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15章 祈り(前)
20話 同じ世界で
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全員の意思を確認したあと、いくつかの取り決めがなされた。
イリアスのことについて話し合うのは、最長でも4時間。
あまり長時間に及ぶと最後はマイナスの意見ばかり出て、結局恨みが湧いてくるだろうから――とのこと。
やりたいことはあくまでも情報の整理、そしてイリアスの実像をつかむこと。
絶対に、感情を「憎悪」と「怒り」の方に持っていかれてはいけない……。
そして、話し合う時間以外はイリアスの話は極力避けること。
彼のことばかりを考えて逆に精神を崩すことのないよう、自分に主眼を置いて日常を過ごす。
イリアスが死んでも、わたし達の日常は続いていく。
そこにすんなり戻れるよういつもの自分を、日常を見失わない――これは、今日聞いたという教皇猊下の過去の話を元にした取り決めだそうだ。
そういうことを1時間ほど話し合ったあと解散した。
……明日から、本格的な話し合いが始まる……。
◇
(……うーん)
解散したあと、わたしはグレンさんの部屋のドアの前でボーッと突っ立っていた。
今、彼が元いた部屋にはセルジュ様が寝泊まりしている。
そんなわけで、今彼がいるのは別の――元はフランツが寝泊まりしていた部屋。
時刻は夜の10時。
疲れてそうだったけれど、まだ寝てはいないはず……。
わたしは1回大きく深呼吸してから、ドアをノックした。
「はい」
「あ……」
名前を言うよりも早くドアが開いた。
わたしの姿を見た彼は微笑を浮かべる。そして背中をポンと叩きわたしを部屋の中へ……。
「明るい……」
思わずそうつぶやいてしまうと、彼がフッと笑う。
――同じことを考えているんだろう。
彼の部屋に行くといつも部屋は真っ暗。でも明かりが必要ないくらいに暖炉の火が燃えさかっていた。
そのせいで、部屋の中はおかしいくらいに暑くなっていて……。
でも今日の彼の部屋は普通に明かりが点いていて、暖炉の火も穏やかだ。
彼に促され部屋の奥へ。
ソファーの前に置かれているローテーブルには、空のココアのカップとお水のピッチャーとグラス、それとスクラップブックらしきものが載っている。
スクラップブックの中身は……。
「……光の塾の……」
「ああ……ジャミルから借りたんだ」
「読んで……大丈夫?」
そう問うと彼は苦笑しながらスクラップブックを閉じ、ソファーに腰掛ける。わたしもその隣に座って彼の肩に頭を預けた。
「知りたいことが多いけど、予想以上に酷い。……でも、これからやることを考えると、絶対に知っておかなければいけない事実だ。それに、俺自身も向き合って消化していかないといけないから」
「…………」
「……何か、話があったんじゃないのか」
「えっと……用事があったというわけじゃなくて」
「ん?」
「ひ、1人で部屋にいたくなかった……から」
彼がわたしの頭を撫でながら、髪を梳き始める。
「手触りが好きだ」と言うけれど、実は彼の方がわたしより髪質がいい。……羨ましい。
――1週間前から、わたしは彼の家で生活をしている。
まだ、たった1週間しか経っていない。それなのに、夜1人でいると寂しい気持ちに襲われるようになってしまったのだ。
彼が隣にいないとスースーしてしまう。
「……色々、あったなぁ……」
「……そうだな。今日も、情報量が多くて――」
「ううん。今日じゃなくて、今までの」
「今まで……?」
「うん。初めて図書館でグレンさんに会ってから、今まで。……あれから1年経つんだなーって」
「1年……そうか」
――彼と初めて出会ったのは、去年の1月くらい。
本を取ろうと無駄にふんばっていたら、彼が本を取ってくれた。
背が高くて、かっこいい司書のお兄さん。
この地方ではあまり見かけないノルデン人の男性。年はわたしよりもかなり上だ。
『こんなかっこいい人がいたなんて!』と思って、わたしはお兄さん目当てに無駄に図書館に通い詰めた。
話しかけることはできなかった。だって、話しかけて仕事の邪魔をしたくなかったから。
話のとっかかりもないし、何よりわたしと話したって面白くないだろうし……。
『返却は月曜ですから』
『はい』
『本の返却に来ました』
『はい』
――そのやりとりだけで胸いっぱい。
クールでミステリアスな司書のお兄さん……見ているだけでよかった。関わりを持つなんて考えられなかった。
人間としての彼を知りたいとも思っていなかった。ましてや、恋人になりたいなんて……。
本当に、ただの憧れの存在。
おとぎ話の中の人だった。
「おとぎ話か……。俺も、レイチェルのことはそんな風に考えてた」
「えー、そうなんですか? 全く眼中にないかと思ってた」
「そんなことはない。たぶん……レイチェルが俺に気持ちを向けるより前から気になってた」
「え……?」
意外な言葉に顔が熱くなる。
でも、でも……。
「それなのに……なかったことにしようって思ったの」
「そうだな。……住んでる世界が違うから」
「……また……。住んでる世界って、何? ……グレンさんの世界には、例えば誰がいるの」
「誰もいない」
「え……」
「俺の世界には、俺しかいなかった。俺以外にはみんな"色"がある」
「………………」
彼の話は、時々とても感覚的だ。
似た世界観を持つルカよりも、さらに困難を極める……。
「グレンさんには、色はないの」
わたしの問いに彼は静かにうなずく。
久しぶりに見る、あの遠い目をして……。
――ああ、まただ。今彼の心は、ノルデンの孤児院に帰っている。
飛んでいくはずなんかないけれど、わたしは彼の腕に両手を絡ませてしがみついた。
「俺は自分の見た目が好きじゃなかった。黒と白と灰色しかない。それにあの孤児院の生活で、心が少ない。……だから、俺には"色"がない」
「…………」
彼の"意識の闇の世界"には色がなかった。景色は全部モノクロ……色があるのは、"火"だけ。
あれは彼のこういう考えから来ているものだったんだ。
わたしは、彼の中にはある種の「境界線」があると思っていた。
それは例えば戦う人と、戦わない人……でも、そんな生易しいものじゃなかった。
彼はずっと他者から自分を切り分けていた。人から受け取る悪意だけを、真実のものとして引き連れて……。
「だから……わたしのことも遠ざけようとしたの」
「……見ているだけで良かった。レイチェルは、"絵画の世界"の人間だから」
「絵画……?」
どこを見ているか分からない目で、彼が語る。
ノルデンの孤児院にいた頃の話だ。
孤児院の自由時間、彼は毎日のように街へ出た。
街には"色"があふれている――特に、"ヒト"の家の窓枠の向こうを見るのが好きだった。
そこにはいろんな色の"火"が、人の感情がゆらめいている。
それはとても綺麗で眩しい、別の世界。まるで絵を見ているようだった。
だから、"絵画の世界"。窓枠の向こうの綺麗な"火"は、幸せな家庭の肖像……。
「……だから、レイチェルはそっち側の世界の人間で、俺は踏み込んではいけない……ましてや、手に入れようなんて思うのは間違いだった。望むものが手に入らないことには慣れているし、大丈夫だと……」
「………ばか。どうして、そんな」
「……レイチェル」
「…………」
――"意識の闇の世界"で、彼の過去を見た。
幼い彼は、確かに街を歩きながら人の家の"火"を見ていた。
姿が黒い泥に置き換わっていたから、表情も感情も読み取れなかった。
あの時彼は、そんなことを考えていたんだ……。
泣きそうなのをこらえて、彼の頬を両手で包んだ。
彼の灰色の瞳は、ちゃんと今のわたしを映してくれているだろうか?
「……グレン……"絵画の世界"なんて、ないよ。わたしもあなたも、同じ世界に住んでる……」
「…………そうか」
「そうだよ。2人だけじゃない、みんなと同じ世界だよ。……あの、色も名前もない世界なんかじゃない……」
「ありがとう。…………」
「ん?」
彼が少し笑って、自分の膝の間に座るように促してきた。
最近のわたしの指定席のひとつ……恥ずかしいけど大好きだ。
後ろからすっぽり包まれて、背中に彼の体温を感じる。ずっとこうしていてほしいって思ってしまう。
「なあに? わたし、変なこと言っちゃったかな……」
「いや。自分の世界に閉じこもろうとしたら、その都度誰かがやって来て、『そんなものない』って分からせようとしてくるから」
「分からせ……??」
「昔、俺の世界に色と感情だらけの化け物が入ってきた。それ以来ずっとだ」
「色と感情だらけ。……あっ、もしかしてカイル……?」
「そう」
「えー、ひどいなぁ……ふふ」
「俺1人の静かな世界と思ってるのに、勝手に入ってきて勝手に色々喋っていく。雑音ばかり持ち込む。……兄弟揃ってだ」
「……ジャミルもなの?」
「あいつ、俺の常識をことごとくぶち壊すんだ。知らないとはいえ、魔王だの死神だの言われて恐れられてる人間の目の前で『こいつヤベー薬売ってるんじゃ』なんて言うし」
「あはは……。カイルもジャミルも、グレンさんのこと普通の人だと思ってるんだ」
「そうだな……まさか、死んだあとまで俺の世界に入ってきて、あれこれ壊して分からせてくるとは思わなかったが」
「ふふ。……みんなと出会えてよかったですね」
「そうだな。…………」
「ん?」
沈黙が気になったので後ろを振り返ると、彼が柔らかく微笑んだ。
至近距離で見るそれはさすがに破壊力が高い。骨抜きになっちゃう……。
「みんながあそこまでしてくれるようになったのは……みんなが変われたのは、レイチェルのおかげだ。……みんなレイチェルと出会えてよかったと思ってる」
「そ、そうかな……? わたし特に、何も」
「少なくとも俺はレイチェルにめぐり会えてよかったと、心の底からそう思ってる」
「グレン」
「ありがとう、俺を……見つけてくれて」
大きな手が頬を覆う。彼が顔を近づけてきたので、そのまま唇を重ねた。
「………………」
唇が離れたあとわたしも何か言いたかったけれど、胸がいっぱいで何も返せなかった。
何が由来か分からない涙だけがぼろぼろとこぼれて、彼の腕にしがみつくしかできない。
――グレンさん、わたしも、あなたに会えてよかった。
これからもずっとずっと、同じ世界で生きていきましょう。
……大好きです。
――15章(前) 終わり――
イリアスのことについて話し合うのは、最長でも4時間。
あまり長時間に及ぶと最後はマイナスの意見ばかり出て、結局恨みが湧いてくるだろうから――とのこと。
やりたいことはあくまでも情報の整理、そしてイリアスの実像をつかむこと。
絶対に、感情を「憎悪」と「怒り」の方に持っていかれてはいけない……。
そして、話し合う時間以外はイリアスの話は極力避けること。
彼のことばかりを考えて逆に精神を崩すことのないよう、自分に主眼を置いて日常を過ごす。
イリアスが死んでも、わたし達の日常は続いていく。
そこにすんなり戻れるよういつもの自分を、日常を見失わない――これは、今日聞いたという教皇猊下の過去の話を元にした取り決めだそうだ。
そういうことを1時間ほど話し合ったあと解散した。
……明日から、本格的な話し合いが始まる……。
◇
(……うーん)
解散したあと、わたしはグレンさんの部屋のドアの前でボーッと突っ立っていた。
今、彼が元いた部屋にはセルジュ様が寝泊まりしている。
そんなわけで、今彼がいるのは別の――元はフランツが寝泊まりしていた部屋。
時刻は夜の10時。
疲れてそうだったけれど、まだ寝てはいないはず……。
わたしは1回大きく深呼吸してから、ドアをノックした。
「はい」
「あ……」
名前を言うよりも早くドアが開いた。
わたしの姿を見た彼は微笑を浮かべる。そして背中をポンと叩きわたしを部屋の中へ……。
「明るい……」
思わずそうつぶやいてしまうと、彼がフッと笑う。
――同じことを考えているんだろう。
彼の部屋に行くといつも部屋は真っ暗。でも明かりが必要ないくらいに暖炉の火が燃えさかっていた。
そのせいで、部屋の中はおかしいくらいに暑くなっていて……。
でも今日の彼の部屋は普通に明かりが点いていて、暖炉の火も穏やかだ。
彼に促され部屋の奥へ。
ソファーの前に置かれているローテーブルには、空のココアのカップとお水のピッチャーとグラス、それとスクラップブックらしきものが載っている。
スクラップブックの中身は……。
「……光の塾の……」
「ああ……ジャミルから借りたんだ」
「読んで……大丈夫?」
そう問うと彼は苦笑しながらスクラップブックを閉じ、ソファーに腰掛ける。わたしもその隣に座って彼の肩に頭を預けた。
「知りたいことが多いけど、予想以上に酷い。……でも、これからやることを考えると、絶対に知っておかなければいけない事実だ。それに、俺自身も向き合って消化していかないといけないから」
「…………」
「……何か、話があったんじゃないのか」
「えっと……用事があったというわけじゃなくて」
「ん?」
「ひ、1人で部屋にいたくなかった……から」
彼がわたしの頭を撫でながら、髪を梳き始める。
「手触りが好きだ」と言うけれど、実は彼の方がわたしより髪質がいい。……羨ましい。
――1週間前から、わたしは彼の家で生活をしている。
まだ、たった1週間しか経っていない。それなのに、夜1人でいると寂しい気持ちに襲われるようになってしまったのだ。
彼が隣にいないとスースーしてしまう。
「……色々、あったなぁ……」
「……そうだな。今日も、情報量が多くて――」
「ううん。今日じゃなくて、今までの」
「今まで……?」
「うん。初めて図書館でグレンさんに会ってから、今まで。……あれから1年経つんだなーって」
「1年……そうか」
――彼と初めて出会ったのは、去年の1月くらい。
本を取ろうと無駄にふんばっていたら、彼が本を取ってくれた。
背が高くて、かっこいい司書のお兄さん。
この地方ではあまり見かけないノルデン人の男性。年はわたしよりもかなり上だ。
『こんなかっこいい人がいたなんて!』と思って、わたしはお兄さん目当てに無駄に図書館に通い詰めた。
話しかけることはできなかった。だって、話しかけて仕事の邪魔をしたくなかったから。
話のとっかかりもないし、何よりわたしと話したって面白くないだろうし……。
『返却は月曜ですから』
『はい』
『本の返却に来ました』
『はい』
――そのやりとりだけで胸いっぱい。
クールでミステリアスな司書のお兄さん……見ているだけでよかった。関わりを持つなんて考えられなかった。
人間としての彼を知りたいとも思っていなかった。ましてや、恋人になりたいなんて……。
本当に、ただの憧れの存在。
おとぎ話の中の人だった。
「おとぎ話か……。俺も、レイチェルのことはそんな風に考えてた」
「えー、そうなんですか? 全く眼中にないかと思ってた」
「そんなことはない。たぶん……レイチェルが俺に気持ちを向けるより前から気になってた」
「え……?」
意外な言葉に顔が熱くなる。
でも、でも……。
「それなのに……なかったことにしようって思ったの」
「そうだな。……住んでる世界が違うから」
「……また……。住んでる世界って、何? ……グレンさんの世界には、例えば誰がいるの」
「誰もいない」
「え……」
「俺の世界には、俺しかいなかった。俺以外にはみんな"色"がある」
「………………」
彼の話は、時々とても感覚的だ。
似た世界観を持つルカよりも、さらに困難を極める……。
「グレンさんには、色はないの」
わたしの問いに彼は静かにうなずく。
久しぶりに見る、あの遠い目をして……。
――ああ、まただ。今彼の心は、ノルデンの孤児院に帰っている。
飛んでいくはずなんかないけれど、わたしは彼の腕に両手を絡ませてしがみついた。
「俺は自分の見た目が好きじゃなかった。黒と白と灰色しかない。それにあの孤児院の生活で、心が少ない。……だから、俺には"色"がない」
「…………」
彼の"意識の闇の世界"には色がなかった。景色は全部モノクロ……色があるのは、"火"だけ。
あれは彼のこういう考えから来ているものだったんだ。
わたしは、彼の中にはある種の「境界線」があると思っていた。
それは例えば戦う人と、戦わない人……でも、そんな生易しいものじゃなかった。
彼はずっと他者から自分を切り分けていた。人から受け取る悪意だけを、真実のものとして引き連れて……。
「だから……わたしのことも遠ざけようとしたの」
「……見ているだけで良かった。レイチェルは、"絵画の世界"の人間だから」
「絵画……?」
どこを見ているか分からない目で、彼が語る。
ノルデンの孤児院にいた頃の話だ。
孤児院の自由時間、彼は毎日のように街へ出た。
街には"色"があふれている――特に、"ヒト"の家の窓枠の向こうを見るのが好きだった。
そこにはいろんな色の"火"が、人の感情がゆらめいている。
それはとても綺麗で眩しい、別の世界。まるで絵を見ているようだった。
だから、"絵画の世界"。窓枠の向こうの綺麗な"火"は、幸せな家庭の肖像……。
「……だから、レイチェルはそっち側の世界の人間で、俺は踏み込んではいけない……ましてや、手に入れようなんて思うのは間違いだった。望むものが手に入らないことには慣れているし、大丈夫だと……」
「………ばか。どうして、そんな」
「……レイチェル」
「…………」
――"意識の闇の世界"で、彼の過去を見た。
幼い彼は、確かに街を歩きながら人の家の"火"を見ていた。
姿が黒い泥に置き換わっていたから、表情も感情も読み取れなかった。
あの時彼は、そんなことを考えていたんだ……。
泣きそうなのをこらえて、彼の頬を両手で包んだ。
彼の灰色の瞳は、ちゃんと今のわたしを映してくれているだろうか?
「……グレン……"絵画の世界"なんて、ないよ。わたしもあなたも、同じ世界に住んでる……」
「…………そうか」
「そうだよ。2人だけじゃない、みんなと同じ世界だよ。……あの、色も名前もない世界なんかじゃない……」
「ありがとう。…………」
「ん?」
彼が少し笑って、自分の膝の間に座るように促してきた。
最近のわたしの指定席のひとつ……恥ずかしいけど大好きだ。
後ろからすっぽり包まれて、背中に彼の体温を感じる。ずっとこうしていてほしいって思ってしまう。
「なあに? わたし、変なこと言っちゃったかな……」
「いや。自分の世界に閉じこもろうとしたら、その都度誰かがやって来て、『そんなものない』って分からせようとしてくるから」
「分からせ……??」
「昔、俺の世界に色と感情だらけの化け物が入ってきた。それ以来ずっとだ」
「色と感情だらけ。……あっ、もしかしてカイル……?」
「そう」
「えー、ひどいなぁ……ふふ」
「俺1人の静かな世界と思ってるのに、勝手に入ってきて勝手に色々喋っていく。雑音ばかり持ち込む。……兄弟揃ってだ」
「……ジャミルもなの?」
「あいつ、俺の常識をことごとくぶち壊すんだ。知らないとはいえ、魔王だの死神だの言われて恐れられてる人間の目の前で『こいつヤベー薬売ってるんじゃ』なんて言うし」
「あはは……。カイルもジャミルも、グレンさんのこと普通の人だと思ってるんだ」
「そうだな……まさか、死んだあとまで俺の世界に入ってきて、あれこれ壊して分からせてくるとは思わなかったが」
「ふふ。……みんなと出会えてよかったですね」
「そうだな。…………」
「ん?」
沈黙が気になったので後ろを振り返ると、彼が柔らかく微笑んだ。
至近距離で見るそれはさすがに破壊力が高い。骨抜きになっちゃう……。
「みんながあそこまでしてくれるようになったのは……みんなが変われたのは、レイチェルのおかげだ。……みんなレイチェルと出会えてよかったと思ってる」
「そ、そうかな……? わたし特に、何も」
「少なくとも俺はレイチェルにめぐり会えてよかったと、心の底からそう思ってる」
「グレン」
「ありがとう、俺を……見つけてくれて」
大きな手が頬を覆う。彼が顔を近づけてきたので、そのまま唇を重ねた。
「………………」
唇が離れたあとわたしも何か言いたかったけれど、胸がいっぱいで何も返せなかった。
何が由来か分からない涙だけがぼろぼろとこぼれて、彼の腕にしがみつくしかできない。
――グレンさん、わたしも、あなたに会えてよかった。
これからもずっとずっと、同じ世界で生きていきましょう。
……大好きです。
――15章(前) 終わり――
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