、最後は二人の顔写真が、並ぶように椅子に乗っていた写真で終了だ。気づいてほしかった……って所だろうな」
「シュベルトさん、とってもスマートに解決するから驚いちゃった。素敵な紳士が難なく事件解決。みたいな雰囲気? 見てて最高だった!」
 スノーは興奮を露わにするが、モルドが意気消沈する気持ちはデビッドには何となく理解出来た。

 モルドの元まで寄ったデビッドは、肩に手を乗せた。

「気にするな。俺らの苦労があってシュベルトは解決したんだ。お前と俺の苦労は無駄じゃない」
「ああ、それはもう言ったよ」シュベルトが口を挟んだ。
「前向きに考えろ。俺らはこれからあいつが一人で解決出来なかった空間浸食の最後の仕事にかかるんだ。先に解決したらこっちのもんだ」
「言っている意味がまるで分からんぞ」
 くだらないやり取りを中断させるかのように、シャイナが紅茶を運んで来た。

 全員揃ったところでシュベルトの仕事話が開始された。

「デビッドが言ってしまったから単刀直入に言うが、以前デビッドとモルド君に手伝ってもらった空間浸食の問題が最終段階まで至った。その修復作業を手伝ってほしいのだよ」
「って事は、今からあの町へ行くって事ですか?」
 シュベルトが頼むのだから、そうなるとモルドは思った。
「いや、空間浸食は以前見た通り、空間に奇文が広がり、一定の修復を行うと一つの作品に密集する状態だ。時間が経てばまた広がり、また修復して密集させる。その繰り返しだ。だが、ある一定の所まで繰り返すと、一つの作品に留まり続ける」
「それが空間浸食にまで悪化した奇文が憑いている本命って訳だ」デビッドが補足した。
「じゃあ今、シュベルトさんはその作品を持ってここまで?」

 シュベルトは一冊の小説をテーブルの上に置いた。
 小説の題は『海上走る夜汽車』である。

「私この小説知ってます」
「え? シャイナさん、何処で見たんですか?」
「たまたまですよ。二か月ほど前に図書館で題名が気になったので借りて読みました。内容は汽車を擬人化した話です。汽車が搭乗者たちの願った所へ線路を想いで出現させて、その人たちの悩みや問題を解決していきます。最後は海上を乗客を乗せたまま走り、その優美な世界を堪能し、汽車は役目を終えて消えます。汽車の思いが人々を乗せる話ですね。話の最後で、汽車は事故で壊れていて、搭乗者はその事故の時に乗っていた人達というものでした」
「随分切ない話ですね。それと童話みたいです」
 モルドが感想を述べ、シュベルトが補足説明を挟んだ。
「この小説は書いた当時の風刺も込められているからね。時代背景は産業革命時、今まであったモノを新調する事に端を発したのだろう。当時は貧富の差、労働者と雇い主との溝が深く偏見が多い時代だったからな。古いモノを被害者に見立て、同情を誘う部類なのかもな」

 小説の説明より、デビッドは先が気になった。

「んな事より、その情報すら意味を成さん状態って事だろ?」
「察しが良いな」
 二人は分かり合っているが、シャイナもモルドも分からないままである。
「師匠、どういう事ですか?」
「こいつの実力はお前も見ただろ? 作品の情報を十分に活かして物事の解決に取り掛かる。奇文修復師の基礎の塊みたいな奴だ。そんな男が協力を要請するってことは、自ずと今回の奇文が作品の時代背景や物語自体の情報を関係させない厄介な案件だってことだ」
「補足させてもらうなら、どこかで作品情報は役に立つかもしれないが、現時点ではそれが適わないというだけかもしれないのだよ」

 モルドは優秀なシュベルトでも解決出来ない修復作業を、自分のような駆け出し修復師が手助け出来るものか不安になった。
 しかし来たのだから受けなければならない。何より一件の仕事を解決してくれた御仁に不義理を通す事は筋違いだ。

 モルドは覚悟を決めた。

 話の間、いつもより静かなスノーにデビッドは疑問を抱くも、触れないでいた。
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