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【第3部】13章 切り裂く刃

◆エピソード―グレン:自由な空から

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 意味不明の逮捕劇から3日後、服と所持品と共に釈放された。
 他の2人はどうなったのか分からない。
 カイルは恐らくまだ拘束中。ジャミルは牢に戻ってこなかったから、一足先に釈放されたのかもしれない。
 もしそうなら、砦にいればそのうちに顔を出すだろう。
 
(砦……)
 
 早く砦のレイチェルの元に飛んで行きたいが、今は転移魔法を使えない。
 取り調べ中ずっと沈黙魔法サイレスで魔法を封じられていた。
「使う気がないから使わない」のと「封じられて使えない」のでは訳がちがう。後者は魔法使いにとって自然の摂理に逆らうことを意味する。
 抑え込まれていた魔力をどこかで解放しなければ、次に魔法を使う時に暴発する可能性があり危険だ。
 魔術学院や先ほどの聖銀騎士団詰所のような施設なら、魔力解放のための魔道具があるのだが……。
 
(仕方がない)
 
 魔力が解放できないなら、運動して体力として発散させるしかない。
 そういうわけで、歩いて帰らなければいけない――……。
 
『……サイレスってそんな手間かかるのかよ。魔力の解放とかも面倒~。魔法使いもそんな万能じゃないんだな~っ』
 
「…………」 
 
 ――いつかカイルにサイレスの説明をした時、そんな風に言われたのを思い出した。
 
『結局最後はパワーだよなぁ』
『……勉強の邪魔するなら帰れ』
『マジメ~。俺の兄貴みたい。部屋行ったらさあ、そう言って追い出そうとすんの』
『……』
 
 ことあるごとに、会話の中に「兄」が登場する。
 兄貴がこうだった、兄貴がああ言った、それで俺の兄貴が……。
 その話の時はいつも楽しそうだ。こちらも思わず吹き出してしまうことも少なくなかった。
 楽しいが、同時に妬ましく、そして悔しくもあった。
 家族がいるということ、それから……俺と話す時よりも楽しそうに話すことが、何か面白くない。
 複雑な感情だ。今もあの感情の説明はつかない。
 
『……その兄とは今も一緒に住んでるのか』
 
 苛立ちを隠しながらそう聞いてみると、目を見開いて驚かれた。会話中、俺から質問をすることはほとんど全くなかったからかと思ったが……。
 
『いや……事情があって、今は別々に暮らしてるんだ……』
『…………』
 
 いつもより小さい声でそう返ってきた。
 服をギュッとつかみながら、目を泳がせて――俺は「そうか」とだけ返して、以降その兄についての質問はしないことにした。
 
 離れている"事情"というのは、思った以上に複雑なものだった。
 
 
 ◇
 
 
「……あのさあ。あの……」
「?」
「……えっとぉ、あのさあ……」
「なんなんだ、さっきから」
「いや……うーん……えっと」
 
 その日のカイルはいつもとちがって、何かソワソワとしていた。
 何か話そうとしては止め、また息を吸って言葉を出そうとして……何度目かでようやく、意を決したように口を開いた。
 
「お、お前さあ……俺があの、み、未来から来た……とかって言ったら……信じる?」
「……は?」
 
 思わずそう返してしまった。
 そんな俺の反応を見たカイルはすぐさま、
「なんてなー、そんなこと、あるわけないよな!?」と必要以上の大声で叫ぶように言って笑った。
 いつか兄のことを聞いた時と同じに、シワがつきそうなくらいに自分の服をギュッとつかんで……。
 
「……悪い」
「い、いいんだ。……馬鹿、みたいだよな。どっかの物語じゃあるまいし……ハハ」
「…………」
 
 泣きそうな顔。
 さすがに、あんな反応をしてしまったことを悔いた。
 
(未来から……)
 
 ――思い当たる節はいくつかあった。
 こいつのまとう"色"は、いつも周りと調和が取れておらず不自然だ。
 それと……。
 
「物語……」
「え?」
「あの小説の内容知ってたのって、それで?」
「へっ? あっ……」
 
 ――そう。
 いつか、俺が読んでいた推理小説の内容――犯人にトリック、動機までをこいつが一通りバラしてきたことがあった。
 それは雑誌に連載中の小説でまだ奴の言う展開にまで至っておらず、楽しみを全部奪われた俺は丸めた雑誌で奴の顔と頭をパコパコ叩きまくった。
 
「いて、痛え! ……ご、ごめん、有名だから、知らないなんて思わなくて……」
「黙れ。竜騎士団領では先行公開なのかなんなのか知らないが、ふざけるな。殺すぞ」
「うう、ごめんホント……ごめん」
 
 ――それから数ヶ月後、その小説は書籍として発売された。
 著者はディオール在住で、その作品がデビュー作。
 先の展開を知っているなんて、まずありえない話だった。
 
「あ、あれはあの、ホント……も、申し訳」
「1545年生まれ?」
「えっ? あ、ああ……。えっ、なんで」
「ミランダ教の水鏡で」
「えっ!?」
 
 もうひとつ、確実におかしなところがあった。
 
「自分の誕生日知らないなんて愛想がない」と、こいつにミランダ教の教会に連れて行かれたことがあった。
 そこの水鏡に血を垂らすとその人間の魂の情報――生年月日が浮かび上がるということらしい。原理は分からない。不思議だ。
 それが分かったのはいいが、同時に魔法の資質の"火"を示す箇所が天井に届くくらいに赤く光を放って――それを見たことがなかったらしいカイルが焦りまくって、自分の血を垂らした。
 すると赤色の光は消え、今度は奴の資質と生年月日が浮かび上がった。
 1545年12月11日――その情報が正しいなら、こいつは俺よりも8歳年下だ。だが、どう見てもちがう。
 
「ま、マジで!? 知らなかっ……え、お前、よく見てるなぁ――」
「……それで?」
「え?」
「未来の人間だったら、何」
「何……って……」
「敬え とか?」
「い、いや、そんなことは」
「そうか。じゃあ、それはそれで」
「え……うん。はは……」
 
 それからも、特に何も変わることなく付き合いは続いた。
 こいつがどこの誰でどの時代の人間かなんて、正直どうでもいい。今まで通りただつまらない話をしていられれば、それでよかった。
 
 
 ◇
 
 
「俺さ、竜騎士辞めて冒険者になったんだ」
「え?」
 
 数年後のある日、カイルがそう告げてきた。
 
 数年のうちにお互いの環境は変わっていた。
 カイルは竜騎士の位が上がり、俺は黒天騎士になっていた。お互いに多忙になり、会う回数は減っていた。
 会う場所もマードック武器工房ではなく、黒天騎士団の寮の応接室だ。話す時間も短くしか取れない。
 
「辞めたって……なぜ?」
「ちょっと世界を見て回りたくなってさー。お前もどう?」
「なぜ」
「なぜって……うーん、ディオール以外の世界も見てみたいとかない?」
「特に」
「えー」
「黒天騎士を辞めてまでやりたいことじゃない」
「そっかー」
 
 残念そうに眉を下げて、カイルが肩をすくめる。
 
「まあ冒険者って言っても、限られた時間だしな。それなのに誘うのも、無責任か」
「……限られた時間?」
「俺、多分もうすぐ消えるんだ。……時間を越えた日が近づいてる。その日になったら俺、元の自分に戻るんだ」
「…………」
 
 ――そうだ。こいつは未来から来た人間だった。
 元の自分に戻る為に、いくつかの制約を守りながらその日まで待たなければいけない――そんな風に言っていた。
 
「辞めたいって言ったらゲオルク様――ユング侯爵には引き留められたんだけど。あの人は俺の事情知ってるから、『最後の1年は好きに生きたいんです』って言ったら許してくれたよ。最後『お前がいたから娘の今がある』なんて言ってたなぁ。ちょっとの間遊び相手してただけなのに……尊敬してるけど、ちょっと過保護で大げさなんだよなー、あの人」
「…………」
 
「俺……最初は元の時代、元の自分に戻る日を待ってたんだけど。10年くらいここで生きてるうちに、戻りたくないって思うようになってさ。……俺が元の自分に戻ったら、クライブ・ディクソンとして積み上げた歴史はどうなるのかな? 俺の存在や記憶はなかったことになるのかな? 俺は今までの全部忘れて、お前や親方や世話になったじいさん、俺が出会ってきた人もみんな俺を忘れて……12歳の俺とみんな、再会してもお互い分からないまますれ違ってしまうんだろうか? ……そもそも俺も本当の自分なのに、"元の自分"ってなんなんだろう」
 
「…………」
「その時が来たら、俺はどっちの自分を選び取るべきかな……」
「…………」
 
 ――こいつとは悩み事を相談しあうことはない。
 別に信頼していないわけじゃない。……向こうはどうだか知らないが。
 
 変な施設出身でカラスとか、未来から飛ばされた人間とか……お互いに抱えている問題が大きいから、質問すると必ず気まずいところにぶち当たる。
 だから、お互いに踏み込みすぎないのが不文律になっていた。
 
 そんな関係の中で、今こいつが誰にも言えないであろう悩みをこうやって打ち明けてきている。
 何か返さなければいけない。
 が、残念ながら俺には到底理解し得ない悩みだった。
 
「……なんて。はは、悪いなこんな重い話。……あれだよな、お前、演習あるんだったよな――」
 
 そう言いながらカイルはソファーから立ち上がった。
 無理矢理に笑顔を作っている。話の途中から、ずっと自分の服を握りしめていた。冒険者になってから買ったであろうその真新しい服は、すでにシワまみれだ。
 
「……俺は」
「ん?」
「お前が、いなくなるのは……つまらないな」
「え……」
 
 俺の言葉を聞いて、カイルは心底驚いたように目を見開く。
 
「あ……はは……お前が、そんなこと言ってくれるなんて、予想してなかったな」
「……」
「……ありがとうな」
 
 そう言ってカイルは頬を掻きながら笑った。
 
「…………」
 
 真剣な悩みに何の答えも出せないばかりか、人生を選べるなんて羨ましい、妬ましいと思う自分がいる。
 浅ましい。狭量だ。
 だが、今言った言葉も決して嘘ではない。
 
 もしこいつが「死ぬ」のではなく、「消える」のなら。
 存在が、なかったことになるのなら。
 そうしたら、こいつに関わった俺の過去、それに連なる現在はどうなるのだろう。
 
 生きてはいるかもしれない。
 だがそれは……ひどく空虚な人生ものになってはいないだろうか。
 
 お前がいないのは、つまらない。
 俺は元のお前なんかは知らない、俺が見てきたお前だけが本当のお前だ。
 忘れられるのが嫌なら、戻らなければいいだけの話。
 ずっと生きてきた"今"を選べばいいじゃないか。
 
 ――行くなよ。
 
 それをちゃんと告げられる人間なら、どれだけよかっただろう……。
 
 
 ◇
 
 
 あいつはいつも、飛竜に乗ってやってくる。
 俺はいつも見上げるしかできない、あの大空を飛んで。
 何もなければ大体ニコニコしている。友達も多い。気さくで人当たりもいい。
 
 自信に満ちあふれていて、いつも堂々としていた。
 いつだってあいつは自由だ。
 羨ましかった。妬ましかった。……憎らしくもあった。
 だが……。
 
『5年後俺は存在していないかもしれない』――。
 
「…………」
 
 あの日記は、あいつが時間を飛んだ"その日"を追い越してから8ヶ月後に書かれたものだった。
 
 いつか存在が消える。
 存在が、記憶が揺らぐ。
 どちらが本当の自分か分からない。
 自分が自分かどうか、分からない。
 
 クライブ・ディクソンという自分を選び取っても、自らの存在はずっと揺らいだまま。
 あいつは決して、自由なんかではなかった。
 見えないくびきから逃れようと、ずっともがいていたのかもしれない――。
 
 
 ◇
 
 
「やっと着いた……」
 
 詰所から歩いて1時間ほど、ようやく砦に到着した。
 3日間閉じ込められた上に粗雑な食事しか食わされていなかったので疲れた。
 砦の内部は静まりかえっている。見たところ聖銀騎士が何かガサ入れをしている様子もなさそうだが……。
 
「レイチェル?」
 
 名前を呼びながらレイチェルを探すも、返事はない。
 ルカも出てこない。まだアルノーと一緒にいるのだろう。
 
 食堂、厨房、医務室、隊長室にもいない。
 
 ――誰もいないから家に帰ったのだろうか? それとも自室か?
 
 そう思いながら2階への階段を上ると、鼻をすするような声が聞こえてきた。
 
「…………!」
 
 俺の部屋の奥に、レイチェルの姿があった。
 俺が魔物討伐に行く時にいつも着ている赤いジャケットを抱きしめて、肩を震わせて泣いていた。
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