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1章 最悪の印象

3話 突然の出来事

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「遅い。『夜になったら来い』と言ったはずだ」
「…………」
 
 その日の夜半前、トモミチが僕の部屋にやってきた。
「魔力の供給を受けなければ死ぬ」と申し伝えてあったのに、ずいぶん遅い登場だった。
 トモミチは何も言わず、据わった目でこちらを見ている。レミと話していた時とは別人のように反抗的だ。
 
「朝と夜は魔力の供給が必要だと最初に説明しただろう。魔力を供給されなければお前は……」
「……あのさあ」
「なんだ」
「説明はね、確かに受けたよ? せやけどオレ、キミの部屋がどこにあるか知らんのよ。『夜に来い』言うけど、オレがおる部屋には時計ないし、地下にあるから空も見えん。……せやからおもて外出て空見てみても、うっすい青とか濃いぃ青とか青緑とかやし。時間帯とか全然分からんねん」
 
 トモミチが早口でまくし立ててきたが、言っていることがいまひとつ理解できない。
 言葉遣いのせいもあるが、全く耳慣れない単語があったのだ。
 
「……“ソラ”とは何だ?」
「は? 何、って……空は空やろ――」
「“ソラ”という単語はニライ・カナイにはない。それは何だ」
「え……、あるやろ? この……上に広がってる、広くて青い――」
天海てんかいのことか?」
「てん、かい……?」
「そうだ。世界の上部に広がっている海だ。お前達の世界ではそれをソラと呼ぶのか」

 僕の質問にトモミチが目を見開き黙り込む。

 ――ニライ・カナイには海が3つある。
 世界の上部を覆う“天海”、地上に広がる“中の海”、そして地底に広がる“底の海”。
 トモミチの先ほどの口ぶりからして、どうやら彼の世界の上部には海がないらしい。
 その上……。

「天海の色合いで時間が分からない、と言ったか」
 
 そう問いかけるとトモミチは眉間にシワを寄せ、黙ってうなずく。
 彼の話によると“ソラ”というものは天海と同じに時間帯によって色と明るさが変わるものなのだそうだ。
 夜に近づくにつれ一部がだいだい色になり、そこから徐々に黒に染まっていき、やがて漆黒になるのだという。

 ニライ・カナイにはない、奇怪な現象だ。
 先ほどトモミチが不満を漏らしたように、“天海”には青色しかない。
 天を見て朝か夜か判断がつかないのは困る。
 夜になったことが分からず、魔力の供給を受けないうちに溶けてしまう。
 
「……分かった。何かしら対策を考える」
「頼んますわ。あと、オレの寝るとこもなんとかしてもらえる? あんな冷たい固いとこに寝かされたら風邪ひくわ。つーか、寝心地悪いし」
「お前は今死体と同じだから風邪は引かない。それに夜の分の魔力を供給したあとお前は意識を失って、そのまま朝の魔力の供給まで目覚めない。寝心地など感じないだろう」
「気分の問題! ……いくらオレが"死体"や言うたかて、今意識あって息もしてんねんから最低限人間らしい生活保障してくれる!?」
「寝具があればいいのか」
「『あればいい』やなくて、ないと困りますわ」
「要望はそれで終わりか? 早く魔力の供給を済ませたい」
「もひとつあるわ」
「……なんだ」
 
 ――話がなかなか進まない。
 どうしてこの男は、泥の形状で復活しなかったんだ。
 
「キミ、魔法使えるんやろ? 眠らせる魔法とかはあんの?」
「ある」
「せやったら、夜は魔法で眠らせてからキスしといてくれへん? オレ、どーもあの感覚が受け付けへんのよ」
「…………」
 
 「感覚が受け付けない」という言葉に無性に腹が立つ。
 魔力の供給を"キス"と呼称されるのも気持ちが悪い。僕だって好き好んで唇を重ねているわけではないのに、なぜお前の方が拒絶してくるんだ。

「……分かった。そうしよう」
 
 苛立つ気持ちを隠しながらそう言ってトモミチの顔の前に手をかざし、目を閉じて念じる……。
 
「…………」
「…………」
「……今、魔法やってんの?」
「えっ?」
 
 目を開けると、腕組みをしたトモミチが僕の手のひらを色々な角度から凝視していた。
 
「……何もないのか、お前」
「全然、ねむなれへん。……ホンマにやってた?」
「…………」
 
 どういうわけか、この男には催眠魔法が全く効かないようだった。こんなことは初めてだ。
 
(……こいつ、もしかして魔力保有者か?)
 
 異世界人の中には、自身は魔法を使えないが魔力だけを保有している者がいる。
 この男がそうであるなら、最初から人間の形態で復活したのもなんとなく合点がいく。
 それに僕の催眠魔法が効かないということは、この男の魔力は僕よりも上ということを意味する。

 ――いや、そんなことより……。
 
「よう分からんけど、結局起きてる状態でしかキスできんってこと? ……やんな?」
「そう……なるな」
「……しゃーないな。ほな、まあ……どうぞ」
 
 トモミチが大きく溜息を吐いてから腕を後ろで組み、目を閉じる。
 ……効かないものはしょうがない。気を取り直し、僕はトモミチの頬に手をやって唇を重ねた。
 
「…………」
 
 1回の魔力の供給に必要な時間は、5秒ほど。終わったあとは少し虚脱感がある。

 ――何度やっても苦手だ。
 虚脱感もそうだし、唇を合わせるのも本当は嫌だ。
 "ホロウ"として復活した者が人間の形態になるのにかかる期間は8日ほど。だから、人間と唇を合わせるのは最後の2日だけでいい。
 それだって、いつも魔法で眠らせている間にやっていたのに……。
 そろそろ魔力も流れ込んだだろう……と身を離そうとすると、トモミチの腕が動く気配がした。
 次の瞬間……。
 
「っ……!?」
 
 トモミチの腕が肩に回ってきて、そのままグッと抱き寄せられた。
 反対側の手で僕の顎を持ち固定すると一度唇を離し、また唇を重ねてくる。
 
「……!!」
 
 わけが分からず、頭が真っ白になる。
 押し戻したいのに、抱き寄せられて身体が密着しているため、自分の手の入る余地がない。
 仮にそれができたとしても、トモミチの方が体格がよく力も強い。
 非力な自分ではなすすべもないだろう。
 
 ――熱い。
 肩に回る手が、顔を固定する手のひらが、密着している身体が。
 トモミチの身体は熱を持っているが、まだ完全に蘇っていないからか心臓の鼓動を感じない。
 この意味不明の行為に、自分の心臓だけが大きく早く波打っている――。
 
「ん、ん……!」
 
 息苦しくなってきたためトモミチの背中を拳で何回も思い切り叩くと、驚きに見開かれた焦茶色の瞳と視線がかち合った。
 腕の力がゆるんだのを感じ取り、僕はすぐさまトモミチを突き飛ばした。
 その勢いでトモミチは2、3歩ほど後ずさりした。呆然とした顔で自分の口をおさえている。
 
「はぁ、はぁ……っ、何を、……何をするんだ、お前!! どういうつもりだ!!」
「……あ」
 
 乱れた呼吸のままトモミチを睨み付け叫ぶと、トモミチは「ごめん、熱くて」とだけつぶやいてその場に倒れ込んだ。
 
「なんなんだ……一体!」
 
 作りだした人間にこんなことをされたのは初めてだ。
 まさか明日の朝も夜も、その先もこうなるのだろうか。
 
 ――冗談じゃない。
 
 怒りと動揺と息苦しさからくる動悸が、いつまでも収まらない。
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