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6章 ことのはじまり

12話 沈む(後)

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「――大丈夫か? あれ、闇の紋章の剣だろ。厄介なの拾っちゃったな」
 
 ――大人のカイルの声だ。
 
「カイル……? お、前……」
「苦しい? しんどい? 辛い? ふふ……大変だね?」

 黒い湖面の淵に立って腰に手を当ててオレを見下ろし、目を細めてオレを嘲笑わらっている。

「……何しに、来やがった……」

 そうだ、何がおかしい。何がおかしいんだよ。オレが堕ちるのがそんなに楽しいか。
 
「――何やってんだよ、兄ちゃん。だせえな」
 
 ――は?
 何だコイツ。 何なんだコイツは?
 
「なんだとてめえ……」
「――俺に申し訳ないって気持ちに目をつけられて剣に取り憑かれたって? やめてくれよ……まるで俺が苦しめてるみたいじゃないか」

 カイルはしゃがみこんで、ぬかるみの中のオレをさらに煽る。
 
「『なんであの時置いて行ったんだよ。ひでーよ兄ちゃん』」
「…………!!」
「……なんてね。あ――あ、ちょっとスッキリした。ハハッ」
 
 その瞬間、視界がバァーっと開けた。
 夕方の、砦の厨房だ。
 ――違う。これは剣が見せてる幻じゃない。黒いぬかるみの中なんかじゃない。
 現実だ。現実のコイツが目の前で芝居みたいにオーバーに手を広げて嘲笑している。
 ――何だコイツ……一体何なんだよ、お前は!!
 
 オレが胸ぐらをつかむとカイルの顔から笑みが消えた。

「なんだよ……申し訳ないんじゃなかったの? 謝れよ、おい」

 妄想や幻覚の中でもこんなの見たことないという侮蔑のまなざしでオレを見ている。

「……ああ、悪かった、悪かったよオレが悪かった、……そんなについて来たかったかよ、ガキが!」
 
 オレはカイルを思いきり殴り飛ばし、アイツもオレを殴りつけた。
 テーブルひっくり返る、備品はバラバラに砕ける。めちゃくちゃだ。
 その後はただただ、感情のぶつけ合いだった。
「何ワケわかんねぇぬかるみにはまってんだ」とばかりにカイルはオレの襟首をつかみ、黒い沼から引きずり出す。
 奥歯に物が挟まったような言い方は嫌いだ。探り合うような会話は苦痛だ。
 だけどここまで真正面から「この日のために研いできました」というような言葉の刃をぶつけられるとは思わなかった。
 
 ――普通に両親と家で暮らして、母ちゃんの作ったメシ食って父ちゃんに剣習って、みんなに気遣われて守られながら生きてたんだろ?『自分のせいで弟死んだかも』って後ろめたかっただと? それが何だよ! お前があの剣持ってるくらいじゃないと俺の気が晴れないんだよっ!!

 ――お前、自分の存在が、記憶が揺らいだことあんのかよ!? お前がお前だって誰もが知ってる人間ばかりの中で、正しい時間の流れで生きてこられたんだろ!? ふざけやがって!!
 
『事実は小説よりも奇なり』なんていうけど、こんなの剣が見せる幻覚でも見たことも聞いたこともない。
 
 ――家に帰りたい、家族で過ごしたかった、みんなで大人になりたかった、なんで俺を置いていくんだ、ひどい、俺は生きてるのに――。
 
 大の男が突っ伏して大声で泣く。だけど今、12歳のアイツが喋っている。
 オレが、オレ達家族が、それぞれ傷ついた自分を守るために結果的にカイルを一番酷く傷つけた。
 耐えられなくて、色んな人間が見てるのにオレも涙をこらえられず泣きながら弟に謝罪した。
 
 オレはずっとそうやって感情ぶつけて責められたかった。
 そうだ、オレのせいだ。オレはひどい。オレがお前を辛い境遇に追いやるきっかけを作った。
 ずっと謝りたかった。
 すまなかった、悪かった、ごめん、オレのせいだ、オレを許してくれ。
 
 辛くて死にたいと言ったアルノーへの言葉。届いていたかどうか分からない。届いていてほしかった。
 でも今目の前にいる弟には届けられる。
 
 ……全部、全部届くんだ――。
 
 
 ◇
 
 
「……いてて……」

 顔を洗うと殴られた所がしみるから、水に濡らしたタオルで顔を拭う。
 鏡に映る自分は、紫の眼をしていた。
 夢か現実か幻覚か前後不覚の状態だったから知らなかったが、オレは眼が赤く光っていたらしい。
 それで本来の青色の眼と混じり合ってこの状態だ。瞳孔は肉食獣か何かのように縦長になっていた。
 眼が乗っ取られかかったのか知らないが、視力もガタ落ちした。
 見えないことはないが、眼鏡がないと日常生活はちょっと辛い。
 
 最近ずっと剣から出る紫の妖しいオーラをずっとまとっていたが、ソイツはいつの間にやらオレから切り離されていたらしい。
 そういやカイルと言い合ってる時くらいから完全に存在忘れてたな。
 オレの周りをふよふよ浮いているだけだったが、ミランダ教会で儀式を経て『使い魔』として生まれ変わった。
 契約の際に通常の姿を決められるってことで小さい竜だの猫だのフクロウだの色々選べたが、小鳥にしておいた。
 ミランダ教会の人間によれば転生して別の生命体になったため、以前の記憶はもはやないらしい。
 シャレにならないくらい苦しめられたから正直納得は全然いかないが仕方がない。
 ピピピピと鳴きながら首をかしげたりしてかわいい。
「ウィル」という名前を付けた。
 名前それそのものが呪文だとかで、呼べばオレの思うことをしてくれるらしい。
(しゃーねぇな。荷物運びとかに使うか……)
 
 黒い沼だの赤眼の自分だの、ここ数ヶ月ずっと取り憑かれていた。
 けどもとを正せば、実際はこの鳥みたいにちっさいものだったのかもしれない。
 オレが自分で勝手に問題をでかくして、怯えていたのかもしれない。
 
 そんなことを考えながらオレは、砦の外の鳥のさえずりを聞いて一緒になって無邪気に歌っているウィルをぼんやりと眺めていた――。
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