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第200話 とある冒険者の冒険(前編)

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俺の名はティンダー。今も昔もぼっち…。
もとい孤高の傭兵冒険者だ。

タイラントのスターレン旦那の助言に従い、サルサイスの町を出た中年のヒヨッコさ。

旦那の奥さんも連れの二人も超が付く程のド級美女。そんな美女しか傍に置かないと専らな噂の旦那に。

「タイラントに来たら女を紹介してやる」自己補正。
と言われちゃあ乗らない男は居やしねえ。恥も外聞も無く気が付けば乗ってた。

誰か面白い奴も一緒になんて命題も頂いちまったし。

町を出て改めて気が付いた。これまでの俺に足りなかった物。それは覚悟と使命だ。

上っ面の人付き合いにビビってた俺だけんども。自分の為だけでなく他の誰か。今は旦那の為に、なんて腹を括ってみれば。驚く程人と話すのが楽になった。

素面でだ。たったこれだけの事。此れっぽっちの切っ掛けで俺は変われた。

長旅にはまず金だ。年明けには冬季休暇に入る東の小国群を目指しても実入りは少ない。小国の人間は地元愛が高くて土地を離れないし。人柄は旦那好みだと思うが引っ張れそうにない。

目指すは西の王都ハーメリン。旦那に貰いすぎた金貨を元手に王都の外町で安宿借りて当座の仕事と次の行き先を考える。

考えるって言ってもクワンジア、アッテンハイム、夢のタイラントへ向かうのは確定なんだがな。

誰も見付けられなかったら正直に居なかったと伝えよう。相手してくれるかな…。

まあ成る様に成れだ。旦那の言う通り当たってみなけりゃ他人の本心なんざ解らんもんだ。

王都へ向かう乗り合い馬車の中で妙な噂を耳(読心)にした。何でも旦那の逆鱗に触れたフリメニー工房に国の査察が入って組織が刷新され。詐欺に加担してた仲介業者数人が東部の町に逃げ延びたとか。

俺の情報が少しは役に立ったのかもと鼻が高くなった。

途中の宿場で。とっくに通過してんだろうと夜中にフラフラしていたら。居た。

以前運搬の警護を請け負った時の雇い主。と配達先の仲介屋がセットで。驚いて俺から声を掛けちまったさ。

酒瓶片手に前に世話になったと。お困りの様子ですねと東に詳しいから人目に付かないルートを教えてやろうかと。

二つ返事でOK。前金で金二十もくれた。

ベロベロに酔わせて探りを入れると。ペラペラ吐いた。リアルゲロまで。

どうやらヌケルコでクワンジアの仕入れ担当ウィンキーと合流して逃して貰おう、て魂胆らしかった。

ウィンキーていや俺でも知ってるターマインの商人だ。結構手広くやってるからフリメニー工房とも取引が有っても不思議は無い。

昔護衛の仕事を深酒寝坊で受け損ねた人物でもある。

不思議はねえけども違和感は有り有り。宝石商と時計屋って組み合わせがどうも臭う。

かと言って俺なんかがそんな大物に会える伝手は持ってない。

翌朝馬車を乗り換えると乗り合いに別れを告げ。二日酔いに苦しむ二人を乗せた馬車を最寄りの砦に納品した。

フリメニー工房の逃亡者だと教えると二人には懸賞金が掛かっていたらしく、合わせて金二百も貰えた。ここ数日で何年分の稼ぎを叩いたんだろ。

王都まで安全に運んでくれるオマケ付き。半分俺も疑われてたみたいで堂々とご厚意に預かった。

衛兵隊のリーダーに実は旦那の知り合いで邪魔者ぽい奴らをこっそり排除してるんだと伝えると掌を返して喜ばれ王都の内町の中級宿をタダ同然で斡旋してくれた。

早くも旦那の名を使っちまったが悪用はしてないから許してくれるだろう。

二月分前払いにして余分な金を商業ギルドに突っ込んで内町と外町を散策してみた。今まで王都に寄っても特定の道しか通った事が無く始めて踏み入る場所ばっか。

新鮮だと思う反面。他人って俺に無関心なんだと改めて実感した。俺はいったい何にビビってたんだか。急に馬鹿らしくなって益々足が軽くなった。

安物の武装は宿に置き。内町で衣服と新品の道具袋等々身形を整えた。散髪屋に行って髪と髭まで。

見た目を変えれば見る目も変わる。接客対応も。宿で風呂と歯磨きしてから向かった娼館でも懇切丁寧な対応で天国を味わえた。

今まで俺…単に汚かったんだな…。過去なんて忘れてしまおう今直ぐに!

「また指名してね♡」
営業トークとスマイルだが後腐れ無くて悪くない。こう言う店では客の素性は聞かない話さない。それよりも不潔や病気持ちの鑑定チェックは厳しい。当然だな。

「仕事して時間有ったらな」
王都の娼館は質も安全性も高いが料金も高い!通い詰めたら破産する。

小金持ちで今直ぐ出発すれば年内にタイラントに行けるが手土産が何も無い。

スキルの特性を鑑みれば商人向きだが旦那の貯蓄に比べれば塵同然。旦那が求めるのは金銭じゃない。今更商売の勉強したって役には立たねえ。

狙うは冒険者の大口の仕事。

冒険者ギルドの掲示板を眺め。短期で収まる北部と西部の仕事を探した。

北のメレディスとの流通は細くて少ない。西大陸からの干渉が途絶え三国同盟の意義が低く。身勝手に動くメレディスとは疎遠。国交断絶まではしてないがあちら側は治安が頗る悪くて行き交う行商は北端のジスペルの町止まり。

率先して危険地帯に飛び込む程の旨味は無い。てのが大筋の見方だ。

正常化した西部の護衛仕事は安い。安いが短期で確実に港町の情報が仕入れられる。

有用な情報は北だろうが厳しい冬の備えは無く。単独で行っても多寡が知れてる。

商業ギルドと見比べて割の良い西の仕事を熟して宿代稼いで南に向かうか。


申し込みは明日にして宿近くの酒場で情報収集。

二階の窓辺席からは誰もが憧れるエリュライズホテルが視界に入った。旦那はあそこに泊まるんだろうなぁ。

羨ましい!俺も南に行く前に一泊してみよう。それ位の余裕は有る。長旅の記念だ。

景色を眺めながら隣卓の集団の心を読んだ。

するとフリメニー工房の逃亡者がまだ数人国内に居て。国内唯一の港町ナノスモアから出国を計ってるらしく。そいつらを捕まえれば一攫千金だと聞こえた。

俺も乗っかりたいが話し掛ける切り口が全く無い。東で捕まえたのは顔見知りで運が良かっただけだ。

無難に港に行ける仕事すっかな。

腹も満たされたんで席を立とうとした時。何と向こうのリーダーから声を掛けられた。

「なぁあんた仕事探してるだろ。さっきギルドで見掛けた。一人…だよな」
勧誘だった。身形か身形の所為か!
「そうだが…。短期で港に行ける仕事は無いかなってな。だがしがない中級だぞ。使い捨てなら他を当たってくれ」
怪しんでる?だったら声掛けんなよ。

構わず席を立つと引き留められた。
「待ってくれ。俺たち最近クワンジアから来たんだ。
美味しい話を仕入れたんだがモーランゼアの地理に詳しくない。丁度港方面の仕事さ。地元民なら報酬も前払いするから道案内してくんねえかなって」
「ふん。詳細を聞いてから判断する。内容も聞けない仕事は受けん。国にも面識が有るから犯罪には加担出来ない」
警戒が緩んだ。

「そりゃ寧ろ好都合だ。真っ当な仕事だよ。兵舎に直送すればピンハネ無しで報酬貰えるしよ。そっちの会計も奢るから話聞いてくれ」
「気前が良いな。…賞金首でも捕まえるのか」
「そう真にそれ。こっちこっち」

隊は中級に上がったばかりの若手の男四人組。むさい…
声を掛けて来たリーダーがアイールバム。標準的なバランスタイプで話がし易い。
盗賊職のソア。比較的無口で顔色が白い。病気ではないようだが若干身体が弱そう。
後の二人は戦士風。体躯は立派。ケイプトロとリトロアンは兄弟。表面上は普通にしてるが内心バチバチしてる。競い合う程度なら良いが喧嘩を始めると面倒だな。
四人共嘘は吐いてない。

俺も自己紹介をして仕事内容を聞いた。

内容は心を読んだ通り。フリメニー工房の逃亡者を港町までに捕まえたいと言う。

「標的は四人は居るらしい。一カ所に固まってたらボロ儲け。一人に付き金百は堅い。
案内報酬は金十枚で返金無し。捕獲成功報酬は五人で均等割でどうだ」
東の二人と同じ値段設定だな。
「最低でも一人は捕まえないと元は取れない訳か。俺は損しないがお前たちはいいのか」
四人共頷いた。素直だな。
「冒険者として素直なのは誉れだが。モーランゼアは商人が主流の国だ。女に騙されないように注意しろ」

「お説教まで貰っちまったな。で、受けてくれるのか」
「受けよう。どの道港には行くしな。捕獲一人目の報酬は金十枚でいい。俺もアイールと同じタイプで五人のバランスは悪くない。武装は兎も角薬類はどれ位持ってるんだ」

「有り難い。薬は傷薬が少し。ここに来るまでに殆ど使い果たした。居ないって聞いてた野盗が南の街道に現われてそこで消費した」
野盗…。南で出た?フリメニーとは関係無さそうだが。
「そっからか。俺も使い潰した武装の新調をする。明日ギルドで契約を交わしたら買い物と馬車の調達だな。
待ち合わせはこの店の前に午前十時でいいか」
「それで頼んます。しっかりしたベテラン拾えて助かったよ。俺たちも運が向いて来た」
危ういな。これじゃ簡単に騙される。

「今会ったばかりの人間を過信するな。お前ら…揃いも揃って童貞じゃないだろうな」
「え…。なんでバレた…」
素直か!四人共図星だった。
「国の女とか娼館には行かなかったのか」
「だって…病気とか怖いじゃん」
純朴か!彼女も居ないと心に浮かんだ。

「いい歳こいて何言ってやがる。ガキのお守りまでさせられるとは思わなかったぞ。ここの娼館は客も遊女も病気を鑑定する道具と避妊具まで揃ってる。
銀貨で三十だから風呂と歯磨いて今夜中に行って来い。全員行かないなら仕事は降りる」
男の長旅はどっかで消化しないとケツが危険だ。

「解った。…店、紹介してくれないか。ティンダー先輩」
額を押さえて溜息。
「俺は昨晩行ったばっかだから入らないが。遊郭が集まる場所に案内してやるよ」


全員大人になってスッキリした面持ちの四人と翌々日には西へと出発した。

目的地のナノスモアまで王都から
ナンアーゼ、ネキア、ミテン・リンの町を経由する。ナンアーゼまでは二日。以降は最低でも三日ずつ掛かる。

西部砦はナノスモア手前とナンアーゼ手前に一つずつ。
ネキアには大型の兵役駐屯地が併設され治安が良い。食糧も各町で購入出来て旅中も困らない。

各所で積荷を検める検問が張られ。一見すると犯罪者は抜けられそうもないが抜け道は有る。

本街道を挟んで南北を平行する森林地帯を大幅に逸れた裏の獣道を通って迂回すればネキアも楽勝。国も当然認知しているが回せる人員不足で本街道で手一杯。

巡回も朝夕のみ。夜間は素通り出来てしまう。夜の獣道と稀に出会すゴブリン集団を潜り抜ける勇気が有れば。

ナンアーゼ、ネキア間の宿場にて。

王都やナンアーゼで町人や兵士たちの心を読み捲って仕上げた西部の地図を五人で囲みながら。

「丁度この宿場から南北の裏道に入れる。ネキアから距離が有るのは南だ。通常の犯罪者心理ならこっちを選ぶだろうがゴブリンの目撃情報も多数有った」
「ゴブリン程度なら俺たちで」
何とアイールが嘗めた発言を。
「お前の口からは聞きたくなかったな。夜の魔物を嘗めてんじゃねえ。魔素溜りが何処かも確認されてない。夜間に走れば見えない暗闇から毒矢が飛んで来るんだぞ。お前に避けられるのか?」
「すんません…」

「焦るな。出遅れた俺たちが今更後ろを追い掛けたって無駄だ。ネキアの駐屯地の許可を取って南北の真新しい車輪痕や人が通った痕跡を探るだけでいい。
西部は夜に雨が降り易い。通り過ぎたなら必ず何かが残ってる。木陰や茂みに人糞とかな。
逆に何も無ければ逃亡犯はまだナンアーゼに居る。調査して潜伏先を突き止めれば。報酬は半分になるが砦に連絡するだけでお終いだ」
「成程。流石は先輩」
他の三人もウンウン。気分はいいが先が思い遣られる。

「お前らなぁ。こんなの初歩の初歩だぞ。クワンジアでどんな教育受けたんだ。魔物の種類や迷宮の数はあっちの方が上だろが。等級問わずベテランに教えて貰わなかったのか」
「だってさ。ベテランは何となく見て覚えろって言う人ばっかだし。名の有る中級以上の隊は大物狩りや迷宮に通い詰めだし。タイラントの英雄様が国を引っ繰り返した挙句に地表の大物を二カ所も消し飛ばしたし…。
色々有って新人は比較的安全な護衛業ばっかだよ。俺たちはその数を熟しただけ」
旦那は魔素溜り毎吹き飛ばしたのか。そんな人に喧嘩売ろうとしてたのか…俺は。

「そ、そうか…。そりゃ恵まれてんだか恵まれてないんだかだな。まあ森の奥には普通の野犬や狼。川辺の対岸には熊や激レアで虎も出る。咬まれりゃ病気にもなるし爪で大怪我だ。衛兵が使う巡回路以外は使わないし、深入りもしない。
痕跡を見付けたらナノスモアまで一直線。他の連中も狙ってるだろうから。最悪取り逃がしても今回は勉強代だったと諦めて帰りに護衛でもして小銭稼ぎだな」
「へい…。命あっての物種ですからね。先輩に従います」

物静かなソアが口を開いた。
「ティンダーさんはどうして港に?」
「単なる情報集めさ。知り合いも伝手も皆無だから自分の目と足で。今のメレディスに向かう酔狂な船が居たら積荷がどんな物か見てみたいってな」

ケイプトロが。
「何か儲け話、とか」
「今回は儲けは度外視だ。とある恩人に持ってく土産話のネタを探してる。その恩人が動くと目立つから無名の俺がってなもんさ」

リトロアンも知りたそうな顔で。
「その人の事は教えてくれないんですね」
「おいおい。会って間も無い人間にホイホイ秘密を話す訳がねえだろ。仕事中はお互い詮索しないのが冒険者も商人も鉄則だ。
まあそうだな。ガッポリ稼いでハーメリンで祝杯挙げられたら少し教えてやってもいい」
誰もが知ってる超有名人だけどな。
「頑張って祝杯挙げましょう」

「また遊郭で遊びたいならまずは無事に帰らねえとな。自分の身は自分で守る。背中が預けられる仲間ってのは貴重だぜ。大切にしろよ」
「はい!」
気持ちの良い返事だ。素直過ぎなんだよ、ったく。




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途中途中で基本的なサバイバル術を伝授。
茹でて灰汁抜きすれば食べられる草花。獣が食い散らかした木の実や茸なら大抵人間も食える。魔石を使わない火起こし。夜露を集めて煮沸すれば飲み水に。川の水は水源流じゃない限りそのまま飲むなとか。

ネキアで一泊時間を喰ったが南側の裏道で新しい痕跡を見付けられた。

大きく抉れた轍が八本と馬の蹄痕が多数。それと周囲の木々に薄く付着した白い鱗粉。
「大型車が二台か。それに…」
白い粉をグローブで拭い臭いを嗅いだ。
「なんすか、それ」
「こりゃ凄え。魔物と害獣避けの光蘚の粉だ。夜間の光源にランプで燃やしたな。かなりのレアで高額品。流石に金持ってるだけは有る」
「じゃあもう西に」

「焦るなって。南の迂回路はどんなに急いでも本街道の倍近く掛かる。食糧もミテン辺りで調達する筈だ。ナノスモアにも直では入れねえ。必ず南のどっかで乗り換える。
日持ちする干物や馬用の人参や藁を手ぶらで買いに来た奴が居なかったか探ってから港に直行しよう」
「勉強になります」
三人も頷いた。…もう慣れたよ。




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ミテン・リンの町で追い付いた。到着日前日の昼。
町に一軒しか無い乾物屋でこの時期では珍しく現金で大量購入して行った二人組が居たと。

フードで顔を隠してとても怪しかったそうだ。

俺たちも適度に買い込み立ち去った。

その日のミテンの宿で。
「結構余裕だったな。ナノスモア手前の砦は北寄りに建ってるらしい。だから南を選択するしかなかった」
「成程。先行で港入りした手引き者が代わりの馬車を調達するのを探るか。手前の宿場に陣取って不自然なキャラバンが居ないかを探るか」

「上出来だ。段々と頭が回って来たな。
町中で干物を買ったのが二人。他の買い物をしたのが二人は居たと仮定する。要人警護ならその三倍は居る。
御者役も含めれば七七は最低居ると考える。ナノスモア側から入替え用の馬車を調達するのは不自然だ。出発したのに直ぐ引き返したんじゃ間抜けな憲兵隊でも気付く。

俺の見立てでは後追いの待機キャラバンが確度が高い。
要人と積荷用の高級品の何かだけを受け入れる。二枚底の荷箱とかに隠れて検問を通過。門番に大金掴ませて再検分を緩くさせれば港入り達成だ」
四人が唸ったのを見て。

「大勢を前に二手に分かれるなんざ阿呆だ。標準装備の俺たちじゃ高級装備で未知数な奴らには適わない。金に目が眩んだ血気盛んなお前らが直接捕えたいってなら俺は止めねえ。臆病な俺は馬車から降りて歩いてナノスモアに向かうぜ。
どうするか四人で良く相談して決めな」

「相談なんてしなくても。もう答えは決まってますよ」
「憲兵隊か砦に知らせましょう。儲けは二の次で」
「俺もそっちだ」
「俺も同じ」

「他人任せなのは宜しくねえが。今回に限って言えば賢明な判断だな。但し、宛てが外れても文句言うなよ」
「言いません。ここまで遣れたのはティンダー先輩のお陰ですから。あの日先輩に声を掛けた自分を褒めます」
どっちにしろ照れ臭いな。

「まあ良いさ。煽てるのも結果を見てからにしろ。キャラバン隊で確定なら必ず何かを仕掛けて来る。ド定番は眠り薬入りの酒とか。管理者が居る近くで毒殺なんてしないからそこは安心していい。
目撃者を減らすので各小屋を封じて来るのは間違いない」
「手が込んでますね…」

「お前らが素直過ぎるんだ。今まで良く死ななかったと感心するぜ。
他が居なけりゃ女で釣って来るかも知れねえが。何を持って来ても全部口にするな。それで確定だ。
暫くお喋りして楽しめば勝手に帰る」
「ほぉ~。定番って意味が解りました」
「勝手に脱ぎだしたら観賞してやりますか」
「手出しは無用で」
「病気は怖い…」

「お前ら何か病気にトラウマでも有るのか?」
「俺たちの父親三人共。性病で腐って死んだんです」
何じゃそりゃ!?
「あぁ、なるほ…。今のは聞かなかった事にするぜ」
彼女にするなら処女がいいとか言うんだろうな。気持ちは解るが面倒臭え。

旦那に紹介する事になったら何て説明すりゃいいんだ。




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案の定ナノスモア最寄りの宿場に長期滞在する西行きのキャラバン隊が居た。

俺には読心で丸見え。丁度その日が合流日だった。

罠も綺麗所三人と赤ワイン瓶の二重で来たがお喋りするだけで脱ぎはしなかった。

何気に残念。

素っ気なく相手にすると舌打ちして出て行った。
「余程自分の美貌に自信有ったんだろうな」
「接客としてはド素人っすね」
「香水臭かったぁ~」
「飲んでないのに吐きそう」
「遊郭の控え目な香りが一番」

「嵌まるなよ。あっちは仕事だ。入れ揚げても店の外では赤の他人。素人さんに戻れんぞ」
「へい…。解ってますって」
勧めたのは俺だが。

「これで確定だ。夜間は門が閉まるから。出るのは早朝。俺たちは足止め妨害を見越して。砂時計で計って二時間遅れで出発だ」
「検問、大丈夫ですかね」
「どうせ往復全検査で順番待ちだ。もし遅れても門を通過するまでに時間は有る。憲兵隊か衛兵に大声で伝えれば良いのさ」


妨害工作はこれまた定番。馬車の車輪が壊れて困ってる風の行商隊が立ち塞がった。

「お助けを。動けず熱を出した赤子が」
まあまあの演技だ。赤ん坊に熱は無い。
「予備の車輪を積まずに出たお前たちが悪い。赤子を連れて長旅も有り得ん。砦に寄って助けを呼ぶからこの先の宿場に歩いて行け」

俺は元々他人に冷たい人間だ。

颯爽と走り抜け強引に引き離した。大体助けを求めるなら先に出たキャラバンだろ。


検問所が見えた。丁度キャラバンが検査に差し掛かった頃に最後尾に着いた。

馬車を降り縦列の脇を走り。大声で叫んだ。
「そのキャラバンの積荷の一枚下に!フリメニー工房の逃亡犯が居るぞ!!今朝宿場で入り込むのを見た!」
見てはいない。全部取り巻きの心を読んだ。

周囲の憲兵隊がざわめき。近くで待機していた衛兵隊が群がり砦からもぞろぞろと飛んで湧いてキャラバンに群がった。

取り巻きの護衛たちは諸手で平伏し。天幕の中から手配犯の四人と従者数名が引き摺り出された。

漏れなくお縄で御用。怪しい積荷も全没収。たった一声で一件落着。

踵を返して自馬車に戻ろうとした時。後ろから憲兵隊長が駆け寄って来た。

「お待ちを!四方や東部地区でも賊を連行されたティンダー様では」
「こっちまで知らせが届いていたとは驚きだ。ティンダーで違い無い。南の森付近にも手引きを手伝った者たちが居るようだ。急いだ方が良い」
「ご協力感謝致します。急げ!」
後ろの控えに指示を出し。
「御方にはどの様に」
「何も伝えるな。今は俺との接点を晒す時期じゃない。表に出されると御仁に迷惑が掛かる」

「心得ました!町へ入られる頃には宿を手配させます。お連れ様は何名でしょうか」
至れり尽くせりだな。
「四人だ。全員男だから大部屋でも個室でも構わない」
「承知致しました!」


検問は継続され順番飛ばしも無かったが。小規模な行商隊ばかりで進みは早く。体感一時間も掛からず町内に入れた。

案内された上級宿で二泊。無理をさせた馬を休ませる為に多目に取った。国の好意で無料。

用意されたのは十人部屋で広々。

報酬の話が有るからと部屋で暫く待機させられた。

連れの四人が白い眼。
「ティンダー先輩。無名だって言ってませんでした?」
「東部でも賊を捕えたとか」
アイールとソアが不満を訴えた。

「誰にも秘密は有るもんだ。俺の本拠点は東町のサルサイスだった。王都に来る途中の宿場でフリメニーの顔見知りを偶々見付けてな。酒に誘って事情を聞くと逃亡犯だって漏らしたから潰れる迄酔わせて東部砦に運んだ。
国に貢献して感謝されたってだけだ。二人運んで報酬は満額貰ったがな」
「だから金には困ってないのかぁ」
アイールが納得顔。

「そう言うこった。ま、今回のでも少しは貰えるみたいだから大人しく待っとけ若いの。目先の金に踊って俺をボコっても殆ど口座の中だ」
「そんなんしませんって。もうちょっと信用してくれよ。先輩に付いてけばもっと儲かりそうなのに」
素直で正直と来たもんだ。
「急に小金掴んで欲に駆られて仲間裏切るなんて日常茶飯事の世界だからなぁ。俺は恩人以外は誰も信じない事に決めたんだ。悪く思うな」

「羨ましいっすね。先輩が信じる恩人さん。俺も会ってみたいです」
「気紛れな御人だからな。俺でも会えるかどうかは運次第だ」
忘れられてなきゃいいが。


昼前に検問所で会った憲兵隊長が補佐官を連れて部屋に来た。

逃亡犯四人分の報酬は満額。
その他従者、南で捕えた伏兵、国外流出懸念が有った薬品や道具や武装の押収。諸々含め追加報酬が支払われると伝えられた。

「今算出出来た分だけでもお一人共通金三百枚は下りません。国に納める税金接収分を引いてもです。更なる上乗せが見込まれますが。如何致しますか」
満額に上乗せか。いよいよ背後がヤバいな。おちおち夜道も歩けねえや。

隣で色めく四人に尋ねた。
「お前ら商業ギルドに口座持ってるか」
「いいや。ぼ、冒険者ギルドだけだな。皆」

アイールの背中を叩いて。
「こんな端金に狼狽えるんじゃねえ。貧乏冒険者だってバレバレで恥ずかしいだろ。正気を保て」
「す、すんません」
子守りってのは面倒臭えなぁ。

「こいつらに口座作らせてから連絡する。外の砦で申請すればいいのか?」
「若手の育成の様ですね…。はい、砦で構いません。守衛受付で済ませられるように手配して置きます」

お礼を重ねられて即興で起こされた念書と守衛に渡す認め書を受け取った。


役人が帰った後。部屋で昼食を取りながら。
「先輩。商業ギルドと冒険者ギルドの口座って何が違うんですか」
「んな事も知らねえのか。振込や振替はどっちでも出来るが冒険者ギルドは現金で引き出せる量が少ない。その上ギルドを置いてない町も在る。
商業は西大陸以外の世界各地に九割以上支店が在って引き出せる量が桁違い。大金裸で持ち歩く馬鹿は滅多に居ないから常識的な範囲でな。
大口の取引も名の知れた商人なら証文書とか引き落とし書を一筆書いて即決で終わる。
長旅を生業にする冒険者なら必須で両方口座を作るもんだぜ」

「ほぇ~。知らなかったっす」
お先真っ暗だ。
「散財しないように金の使い方教えてやるよ。このままじゃ悪い商人に目付けられて翌日には口座が空になっちまうぞ」
「お、教えて下さい先輩!」

何も知らない若造に基本中の基本から。

大金は持ち歩かない。
初めての土地では現金を使わない。
使い道をある程度決めて置く。
意中の女に高額の贈り物はしない。
婚姻してから資産を明かす。
商売女に貢ぐのは金と時間の無駄。
一度の仕事で得た収入は幾らであっても半分貯金。
各地の情報屋には銀貨五枚から上乗せ加算。
商人からの誘いは一度目は必ず断る。
しつこい商人に付き纏われたら商業ギルドに駆け込む。
後ろに何が居るか解らない相手に剣は抜かない。

「ざっとこんなもんだ。金持ってて上品な上玉女が寄って来たら罠だと思えってな」
「勉強になります。沢山有るんすねぇ」
「人生経験だ。一度痛い目見りゃ誰でも学ぶ。準備したって女には騙される。それが男って生き物だ」
「悲しいっす」

ソアが手を挙げて。
「情報屋ってモーランゼアにも居るんですか?」
「居るぜ。情報持ってる奴がお行儀良く酒場で飲んでるなんて稀だ。フリメニー工房の話は有名だからベテランなら誰でも知ってただろうが。もっと深くて危険度の高い情報が欲しいなら酒場の外。娼館じゃねえぞ。
一見汚え格好だが臭くない浮浪者。路地裏で周囲を気にしながら暖を取る集団。ここなら波止場の奥とか軍港と漁港との間とか。それなりに入れた金袋見せながら接近して逃げなかったり手を払われなかったり。拒絶しなかったら金で何かしら情報が買える」
「成程」

「相手も命張ってるから追い掛け回すのはマナー違反。こちらも単独で武器の所持は仕込みだけ。夜間はお互い警戒感が高まるから避ける。
この中ではソアが適任だ。面が割れてきた俺や人当たりが良すぎるアイール。体格の良いケイプやリトロは不向き。意味は解るな」
「はい」

「試しに口座作ったら小銭持って回ってみな。残りの俺らは商船港や魚市場辺りを見て回る。適度に離れた所で」
「久々の単独かぁ。腕が鳴ります」

「他はここに帰れる自信が有るなら自由行動でもいいぞ」
「自由は明日たっぷりと。今日は町の地形を頭に入れないと」
他も同様。かく言う俺も大昔に一度来た以来だから砦の後で散策しないといけない。

結局五人でぞろぞろと。ギルドから砦。砦から町中で港まで連れ歩き。情報源が逃げてしまってソアの実地訓練は不発に終わった。




---------------

自分の読心と聞き込み。ソアが拾って来た情報を照らし合わせるとメレディス行きの二隻の船は食糧の救援物資でフリメニー逃亡犯たちが持ち込んだ特殊品を載せる予定だったと判明した。

蓋を開ければ呆気ない結末。しかしこれらの行動で誰の怒りを買っていたかは気付かずに。帰りの食糧を買い込み王都への帰路へ付いた。

町区間の護衛仕事を受けたりキャラバンの後方を固めて小銭を稼ぎながら。二週間以上掛けてハーメリンへと帰って来た。

ギルドに届けられた会計報告の算出額は金四百五十。背筋が寒いぜ。

十二月も中旬に差し掛かってるから外気も寒い。

若手四人は俺の定宿の近くに宿を取り直し。四人と出会った酒場で小さな打上げ会を開いた。

「そろそろ教えて下さいよぉ。先輩の恩人さん」
「馬鹿。外で話せる訳がねえだろ。そんなに聞きたきゃ明日の昼に俺の部屋に来いや」
相手が女じゃないのが悔しい。
「へーい。じゃあこれからあの場所行きます?」
結構飲んでるが大丈夫かこいつ。まあ心配しても。

「若いってのはいいなぁ。俺は酔うとダメだ。まあ若いもん同士でスッキリして来い」
「お言葉に甘えて。明日も打上げ第二弾っすよ」
「俺が全然行けねえじゃねえか」

ニヤニヤ笑いながら四人は足取り軽く。小銭を置いて店を出て行った。

短い間だったが楽しかったなぁ。と思い返しながらグラスの残りを煽った。

自分もそろそろ席を立とうとしたその時。全身を襲う悪寒と共に。尻が椅子に張り付いて動かなかった。

いや、腰が抜けていた。

不意に後ろの卓で一人で飲んでいた男が席を立ち。俺の対面席に座った。

自分よりは若い優男が薄ら笑う。
「初めまして。て言ってももう直ぐお前死ぬから自己紹介は省くよ」
「なんだ…と」
呂律も回ってない。泥酔しながら目の前の男に震えて怯えてる感覚。一言で気持ち悪い。

こいつも心が全く読めない。只、旦那たちと違うのは、全部が真っ黒。深淵まで覗けるドス黒い渦。こんな異常な奴は始めてだ。

「お前の後輩四人組。殺されたくなかったら誰の差し金で動いてるのか教えてくんない?」
「俺は昔からぼっちだ。あいつらとはここで知り合って…仕事をしただけの仲だ」
若干慣れたな。口は回る。

「嘘は良くないなぁ。先輩先輩って犬みたいに懐いて。気持ち悪くて反吐が出る」
それはこっちの台詞だぜ。
「別に誰からも指示は受けてない。東で偶々拾えた奴に懸賞金掛かってたから西でも調査してやろうって思っただけだ。あんな幼稚でお粗末な逃亡して置いて。俺じゃなくても捕まえてたぜ」

「ふーん。面白いねぇ。俺の計画が、幼稚…」
馬鹿みたいに怒ってるのは解る。詰りこいつが手引き者のウィンキー本人。安い挑発に乗るのは俺の死が確定してるからか。
「何か譲歩案はねえか。俺は死んでも構わねえがあの四人は育て方次第で使えるぜ。欲望に忠実だからな」

腕組みして何かを考え始めた。
「ふん。まあいいや。お前から頼まれたって騙すか。それとは別に、一つ賭けをしよう」
「賭け?」
「お前運が良いみたいだから。どっちが強運の持ち主か試したい」
テーブルの皿を退け。何処から出したかショットグラスを二つ並べて血のような赤ワインを注ぎ入れた。

「一つは猛毒を塗ったグラス。もう一つは普通。選ばせてやるから一緒に一気飲み」
理不尽な賭けだ。多分どっちにも毒が塗って有る。でこいつは毒耐性の道具を持ってる。それが真実だとしても拒否権は無いようだ。

自分の手前側のグラスを手に取った。

「そっちか。じゃあ行くよ」

ポンと叩いて勢い任せに飲み干した。

ウィンキーは薄ら笑いを浮べながら飲み下した。

旦那…。俺はここまでだ。見果てぬタイラントで交わしたかった杯を脳裏に描き。静かに目を閉じた。
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