愛を知らない空っぽ屍霊術師は、泥の人形に泡沫の恋をする

天草こなつ

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1章 最悪の印象

2話 青い世界

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「へええ~、これがお兄さんの世界の文字なの?」
「うん。まあオレの世界っていうか、オレが住んでる国の文字かなぁ」
「国? 国によって文字が違うんだ」
「せやで」
「『セヤデ』……?」
「ああーっと……うん。『そうだよ』って意味」
「アハハッ、ヘンなの~」
 
 朝の魔力供給から数時間後。
 キッチンに飲み物を取りに行くと、レミとトモミチが調理台の上で書き物をしながら談笑していた。
 そのまま入って、黙って飲み物を注いで立ち去ってもよかったが、扉の影に隠れてそれとなく様子を見ることにした。
 
「ねーねー、お兄さんの名前はカシワギ・トモミチだったよね。何て呼んだらいーい?」
「好きに呼んでくれてええよ。ちなみに"トモミチ"の方が名前な。"カシワギ"は家の名前」
「ふんふん……」
「家族とか友達には"トモくん"とか"トモ"って呼ばれてるわ。あとは……"カッシー"とか」
「家の名前もあだ名にするんだ、おもしろいね! えと……じゃあボクは、"トモ"って呼ぶよ。いい?」
「ええで、……うん、いいよ」
 
 そう言い合ったところで、トモミチはレミと笑い合う。
 
 2人ともずいぶん楽しそうだ。
 トモミチは先ほど自分と対峙した時とは別人のように、笑みを浮かべながら明るい口調で喋っている。
 レミもそうだ。子供ゆえに気楽ではあるが、あんなに楽しそうにしているところは初めて見る。
 
「…………」
 
 ――あとでレミをたしなめておく必要がある。
 制作途中の"ホロウ"と必要以上に交流を持ってはいけない。何がきっかけで自らの死の記憶を取り戻してしまうか分からないからだ。
 それに10日後、完全な人間となったホロウは街へ売りに出される。どれだけ親しくなってもそこで関係は終わりだ。
 術師がそのまま手元に置くこともできるが、そんなことをするつもりは毛頭ない。
 
「あれぇ~? ロラン先生」
「!」
 
 レミが声をかけてきた。
 扉の影に隠れていたつもりが、いつの間にか見えるところに出てしまっていたらしい。
 
「おはよーございます、先生。どーしたんですか? お腹空いた?」
「いや、飲み物を取りに来ただけだ」
「なんだぁ、言ってくれれば持っていったのに。いつものやつでいいですか?」
「ああ」
「お兄さ、……トモも飲む? 喉渇いてない?」
「あ、うん。もらおかな」
「わかった~」
 
 レミは棚からカップを3つ取り出して置き、続いて冷蔵庫から飲み物の器を出しカップに注ぎはじめる。
 それを見たトモミチが肩をすくめ、「わっ」と小さくつぶやいた。
 
「ん? なーに?」
「いや、……すごい色やな、って」
「そう?」
「これ何? フルーツかなんか?」
「うん。これはねー、"プルの実"の果汁だよ。知ってる? プルの実」
「んん、知らんなあ……オレんとこでは見たことないわ」
 
 前に置かれたカップを覗いて、トモミチは苦笑いをする。
 それを横目で見ながら僕はカップに口をつけた。
 プルの実は、このいおりの周りを覆う"燐灰りんかいの森"にたくさん実っている群青色の果物。
 果汁は甘酸っぱく清涼感があり、のどごしが爽やかだ。栄養もあるから、実と果汁だけで食事を済ませるときもある。
 
「トモー、どーお? おいしい?」
「え……?」
 
 味を聞かれ、トモミチは「うん……」と言いながら眉を下げ笑う。カップの中の果汁はほとんど減っていない。
 
「んー、ゴメン。なんか、あんま味分からんくて」
「えー、ホントに? ヘンだなあ……」
「…………」
 
 ――もしかすると、味覚がないのかもしれない。
 精巧に出来ているようで、やはり不完全な部分があるようだ。
 
「お前の身体はまだ完全ではない。味覚もそうだろう。あと2、3日もすれば戻ってくるはずだ」
 
 僕の言葉を聞いたトモミチは僕を一瞥いちべつしてから、小さく溜息を吐いた。
 
「トモ? だいじょぶ?」
「ああ、ごめんごめん……いけてる。……あのさあ、ちょっと気晴らしに外出てみたいんやけど……ええかな?」
「え? えっと……いいですよね、ロラン先生?」
「ああ」
 
 
 ◇
 
 
「わー、今日は"天海てんかい"がキレイに見えてるねえ」
 
 庵の外に出るトモミチとレミに付き添う。
 案内をするためではない。トモミチが外に出た時、そばにいるのがレミだけだったら隙を見て脱走してしまうかもしれないと考えたからだ。
 だが、見たところ脱走の意思はないようだ。森と森の上に広がる天海を見て呆然としている。
 しばらくしてからトモミチは顔を下げ、僕の方を振り向いて口を開いた。
 
「……あの、ロランさん」
「なんだ」
「オレ、視神経もアカン……ダメな感じなんかな? さっきの飲み物もやけど、木も葉も草も土も、全部青っぽく見えんねん」
「青?」
「うん……青とか藍色とか薄ーい青緑とか。土なんか、エメラルドグリーンに見えんねん」
「何がおかしいんだ」
「え?」
「全部、お前が見たままの色だ。あの木はさっきの――プルの実の木だ。幹は薄青で、葉は藍色。お前の目がおかしいわけではない」
「え……まさか、なんもかんも全部青系統とか……?」
「……街に行けば違う色もあるが、おおむねそうだ」
 
 そう言うとトモミチは「マジか」とつぶやいて天を見上げ森を見回し、肩を落として黙り込んでしまった。
 
(…………?)
 
 トモミチのその様子を見たレミが僕を見上げ何か指示を仰いでくるが、応えようがなかったので目をそらした。
 僕もレミも、青で彩られたこの世界ニライ・カナイで生まれ育った。
 青々とした天と地、森の木々……それらは僕達にとって、"美しい"ものでしかない。
 だがどうやらこの男の世界は、ニライ・カナイとは全く違う色彩を持ったところらしい。
 
 僕には分からない。
 それはそんなにも、落胆することなのだろうか……? 
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