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10章 "悲嘆"

7話 やっと、会える

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 カラン、コロン……と、授業の終わりを告げる鐘が鳴る。
 3日間続いた試験もやっと終わり。
 
「はああ、今日のヤバかったぁ~ん……。レイチェル、あれどうだった?」
「確かに難しかったねぇ……問3とか」
「はぁぁ……勉強してたのになぁあああ……」
 
「みなさん、繰り返し注意しますが、帰り道は十分に気をつけてください。冒険者ギルドに薬草を売りに行くのも禁止ですよ! 他も色々物騒ですから、テスト休み中も外出は控えてください!」
 
 2週間ほど毎日聞かされている注意。ため息交じりに、みんなウンザリした顔をする。でも仕方ないだろう。
 
「あーあ。物騒なのがいけないんだよ物騒なのがー。いつもの調子出ないっていうかさぁ」
 
 メイちゃんが机にあごを置いてブーブー言っている。
 
 ――結局、テスト期間中に賞金首の男の人が捕まることはなかった。
 それに加え、ミランダ教の司祭の残忍な殺人事件、さらに今日の朝刊に一面で載った『光の塾』という怪しい組織の話。
 わたし達にとっては全てが非日常で、恐ろしくて落ち着かない。
 
(光の、塾……)
 
 ルカとフランツ、それからグレンさんが関わっていた"光の塾"――フランツがセルジュ様に引き取られたことをきっかけに、セルジュ様の命で聖銀騎士団がその正体を探ってくれていた。
 光の塾は、ディオール北部やノルデンで特に信仰されている聖光神団せいこうしんだんの教えを下敷きに、35年程前に誕生した新興宗教。
 最初は本当に塾だったらしいけど子供を暴行の末殺してしまったため北へ逃げ、次第に宗教団体へと変貌していったらしい。
 
 開祖であるニコライは「自分には光の神の声が聞こえる」「私に光の神が降臨した」「私こそが神だ」などと言い始める。
 果ては「私は魔法を使うことができない。それはこの世にはびこる"ヒト"の穢れのせいである。"ヒト"の穢れが鎖となり私を封じているのだ。神たる私を縛る者はすなわち悪魔。悪の力が私をこのニコライという小さな器に閉じ込めている。信徒達よ、祈りの力で私を解放せよ。そうすればお前達を悪魔の手から救済してみせよう。私が解放されたとき、聖戦が始まる」とまで。
 
 大元になっている聖光神団は、そんなことは一言も教えていない。
 世界を捨てた神に祈りを捧げ「我々の築いた世界を、その成果をせめて一度でも見てもらいましょう」というのが教義。
 光の塾の教義と似ているようで違う。光の神様は再臨しない。救わない、争わない。与えないし、奪わない。
「聖戦」なんてない。全て教祖であるニコライという人の虚言、妄想。
 何も知らない信徒達はただ祈りを捧げる。そして果てには禁呪の魔器ルーンとして使われ――……。
 
(グレンさん……ルカ……)
 
「……チェル、レイチェル……、レイチェルってば!!」
「えっ!?」
「もー! さっきから呼んでんじゃん!」
「わ、わ、ごめん……帰ろっか」
「いやいや、あんたのこと呼びに来た子が、ホレ」
「え?」
 
 見れば、教室の外に隣のクラスの子が立っていた。
 去年同じクラスだった子だ、何の用だろう?
 
「ごめん、どうしたの?」
「うん、校門で男の人に声かけられて『レイチェルのこと呼んできて』って言われてさ~。カッコイイ人だったよぉ、彼氏??」
「えっ、えええ……」
「えええええっ 彼氏!? ちょっとぉ~ なんであたしに報告がないわけ?? 何、どんな人よ!?」
「メ、メイちゃん」
「えっと、茶髪で、メガネかけててぇ……」
「え?」
 
 茶髪で、メガネ。
 それって……。
 
 
 
「…………よう」
「やっぱりジャミルだ。どうしたの? こんなとこ」
 
 校門に立っていたのはジャミルだった。
 あまり意識してなかったけど、知らない人からすればジャミルも「カッコイイ人」なんだなぁ……って、それはいいか。
 彼の肩に止まっていた小鳥のウィルがパタパタと飛んでわたしの方へ……手を差し出すと、わたしの両手のひらに収まってモワッと丸くなった。モコモコ羽毛がかわいい。
 
「お迎えに上がりました」
「お迎え」
「ああ、物騒だからな」
「それは、そうだけど」
「というわけで行くぞ。まず家帰るんだよな」
「あ、うん……わっ!」
 
 手のひらの中のウィルが宙に浮き上がって紫色の渦に姿を変え、すぐに扉の姿に。
 
(えー……)
 
 すごい。すごいけど、これ通って大丈夫なんだよね……?
 
 
 ◇
 
 
「うわっ、すごい……ほんとに家だ」
 
 扉をくぐると、すぐに自宅が姿を現した。
 方法が違うだけで、ルカやグレンさんの転移魔法と何も変わらない。
 
「す、すごいね、一瞬で……なんかもっとこう、ヘンな空間を通っていくのかと思っちゃった!」
「………………」
(あれ……?)
 
 褒めたつもりなのにジャミルは浮かない顔だ。機嫌悪いのかな? まるで……。
 
「……あの……ジャミル」
「用意してこいよ。すぐ行くから」
「あ……うん」
 
 彼に促されたのでわたしは家に入って服を着替え、荷造りを始めた。
 
(どうしたのかな……ジャミル)
 
 砦を辞めてからあまり会うことはなかったけど、今日の彼は何か様子がおかしい。
 そもそも、物騒だからといってなんでジャミルが迎えに来るんだろう? 砦に常駐しているわけでもないだろうし……ベルに会いに行ったついでとかかな?
 それにしては元気がない。まるで、あの呪いの剣を持ってた時みたいだ……。
 
「お待たせー」
「……ああ。じゃ、行くぞ」
「……うん」
 
 なんだろう。なんか、変だな。
 ――何か、あったのかな……?
 
 
 ◇
 
 
「…………!」
「あ……レイチェル、お疲れ様……来てくれたのね」
 
 扉を開けると、そこは砦の医務室だった。
 ベッドの傍らに座っているベルがわたしを見て力なく微笑む。
 そしてベッドには……グレンさんが青白い顔で横たわっていた。
 
「え、え……何、どうしたの」
「うん……」
「俺が説明するよ」
「あ、カイル」
 
 医務室の入り口にカイルが立っていた。わたしを見てにこっと笑って見せる。
 ――いつものようにさわやかに見えるけど、彼もまた表情にかげりがあるような気がする。
 
「……魔物討伐は今日はお休みなの?」
「うん。まあ、色々と訳ありで」
「…………」
「こいつちょっと魔法を使い過ぎちゃって、魔力欠乏症になっちゃったんだ。そこに風邪もこじらせちゃってさ。魔力欠乏症治すのに上級魔力回復薬ハイ・エーテル飲ませたんだけど、なかなかよくならなくて」
「そう、なんだ……」
「それで……レイチェルは、今日の朝刊見た?」
「朝刊って光の塾の話? 見たよ」
 
 今の病気の話と朝刊の話が何の関連があるかわからない。
 
「そっか……グレンが、光の塾と関係していたことは」
「あ……うん。知ってる」
「そっか。それなら話は早い……とりあえずこれも見てよ」
「……?」
 
 渡された紙には光の塾のことが書いてあった――見覚えのある字だ、走り書きだけどきれいで丁寧な……これはジャミルが書いたものだ。
 昨日聖銀騎士のセルジュ様がやってきて検挙した光の塾についての話をしていったとかで、その話の内容を彼が書いていたらしい。
 ……今日の朝刊の内容とほぼ同じ。
 神様がいないと急に明かされたルカは気が動転して、泣きながら砦を飛び出して行った。
 そしてジャミルがルカを捜しに行っている間に、グレンさんはあの"ドルミル草"を飲んで昏倒してしまったという。
 
「そんな……」
 
 彼は光の塾の下位組織の出身。
 その話をする前にルカが飛び出してしまったのでジャミルのメモには書いていなかったけど、新聞にはその記述があった。
 
 ミランダ教でも使っている魔法の資質を調べる盤を使って、まずは資質がある者とない者とで仕分けを行う。
 紋章保持者は、目覚めるまではあの盤に反応しない。
 神の手で"無能者"から、封じられた神の力――紋章を引き出すために、その子達を特別に厳しい環境下に置き監理と指導を行う。彼らの置かれた環境は、全く酷いもの。
 
 俗説によれば、紋章に目覚める条件は「命の危機に瀕した時」。
 子供達はことあるごとに"神の試練"と称した拷問を受ける。
 命を落とすほどの暴力――試練を乗り越えることなく死んだら、その子は神に見放された無能者。試練を乗り越えて紋章に目覚めた者は"一段階高い人間"として光の塾へ。
 光の塾に行ったあとは真名を書き換えられて"天使"に生まれ変わり、最後の最後には禁呪の魔器ルーンにされてしまう。
 来るべき"大悪魔との聖戦"のために、その身を捧げ――。
 "天使"というのは、フランツが言っていた"上のクラス"だろうか?
 ルカはこのままいけば禁呪の魔器ルーンにされるところだった?
 
 最初から最後まで、何の救いもない――グレンさんは幼少期、こんな所に閉じ込められて生きていた。
 そこから救い出される為に神に祈っていたのに、救いはなかった。その神は神でもなんでもない存在だったからだ。
 
 大災害があったから結果的に彼はこの恐ろしい機関から逃げおおせた。
 20年以上経ち大人になっていても、そこの記憶と傷は消えないんだろう。
 "ドルミル草"なんかを飲んで無理矢理に眠ってしまうくらいにショックだったんだ。
 
「グレンさん……、グレン、さん……」
 
 先週会った時に様子が変だった。
 ――どうしたの? 何か辛いことがあったの?
 会いに行って話を聞きたかったけど出かけているかもしれないし、テストが終わってからゆっくり聞こう なんて思っていて……。
 
「う、うう……っ、ひっ……」
 
 泣き出したわたしの背中をベルがさすってくれる。
 わたしはそのままベルに泣きついた。
 
 ――早く会いたかったの。声を聞きたかったの。
 テストが難しかった とか、そんなくだらない話を聞いてもらいたかった。
 それで「頑張ったな」なんて言って、頭撫でて抱きしめてもらいたかったの。
 
 どうしてこんなことになったの?
 お願い、早く目覚めて。わたし、なんでも話を聞くから。
 辛いことを1人で背負わないで。悲しい気持ちを閉じ込めないで。
 お願い、誰もいない世界に行かないで。だってどこにも行かないって、約束したでしょう。
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