278 / 385
【第3部】13章 切り裂く刃
17話 闇のはざまから呼ぶ声
しおりを挟む
次の日。
やはり、カイルは戻らない。
グレンさんがカイルの代わりに飛竜のシーザーにエサをあげている間、わたしは朝食の準備。
食堂にやってくると、テラスの近くのテーブルにジャミルが突っ伏していた。
釈放されてから自宅には戻らず、ここでカイルの帰りを待ちながら酒場の仕事に行っているそうだ。
傍らには鳥の姿を保てない使い魔が、またゲル状の塊として彼のメガネと共にべちょりと横たわっている。
「……ジャミル」
思わず呼びかけてみたものの、なんと言葉をかければいいか分からない。
ベルがいなくなった上に、カイルもいない。
待っていても帰ってこない。
あると思っていた当たり前の日常が、訪れない。
"あの日"と同じことが、繰り返されている……。
しばらくしてからジャミルは顔を上げ、テーブルに雑に置いてあるメガネを取ってかけ直した。
「……静かだな」
「うん」
「グレンとルカと、それからお前と……最初の頃と同じメンツだ。でももうあの頃と状況がちがう」
「うん……」
「ベルがいなくなっちまって、それにカイルが……オレが、また、オレのせいで」
「やめようよ。グレンさんも『関係ない』って言ってたじゃない。カイルも絶対そんなこと思ってないよ」
「…………」
――5年前カイルがいなくなったとき、わたしは落ち込むジャミルに何も言えなかった。
何か言おうにももう付き合いがほとんどなくなっていたから、ふんわりとした綺麗事しか言えない。
それなら何も言わない方がいいと思ったから。
でも、今度はちゃんと中身のある言葉を届けられる。
「大丈夫だよ。何かあったって、グレンさんもルカもいる。ジャミルにだって使い魔がいるじゃない。みんなの力でカイルを助けられるよ」
「……アイツが、オレの助けなんか必要かな」
「要るよ。お兄ちゃんだもん」
「そりゃ、そうだけどよ……」
ジャミルが苦笑いしながら、またテーブルに顔をぺたりとくっつける。
そんな彼の顔の周りを、ウィルがピィピィ鳴きながらうごうごと這い回る――まだスライムの形状だけど、昨日より活動的だ。
「カイルに、ベル……ここんとこずっと、2人に寄っかかりすぎだったなって思って」
「いいじゃない、別に。誰にも寄りかかれなかったら潰れちゃうよ。わたしも……グレンさんがああなったとき、なんにもできないってくじけそうだったよ。でも、ルカが励まして立たせてくれた。みんながいたから潰れないで済んだの。みんな、誰かの助けが必要だよ」
「誰かの、助け……か」
ジャミルが顔の前にいるウィルを指でつつくと、ウィルの身体がぷるぷる震える。
「……最近、夢を見るんだ。ベルが泣きながら『助けて』ってずっと呼んでんだ」
「夢? って、まさかまた闇の……」
「いや……ただの、オレの願望じゃねえかな。……みっともねぇ」
「みっともなくなんかないよ。わたしも、グレンさんに『助けて』って言ってもらいたかったもん。……たった1人、大事な人に求められたいって、そんなおかしいことかな?」
「……そっか。けどやっぱ、オレのは願望で妄想なんだよなぁ。誰かにめちゃくちゃ必要とされたい、みたい、な……?」
彼の言葉の途中で空気が揺れ、窓を閉め切っているはずの食堂に生暖かい風が吹いた。
そう感じたのと同時に、テーブルの上にいるウィルがグネグネと蠢き始め、その身体から紫色の煙が立ち上る。
「きゃっ……!」
「レイチェル! ジャミル!」
「グレンさん……!!」
ウィルの気配の変化を感じたらしいグレンさんが転移魔法で現れ、すぐさまわたしに駆け寄りわたしをその背に隠した。
ジャミルはウィルから少し離れた位置まで下がり、ウィルの様子を見ている。
ウィルの身体から紫色の煙がどんどん吹き出て、部屋中が紫色に染まる――。
「一体、どうした!?」
「分かんねえ、急に、煙が吹き出て……!」
「……な、何、あれ!?」
バリバリという音を立てながらウィルの姿が黒色の渦へと変わっていく。
しばらくすると音が止み、渦の中から何か聞こえてきた。
『ひっ……う、う……』
人の……女性の泣き声だ。
これは、この声は……。
「ベル……?」
ジャミルが一言つぶやく。
――そうだ。この声はベルのもの。ベルがすすり泣く声が聞こえる……。
『ひっ……うっ、ジャミル君、ジャミル、君……』
「……ベ、ベル……」
渦の中心から聞こえる恋人の悲痛な呼び声――引き寄せられるようにジャミルが渦へと歩み寄っていく。
「ジャミル……!」
グレンさんが何かを言いかけてやめる。
「危ない」とか「近寄るな」とか言おうとしたのかもしれない。
でもあの渦は、ジャミルの使い魔ウィルが姿を変えたもの。
使い魔が主人の恋人の声を使って、主人を危険に晒すなんてことは考えられない。
でも、この状況はあまりに異様だ。そのままにしていいのか、引き留めるべきなのか、グレンさんにも判断がつかないのかもしれない。
「ベル、なのか、一体、どうし……」
『たすけて……ジャミル君』
「ベ、ベル……」
『ジャミル君っ、たすけて……たすけて……!』
「……ベル……、ベルッ!!」
ジャミルがベルの名前を大声で唱えると、その呼びかけに応えるように渦がバチバチという音とともにグワッと拡がってジャミルを覆う。
「ジャミル……!!」
締め切っているはずの食堂に、立っていられないほどの強い風が巻き起こる。まるで、わたし達の追随を拒むように……。
「くっ……!」
「きゃあっ……!!」
次の瞬間渦が素早く閉じ、ジャミルの姿が渦ごと消えた。
紫に染まった部屋が一瞬で元の色に戻る。
「ジャ、ジャミル……うそ……」
テラスの窓から気持ちのいい朝日が差し込み、周辺の森からは鳥の鳴き声が聞こえる。
――静かだ。
今仲間が目の前から消えた以外全くいつもと変わりのない、静かで、のどかな、いつもの朝――。
やはり、カイルは戻らない。
グレンさんがカイルの代わりに飛竜のシーザーにエサをあげている間、わたしは朝食の準備。
食堂にやってくると、テラスの近くのテーブルにジャミルが突っ伏していた。
釈放されてから自宅には戻らず、ここでカイルの帰りを待ちながら酒場の仕事に行っているそうだ。
傍らには鳥の姿を保てない使い魔が、またゲル状の塊として彼のメガネと共にべちょりと横たわっている。
「……ジャミル」
思わず呼びかけてみたものの、なんと言葉をかければいいか分からない。
ベルがいなくなった上に、カイルもいない。
待っていても帰ってこない。
あると思っていた当たり前の日常が、訪れない。
"あの日"と同じことが、繰り返されている……。
しばらくしてからジャミルは顔を上げ、テーブルに雑に置いてあるメガネを取ってかけ直した。
「……静かだな」
「うん」
「グレンとルカと、それからお前と……最初の頃と同じメンツだ。でももうあの頃と状況がちがう」
「うん……」
「ベルがいなくなっちまって、それにカイルが……オレが、また、オレのせいで」
「やめようよ。グレンさんも『関係ない』って言ってたじゃない。カイルも絶対そんなこと思ってないよ」
「…………」
――5年前カイルがいなくなったとき、わたしは落ち込むジャミルに何も言えなかった。
何か言おうにももう付き合いがほとんどなくなっていたから、ふんわりとした綺麗事しか言えない。
それなら何も言わない方がいいと思ったから。
でも、今度はちゃんと中身のある言葉を届けられる。
「大丈夫だよ。何かあったって、グレンさんもルカもいる。ジャミルにだって使い魔がいるじゃない。みんなの力でカイルを助けられるよ」
「……アイツが、オレの助けなんか必要かな」
「要るよ。お兄ちゃんだもん」
「そりゃ、そうだけどよ……」
ジャミルが苦笑いしながら、またテーブルに顔をぺたりとくっつける。
そんな彼の顔の周りを、ウィルがピィピィ鳴きながらうごうごと這い回る――まだスライムの形状だけど、昨日より活動的だ。
「カイルに、ベル……ここんとこずっと、2人に寄っかかりすぎだったなって思って」
「いいじゃない、別に。誰にも寄りかかれなかったら潰れちゃうよ。わたしも……グレンさんがああなったとき、なんにもできないってくじけそうだったよ。でも、ルカが励まして立たせてくれた。みんながいたから潰れないで済んだの。みんな、誰かの助けが必要だよ」
「誰かの、助け……か」
ジャミルが顔の前にいるウィルを指でつつくと、ウィルの身体がぷるぷる震える。
「……最近、夢を見るんだ。ベルが泣きながら『助けて』ってずっと呼んでんだ」
「夢? って、まさかまた闇の……」
「いや……ただの、オレの願望じゃねえかな。……みっともねぇ」
「みっともなくなんかないよ。わたしも、グレンさんに『助けて』って言ってもらいたかったもん。……たった1人、大事な人に求められたいって、そんなおかしいことかな?」
「……そっか。けどやっぱ、オレのは願望で妄想なんだよなぁ。誰かにめちゃくちゃ必要とされたい、みたい、な……?」
彼の言葉の途中で空気が揺れ、窓を閉め切っているはずの食堂に生暖かい風が吹いた。
そう感じたのと同時に、テーブルの上にいるウィルがグネグネと蠢き始め、その身体から紫色の煙が立ち上る。
「きゃっ……!」
「レイチェル! ジャミル!」
「グレンさん……!!」
ウィルの気配の変化を感じたらしいグレンさんが転移魔法で現れ、すぐさまわたしに駆け寄りわたしをその背に隠した。
ジャミルはウィルから少し離れた位置まで下がり、ウィルの様子を見ている。
ウィルの身体から紫色の煙がどんどん吹き出て、部屋中が紫色に染まる――。
「一体、どうした!?」
「分かんねえ、急に、煙が吹き出て……!」
「……な、何、あれ!?」
バリバリという音を立てながらウィルの姿が黒色の渦へと変わっていく。
しばらくすると音が止み、渦の中から何か聞こえてきた。
『ひっ……う、う……』
人の……女性の泣き声だ。
これは、この声は……。
「ベル……?」
ジャミルが一言つぶやく。
――そうだ。この声はベルのもの。ベルがすすり泣く声が聞こえる……。
『ひっ……うっ、ジャミル君、ジャミル、君……』
「……ベ、ベル……」
渦の中心から聞こえる恋人の悲痛な呼び声――引き寄せられるようにジャミルが渦へと歩み寄っていく。
「ジャミル……!」
グレンさんが何かを言いかけてやめる。
「危ない」とか「近寄るな」とか言おうとしたのかもしれない。
でもあの渦は、ジャミルの使い魔ウィルが姿を変えたもの。
使い魔が主人の恋人の声を使って、主人を危険に晒すなんてことは考えられない。
でも、この状況はあまりに異様だ。そのままにしていいのか、引き留めるべきなのか、グレンさんにも判断がつかないのかもしれない。
「ベル、なのか、一体、どうし……」
『たすけて……ジャミル君』
「ベ、ベル……」
『ジャミル君っ、たすけて……たすけて……!』
「……ベル……、ベルッ!!」
ジャミルがベルの名前を大声で唱えると、その呼びかけに応えるように渦がバチバチという音とともにグワッと拡がってジャミルを覆う。
「ジャミル……!!」
締め切っているはずの食堂に、立っていられないほどの強い風が巻き起こる。まるで、わたし達の追随を拒むように……。
「くっ……!」
「きゃあっ……!!」
次の瞬間渦が素早く閉じ、ジャミルの姿が渦ごと消えた。
紫に染まった部屋が一瞬で元の色に戻る。
「ジャ、ジャミル……うそ……」
テラスの窓から気持ちのいい朝日が差し込み、周辺の森からは鳥の鳴き声が聞こえる。
――静かだ。
今仲間が目の前から消えた以外全くいつもと変わりのない、静かで、のどかな、いつもの朝――。
0
あなたにおすすめの小説
遡ったのは君だけじゃない。離縁状を置いて出ていった妻ーー始まりは、そこからだった。
沼野 花
恋愛
夫と子供たちに、選ばれなかったイネス。
すべてを愛人に奪われ、彼女は限界を迎え、屋敷を去る。
だが、その先に待っていたのは、救いではなかった。
イネスを襲った、取り返しのつかない出来事。
変わり果てた現実を前に、
夫はようやく、自分が何を失ったのかを思い知る。
深い後悔と悲しみに苛まれながら、
失ったイネスの心を取り戻そうとする夫。
しかし、彼女の心はすでに、外の世界へと向かっていた。
贖罪を背負いながらもイネスを求め続ける夫。
そして、母の心を知っていく子供たち。
イネスが求める愛とは、
そして、幸せとは――。
里帰りをしていたら離婚届が送られてきたので今から様子を見に行ってきます
結城芙由奈@コミカライズ3巻7/30発売
恋愛
<離婚届?納得いかないので今から内密に帰ります>
政略結婚で2年もの間「白い結婚」を続ける最中、妹の出産祝いで里帰りしていると突然届いた離婚届。あまりに理不尽で到底受け入れられないので内緒で帰ってみた結果・・・?
※「カクヨム」「小説家になろう」にも投稿しています
虚弱体質?の脇役令嬢に転生したので、食事療法を始めました
たくわん
恋愛
「跡継ぎを産めない貴女とは結婚できない」婚約者である公爵嫡男アレクシスから、冷酷に告げられた婚約破棄。その場で新しい婚約者まで紹介される屈辱。病弱な侯爵令嬢セラフィーナは、社交界の哀れみと嘲笑の的となった。
最愛の番に殺された獣王妃
望月 或
恋愛
目の前には、最愛の人の憎しみと怒りに満ちた黄金色の瞳。
彼のすぐ後ろには、私の姿をした聖女が怯えた表情で口元に両手を当てこちらを見ている。
手で隠しているけれど、その唇が堪え切れず嘲笑っている事を私は知っている。
聖女の姿となった私の左胸を貫いた彼の愛剣が、ゆっくりと引き抜かれる。
哀しみと失意と諦めの中、私の身体は床に崩れ落ちて――
突然彼から放たれた、狂気と絶望が入り混じった慟哭を聞きながら、私の思考は止まり、意識は閉ざされ永遠の眠りについた――はずだったのだけれど……?
「憐れなアンタに“選択”を与える。このままあの世に逝くか、別の“誰か”になって新たな人生を歩むか」
謎の人物の言葉に、私が選択したのは――
仕事で疲れて会えないと、恋人に距離を置かれましたが、彼の上司に溺愛されているので幸せです!
ぽんちゃん
恋愛
――仕事で疲れて会えない。
十年付き合ってきた恋人を支えてきたけど、いつも後回しにされる日々。
記念日すら仕事を優先する彼に、十分だけでいいから会いたいとお願いすると、『距離を置こう』と言われてしまう。
そして、思い出の高級レストランで、予約した席に座る恋人が、他の女性と食事をしているところを目撃してしまい――!?
美人同僚のおまけとして異世界召喚された私、無能扱いされ王城から追い出される。私の才能を見出してくれた辺境伯様と一緒に田舎でのんびりスローライ
さら
恋愛
美人な同僚の“おまけ”として異世界に召喚された私。けれど、無能だと笑われ王城から追い出されてしまう――。
絶望していた私を拾ってくれたのは、冷徹と噂される辺境伯様でした。
荒れ果てた村で彼の隣に立ちながら、料理を作り、子供たちに針仕事を教え、少しずつ居場所を見つけていく私。
優しい言葉をかけてくれる領民たち、そして、時折見せる辺境伯様の微笑みに、胸がときめいていく……。
華やかな王都で「無能」と追放された女が、辺境で自分の価値を見つけ、誰よりも大切に愛される――。
私が王子との結婚式の日に、妹に毒を盛られ、公衆の面前で辱められた。でも今、私は時を戻し、運命を変えに来た。
MayonakaTsuki
恋愛
王子との結婚式の日、私は最も信頼していた人物――自分の妹――に裏切られた。毒を盛られ、公開の場で辱められ、未来の王に拒絶され、私の人生は血と侮辱の中でそこで終わったかのように思えた。しかし、死が私を迎えたとき、不可能なことが起きた――私は同じ回廊で、祭壇の前で目を覚まし、あらゆる涙、嘘、そして一撃の記憶をそのまま覚えていた。今、二度目のチャンスを得た私は、ただ一つの使命を持つ――真実を突き止め、奪われたものを取り戻し、私を破滅させた者たちにその代償を払わせる。もはや、何も以前のままではない。何も許されない。
王太子妃専属侍女の結婚事情
蒼あかり
恋愛
伯爵家の令嬢シンシアは、ラドフォード王国 王太子妃の専属侍女だ。
未だ婚約者のいない彼女のために、王太子と王太子妃の命で見合いをすることに。
相手は王太子の側近セドリック。
ところが、幼い見た目とは裏腹に令嬢らしからぬはっきりとした物言いのキツイ性格のシンシアは、それが元でお見合いをこじらせてしまうことに。
そんな二人の行く末は......。
☆恋愛色は薄めです。
☆完結、予約投稿済み。
新年一作目は頑張ってハッピーエンドにしてみました。
ふたりの喧嘩のような言い合いを楽しんでいただければと思います。
そこまで激しくはないですが、そういうのが苦手な方はご遠慮ください。
よろしくお願いいたします。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる