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3章 おしゃべり貴族令嬢

7話 穏やかな図書館

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「本の返却です」
「ああ」

 月曜日の放課後、わたしはまた図書館に来ていた。
 司書のグレンさんに本を渡し、図書館内を周る。
 グレンさんは時折いないこともあるけど、大体月曜は図書館にいる。
 あと「水曜日も実はいるんだよ」ってテオ館長が教えてくれたな。

(もう別に見に来ているわけじゃないんだけど……)

 金・土・日とバイトで会うし、こうして図書館でも会う。
 ちょっと前のわたしなら喜びまくりだったと思うけど、今はレア感がないというか、なんというか。

(しかも中身がガッカリ感満載だもんね……)

 競馬で死ぬほど当てたお金でダラダラと適当な仕事をして、頑張らずに生きていきたい人。
 って、わたしが勝手に幻想抱いてただけで、彼は何も悪くないんだけど……。

「魔法使えるイコールすごい! 幸せ!」
「顔がかっこいいイコール中身もかっこいい!」
 みたいな単純な視点改めた方がいいかもね……。
 
 そんなようなことを考えながらぶらぶら歩いていると、新書コーナーにある本に目が留まった。

(『時の勇者』……これ、今話題の小説だ。……借りていこうかな)
 
「これ、借りていきます」

 わたしはまたカウンターのグレンさんの所に行って本を渡す。

「ああ、これか」
「グレンさん、これ読んだんですか?」
「ああ」
「おもしろかったですか?」
「……教えない」
「な、なんでですか……」
「面白いかはキミの目で確かめてくれ」
「なんですか、その謎の口上は……」

 ルカは群を抜いてるけど、実はグレンさんも会話が独特で何か掴みどころがない時がある……。
 
「……昔な」
「昔?」
「読んでる推理小説の犯人とトリックを一通りバラされたことがあって」
「え、うわあ、それは……」
「だから本の感想は喋らないことにしてるんだ。面白いか面白くないかもな。ニュートラルな状態で読みたいだろ?」
「そういうことですか……それはなんとなく分かります」
「だろ? じゃあ、これ」
「はーい」

「……ああ、そういえば」
「はい?」

 借りた本をカバンにしまい込んでいるとグレンさんが切り出した。

「今週から俺は金曜日いないから」
「あっ、そうなんですか? どうして」
「ああ……実は俺がしょぼい仕事しかしてないからギルドから目をつけられてな」
「ええ? そういうのって駄目なんですか?」
「いや、実は俺、まあまあ強くてな」
「えっ? なぜ急に今自慢を??」
「いや……フフッ」

 脈絡もなく急に腕自慢をされて率直にそう返すと、ちょっと面白かったのかグレンさんが半笑いになる。
 
「かけだし冒険者の仕事を、その、まあまあ強い俺が取りまくってるのはシノギを荒らすことになってよろしくないんだと」
「あっ なるほどー」
「そういうわけで隊長はケジメの為に魔物討伐などに出張することになったんです」
「……ケジメとかシノギってそんな、ギャングとかじゃないんだから……」
「この前来た赤いスカーフ巻いた青い男いるだろ? あいつと行ってくるから」
「赤いスカーフの青い男……確か、クライブさんでしたっけ」

 この前来たクライブ・ディクソンさんという男の人。赤いスカーフを巻いてる、たぶん竜騎士。
 笑顔がさわやかでかっこよかったなぁ。

「ああ……そうそう、そいつ」
「ちょっとかっこいいですよね」
「……そうか?」
「はい、笑顔もさわやかだし」
「やめておいたほうがいいぞ。あいつ結構トシいってるぞ。30だぞ」
「いえ、付き合いたいとかじゃ……えっ、30!? 見えないなぁ……」

 グレンさんよりも年上かな? と思ってたけど30代かぁ……。

「……しかも」
「しかも?」
「……犯人を、バラしてくる」
「えっ それってあの人がそうなんですか?」

 ……もしかして、グレンさんが金曜日いないっていう話、「推理小説の犯人ばらしてきた人」からの流れだった……?

「ああ、さわやかな顔でな。あいつは極悪人だ……俺はあいつを許さない」

 そう言いながらグレンさんは右手のひらを広げて親指と薬指でメガネをクイッとあげる。……太陽の光が当たってメガネがわずかに光る。

(これかっこいいって思う所かな……)

 もはや何の話をしてるのか分からなくなってきた。
 確かに色んな意味でグレンさんとルカは同じなのかもしれない……。
 
「あ、そういえば……」
「ん?」

 はたと思い当たったわたしは周りをキョロキョロ見回して、待っているお客さんがいないかを確認する。

「あのー、2つ質問よろしいですか」
「……2つも?」

 グレンさんがフッと少し吹き出す。

「えっと、ちょっと気になるっていうかなんていうか。グレンさんは図書館の時はメガネかけてますけど、目が悪いんですか?」
「いや、俺はめちゃくちゃ目がいい。これは伊達メガネ」
「……やっぱり。どうして図書館ではメガネかけてるんですか?」
「真面目っぽく見えるかと思って」
「ああ……なるほど」

 今はメガネ外してる方が見慣れてしまったけど、ホントにちょっと気になって聞いてみたら。
 うーん。なんとなくそんなことかなと思ったらやっぱりそうだった……。
 
「もう一つは?」
「えっと……。あ、これ『隊長のプライベート』に抵触しちゃいますかね?」
「……内容による」
「ベルに図書館で働いてること内緒にしたのってなんでかなーって」
「……『ベル』ってベルナデッタか? ここは静かで気に入ってるから、シマを荒らされたくないんだよな」
「シマって……。でも、確かに静かでいい所ですもんね」
 
 この図書館は人の出入りもあまりないこともあってとても静かだ。
 王立図書館なんかと比べたら蔵書数はもちろん劣るけど、小高い丘にあって陽当りがよくいつも心地良い風が吹いている。
 かっこいい司書のお兄さん――グレンさんを見に来る前もここはわたしの好きな空間だった。

「テラスとかいいですよね。ポカポカの日差しで、居眠りすると気持ちいいんですよねぇ」

 東側のテラスでは季節の花が植わっている庭を見渡しながら本を読むことができる。
 柔らかい風が吹いて、この季節は特に気持ちがいい。

「居眠りは駄目だろ……。前も砦で居眠りしてたけど、危ないぞ……」
「うーん。でも眠くなりませんか?」
「ならないな……まあ、居心地はいいな」
「ですよねー!」

 わたしが手をパンと叩いて相槌を打つと、声とともに静かな図書館に響き渡る。

「……ちょっと声が大きいな。誰もいないけど、図書館では静粛にお願いします」
「ああ、す、すみません……」

 またメガネをカッコよくクイッとあげたグレンさんに普通に注意を受けてしまい、わたしは赤くなってしまう。
 
「ここ地味でつまらないとかよく言われるから、褒められると嬉しくなっちゃって……」
「ふうん……何も分かってない奴らだな。死ねばいいのに」
「そ、そこまでは……」

『八つ裂き』とか『死ねばいい』とか『シマ』とか、言葉選びが穏やかじゃないなぁこの人……。

「あのー……その言動は真面目っぽくないですよ、司書さん」
「ん? それもそうだな。……気をつける」

 ニヤリと笑いながら、またグレンさんはメガネを上げる。

「ふふふ。じゃあ、わたし帰りますね」
「ああ」
 
 帰り道、わたしはちょっとご機嫌にスキップしながら帰っていた。
 借りた小説を読むのが楽しみ。そして、あの図書館を「良い」って思ってる人がいたことが嬉しかった。
 王立図書館以外にも隣の街へ行けば、3年前くらいに出来たあそこより規模の大きい図書館がある。
 だけどわたしはたまに行くときはあの図書館に通っていた。
 小さい時からわたしのことを知っているテオ館長、館長の作り出したあの図書館の雰囲気……。
 ちょっと古くて歩くとギシギシいうけど、きっちり丁寧に清掃、整頓された綺麗な館内。
 居心地いいよね、うんうん。分かる人には分かるんだぁ! 
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