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5章 兄弟
5話 制約―彼の選択
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「……大丈夫? 少しは落ち着いた?」
ひとしきり泣いたあと、カイルが優しく声をかけてくれる。
「ん……ごめんね。あの、さっきの続きを……」
「ああ……うん。どこまで話したっけな? ……そうそう、どうにか元の時代に戻るにはやっぱり同じく禁呪を使わないといけないらしくて……。もちろん、そんなことできるはずないから『自分が生きていた時代になるまで待つしかない』ってさ。いくつかの制約があるけども、その時を迎えると元の自分に戻れる――魂が元の自分とリンクするんだって。で、リンクするまでの間に俺は『あの日』とは違う行動を取る……俺の場合は釣りに行かなければいい」
「魂がリンク……制約……?」
よく分からないワードをわたしが復唱すると、カイルは少しクスッと笑った。
「意味分かんないよな。制約を破ったら魂がうまくリンクしなくなって、元の自分の意識を乗っ取ったりするんだって」
そう言いながら彼は自分の腕に巻いてあるスカーフを解いて、その中の子供用スカーフを広げてみせる。
この前も見たけど昔彼が古代文字で縫い付けた彼の名前と、新しく縫い付けた数字の羅列、それと10数個の星の印。
『1558 7 13』――おそらく年号と、日付。
「これ……この日付」
「そう……俺がみんなの前から消えた日。忘れないように縫い付けておいたんだ。魂がリンクだとか正直全然意味分かんなかったけど、その言葉を信じて俺は竜騎士団領で暮らしながらこの日が訪れるのを待っていた」
「そうだったの……」
「……でも」
――でも。
カイルがわたしが言うよりも先に、わたしの頭に浮かんだ考えを口にする。
「でも、俺は戻らなかった」
彼が消えた1558年7月13日。
彼の言うところの『魂がリンク』したなら……今彼はわたし達と一緒に生きているはず。だけど、彼は消えてしまった。
「いや、違うか……俺は確かに『その日』に戻った。朝起きたらカルムの街の懐かしい自分の部屋で、俺は子供の姿で……1558年7月13日『2周目』ってとこだ。居間に行くと母親が『おはよう』って。ずっと戻りたかった当たり前の風景が目の前に広がってて、泣きそうになったよ。きっとこのまま釣りに行かなければあんな目に遭わず、日常を取り戻せる。でも……俺は12歳の自分には戻れなかった。その時23歳になっていた俺の意識をはっきりと持ったまま、姿は12歳で……『あ、やっぱりリンクしなかったんだ』って思った」
「失敗したの……? 元の自分に戻れるっていうのはただの仮説だった? それに『やっぱり』って」
「……実は俺、制約を破ったんだよね」
カイルが目を細めて笑う。
「ごめん、聞いてばっかりだけど……その制約っていうのは何?」
「色々あるんだけど、『真名を知られてはならない』『魂を分けてはならない』『現身を残してはならない』……とか」
「『真名』……本名のこと?」
「そう。魔術学的には『魂に直結するもの』とかなんとか……だから名前を思い出してからも『クライブ・ディクソン』って名乗ってた」
(魔術学的……だから、ルカやグレンさんみたいな紋章を持つ人には分かるのかな……?)
「……ところが俺、湖から引き上げられた時、助けてくれた人が連れてた女の子にうわ言で自分の名前言っちゃってたらしいんだよね、フルネームで。その時点で既に1個めを破ってて。2つめは子供作るなってことで、それはまあ大丈夫だけど」
「じゃあ、3つめは……?『現身』て何のこと?」
「うん……自分がそこにいた証拠や姿を残しちゃ駄目ってことで……新聞に載ったりとか、肖像画を残したりとか……」
(カイル……?)
今まで淡々と喋っていたカイルが初めて言葉に詰まった。
「その……写真を、残したり、ね」
「……写真。……あ!」
「……撮ったよね。10年前」
……そうだ。わたし達は今目の前にいる彼と写真を撮った。彼と、わたしと、ジャミルと……カイルで。
「あの時……あなたがいて、でも『カイル』もいたのってどうしてなの……?」
「分からないな……俺も何の冗談かと思ったよ。自分が目の前に出て来て『竜を触らせて』とか『写真を撮らせて』なんて言って。親もかしこまって俺のこと『騎士様』なんて言うんだ。『あれ? 俺実はカイルなんていう人間じゃなかったのかな?』『カイルとして過ごした記憶って幻だったのかな?』って思考がぐるぐるしてて、なんか写真一緒に撮っちゃったよね。あはは」
両手を軽く広げて、なぜかさわやかに笑うカイル。
「お、おかしくなんかないよ……」
「……ごめん、そうだよな。でも俺はこの頃には既に、もう元に戻りたくなくなっていたから。だから、あえて制約を破るようなことをした」
「ど、どうして……」
「……ずっと考えてた。『その日』を待つうちに俺は大人といえる年齢になってて……もし元の自分に戻ったなら、今まで竜騎士団領で生きてきた俺の記憶はどうなるんだろう……消えてしまうんだろうかって。俺は、俺の人生は誰からも忘れ去られてしまって……『クライブ・ディクソン』という人間は最初から存在しないことになってしまうのかって。俺は、『俺』を失うのが怖かった。だから俺は子供の自分と大人の自分を天秤にかけて、大人の自分を優先した。『その日』が来た時に乗っ取ってやろう……全く同じ行動をとってまた時間を飛んで、竜騎士団領に飛ぶように……」
「…………」
彼の言っていることが理解できない。
――話の内容は分かる。存在が消えてしまうことが怖いのも……分かる。自分がもし忘れられたら、それはたまらなく寂しい。
だけど、小さいカイルがまた大怪我をして湖に投げ出されて、違う土地に飛ばされるよう仕向ける。それが理解できない。
辛くてしんどくても泣けない辛さを分かっているはずなのに。
……黙り込んだわたしに構わず、彼は話を続ける。
「けどせめて、今日会えた懐かしい人に何か言っておきたくてさ。釣りに行く前に両親に『ありがとう』って言ったよ。『メシがうまかった』とかも言ったっけ」
「え……、待って……待ってよ。それじゃあ」
「ああ、俺あの日、レイチェルとも話したね」
「嘘、嘘だよ……」
あの日、彼は去り際にわたしにこう言った。
『遊んでくれてありがとう! じゃなー!』
――まるで、その日消えることが分かっていたみたいな口ぶり。
『分かっていたみたい』じゃなく、分かっていた。
彼は、時間を超えるために出かけていったんだ――。
◇
話を聞きたいとは思っていたけど、事実を飲み込むのに時間がかかりそうで言葉が出てこない。
「その――カイルは……家族の元には、帰らない?」
「そうだな……このナリだし、真実を話しても信じてもらえるかどうか。それに……」
「それに?」
「俺は、あの人達と一緒に生きるはずだった『12歳のカイル』を殺したようなものだから、会わす顔もないよ」
「…………」
元に戻れるかもしれなかったのに『制約』を破った。
その結果少年のカイルは姿を消してしまい、また『クライブ・ディクソン』として生きている。
彼の両親は彼がいなくなってから元気を失ってしまい、二人共どこか悲しげな目になってしまった。
その状態をなんとかできるのは彼以外にないような気がする。
それに――ジャミルはずっと彼のことで悔やみ続けていて、変な剣に取り憑かれるくらいになってしまった。
ひょっとしたら彼が関わることで打破できるかもしれない。
――わたしは怖くてなかなか聞けなかった疑問をようやく口にする。
「カイル……。カイルはジャミルのこと、恨んでる?」
「…………」
今まで饒舌に話していた彼だけど、その問いに対する答はない。
恐る恐る横に立っているカイルを見上げると、口元だけが薄く笑っていた。
(…………!)
「あ、あの」
「集合場所を『湖だ』って言ったならともかく……兄貴が俺を置いていったことと俺がこうなっていることに因果関係はないよ」
「あ……」
「……とはいえ」
――じゃあ、恨んでいないのね? とわたしが言うよりも早く彼が口を開く。
「そう思えるようになるには時間がかかったね」
張り付いた笑顔で彼はそう言った。
「訳の分からない環境に飛ばされて、だけど辛くても泣いてる暇はなかった。その代わりに……兄貴を憎むことで溜飲を下げていた時期はあったよ。『あいつが俺を連れて行ってくれればこんな目に遭わなかったのに』『あいつが飛ばされればよかったのに』ってさ。そうしないと自分を保っていられなかったんだ」
相変わらず口元だけが笑っているけど、その目は冷たい。
「心が狭いって思う?」
「……分からない……でも、悲しいよ。だって、二人共仲が良かったのに……もう元に戻れないの?」
「今はとても無理だな。……自分の中で飲み込んだつもりだったけど、いざ会ってみるとあの時辛かった自分が顔を出してくる」
「カイル……」
「まあ……いつか普通に付き合えるかもしれない。ただ、今は正直顔を合わせたくないよ。ごめんね」
カイルは伏し目がちに少し笑い、胸の辺りの服をつかむ。
それは……気まずい時、バツが悪い時にする、ジャミルと同じ癖だ。
「うん……」
わたしはそれ以上何も言うことができなかった。
◇
「…………」
帰り道、わたしの足取りは重い。張り切って尾行したけどなんにもできなかった。
カイルの話を聞くことはできたけど、大人の彼にわたしが偉そうに助言だの説教とかできるはずもなく……。
「はぁ……」
もしわたしが物語のヒロインだったら気の利いた言葉がいっぱい出てきてみんな心を開いて兄弟は仲直り。万事解決!
……ってなるけど、現実はそんなうまくいかない。
時間を超えて消えてしまったカイル。やがてそこでの人生が大事になって、本来歩むはずの人生を捨てた。
そして直接的な原因ではないけど、自分のせいで弟を失ったと悔やみ続けているジャミル。
何の苦労もなく生きているわたしが何を言えるんだろう。
(わたしって、何も持っていないなぁ……)
それまでなんとも思っていなかった『平凡な自分』にどうしようもないもどかしさを感じる。
感じたところで、何をどうすることもできないのだけど。
ひとしきり泣いたあと、カイルが優しく声をかけてくれる。
「ん……ごめんね。あの、さっきの続きを……」
「ああ……うん。どこまで話したっけな? ……そうそう、どうにか元の時代に戻るにはやっぱり同じく禁呪を使わないといけないらしくて……。もちろん、そんなことできるはずないから『自分が生きていた時代になるまで待つしかない』ってさ。いくつかの制約があるけども、その時を迎えると元の自分に戻れる――魂が元の自分とリンクするんだって。で、リンクするまでの間に俺は『あの日』とは違う行動を取る……俺の場合は釣りに行かなければいい」
「魂がリンク……制約……?」
よく分からないワードをわたしが復唱すると、カイルは少しクスッと笑った。
「意味分かんないよな。制約を破ったら魂がうまくリンクしなくなって、元の自分の意識を乗っ取ったりするんだって」
そう言いながら彼は自分の腕に巻いてあるスカーフを解いて、その中の子供用スカーフを広げてみせる。
この前も見たけど昔彼が古代文字で縫い付けた彼の名前と、新しく縫い付けた数字の羅列、それと10数個の星の印。
『1558 7 13』――おそらく年号と、日付。
「これ……この日付」
「そう……俺がみんなの前から消えた日。忘れないように縫い付けておいたんだ。魂がリンクだとか正直全然意味分かんなかったけど、その言葉を信じて俺は竜騎士団領で暮らしながらこの日が訪れるのを待っていた」
「そうだったの……」
「……でも」
――でも。
カイルがわたしが言うよりも先に、わたしの頭に浮かんだ考えを口にする。
「でも、俺は戻らなかった」
彼が消えた1558年7月13日。
彼の言うところの『魂がリンク』したなら……今彼はわたし達と一緒に生きているはず。だけど、彼は消えてしまった。
「いや、違うか……俺は確かに『その日』に戻った。朝起きたらカルムの街の懐かしい自分の部屋で、俺は子供の姿で……1558年7月13日『2周目』ってとこだ。居間に行くと母親が『おはよう』って。ずっと戻りたかった当たり前の風景が目の前に広がってて、泣きそうになったよ。きっとこのまま釣りに行かなければあんな目に遭わず、日常を取り戻せる。でも……俺は12歳の自分には戻れなかった。その時23歳になっていた俺の意識をはっきりと持ったまま、姿は12歳で……『あ、やっぱりリンクしなかったんだ』って思った」
「失敗したの……? 元の自分に戻れるっていうのはただの仮説だった? それに『やっぱり』って」
「……実は俺、制約を破ったんだよね」
カイルが目を細めて笑う。
「ごめん、聞いてばっかりだけど……その制約っていうのは何?」
「色々あるんだけど、『真名を知られてはならない』『魂を分けてはならない』『現身を残してはならない』……とか」
「『真名』……本名のこと?」
「そう。魔術学的には『魂に直結するもの』とかなんとか……だから名前を思い出してからも『クライブ・ディクソン』って名乗ってた」
(魔術学的……だから、ルカやグレンさんみたいな紋章を持つ人には分かるのかな……?)
「……ところが俺、湖から引き上げられた時、助けてくれた人が連れてた女の子にうわ言で自分の名前言っちゃってたらしいんだよね、フルネームで。その時点で既に1個めを破ってて。2つめは子供作るなってことで、それはまあ大丈夫だけど」
「じゃあ、3つめは……?『現身』て何のこと?」
「うん……自分がそこにいた証拠や姿を残しちゃ駄目ってことで……新聞に載ったりとか、肖像画を残したりとか……」
(カイル……?)
今まで淡々と喋っていたカイルが初めて言葉に詰まった。
「その……写真を、残したり、ね」
「……写真。……あ!」
「……撮ったよね。10年前」
……そうだ。わたし達は今目の前にいる彼と写真を撮った。彼と、わたしと、ジャミルと……カイルで。
「あの時……あなたがいて、でも『カイル』もいたのってどうしてなの……?」
「分からないな……俺も何の冗談かと思ったよ。自分が目の前に出て来て『竜を触らせて』とか『写真を撮らせて』なんて言って。親もかしこまって俺のこと『騎士様』なんて言うんだ。『あれ? 俺実はカイルなんていう人間じゃなかったのかな?』『カイルとして過ごした記憶って幻だったのかな?』って思考がぐるぐるしてて、なんか写真一緒に撮っちゃったよね。あはは」
両手を軽く広げて、なぜかさわやかに笑うカイル。
「お、おかしくなんかないよ……」
「……ごめん、そうだよな。でも俺はこの頃には既に、もう元に戻りたくなくなっていたから。だから、あえて制約を破るようなことをした」
「ど、どうして……」
「……ずっと考えてた。『その日』を待つうちに俺は大人といえる年齢になってて……もし元の自分に戻ったなら、今まで竜騎士団領で生きてきた俺の記憶はどうなるんだろう……消えてしまうんだろうかって。俺は、俺の人生は誰からも忘れ去られてしまって……『クライブ・ディクソン』という人間は最初から存在しないことになってしまうのかって。俺は、『俺』を失うのが怖かった。だから俺は子供の自分と大人の自分を天秤にかけて、大人の自分を優先した。『その日』が来た時に乗っ取ってやろう……全く同じ行動をとってまた時間を飛んで、竜騎士団領に飛ぶように……」
「…………」
彼の言っていることが理解できない。
――話の内容は分かる。存在が消えてしまうことが怖いのも……分かる。自分がもし忘れられたら、それはたまらなく寂しい。
だけど、小さいカイルがまた大怪我をして湖に投げ出されて、違う土地に飛ばされるよう仕向ける。それが理解できない。
辛くてしんどくても泣けない辛さを分かっているはずなのに。
……黙り込んだわたしに構わず、彼は話を続ける。
「けどせめて、今日会えた懐かしい人に何か言っておきたくてさ。釣りに行く前に両親に『ありがとう』って言ったよ。『メシがうまかった』とかも言ったっけ」
「え……、待って……待ってよ。それじゃあ」
「ああ、俺あの日、レイチェルとも話したね」
「嘘、嘘だよ……」
あの日、彼は去り際にわたしにこう言った。
『遊んでくれてありがとう! じゃなー!』
――まるで、その日消えることが分かっていたみたいな口ぶり。
『分かっていたみたい』じゃなく、分かっていた。
彼は、時間を超えるために出かけていったんだ――。
◇
話を聞きたいとは思っていたけど、事実を飲み込むのに時間がかかりそうで言葉が出てこない。
「その――カイルは……家族の元には、帰らない?」
「そうだな……このナリだし、真実を話しても信じてもらえるかどうか。それに……」
「それに?」
「俺は、あの人達と一緒に生きるはずだった『12歳のカイル』を殺したようなものだから、会わす顔もないよ」
「…………」
元に戻れるかもしれなかったのに『制約』を破った。
その結果少年のカイルは姿を消してしまい、また『クライブ・ディクソン』として生きている。
彼の両親は彼がいなくなってから元気を失ってしまい、二人共どこか悲しげな目になってしまった。
その状態をなんとかできるのは彼以外にないような気がする。
それに――ジャミルはずっと彼のことで悔やみ続けていて、変な剣に取り憑かれるくらいになってしまった。
ひょっとしたら彼が関わることで打破できるかもしれない。
――わたしは怖くてなかなか聞けなかった疑問をようやく口にする。
「カイル……。カイルはジャミルのこと、恨んでる?」
「…………」
今まで饒舌に話していた彼だけど、その問いに対する答はない。
恐る恐る横に立っているカイルを見上げると、口元だけが薄く笑っていた。
(…………!)
「あ、あの」
「集合場所を『湖だ』って言ったならともかく……兄貴が俺を置いていったことと俺がこうなっていることに因果関係はないよ」
「あ……」
「……とはいえ」
――じゃあ、恨んでいないのね? とわたしが言うよりも早く彼が口を開く。
「そう思えるようになるには時間がかかったね」
張り付いた笑顔で彼はそう言った。
「訳の分からない環境に飛ばされて、だけど辛くても泣いてる暇はなかった。その代わりに……兄貴を憎むことで溜飲を下げていた時期はあったよ。『あいつが俺を連れて行ってくれればこんな目に遭わなかったのに』『あいつが飛ばされればよかったのに』ってさ。そうしないと自分を保っていられなかったんだ」
相変わらず口元だけが笑っているけど、その目は冷たい。
「心が狭いって思う?」
「……分からない……でも、悲しいよ。だって、二人共仲が良かったのに……もう元に戻れないの?」
「今はとても無理だな。……自分の中で飲み込んだつもりだったけど、いざ会ってみるとあの時辛かった自分が顔を出してくる」
「カイル……」
「まあ……いつか普通に付き合えるかもしれない。ただ、今は正直顔を合わせたくないよ。ごめんね」
カイルは伏し目がちに少し笑い、胸の辺りの服をつかむ。
それは……気まずい時、バツが悪い時にする、ジャミルと同じ癖だ。
「うん……」
わたしはそれ以上何も言うことができなかった。
◇
「…………」
帰り道、わたしの足取りは重い。張り切って尾行したけどなんにもできなかった。
カイルの話を聞くことはできたけど、大人の彼にわたしが偉そうに助言だの説教とかできるはずもなく……。
「はぁ……」
もしわたしが物語のヒロインだったら気の利いた言葉がいっぱい出てきてみんな心を開いて兄弟は仲直り。万事解決!
……ってなるけど、現実はそんなうまくいかない。
時間を超えて消えてしまったカイル。やがてそこでの人生が大事になって、本来歩むはずの人生を捨てた。
そして直接的な原因ではないけど、自分のせいで弟を失ったと悔やみ続けているジャミル。
何の苦労もなく生きているわたしが何を言えるんだろう。
(わたしって、何も持っていないなぁ……)
それまでなんとも思っていなかった『平凡な自分』にどうしようもないもどかしさを感じる。
感じたところで、何をどうすることもできないのだけど。
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