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三章 暒空魔術への想い

Ⅹ 幻想の中で

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 ミライザの視界はぼやけた。ジェイクがバイレンを斬った光景を見届けると、極限まで張った糸が切れたように抵抗する力が消えた。次第に、今まで保てていた魔力が身体から溶けだすように流れるのを感じた。
 目を閉じると、暖かいものに包まれる感覚に陥り、今まで見ていた長く穏やかで幸せな夢の続きに触れられる気がする。
 死を覚悟していた。
 生き返ったが、希望を届ける役だけは全うすると誓った。
 最後に自分の気持ちは伝えようと決めていた。
 体感で分かる。死者となり、魔力の業で生き返った者が必ず迎える二度目の死の感覚。
 ”決めた事を何一つ全う出来なかった”と悔いが残るミライザではあったが、まるで苦労の褒美とばかりに穏やかで長閑な、淡い光に包まれたような光景が広がった。
 

 バイレンにとどめを刺し、地面に着地したジェイクは剣を捨て、ミライザが落ちたと思われる場所へ向かった。
「何処だミライザ! 返事しろ!」
 バイレンの死により守護神が出現可能となった。早速カレリナが現われて残骸へと向かった。
「カレリナ?!」
「心配しないで」
 サラに告げて颯爽と向かった。
 カレリナが残骸へ飛び込むのを見たジェイクは、その場所目がけて重点的に残骸を退けるとミライザ服を発見した。

「待ってろ! すぐ――!?」
 衣服周辺の残骸を退けようと服に触れた途端、まるで手を力いっぱい叩かれた痛みが生じた。
 反射的に離れると手には痺れが残る。
「退いてください」
 グレミアが残骸に近づき、ミライザの衣服近くとは別の残骸に触れる。
「グレミア、ミライザが」
「ええ。待っててください」
 グレミアが残骸に触れつつ何かを唱えると、次々に残骸が爆ぜ、砂のように細かくなると風に乗って上空へ流れた。
 十秒程で全ての残骸が消え、ミライザが横たわって現れた。

「ミライザさん!」
 サラとトウマが同時に駆け寄るも、突然ミライザを包むような青い結界が現れた。それがグレミアの発生させたものであるのは、彼女から発せられる魔力の色と性質を見るからに明らかだった。
「今、彼女に触れるのは危険です。誰であれ術師は特に」
「どうして……。ジェイクさんは無事じゃないですか」トウマが訊く。
「詳細は不明ですが、烙印の力を所有する者だからかもしれません。ですが我々のような魔力を使用する者は下手に触れれば術の使用に支障をきたします」
「なんで……。ミライザさんは……」
 サラの問いかけに、グレミアは静かに頭を振った。


 朦朧とする意識の中、腰掛けるミライザの虚ろ眼に映るのは、太陽のような光を背に自分と向かい合う人物の姿であった。衣服、髪型、顔の印象から誰か分かる。
「……ダン……」
「どうしたんだい? そんなところで寝て」
 自分がどういった状況か分かっていない。ただ、嬉しい気持ちが満たして涙が零れる。
「……こう見えて……頑張ったのよ……」
 ダンがミライザの傍に腰を下ろした。
「知ってるよ。君はいつも頑張ってばかりだから……また頑張ってくれたんだろ?」
 いつまでもこのままでいたい。このまま、穏やかな気持ちのまま終えたい。しかし、それでも全うしなければならない役目を思い出し、動かしにくい手を頑張って動かした。


 ミライザ手の動きを、ジェイク達は見た。
 首飾りを握りしめ、鎖を引きちぎらずに手を伸ばした。
「……ダン…………これ……」
 呟きが何を話しているか、その場にいた者は聞き取れない。
「ミライザ! なんて言った! それを誰に渡せばいい!」
 訊くも、どうやらジェイクの言葉が届いていない。
 一点を眺めているミライザは口を動かして何かを告げ、やがて微笑むと手の力が抜けた。
 一同、ミライザが力尽きたのを見届けると、彼女の身体が砂のように崩れて風に流れた。

「うそ……、どうして……」
 涙を流すサラ、悔しがるトウマとジェイク。グレミアは感情を堪えながらも平静を保っていた。
 ミライザがいた所からカレリナが現れた。
「大丈夫。彼女の意志は聞き届けたわ」
「……カレリナ……」
 グレミアは一呼吸吐き、無理矢理落ち着いて訊く。
「彼女は何と?」
「首飾りをダン=オルクスという者へ渡してほしいと」
 聞くと、グレミアは首飾りを持ち、周囲を見回して今がどういった状況かを冷静に分析した。
「気持ちは分かりますが、長居は危険です。すぐに宿へ向かいますよ」
 グレミアの意志を汲み取ったジェイクは、黙って従った。しかし、
「待ってください!」
 サラは涙ながらに反論する。
「ミライザさんが死んだんですよ。こんな形で」

 グレミアが返す前にビィトラが現れて反論した。

「言ってる場合じゃないよ。トウマ達は疲れ切ってる。追手でもいたら確実に死ぬよ。それに、こんな大それた術、人間の犠牲無しで起こすなんて出来ない。すぐに衛兵とかが来て、ガーディアンって判明して目立つほうが危険だ」
 ベルメアが現われ続ける。
「悲しいのは分かるけど、素直に従うほうが賢明よ」
「けど……あんまりです」
「そうね。でもグレミアも辛いのを我慢してるわ。それにきつい事言うけど、これからもこういう場面に遭遇し続けるわよ。感傷に浸ってる時に殺されるなんて展開もあり得るし、感情を利用されたりもするのも戦略として考えられるの。辛いだろうけど冷静に理解して」

 悔しくありながらも、トウマとサラは従うほかなかった。
 バイレンの作り上げた空間が消え去ると、いつの間にか空は夕方の茜色に染まっていた。

 ◇◇◇◇◇◇

 ジェイク達とバイレンの戦いを、暒空魔術を用いて眺めている男がいた。ビストから離れた岩場で。服の裾が膝まで長い白衣姿の男は、バイレンの師匠・ロゼットである。

「あれ~? 大事な弟子が死んだのに泣かないの~?」
 女の声が男に聞こえるが、周りには誰もいない。これは別の術による技である。
「バイレンは暒空魔術の穿った一面に固執しすぎた不憫な天才ではあるが、私の臨む結果を導き出す存在ではないから感傷に値はしませんよ。惜しむ気も起きないがね」
「あ、ゴミクズ扱いとかしないんだ」
 ロゼットは平然とした表情を崩さない。
「私は戦場において冷静さを保つのが心情です。バイレンは確かに天才だ。消費魔力の節約や他の魔力を使用する術など覚えも早かった。先程も言ったが、暒空魔術の黒い歴史で用いられた所しか見ていなかったのが玉にきずだった。その点でいうなら、生き返ったとはいえ全盛期の技術をそのまま使用出来る賢師殿の死は無念ではあるよ」
「けど程度の低い魔力の業で生きてただけだよねぇ。どっかから魔力の業を盗めばもっと生きれたし、生き続けれたでしょ? それが出来ない奴に魅力あるぅ?」

 ロゼットは溜息を吐いた。

「貴女は外見と評判で物事の良し悪しを決める側の人間だったのでしょうか? ……まあいい。それより、あのガーディアン・・・・・・・・の監視は順調かね。中々の強者だ。手を焼いてるのでは?」
「あたしは放任主義だもぉん。それに、王様の方針とか気に入ってるみたいだしぃ。放置してていいって! あたし的には辛気くさいガーディアンだけど~。まあ、実害ないなら次のガーディアン見つけたほうが効率的じゃん! あ、ビストそっちに三人もいるんだよねぇ、監視対象の! あたしに頂戴よぉ!」
「駄目です。彼らは中々に魅力的だ。それに十英雄の術師と一緒で、このまま泳がせたほうが色々と楽しめます。引き続き私の研究対象とさせて頂きますよ。王もきっと望まれます」
「えー、神力溜まるのにぃ~……」
「放任主義と言ったばかりでは? 私も独り占めする気はありませんよ。一定期間観察し、成果が得られないなら貴女が襲えばいい。その頃には彼らも強くなっているでしょうから、今よりも上質で強力な神力が手に入りますよ」
「根拠は?」
「十英雄グレミア=キーランとの出会い……。彼らは彼らで面白い流れに乗っていくのかもしれませんよ」
 淡々と語るのが楽しそうに、女には聞こえた。
「ロゼットばっかりズルいぃ~」
「仕事ですからね。では、王への報告はよろしくお願いします。貴女にも土産を用意しますから拗ねないで下さいエレネア」
「絶対、ぜーったい忘れないでよ。お土産」

 エレネアは念押しして声が聞こえなくなる。
 駄々っ子の相手が終わったとばかりに、ロゼットは深い溜息を洩らした。
「……『烙印』……ですか」
 ロゼットが一番気がかりなのは、ジェイクの技であった。
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