奇文修復師の弟子

赤星 治

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三章 揺れ動く感情と消える記憶

9 スノーとホークス家の住人達(前編)・スノーの扱い

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 リックの首飾りの件以降、修復の案件が激減した。いや、ほぼ無いに等しい。

 奇文修復は案件が多い時は重なって来るが、無い時は二か月から三か月続けて無い。もっとひどい時は半年も無い時期がある。
 修復案件が無い日が続くと、”後から面倒な案件や重なって沢山の案件がくる”という不思議で証明しようがない定義が働く。
 現在は案件が無い時期に突入して二十日目。五月に入って暫く経っている。
 こういう時の為に、デビッドは役所から奇文修復資料点検の仕事を請け負い、モルドとシャイナは事務作業を別室にて行っている。

 シャイナは時々このような事務作業を任されているので自分専用の作業部屋を与えられている。作業部屋というが、自室の隣に小さく設けられた、机と椅子が置かれただけの狭い部屋である。
 一方、こういった作業が初めてのモルドは、応接室内で書類の誤字脱字があるか、文章に違和感がないかなどを調べている。
 役所の人がそのようなミスをするとは思っていなかったモルドは、ミスが多々あるのを見つけると驚いた。だが一日二日と調べていくと、当たり前となってなにも感じなくなった。

「……――あ、あああぁぁ――。やっと終わったぁぁ……」
 その日までに片づける書類が終わり、モルドはソファの上に寝転がった。
「お疲れ様」
 ソファ横に置いていたスノーが憑いたオカリナから声がした。
「ねえねえ、そろそろ話し相手ぐらいなってもらえない? 修復作業が全然ないから寂しいのよ」
「何言っているんですか。いつも十分喋ってるじゃないですか。この前は師匠と旅に行って、昨日まではシャイナさんと一緒にいて、夕食の時なんか皆と一緒。子供じゃないんだから」
「あ、モルド君知らないんだぁ」
「何をですか?」
「私、色々大変なのよ」
 スノーは楽しそうに語るが、その内容は、言葉から感じる感情とは合わなかった。

 まず、デビッドの荷物に入って旅に行ったが、あまりに話しかけすぎたのがデビッドの癪に障り、途中から荷物を他所に預けられ、ずっと部屋の隅にいた。
 シャイナの傍に置いて貰えても、話しかけすぎたのが原因で「黙らないと祓います」と脅されて話せなかったらしい。
 もうモルドにも相手されなくなると困るのか、モルドの作業中、黙っていたのはそういう事なのだとモルドは悟った。

「なにより、普通の人間ならそんな一か所でじっとすると気が変になるけど、スノーさんはそういう時はどうなってるんですか? 人間じゃないでしょ」
「え? 知りたい? えー、どうしよっかなぁ~」
「あ、全然いいです。話さなくても」即答した。
「ちょ、ごめんごめん。ちゃんと説明するから聞いて頂戴!」

 余程寂しかったのだろう、貴重な話し相手を失いたくないらしい。

「説明がちょっとややこしいから大雑把に言うとね、デビッドとシャイナちゃんとモルド君が話しかけようとすると意識が戻って、私が話しかけようとしても意識が戻る感じかな?」
 おかしなところに気づいた。
「僕たちの部分は分かりましたよ。必要になったらマッチの火が付くように、話しかけたらスノーさんが話せる。みたいな? でもその間スノーさんが停止しているなら、スノーさんが話しかけたいっていう説明、矛盾が生じませんか?」
「そう、だからややこしいんだけど……、例えて言うわね。モルド君が、食事の席で、突然話したかった事を思い出して話したりするでしょ?」
「ま、まあ、稀にありますね」
「それと一緒。不意に話したい衝動にかられると、熟睡中に眼が覚める感覚だと思ってほしいかな」

 未だによく分からないが、何よりスノーの存在が、デビッドやシャイナのような手練れの修復師ですら謎の存在なら、そういう事があっても不思議ではないと思えた。

「ねえ、他には? 他に私に訊きたいこととか、これを話しておきたいとかってある?」
 どうやら相当相手をしてほしいのか、話をしたいのか。
 モルドはそんな最中、夕食の準備を思い出した。
「とりあえず夕食の準備に取り掛かりますので、その話はまたいつか」
「いつかっていつよぉ……」
「追々です」

 駄々を捏ねる子供のようなスノーをあしらい、モルドは書類を纏めて台所へと向かった。
 とりあえず訊きたいことを纏め、後日訊いてみようと思った。

 夕食後、デビッドは煙草を吸って一息吐いた。モルドからスノーについて相談され、悩んでいた。
 その場にはシャイナもスノーもいる。

「さて……どうしたものか」デビッドはしみじみと呟いた。
「モルド君の話通りなら、スノーさんを有事の際までどこかに置いていても問題はありませんが……それは流石に虐めている様で気が引けます」

 シャイナが心配すると、テーブルに置かれたオカリナがガタガタと揺れた。
 スノーの性格だと、必ず話の腰を折るような余計な事を言いそうなので、どうにかして口を塞ぐものはないかとモルドは考えた。すると、オカリナの穴という穴を塞げば、声を出せないのではと閃いた。
 白い布でオカリナをぐるぐる巻きにすると、スノーは声を出せなくなった。まさかこのような事が通じるとはと驚いた。
 揺れるオカリナを一瞥したモルドは、予想通りの展開となり呆れていた。

「しかし気になるのですが、どうして二人共スノーさんを避けるのですか?」
 デビッドもシャイナも、避けていないと否定した。
「君は、一体何をどう見て避けてると思ったんだい?」デビッドが訊いた。
「何をって……」
 深く追求されると、返答に困ったが、間を置くと意見がまとまった。
「出会った時は奇妙な存在だったけど、別段害のない奇文って事で治まった筈です。でも、二人はどこかスノーさんと親密になろうとしない、どこか隔たりがあるように感じましたし、オカリナに憑いてからも、もっと話し合ってもいいんじゃないかなぁって思うし、それに――――――」
 二人にはどうしても聞けない部分を語ると、モルドは二人の様子からまだ聞こえない事を理解した。
「これ、結構重要な事だと個人的には思ってます。二人の避ける理由より、二人とスノーさんの関係性が重要なんじゃないかなぁって」

 デビッドは唸った。

「考えすぎなんじゃないのか? まあ、俺とシャイナは修復師として無意識に警戒しているのかもしれない。確かにモルドの発言は気になる所だが……冷静に考えてみろ。仕事中に横で話しかけられ続けたらイライラするだろ」
 シャイナが賛同した。
「仰る通りです。物置にでもしまい、そのまま放置しておくべきかとも思ってしまいます」

 シャイナの発言後、オカリナの揺れ具合が小刻みになった。あまりの恐ろしさに震えているのだと思える。

「シャイナさん、怖い事言わないで……」苦笑して宥めた。
「冗談です」
 笑顔で答えられたが、真偽の程は怪しく思える。
 冗談のやり取りを、デビッドは咳払いで鎮めた。

「とにかく、モルドの気持ちは分かった。まあだからといってスノーとの話し合いに感ける程俺もシャイナも暇じゃない。なんせ仕事がないから収入も少ない。スノーが人の形をして動けるなら家事やら仕事やらを熟しつつ話せるが、どうにも喋るオカリナってだけだろ?」
 モルドはオカリナを手に取った。
「見世物としちゃ珍しいが、世に出せばそれこそバラバラにされ、俺達以外の修復師に祓われる危険性の方が高い」
 また小刻みに震えている。
「まあ、俺も考え無しに生活してたわけじゃない。街に行って、未解決の奇文案件があるか確認してきたし、その手続きもしてきた」
「え? ってことは……?」
「そもそもスノーは一応、人型の奇文だ。オカリナに憑く事は異例だが、本来は奇文憑きの作品世界の住人だろ。修復作業に関わり続けると、案外元に戻るんじゃないか?」
「そうですね。オカリナも早く元に戻したいですし」

 話し合いの結果、デビッドはスノーを元に戻す事を考えてくれていると分かった。



 モルドの部屋で、スノーは布を外してもらった。

「モルド君酷いじゃない。一応は女性よ。乱暴するもんじゃないでしょ」
「ああでもしないと余計な事口走って、本当にシャイナさん怒らせて物置行きになりますよ」
「そ、それはちょっと勘弁ね。……遠くからモルド君に助け船求めることが出来たら安心だけど、デビッドとの旅の最中、それが出来なかったから」
 一応、そういった機転も働くのだと思った。
「とりあえずは師匠もスノーさんの事を考えてくれてるから安心しましたよ。実はスノーさんを嫌ってるんじゃないかって思いましたし」
「ただ、二人には私の深い愛情が伝わらないだけなのよねぇ」

 冗談の口調。モルドは懲りないスノーが気落ちしていないことに安堵した。

「でもどうして僕だけスノーさんの顔がはっきり覚えれて、声もはっきり聞こえるのでしょう。修復師としてはまだ駆け出しですよ」
 スノーは悩んだが、結局は分からないと返した。
「しょうがないわね。デビッドが持ってきた案件内で何か分かるかもしれないから、それまで待ちましょう」
「ですね。夏ぐらいにはシュベルトさんの空間浸食の件もありますし」
「え?」

 スノーは意表を突かれたように、力ない声量で声が漏れた。そんな変化に気づかず、モルドは続けた。

「前にシャイナさんとスノーさんが修復していた時、シュベルトさんって、師匠の知人の方が来たんです。冬にその人が暮らす町で空間浸食っていう奇文塗れの部屋の修復作業に取り掛かって。その終了作業の時、また頼りたいって言ってたから、その時スノーさんの事で何か分かるかもしれませんよ」
「どうして?」
「だって、スノーさんとはその時――」

 突然、モルドは急な睡魔に襲われた。その睡魔は発言を続けさせない程に強力で、瞬く間にモルドはベッドへと倒れた。

「ごめんねモルド君。その話は流石に辛いから……」

 スノーは心地よく寝息を立てるモルドの寝顔に向かった告げた。

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