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9章 壊れていく日常
◆回想―崩壊
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「働きすぎだ、少し休め」という命令を受け、強制的に休暇を取らされてしまった。
他の将軍にも「とにかく寝ろ」と言われたが、別に眠たくない。
そう言うと「それなら睡眠導入剤を調合してもらえ」と返され、仕方なくめったに行かない騎士団の寮の医務室を目指していた。
(医務室は、食堂の隣だったな……)
「ねえねえ、知ってる? マクロード将軍、休暇取ってるんですって~」
「!」
女の声が聞こえる。
騎士団の寮の食堂や医務室のあるこの棟は、夜はとても静かだ。そんな中、間延びしたようなその女の大きな声は特に目立った。
食堂で仕事終わりらしい給仕と料理人が夜食か何かを食べながら喋っているのが見える。
若い男と女、それから中年の男と女だ。
「へえ、どうしたんだろう。病気かしら」
「彼氏が言ってたんだけど~。最近ベガ要塞の方、魔物増えたでしょ~? それで不眠不休で魔物退治しててぇ、倒れちゃったんだって~」
最近はベガ要塞にこもりきりだった。
たまに寮に戻る機会があっても食事は自室で摂り、食堂にも足を運んでいなかった。
俺が来ることを誰も想定していなかったのだろう。
ましてや、聞き耳を立てられるなど――。
「あー なるほどそれでかー。なんかあの人最近目ヤバかったよな? ……まあ常時ヤバいか、ハハッ!」
「ちょっとぉ、言い過ぎぃ~! 殺されるよ~?」
「しょーぐん様がこんなとこ来るわけないでしょ? てか倒れるとか意外とよわよわだな~」
「マクロード将軍といえばね、知ってる? あの人って『北カンタール商会』の会長の娘さんと付き合ってたらしいんだけどぉ」
「へえ~」
「最近別れたらしいわよ? それでね、その娘さん、別れたあと伯爵令息とスピード婚したらしいわ~!」
「え~っ なにそれぇ~! 将軍は二股かけられてたってことぉ~? やだぁ、将軍かわいそー!」
「それがひどい話でねぇ。北カンタール商会の経営が傾いちゃったらしくて、借金のカタに結婚させられたらしいのよぉ」
「え~っ ひどーい! 将軍、彼女を横取りされちゃったんだ~! かわいそー」
「借金のカタかぁ……にしても将軍も薄情だね。稼いでるんだろうし、ちょっとくらい借金の肩代わりしてやりゃいいのに」
「ね! そう思うでしょぉ!? なんだかガッカリだわぁ。本当に好きならかっさらうくらいしてみろってのよねぇ!」
「案外その娘さんと付き合ったのって金目当てだったんじゃね? そんで金なくなったから捨てたとかさ」
「え~っ ひど~い! 彼女さんかわいそー」
「話は変わるけど。俺さー、あの人が魔物呼び寄せてる説を提唱したいんだよね」
「えー なんで? 意味わかんないけどヒドくない?」
「だってあの人が休み始めてから魔物との戦い減ってんだよ。それと、知ってる? あの人が辺境のちっちゃい村襲ってる魔物を退治した話」
「えー すごぉい」
「……おかしいと思わん? たまたま訪れた西の最果ての村に、たまたま魔物が現れて――なんて、いくらなんでもタイミング良すぎるだろ? 自作自演の救出劇だよ。ノルデンから魔物を産地直送~とか、ありえなくも――」
「その村に行ったのは村人から救援要請の手紙を受け取ったからですよ」
「え……ヒッ!?」
「な!? え……しょ、しょ、将軍……!」
気づけばフラフラと食堂に入り込んで会話に割り込んでいた。
俺はいつも魔法力を抑える魔石の腕輪を身につけている。が、それでも火の紋章を抑えきれず食堂の扉に火が点いてしまった。
さっきまで談笑していた連中は、パチパチと音を立てて燃える扉と、声の主である俺の姿を見て震え上がる。
何を驚いているのか分からない。ここは黒天騎士団の施設なのだから俺が出没する可能性だってゼロじゃない。何故そんなことが分からない?
――どいつが何を喋っていたのかいちいち覚えていない。
とりあえず一番許しがたいことをズケズケ言ってくれた若い男の胸ぐらを掴む。
「『俺が休み始めてから魔物が減った』? ……退治しているんだから減るのは当たり前だろう。俺と、その他に大勢いる黒天騎士が時には血反吐を吐きながら命張ってやってるんだよ。お前、黒天騎士をなんだと思っている」
「は、あ、あ、すす、すみませ……っ」
「――何の謝罪だ。謝った所でさっきの発言は消えないしお前がそう思っている事実も変わらないだろうが!」
そこまで言って、男を投げ飛ばした。
女の悲鳴が響く――うるさい騒ぐな、これくらいのことで死にはしない。
倒れて動けない男の髪の毛を掴み顔を間近に近づけると、男は鼻血と涙を垂れ流しながら懇願するような目で俺を見上げてきた。
――殺されると思っているんだろう。
ふざけるな、誰がお前なんか殺すか……だが、今はそれでいい。
「覚えておけ……俺はお前達を許さない。この先もし魔物に襲われることがあれば、それは俺が手配したと思え!」
鼻血男とその周りの奴らを順に見回し睨み付けながらそう言ってやると、全員ガタガタと震え上がる。
女二人は涙目で「ヒッ」と言いながら抱き合っていた。
――どうせ何をしてもしなくても、好き放題に尾ひれをつけてこの話は広まるだろう。
自分の非は一切話さず、「急にキレて暴れた」とかなんとか言って被害者面。
そして今言った『魔物を手配する』という発言だけが一人歩きする。
果ては『グレン・マクロードは魔物を使ってディオールを征服しようとしている』とでもなるだろう。
どうでもいい。好きにしろ。死神だ魔王の手先だとしょっちゅう言われてきた。
その噂を奴らの頭の中で"事実"にしてやるだけだ。
この先『俺が手配した魔物』に襲われるというありもしない妄想に怯えて暮らせばいい。
「……死ね、クソどもが……!!」
◇
食堂を飛び出し、辺境伯の屋敷へそのまま転移魔法で飛んだ。
夜の10時。火急の用でない限り主君の元に訪れる時間ではない。だが辺境伯は迎え入れてくれた。
辺境伯レグルス・エッケハルト・フォン・イルムガルト――彼は誰でも分け隔てなく接してくれる人格者だ。騎士の誰もが彼を敬愛し、剣を捧げたいと思う。
俺も同じだった。だが――。
「閣下、お話があります。俺は騎士を辞めます、勝手を言って申し訳ありません」
「な……、どうしたんだグレン、落ち着いて一旦話を……」
「落ち着いています! ……俺は、貴方に剣を捧げることは誇りに思います。騎士としての矜持はほとんど持ち合わせていませんが、それでも閣下をはじめ、自分を信じる者がいるから、その為にと戦ってきました。しかし……」
『なんかあの人最近目ヤバかったよな? まあ常時ヤバいか、ハハッ!』
『ちょっとぉ、言い過ぎぃ~! 殺されるよ~?』
『倒れるとか意外とよわよわだな~』
『やだぁ、将軍、かわいそー!』
『将軍も薄情だね。稼いでるんだろうしちょっとくらい借金の肩代わりしてやりゃいいのに』
『ガッカリだわぁ、本当に好きならかっさらうくらいしてみろってのよねぇ』
『案外その娘さんと付き合ったのって金目当てだったんじゃね? そんで金なくなったから捨てたとかさ』
『俺はさー、あの人が魔物呼び寄せてる説を提唱したいんだよね』
『いくらなんでもタイミング良すぎるだろ? 自作自演の救出劇だよ』
先程のやりとりを思い出すだけでも、左手の紋章が熱を持つ。
怒りと憎しみでこの身が燃え尽きそうだ。
「――俺が剣を振る、それが少しでも"奴ら"の命をつなぎ、未来を救うというのなら……」
「グ、グレン……」
「俺は、もう……戦いたくはありません……!!」
◇
自室に戻ったあと、黒天騎士団の制服を剣で引き裂いてから暖炉に投げ入れた。
無駄にくっついている勲章も引きちぎって全て暖炉へ。
そのまま暖炉を思い切り睨み付けると、服は「ボッ」という音を立て爆発するように燃え上がった。
忌まわしい闇のような色の服はたちまち炎の赤に染まり、やがて何の意味も持たない燃えカスになっていく。
――もういい。
騎士であった自分と同じに、もう何の意味も価値もいらない。
いらない。何も必要ない。全て燃えろ、消えてしまえ――!
――その後、ほとんど着の身着のままで屋敷を飛び出した。
一分、一秒たりともあそこにいたくなかった。
夜の闇の中、ひたすらに疾走する――転移魔法も使って、走って、辿り着いたのはカンタール市街。
騎士になる前まで暮らしていた所だ。
(もう嫌だ、嫌だ……! 帰る、帰る、今すぐに、かえ――……)
「…………」
――帰る?
ど こ に ?
なぜ、この街に来たんだろう。マードック武器工房に行くのか?
……あそこで今更、何をする? 武器屋の手伝いか?
木箱や荷物を運んで商品の受発注をして、昼にはおかみさんからもらった金でメシを買いに行って、釣りは自分の小遣いにする。
たまに親方が剣を打っていればその様子を「火が綺麗だ」なんて考えながらボーッと眺めて……?
――ありえない。そんなことは許されない。
将軍という重要な立場でありながら、その役割も騎士の誇りも責務も全て投げ出した。
そんな自分がどの面下げてあそこに顔を出そうというんだ。
『弱い奴はより弱い奴を見つけて苛めるのが好きだ』
『弱いことが悪いわけじゃねえし、強くなれっていうんじゃねえ。"強そう"になれ』
強くなれと言われたわけじゃないのに強くなって、手に入れた力でやったことは何だろうか。
もはや力関係が逆転した弱い男を脅しつけて、宝物を破壊した。やめてくれと泣かれてもやめず、立場を利用して徹底的に潰した。
戦う力のない一般人を投げ飛ばして、呪いの言葉を吐き震え上がらせた。
『弱者を見つけて苛める弱者』――それ以外の何者でもない。
最も軽蔑して、最も憎んできた存在だ。
『栄誉ある黒天騎士になれば将来安泰だし、ガストンさん達だって喜んでくれるだろうに』
『世話んなってるし、恩返しもできるってもんだよ』
「…………っ」
真夜中のカンタール市街、道のど真ん中に崩れ落ちて突っ伏す。
――恩返し。
俺は何をやってきたんだろう?
……何も。
何一つ、成し遂げられなかった――。
何も手にすることができない。
金ばかり腐るほど持っている。
……金しか、持っていない。
――翌朝、銀行から下ろした金を鞄にありったけ詰め、武器屋の入り口に剣と共に置いた。
剣は将軍になった時に、親方が打ってくれた剣だ。もうこれを持つ資格はない。
――俺は道を間違えた。
何を間違えたんだろう、どこからが間違いだったんだろう。
"カラス"をやっていたのは確かに間違いだった。
なら、他には?
副院長を陥れたことだろうか。力を追い求めたことだろうか。騎士になったことか?
それともあの馬車から脱走などせず、そのまま別の孤児院に大人しく運ばれていればよかった?
(ちがうな……)
そもそも、"ヒト"の世になど出てこなければよかったんだ。
名前なんかもらわず、人間の真似事なんかをせず、神父の言うようにさっさと捨てていればよかったんだ。
そうすれば"あの日"も殴られるくらいで済んだ。
多くの"ヒト"や孤児院の子供達と同じように自分の"火"も消えて楽になれた。
雪と瓦礫に埋もれて全てかき消え、この先苦しむこともなかった。
――ああ、そうだ。
そもそも俺は親に捨てられていたんだった。
生まれてきたことが、すでに間違いだったんだ。
他の将軍にも「とにかく寝ろ」と言われたが、別に眠たくない。
そう言うと「それなら睡眠導入剤を調合してもらえ」と返され、仕方なくめったに行かない騎士団の寮の医務室を目指していた。
(医務室は、食堂の隣だったな……)
「ねえねえ、知ってる? マクロード将軍、休暇取ってるんですって~」
「!」
女の声が聞こえる。
騎士団の寮の食堂や医務室のあるこの棟は、夜はとても静かだ。そんな中、間延びしたようなその女の大きな声は特に目立った。
食堂で仕事終わりらしい給仕と料理人が夜食か何かを食べながら喋っているのが見える。
若い男と女、それから中年の男と女だ。
「へえ、どうしたんだろう。病気かしら」
「彼氏が言ってたんだけど~。最近ベガ要塞の方、魔物増えたでしょ~? それで不眠不休で魔物退治しててぇ、倒れちゃったんだって~」
最近はベガ要塞にこもりきりだった。
たまに寮に戻る機会があっても食事は自室で摂り、食堂にも足を運んでいなかった。
俺が来ることを誰も想定していなかったのだろう。
ましてや、聞き耳を立てられるなど――。
「あー なるほどそれでかー。なんかあの人最近目ヤバかったよな? ……まあ常時ヤバいか、ハハッ!」
「ちょっとぉ、言い過ぎぃ~! 殺されるよ~?」
「しょーぐん様がこんなとこ来るわけないでしょ? てか倒れるとか意外とよわよわだな~」
「マクロード将軍といえばね、知ってる? あの人って『北カンタール商会』の会長の娘さんと付き合ってたらしいんだけどぉ」
「へえ~」
「最近別れたらしいわよ? それでね、その娘さん、別れたあと伯爵令息とスピード婚したらしいわ~!」
「え~っ なにそれぇ~! 将軍は二股かけられてたってことぉ~? やだぁ、将軍かわいそー!」
「それがひどい話でねぇ。北カンタール商会の経営が傾いちゃったらしくて、借金のカタに結婚させられたらしいのよぉ」
「え~っ ひどーい! 将軍、彼女を横取りされちゃったんだ~! かわいそー」
「借金のカタかぁ……にしても将軍も薄情だね。稼いでるんだろうし、ちょっとくらい借金の肩代わりしてやりゃいいのに」
「ね! そう思うでしょぉ!? なんだかガッカリだわぁ。本当に好きならかっさらうくらいしてみろってのよねぇ!」
「案外その娘さんと付き合ったのって金目当てだったんじゃね? そんで金なくなったから捨てたとかさ」
「え~っ ひど~い! 彼女さんかわいそー」
「話は変わるけど。俺さー、あの人が魔物呼び寄せてる説を提唱したいんだよね」
「えー なんで? 意味わかんないけどヒドくない?」
「だってあの人が休み始めてから魔物との戦い減ってんだよ。それと、知ってる? あの人が辺境のちっちゃい村襲ってる魔物を退治した話」
「えー すごぉい」
「……おかしいと思わん? たまたま訪れた西の最果ての村に、たまたま魔物が現れて――なんて、いくらなんでもタイミング良すぎるだろ? 自作自演の救出劇だよ。ノルデンから魔物を産地直送~とか、ありえなくも――」
「その村に行ったのは村人から救援要請の手紙を受け取ったからですよ」
「え……ヒッ!?」
「な!? え……しょ、しょ、将軍……!」
気づけばフラフラと食堂に入り込んで会話に割り込んでいた。
俺はいつも魔法力を抑える魔石の腕輪を身につけている。が、それでも火の紋章を抑えきれず食堂の扉に火が点いてしまった。
さっきまで談笑していた連中は、パチパチと音を立てて燃える扉と、声の主である俺の姿を見て震え上がる。
何を驚いているのか分からない。ここは黒天騎士団の施設なのだから俺が出没する可能性だってゼロじゃない。何故そんなことが分からない?
――どいつが何を喋っていたのかいちいち覚えていない。
とりあえず一番許しがたいことをズケズケ言ってくれた若い男の胸ぐらを掴む。
「『俺が休み始めてから魔物が減った』? ……退治しているんだから減るのは当たり前だろう。俺と、その他に大勢いる黒天騎士が時には血反吐を吐きながら命張ってやってるんだよ。お前、黒天騎士をなんだと思っている」
「は、あ、あ、すす、すみませ……っ」
「――何の謝罪だ。謝った所でさっきの発言は消えないしお前がそう思っている事実も変わらないだろうが!」
そこまで言って、男を投げ飛ばした。
女の悲鳴が響く――うるさい騒ぐな、これくらいのことで死にはしない。
倒れて動けない男の髪の毛を掴み顔を間近に近づけると、男は鼻血と涙を垂れ流しながら懇願するような目で俺を見上げてきた。
――殺されると思っているんだろう。
ふざけるな、誰がお前なんか殺すか……だが、今はそれでいい。
「覚えておけ……俺はお前達を許さない。この先もし魔物に襲われることがあれば、それは俺が手配したと思え!」
鼻血男とその周りの奴らを順に見回し睨み付けながらそう言ってやると、全員ガタガタと震え上がる。
女二人は涙目で「ヒッ」と言いながら抱き合っていた。
――どうせ何をしてもしなくても、好き放題に尾ひれをつけてこの話は広まるだろう。
自分の非は一切話さず、「急にキレて暴れた」とかなんとか言って被害者面。
そして今言った『魔物を手配する』という発言だけが一人歩きする。
果ては『グレン・マクロードは魔物を使ってディオールを征服しようとしている』とでもなるだろう。
どうでもいい。好きにしろ。死神だ魔王の手先だとしょっちゅう言われてきた。
その噂を奴らの頭の中で"事実"にしてやるだけだ。
この先『俺が手配した魔物』に襲われるというありもしない妄想に怯えて暮らせばいい。
「……死ね、クソどもが……!!」
◇
食堂を飛び出し、辺境伯の屋敷へそのまま転移魔法で飛んだ。
夜の10時。火急の用でない限り主君の元に訪れる時間ではない。だが辺境伯は迎え入れてくれた。
辺境伯レグルス・エッケハルト・フォン・イルムガルト――彼は誰でも分け隔てなく接してくれる人格者だ。騎士の誰もが彼を敬愛し、剣を捧げたいと思う。
俺も同じだった。だが――。
「閣下、お話があります。俺は騎士を辞めます、勝手を言って申し訳ありません」
「な……、どうしたんだグレン、落ち着いて一旦話を……」
「落ち着いています! ……俺は、貴方に剣を捧げることは誇りに思います。騎士としての矜持はほとんど持ち合わせていませんが、それでも閣下をはじめ、自分を信じる者がいるから、その為にと戦ってきました。しかし……」
『なんかあの人最近目ヤバかったよな? まあ常時ヤバいか、ハハッ!』
『ちょっとぉ、言い過ぎぃ~! 殺されるよ~?』
『倒れるとか意外とよわよわだな~』
『やだぁ、将軍、かわいそー!』
『将軍も薄情だね。稼いでるんだろうしちょっとくらい借金の肩代わりしてやりゃいいのに』
『ガッカリだわぁ、本当に好きならかっさらうくらいしてみろってのよねぇ』
『案外その娘さんと付き合ったのって金目当てだったんじゃね? そんで金なくなったから捨てたとかさ』
『俺はさー、あの人が魔物呼び寄せてる説を提唱したいんだよね』
『いくらなんでもタイミング良すぎるだろ? 自作自演の救出劇だよ』
先程のやりとりを思い出すだけでも、左手の紋章が熱を持つ。
怒りと憎しみでこの身が燃え尽きそうだ。
「――俺が剣を振る、それが少しでも"奴ら"の命をつなぎ、未来を救うというのなら……」
「グ、グレン……」
「俺は、もう……戦いたくはありません……!!」
◇
自室に戻ったあと、黒天騎士団の制服を剣で引き裂いてから暖炉に投げ入れた。
無駄にくっついている勲章も引きちぎって全て暖炉へ。
そのまま暖炉を思い切り睨み付けると、服は「ボッ」という音を立て爆発するように燃え上がった。
忌まわしい闇のような色の服はたちまち炎の赤に染まり、やがて何の意味も持たない燃えカスになっていく。
――もういい。
騎士であった自分と同じに、もう何の意味も価値もいらない。
いらない。何も必要ない。全て燃えろ、消えてしまえ――!
――その後、ほとんど着の身着のままで屋敷を飛び出した。
一分、一秒たりともあそこにいたくなかった。
夜の闇の中、ひたすらに疾走する――転移魔法も使って、走って、辿り着いたのはカンタール市街。
騎士になる前まで暮らしていた所だ。
(もう嫌だ、嫌だ……! 帰る、帰る、今すぐに、かえ――……)
「…………」
――帰る?
ど こ に ?
なぜ、この街に来たんだろう。マードック武器工房に行くのか?
……あそこで今更、何をする? 武器屋の手伝いか?
木箱や荷物を運んで商品の受発注をして、昼にはおかみさんからもらった金でメシを買いに行って、釣りは自分の小遣いにする。
たまに親方が剣を打っていればその様子を「火が綺麗だ」なんて考えながらボーッと眺めて……?
――ありえない。そんなことは許されない。
将軍という重要な立場でありながら、その役割も騎士の誇りも責務も全て投げ出した。
そんな自分がどの面下げてあそこに顔を出そうというんだ。
『弱い奴はより弱い奴を見つけて苛めるのが好きだ』
『弱いことが悪いわけじゃねえし、強くなれっていうんじゃねえ。"強そう"になれ』
強くなれと言われたわけじゃないのに強くなって、手に入れた力でやったことは何だろうか。
もはや力関係が逆転した弱い男を脅しつけて、宝物を破壊した。やめてくれと泣かれてもやめず、立場を利用して徹底的に潰した。
戦う力のない一般人を投げ飛ばして、呪いの言葉を吐き震え上がらせた。
『弱者を見つけて苛める弱者』――それ以外の何者でもない。
最も軽蔑して、最も憎んできた存在だ。
『栄誉ある黒天騎士になれば将来安泰だし、ガストンさん達だって喜んでくれるだろうに』
『世話んなってるし、恩返しもできるってもんだよ』
「…………っ」
真夜中のカンタール市街、道のど真ん中に崩れ落ちて突っ伏す。
――恩返し。
俺は何をやってきたんだろう?
……何も。
何一つ、成し遂げられなかった――。
何も手にすることができない。
金ばかり腐るほど持っている。
……金しか、持っていない。
――翌朝、銀行から下ろした金を鞄にありったけ詰め、武器屋の入り口に剣と共に置いた。
剣は将軍になった時に、親方が打ってくれた剣だ。もうこれを持つ資格はない。
――俺は道を間違えた。
何を間違えたんだろう、どこからが間違いだったんだろう。
"カラス"をやっていたのは確かに間違いだった。
なら、他には?
副院長を陥れたことだろうか。力を追い求めたことだろうか。騎士になったことか?
それともあの馬車から脱走などせず、そのまま別の孤児院に大人しく運ばれていればよかった?
(ちがうな……)
そもそも、"ヒト"の世になど出てこなければよかったんだ。
名前なんかもらわず、人間の真似事なんかをせず、神父の言うようにさっさと捨てていればよかったんだ。
そうすれば"あの日"も殴られるくらいで済んだ。
多くの"ヒト"や孤児院の子供達と同じように自分の"火"も消えて楽になれた。
雪と瓦礫に埋もれて全てかき消え、この先苦しむこともなかった。
――ああ、そうだ。
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