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15章 祈り(中)
27話 フェリペの杖(2)※残酷描写あり
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フェリペ・フリーデン――光の塾創設時からのメンバーで、火の"神使"。
教祖ニコライ、司教ロゴスに次ぐ教団のナンバー3と目されていた男。
元はニコライが面倒を見ていた孤児らしい。神話や星が好きな気弱な子供だったと光の塾の記録にあった。
しかしこの男の所業は残虐極まりない無慈悲なもので、「気弱な子供だ」という記述には全く結びつかない。
セルジュから聞いた「紋章のランク付けと命の危機の関連性」の仮説を打ち出したのはこの男。
"試練"と称した拷問の数々も、ほとんどがフェリペ考案によるものらしい。
さらに「誤って死なせた人間を証拠隠滅のために灰になるまで灼く」という遺棄方法を開発したのもフェリペだ。
聖銀騎士団が光の塾で押収した証拠品の中に、"ロゴス"の手記があった。
俺達も見せてもらったが、内容は単語の羅列や箇条書きばかりで理解できなかった。どうやらロゴス自身の覚え書きのためのものだったようだ。
しかしそんな中、1ページだけ、数行ではあるが意味のある記述があった。
それがフェリペに関することだった。
『フェリペが病気になり魔法が使えなくなった。目を潰して、自分探しをさせる』
『フェリペが死んだ。自分が考案した試練なのにクリアできないとは』
『フェリペは灰にした』
『フェリペは杖になってもらった』
……意味のある文章ではあるが、やはり理解はできなかった。
団長のセルジュもこの手記を読んだそうだが、あまりに荒唐無稽であったため「書いた者の虚言・妄想ではなかろうか」と考え世間には公表しなかったらしい。
無理もない。
なぶり殺しにしたうえ遺体を灰になるまで灼きそれを杖にして使い潰すなど、俺達の考える倫理、常識の範囲外だ。
魂は魔器になるが、滅びた肉体は何にもならない。
一体どれほどの恨みを買えば、そんな扱いを受けるんだ――。
◇
『うう、……ヒッ、うっ、うっ……』
「…………」
杖から浮かび上がった、少年の意識体。
目を潰された子供が、ひたすらに泣き続けている。
「………………」
どういう気持ちでいればいいか分からず、俺もカイルも子供から目線をそらしてしまう。
もちろん痛々しく哀れだとは思う。
だが……。
「……ううん、どうしたものか……」
「!」
祭壇を挟んで向こう側にいるシリルが、あごひげをいじりながらポリポリと頭を掻く。
「話ができたらいいのですが……やってみましょうか」
「えっ……?」
言いながら、シリルが子供の方へ歩み寄る。
「シ……シリル様、危険ですよ! 子供の姿をしていますけど、そいつは」
「クライブ殿」
シリルが人差し指を口元にやりながら微笑を浮かべ、ウインクしてみせる。
「思うことはおありでしょうが、どうか今はお静かに。魂の前で、礼を欠いてはなりませんよ」
「っ……しかし……」
「魂と対話をいたします。……お二方とも、少し魔法陣の外に出ていてもらえますか」
「…………」
シリルの言葉を受け、俺達は魔法陣の外へ。
「魂との対話」――シリルが今からしようとしていることは決して突飛なことではない。
意識の闇の中で、俺は"父"に当たる人――シグルドという人の意識と出会い、その声を、言葉を聞いた。レイチェルも彼と会話をしたと言っていた。
だが今目の前にいるのは恐らく光の塾の幹部だった人間。
対話ができたとして、それが何になるというんだ?
「……こんにちは。私の声が、聞こえますか?」
『……うっ、うっ……』
少年は何も答えない。
それを見たシリルは「おっと、そうでした」と言って咳払いをし、またニッコリと笑う。
「……これは失礼を。私は『シリル・ヒューム』といいます。お名前を、教えてもらえますか?」
『……ヒッ、……ヒッ……、フェリペ……、フェリペ・フリーデン……』
「! …………」
少年の名を聞いたシリルの口元から笑みが消える。
薄暗い部屋の中、明滅する術の光が彼の丸眼鏡に反射して眼鏡の奥の表情を伺い知ることができない。
だが恐らく優しいものではないだろう。
光の塾が検挙されてから、新聞各社が教団の内部事情について毎日のように報じていた。
当然、幹部であったフェリペ・フリーデンの名も広く知れ渡っている。
街の教会の司祭シリルが世情に疎いということはないだろうから、光の塾のこともフェリペのことも知っているはずだ。
もしかすると、新聞に載っていない事実も知っているかもしれない。
セルジュの話によれば、世間に公表された光の塾の内情は一部に過ぎないという。
教団の真実はあまりにむごく凄惨だった。
それら全てを報じれば、新聞を読んだ者が精神的なショックを受ける可能性がある。
それに、教団から助け出された子供が要らぬ偏見に晒されるなどの"二次被害"を受けるかもしれない――そう考えたセルジュは、何割かの事実を伏せて新聞各社に公開したらしい。
光の塾の真実をまとめた資料は、王立図書館の「禁域」に保管されている。
今のところそれらを閲覧できるのは聖銀騎士団及びミランダ教会の上層部、そして王家の人間など限られた者だけ。
シリルは実力派の司祭だ。それらに目を通している可能性は高いと言っていいだろう。
少しの間のあと、シリルがまた口を開く。
「フェリペ・フリーデン君……良いお名前です。どうして泣いているの?」
『……僕、僕は……、友達に、酷いことをしました』
「友達。……何をしたのかな」
『先生が、"パオロには悪魔が取り憑いたから、神罰を下さなければいけない"って、僕を見ながら言ったから、だから僕は、ヒッ、うう……」
――"パオロ"というのは、光の塾の古参メンバーであり幹部――土の"神使"、パオロ・フリーデンのことだろう。
新聞に載っていた「石板の日記」を書いた男と見られている。
『この先に何も書かれていなければ、自分はもう存在していない』――その記述を最後に日記が終わっていたため、もうこの世の人ではないだろうと誰もが考えていた。
予想した通り、パオロは殺されていた。教祖ニコライの命令を受けたフェリペの手によって……。
死んだあとは恐らく、多くの信徒と同じように灰にされたのだろう。
『……そんなこと、しちゃいけなかった。パオロは大事な友達で、兄弟だったのに……。シモンだって、ロゴスになんかなっちゃ駄目だったのに、止められなかった……。……僕はずっと、全部、先生の言う通りにしかしなかった……っ』
その言葉のあと、フェリペはむせび泣くだけになってしまった。
「………………」
儀式はシリルに任せて俺は退室しておくべきだった。
俺が今やるべきは、この儀式に余計な口を挟まず、決して魂に無礼を働かないこと。
だが、目と口を閉じてじっとしているのにも限界がある。
泣き声を聞いていたくない。少年の姿も見たくない。
こいつはかつて俺が光の塾で受けた拷問――"痛み分けの試練"、そして"反復の試練"を考えた男。
イリアスがカイルにやった、"自分探しの試練"を考えたのもこいつだ。
それは大人のカイルですら発狂しかかるほどの苛烈なもの――"月天の間"でのイリアスの言葉から察するに、恐らく奴も"自分探しの試練"を受けている。
こいつがそんなものを考えなければ、イリアスはああなっていなかったかもしれない。
イリアスにはまだ同情すべき点がある。
だが、こいつを含む光の塾の創設メンバーには何ひとつとしてない。
――何を泣いているんだ。お前が泣く資格がどこにある。
頼む。
話なんかいいから、早く終わらせてくれ……!
教祖ニコライ、司教ロゴスに次ぐ教団のナンバー3と目されていた男。
元はニコライが面倒を見ていた孤児らしい。神話や星が好きな気弱な子供だったと光の塾の記録にあった。
しかしこの男の所業は残虐極まりない無慈悲なもので、「気弱な子供だ」という記述には全く結びつかない。
セルジュから聞いた「紋章のランク付けと命の危機の関連性」の仮説を打ち出したのはこの男。
"試練"と称した拷問の数々も、ほとんどがフェリペ考案によるものらしい。
さらに「誤って死なせた人間を証拠隠滅のために灰になるまで灼く」という遺棄方法を開発したのもフェリペだ。
聖銀騎士団が光の塾で押収した証拠品の中に、"ロゴス"の手記があった。
俺達も見せてもらったが、内容は単語の羅列や箇条書きばかりで理解できなかった。どうやらロゴス自身の覚え書きのためのものだったようだ。
しかしそんな中、1ページだけ、数行ではあるが意味のある記述があった。
それがフェリペに関することだった。
『フェリペが病気になり魔法が使えなくなった。目を潰して、自分探しをさせる』
『フェリペが死んだ。自分が考案した試練なのにクリアできないとは』
『フェリペは灰にした』
『フェリペは杖になってもらった』
……意味のある文章ではあるが、やはり理解はできなかった。
団長のセルジュもこの手記を読んだそうだが、あまりに荒唐無稽であったため「書いた者の虚言・妄想ではなかろうか」と考え世間には公表しなかったらしい。
無理もない。
なぶり殺しにしたうえ遺体を灰になるまで灼きそれを杖にして使い潰すなど、俺達の考える倫理、常識の範囲外だ。
魂は魔器になるが、滅びた肉体は何にもならない。
一体どれほどの恨みを買えば、そんな扱いを受けるんだ――。
◇
『うう、……ヒッ、うっ、うっ……』
「…………」
杖から浮かび上がった、少年の意識体。
目を潰された子供が、ひたすらに泣き続けている。
「………………」
どういう気持ちでいればいいか分からず、俺もカイルも子供から目線をそらしてしまう。
もちろん痛々しく哀れだとは思う。
だが……。
「……ううん、どうしたものか……」
「!」
祭壇を挟んで向こう側にいるシリルが、あごひげをいじりながらポリポリと頭を掻く。
「話ができたらいいのですが……やってみましょうか」
「えっ……?」
言いながら、シリルが子供の方へ歩み寄る。
「シ……シリル様、危険ですよ! 子供の姿をしていますけど、そいつは」
「クライブ殿」
シリルが人差し指を口元にやりながら微笑を浮かべ、ウインクしてみせる。
「思うことはおありでしょうが、どうか今はお静かに。魂の前で、礼を欠いてはなりませんよ」
「っ……しかし……」
「魂と対話をいたします。……お二方とも、少し魔法陣の外に出ていてもらえますか」
「…………」
シリルの言葉を受け、俺達は魔法陣の外へ。
「魂との対話」――シリルが今からしようとしていることは決して突飛なことではない。
意識の闇の中で、俺は"父"に当たる人――シグルドという人の意識と出会い、その声を、言葉を聞いた。レイチェルも彼と会話をしたと言っていた。
だが今目の前にいるのは恐らく光の塾の幹部だった人間。
対話ができたとして、それが何になるというんだ?
「……こんにちは。私の声が、聞こえますか?」
『……うっ、うっ……』
少年は何も答えない。
それを見たシリルは「おっと、そうでした」と言って咳払いをし、またニッコリと笑う。
「……これは失礼を。私は『シリル・ヒューム』といいます。お名前を、教えてもらえますか?」
『……ヒッ、……ヒッ……、フェリペ……、フェリペ・フリーデン……』
「! …………」
少年の名を聞いたシリルの口元から笑みが消える。
薄暗い部屋の中、明滅する術の光が彼の丸眼鏡に反射して眼鏡の奥の表情を伺い知ることができない。
だが恐らく優しいものではないだろう。
光の塾が検挙されてから、新聞各社が教団の内部事情について毎日のように報じていた。
当然、幹部であったフェリペ・フリーデンの名も広く知れ渡っている。
街の教会の司祭シリルが世情に疎いということはないだろうから、光の塾のこともフェリペのことも知っているはずだ。
もしかすると、新聞に載っていない事実も知っているかもしれない。
セルジュの話によれば、世間に公表された光の塾の内情は一部に過ぎないという。
教団の真実はあまりにむごく凄惨だった。
それら全てを報じれば、新聞を読んだ者が精神的なショックを受ける可能性がある。
それに、教団から助け出された子供が要らぬ偏見に晒されるなどの"二次被害"を受けるかもしれない――そう考えたセルジュは、何割かの事実を伏せて新聞各社に公開したらしい。
光の塾の真実をまとめた資料は、王立図書館の「禁域」に保管されている。
今のところそれらを閲覧できるのは聖銀騎士団及びミランダ教会の上層部、そして王家の人間など限られた者だけ。
シリルは実力派の司祭だ。それらに目を通している可能性は高いと言っていいだろう。
少しの間のあと、シリルがまた口を開く。
「フェリペ・フリーデン君……良いお名前です。どうして泣いているの?」
『……僕、僕は……、友達に、酷いことをしました』
「友達。……何をしたのかな」
『先生が、"パオロには悪魔が取り憑いたから、神罰を下さなければいけない"って、僕を見ながら言ったから、だから僕は、ヒッ、うう……」
――"パオロ"というのは、光の塾の古参メンバーであり幹部――土の"神使"、パオロ・フリーデンのことだろう。
新聞に載っていた「石板の日記」を書いた男と見られている。
『この先に何も書かれていなければ、自分はもう存在していない』――その記述を最後に日記が終わっていたため、もうこの世の人ではないだろうと誰もが考えていた。
予想した通り、パオロは殺されていた。教祖ニコライの命令を受けたフェリペの手によって……。
死んだあとは恐らく、多くの信徒と同じように灰にされたのだろう。
『……そんなこと、しちゃいけなかった。パオロは大事な友達で、兄弟だったのに……。シモンだって、ロゴスになんかなっちゃ駄目だったのに、止められなかった……。……僕はずっと、全部、先生の言う通りにしかしなかった……っ』
その言葉のあと、フェリペはむせび泣くだけになってしまった。
「………………」
儀式はシリルに任せて俺は退室しておくべきだった。
俺が今やるべきは、この儀式に余計な口を挟まず、決して魂に無礼を働かないこと。
だが、目と口を閉じてじっとしているのにも限界がある。
泣き声を聞いていたくない。少年の姿も見たくない。
こいつはかつて俺が光の塾で受けた拷問――"痛み分けの試練"、そして"反復の試練"を考えた男。
イリアスがカイルにやった、"自分探しの試練"を考えたのもこいつだ。
それは大人のカイルですら発狂しかかるほどの苛烈なもの――"月天の間"でのイリアスの言葉から察するに、恐らく奴も"自分探しの試練"を受けている。
こいつがそんなものを考えなければ、イリアスはああなっていなかったかもしれない。
イリアスにはまだ同情すべき点がある。
だが、こいつを含む光の塾の創設メンバーには何ひとつとしてない。
――何を泣いているんだ。お前が泣く資格がどこにある。
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