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10章 "悲嘆"
14話 赤い輝き(1)
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「ふわぁー、ごめんねレイチェルー、夕方まで寝ちゃうなんてー」
「隠してるって、何がさ」
「えっ……」
カイルと話している途中でやってきたベルが目をパチパチさせながらわたし達2人に順に目をやり、すぐに何かを察して黙り込む。
「みんな、わたしがいない間に何かコソコソ話してるよね。ねえ、ベル」
「えっ? え……」
「ジャミルと買い物行って、解散したあと待ち合わせしてたの。で、ジャミルの戻りが約束の時間より10分くらい遅かったの。ジャミルって昔から、時間遅れたりなんてしたことなかったのに。なんだろ、何か……時間稼ぎとか、してたのかな?」
「…………」
2人とも何も言わない。
ここ数日、わたしが彼の看病や食事作りなどで取り込み中の時に、カイルとベル、それに時々ジャミルも混じって隊長室で何か話している。
何を話しているんだろう、何かわたしに聞かせたくない話でもしているんだろうか……そう思ってずっとモヤモヤしていた。
「やだなあ、時間なんか稼いでなんになるんだよ。兄貴だってたまにはそういうこともあるだろ」
「わたし、この感じ知ってる。5年前カイルがいなくなったとき、街の大人がみんなこんな感じだった。みんな、厳しい顔で慌ただしくて……何か聞いてもごまかされちゃうの」
「…………」
「ほんとのことを教えてよ。みんなして何隠してるの? ねえ! カイル!!」
次の瞬間、鍋が吹きこぼれる音がした。
わたしは慌てて火を止め、そこでようやく我に返った。
「……ごめん、わたし……」
なんで今、あんな怒鳴るみたいに大声で叫んだんだろう。
気まずくて二人の顔を見れない。
「いいよ……気にしないで」
「…………」
カイルはニッコリ笑いながらそう言ってくれたけど、それがたまらなく申し訳ない。
だってわたしは、彼ならきつく当たっても許してくれると、心のどこかでそう思っていたんだから――。
◇
――次の日。
嫌なことを言われたイライラとみんなに当たり散らした後悔とでなかなか寝付けなかった。
目が覚めても起き上がる気になれず、結局お昼前まで自室にこもってしまった。
医務室のグレンさんの様子を見に行くと、時折うなされながらも眠っているようだった。
今日もたぶん、何も食べない。
あんなに大食いなのに、いつから食べてないんだろう?
ここ数日わたしがやっていることは、起きていたくないという彼のために眠り草から睡眠導入剤を調合すること。
薬師を目指しているけれど、こんな薬だけを作っているのはなんだか嫌だ。
早起きな彼が寝ていて、お花の水やりをしているルカもいない。
いつもの朝が訪れないと、なんだか胸にぽっかり穴が開いたように感じる。
食堂に行ってみるとジャミルとベルがいたので、昨日きつく当たって雰囲気を悪くしたことを謝った。
すると二人とも笑いながら、
「まあオレは前科ありまくりだしな。気にすんなよ」
「たまにはそういうこともあるわよ。ね、今日は何かみんなでおいしいもの食べましょ」
と言ってくれた。
――カイルにももう一度謝らなきゃ。
今日は早朝から魔物退治に行って一度帰ってきて、それからルカを捜しに行くらしい。
昼頃には戻るらしいけど……。
「はあ……」
昼食を食べたあと、砦の前庭にある厩舎の屋根の下で座り込んでボーッと考え事をしていた。
中庭のベンチに座っていようかとも考えたけど、あそこにいるのはつらい。
何もない花畑を見たくない。
それに、いつか彼と寄り添いながら話したことを思い出してしまうから。
空を見上げると、ベルが張った光の結界が薄く輝いているのが見える。
この結界のことをベルに聞いてみたら、
「赤眼の人が襲ってきた時のために光属性の結界を張ってるのよ。魔物じゃないから侵入は防げないけど少しでも闇の気を弱体化出来ると思って」ということだった。
ジャミルは珍しく帯剣していた。やはり、赤眼の人対策らしい。
そういえば街でも冒険者風でない普通の街人が武器を携えているのを目にすることが増えた。
ああ、本当に物騒なんだな……わたし、ほんとになんにも見えてない。
ちょっとイヤなことがあったからって、彼のためになにもできなくて悔しいからって、みんなに八つ当たり。
自分と彼のことしか、考えていなかった。
「バイトを辞めるのも手よ」なんてあのエリスという人に言われちゃってたけど――辞めはしないけど、少し離れるのも大事なのかもしれない。
ここにいるから同じ事ばかり考えてしまうんだ。
頭冷やしたい。どうせ何もできないんだし、カイルに謝ったあとに薬の作り置きして、そしたら一旦家に帰ろうかな。
――ああ、でもみんなでごはん食べようって言われてたし、やっぱり帰るのは明日にしようかな――そんな風に思っていた時、うつむいて地面の草と土しか見えていない状態の視界に、人の足らしきものが入り込んできた。
(……ん?)
「……ごめん、ください……」
「!」
囁くような低い声に顔を上げると、目の前に白髪の男性が立っていた。
いつの間にいたんだろう?
どうもボーッとしすぎてたみたいだ、砦の入り口の柵から建物までちょっと歩くのに、足音も聞いてなかった……。
「……はい……あの、どうかなさいましたか」
「実は……道に、迷ってしまいまして」
立ち上がって男性の応対をする。
長い白髪を三つ編みにした男性――白い髪だけど髪質はつやつやしていて、加齢で白くなったのではない感じがする。
背が高く筋肉質で、顔にシワもない。おじいさんという年齢ではなさそうだ。
見るからに戦士という風貌で、腰からは黒い剣を下げて――。
「……!!」
「森で、狩りを、して、いましたら、獲物を、逃して、しまいまして――」
「あ……」
――心臓がバクバクと音を立てる。
(黒い、剣……)
ジャミルが数ヶ月前に持っていたものと似た形状の剣だ。
茶色いレンズの眼鏡をかけていて、瞳の色は伺い知れない。
でも、間違いない。
手配書の、赤目の人だ……!
(どうして……!?)
手配書に載っている写真の姿と全然ちがう。
こんな真っ白の頭じゃなかった。あの写真は何年も前のものだったんだろうか?
「み、道に、迷われて……あの、ポルト市街でしたら、あっちですよ」
恐る恐る街への方向を指さす。できるだけ落ち着いて対応しているつもりだけど、声も手も震える。
「ポルト、市街、ですか……そこへ、行けば、獲物が、さぞかし……」
そう言うと男性は薄く笑った。細かく区切って息とともに言葉を話す様が何か異様で恐い。
男性が喋ると剣の柄に埋め込んである宝石が赤く光る。
気のせいか「ボォ……」という音が耳の中に響いて、不安感を覚える――真夜中の校舎や墓場、事故現場なんかを通ったらこんな気分になるかもしれない。
それに彼の左腕部分だけを完全に覆っている黒い鎧は、戦う力のないわたしにも分かるくらいに禍々しい気を放っている。
所々に、赤い宝玉がはまって――これはきっと"血の宝玉"だ。
人の命で出来た、禁呪のための魔器……。
「…………」
――怖い。
どうしよう、どうしよう……悲鳴なんて上げられないし、今はできるだけ穏便に対応して見送って、カイルが帰ってきたら報告を――。
「え……? いえ、街ですから、動物はあまり……?」
「銀色の、汚物が……」
「え……」
「銀の髪の、醜悪な、ね……生き物を、狩っているんですよ。あれは、早いところ、排除、……しな、ければ、ならない……ふ、ふ、ふ」
「…………!」
肩を震わせて、男性はくぐもった声を出して笑う。
「銀髪の醜悪な生き物」というのはきっとノルデン貴族のことだ。あの手配書にもノルデン人をたくさん殺していると書いてあった。
「どう、しましたか……お嬢、さん」
「…………」
「もし、かして」
何も返答できずただ歯をガチガチと震わせているわたしを見て、男性はかけている茶色いレンズのメガネを外して地面に捨てた。
その眼の色は、赤色。
「この……赤い眼を、見るのは、初めて、かな……フフ」
そう言って男性が歯を剥き出しにしてニタリと笑うと、彼の眼が光った。
「ヒッ……」
「レイチェル!!」
「!!」
悲鳴を上げるよりも前にジャミルの叫び声と、空から鳥の鳴き声が響いた。
上空を鷹のような鳥が飛んでいる。身体も翼も紫色――ジャミルの使い魔のウィルだ。
赤眼の男性も同じくそちらに目をやると、ウィルは旋回してから男性の頭上に急降下する。
男性が怯んだ隙に、ジャミルが剣を抜いて彼に斬りかかった。
「ジャミルッ!!」
男性も素早く剣を抜き、ジャミルの剣を受け止めた。
威嚇のために斬りかかっただけなのか、ジャミルは剣を受け止められても意に介さず、後ろに飛んで間合いを取った。
男性が抜いた黒い刃からは血煙のような赤いオーラが立ち上り、人の声のような不気味な音を発する。
「…………!!」
――気持ち悪い。吐き気がする。
「レイチェル、こっちよ!」
「べ、ベル……ベル!!」
ウィルの魔法で出てきたらしいベルの元に、半べそをかきながら駆け寄って抱きついた。
ベルが抱きしめてくれるけど、震えが止まらない。
転移するために、ウィルは再び渦の姿になろうとするも――。
「おっと……!」
「!!」
男性が投げたナイフがウィルに突き刺さり、そのままウィルは地に落ちる。
「きゃあ――っ!!」
「ウィル! ウィルッ!! ……っ、てめえ、よくも……!」
「フ、フフ……兄さん、あんた、使い魔を……従えているのかい……」
「は? それが、何――」
睨み付けるジャミルとは対照的に、男性はジャミルとウィルを交互に見て、紅い眼を光らせニタリと笑う。
「自分は、闇に堕ちなかった……っていう、自慢か……、許せ、ないね……ハァ……フッフッフフ……」
肩を震わせてブツブツと呟いたあと、男性は息だけで笑いながら首を準備運動のようにぐるりと回転させる。
「俺の、名前は……アルゴス。お兄さん……ちょっと、手合わせを、してくれよ……」
「隠してるって、何がさ」
「えっ……」
カイルと話している途中でやってきたベルが目をパチパチさせながらわたし達2人に順に目をやり、すぐに何かを察して黙り込む。
「みんな、わたしがいない間に何かコソコソ話してるよね。ねえ、ベル」
「えっ? え……」
「ジャミルと買い物行って、解散したあと待ち合わせしてたの。で、ジャミルの戻りが約束の時間より10分くらい遅かったの。ジャミルって昔から、時間遅れたりなんてしたことなかったのに。なんだろ、何か……時間稼ぎとか、してたのかな?」
「…………」
2人とも何も言わない。
ここ数日、わたしが彼の看病や食事作りなどで取り込み中の時に、カイルとベル、それに時々ジャミルも混じって隊長室で何か話している。
何を話しているんだろう、何かわたしに聞かせたくない話でもしているんだろうか……そう思ってずっとモヤモヤしていた。
「やだなあ、時間なんか稼いでなんになるんだよ。兄貴だってたまにはそういうこともあるだろ」
「わたし、この感じ知ってる。5年前カイルがいなくなったとき、街の大人がみんなこんな感じだった。みんな、厳しい顔で慌ただしくて……何か聞いてもごまかされちゃうの」
「…………」
「ほんとのことを教えてよ。みんなして何隠してるの? ねえ! カイル!!」
次の瞬間、鍋が吹きこぼれる音がした。
わたしは慌てて火を止め、そこでようやく我に返った。
「……ごめん、わたし……」
なんで今、あんな怒鳴るみたいに大声で叫んだんだろう。
気まずくて二人の顔を見れない。
「いいよ……気にしないで」
「…………」
カイルはニッコリ笑いながらそう言ってくれたけど、それがたまらなく申し訳ない。
だってわたしは、彼ならきつく当たっても許してくれると、心のどこかでそう思っていたんだから――。
◇
――次の日。
嫌なことを言われたイライラとみんなに当たり散らした後悔とでなかなか寝付けなかった。
目が覚めても起き上がる気になれず、結局お昼前まで自室にこもってしまった。
医務室のグレンさんの様子を見に行くと、時折うなされながらも眠っているようだった。
今日もたぶん、何も食べない。
あんなに大食いなのに、いつから食べてないんだろう?
ここ数日わたしがやっていることは、起きていたくないという彼のために眠り草から睡眠導入剤を調合すること。
薬師を目指しているけれど、こんな薬だけを作っているのはなんだか嫌だ。
早起きな彼が寝ていて、お花の水やりをしているルカもいない。
いつもの朝が訪れないと、なんだか胸にぽっかり穴が開いたように感じる。
食堂に行ってみるとジャミルとベルがいたので、昨日きつく当たって雰囲気を悪くしたことを謝った。
すると二人とも笑いながら、
「まあオレは前科ありまくりだしな。気にすんなよ」
「たまにはそういうこともあるわよ。ね、今日は何かみんなでおいしいもの食べましょ」
と言ってくれた。
――カイルにももう一度謝らなきゃ。
今日は早朝から魔物退治に行って一度帰ってきて、それからルカを捜しに行くらしい。
昼頃には戻るらしいけど……。
「はあ……」
昼食を食べたあと、砦の前庭にある厩舎の屋根の下で座り込んでボーッと考え事をしていた。
中庭のベンチに座っていようかとも考えたけど、あそこにいるのはつらい。
何もない花畑を見たくない。
それに、いつか彼と寄り添いながら話したことを思い出してしまうから。
空を見上げると、ベルが張った光の結界が薄く輝いているのが見える。
この結界のことをベルに聞いてみたら、
「赤眼の人が襲ってきた時のために光属性の結界を張ってるのよ。魔物じゃないから侵入は防げないけど少しでも闇の気を弱体化出来ると思って」ということだった。
ジャミルは珍しく帯剣していた。やはり、赤眼の人対策らしい。
そういえば街でも冒険者風でない普通の街人が武器を携えているのを目にすることが増えた。
ああ、本当に物騒なんだな……わたし、ほんとになんにも見えてない。
ちょっとイヤなことがあったからって、彼のためになにもできなくて悔しいからって、みんなに八つ当たり。
自分と彼のことしか、考えていなかった。
「バイトを辞めるのも手よ」なんてあのエリスという人に言われちゃってたけど――辞めはしないけど、少し離れるのも大事なのかもしれない。
ここにいるから同じ事ばかり考えてしまうんだ。
頭冷やしたい。どうせ何もできないんだし、カイルに謝ったあとに薬の作り置きして、そしたら一旦家に帰ろうかな。
――ああ、でもみんなでごはん食べようって言われてたし、やっぱり帰るのは明日にしようかな――そんな風に思っていた時、うつむいて地面の草と土しか見えていない状態の視界に、人の足らしきものが入り込んできた。
(……ん?)
「……ごめん、ください……」
「!」
囁くような低い声に顔を上げると、目の前に白髪の男性が立っていた。
いつの間にいたんだろう?
どうもボーッとしすぎてたみたいだ、砦の入り口の柵から建物までちょっと歩くのに、足音も聞いてなかった……。
「……はい……あの、どうかなさいましたか」
「実は……道に、迷ってしまいまして」
立ち上がって男性の応対をする。
長い白髪を三つ編みにした男性――白い髪だけど髪質はつやつやしていて、加齢で白くなったのではない感じがする。
背が高く筋肉質で、顔にシワもない。おじいさんという年齢ではなさそうだ。
見るからに戦士という風貌で、腰からは黒い剣を下げて――。
「……!!」
「森で、狩りを、して、いましたら、獲物を、逃して、しまいまして――」
「あ……」
――心臓がバクバクと音を立てる。
(黒い、剣……)
ジャミルが数ヶ月前に持っていたものと似た形状の剣だ。
茶色いレンズの眼鏡をかけていて、瞳の色は伺い知れない。
でも、間違いない。
手配書の、赤目の人だ……!
(どうして……!?)
手配書に載っている写真の姿と全然ちがう。
こんな真っ白の頭じゃなかった。あの写真は何年も前のものだったんだろうか?
「み、道に、迷われて……あの、ポルト市街でしたら、あっちですよ」
恐る恐る街への方向を指さす。できるだけ落ち着いて対応しているつもりだけど、声も手も震える。
「ポルト、市街、ですか……そこへ、行けば、獲物が、さぞかし……」
そう言うと男性は薄く笑った。細かく区切って息とともに言葉を話す様が何か異様で恐い。
男性が喋ると剣の柄に埋め込んである宝石が赤く光る。
気のせいか「ボォ……」という音が耳の中に響いて、不安感を覚える――真夜中の校舎や墓場、事故現場なんかを通ったらこんな気分になるかもしれない。
それに彼の左腕部分だけを完全に覆っている黒い鎧は、戦う力のないわたしにも分かるくらいに禍々しい気を放っている。
所々に、赤い宝玉がはまって――これはきっと"血の宝玉"だ。
人の命で出来た、禁呪のための魔器……。
「…………」
――怖い。
どうしよう、どうしよう……悲鳴なんて上げられないし、今はできるだけ穏便に対応して見送って、カイルが帰ってきたら報告を――。
「え……? いえ、街ですから、動物はあまり……?」
「銀色の、汚物が……」
「え……」
「銀の髪の、醜悪な、ね……生き物を、狩っているんですよ。あれは、早いところ、排除、……しな、ければ、ならない……ふ、ふ、ふ」
「…………!」
肩を震わせて、男性はくぐもった声を出して笑う。
「銀髪の醜悪な生き物」というのはきっとノルデン貴族のことだ。あの手配書にもノルデン人をたくさん殺していると書いてあった。
「どう、しましたか……お嬢、さん」
「…………」
「もし、かして」
何も返答できずただ歯をガチガチと震わせているわたしを見て、男性はかけている茶色いレンズのメガネを外して地面に捨てた。
その眼の色は、赤色。
「この……赤い眼を、見るのは、初めて、かな……フフ」
そう言って男性が歯を剥き出しにしてニタリと笑うと、彼の眼が光った。
「ヒッ……」
「レイチェル!!」
「!!」
悲鳴を上げるよりも前にジャミルの叫び声と、空から鳥の鳴き声が響いた。
上空を鷹のような鳥が飛んでいる。身体も翼も紫色――ジャミルの使い魔のウィルだ。
赤眼の男性も同じくそちらに目をやると、ウィルは旋回してから男性の頭上に急降下する。
男性が怯んだ隙に、ジャミルが剣を抜いて彼に斬りかかった。
「ジャミルッ!!」
男性も素早く剣を抜き、ジャミルの剣を受け止めた。
威嚇のために斬りかかっただけなのか、ジャミルは剣を受け止められても意に介さず、後ろに飛んで間合いを取った。
男性が抜いた黒い刃からは血煙のような赤いオーラが立ち上り、人の声のような不気味な音を発する。
「…………!!」
――気持ち悪い。吐き気がする。
「レイチェル、こっちよ!」
「べ、ベル……ベル!!」
ウィルの魔法で出てきたらしいベルの元に、半べそをかきながら駆け寄って抱きついた。
ベルが抱きしめてくれるけど、震えが止まらない。
転移するために、ウィルは再び渦の姿になろうとするも――。
「おっと……!」
「!!」
男性が投げたナイフがウィルに突き刺さり、そのままウィルは地に落ちる。
「きゃあ――っ!!」
「ウィル! ウィルッ!! ……っ、てめえ、よくも……!」
「フ、フフ……兄さん、あんた、使い魔を……従えているのかい……」
「は? それが、何――」
睨み付けるジャミルとは対照的に、男性はジャミルとウィルを交互に見て、紅い眼を光らせニタリと笑う。
「自分は、闇に堕ちなかった……っていう、自慢か……、許せ、ないね……ハァ……フッフッフフ……」
肩を震わせてブツブツと呟いたあと、男性は息だけで笑いながら首を準備運動のようにぐるりと回転させる。
「俺の、名前は……アルゴス。お兄さん……ちょっと、手合わせを、してくれよ……」
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