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第201話 とある冒険者の冒険(後編)
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こんな甘い猛毒なら気持ち良く死ねる。そう思いながら激痛か堪え難い苦しみを待ったが…。
一向にやって来ない?
「何だ?俺は賭けに勝ったのか?」
「え?あれ?あ…れ…」
ウィンキーを包んでいた黒い霧が晴れた。かと思えば白目を剥いてテーブルに突っ伏した。
死んだのかと首筋を触ると脈はしっかり有り呼吸も穏やかだった。
擽ったそうに笑い。何やら譫言のように旦那の名を口にしていた。
旦那とも知り合い?何なんだこいつ。
離れた席の客もチラ見はしたが興味無し。暫く待っても起きもしないし仲間も現われない。
放置しようか悩んだが。ここで死なれても俺の悪評が立つと思い、持ち込みグラス二つとワインボトルを自分の道具袋に押し込んだ。
席で六人分の会計を済ませ。ウィンキー(推定)を背負って宿に帰った。
フロントの兄ちゃんに驚かれ。
「ティンダーさん…。そんな趣味が?」
「違うわ!酒場で突然絡まれてよ。勝手に騒いで飲んで潰れた赤の他人だ。名前も知らねえし宿も不明。仕方ねえから同室に転がす。追加は後払いで飲み水入れてくれ」
「承知です。まあ一晩位なら追金は無しでいいですよ」
「気前がいいな。損するぞ」
「ティンダーさんの部屋は国から別料金頂いてるんで」
なーんだ。
「んじゃ遠慮無く」
水も用意して空きベッドに転がした。しかしこれからどうしようか。
一晩中監視していたのでは俺が眠れない。
夜襲対策を兼ねて戸締まりは厳重に。ウィンキーの背負い鞄を離れた場所に置き。下着まで剥がして身体検査。
ネックレスと指輪が左右で三つ。
足や口の中には何も無い。
アクセサリーを外すと心が読めるようになった。手足を縛り布巾で猿轡を施し、じっくりと観察。
見苦しいので下着は履かせ直して。
こいつの名はウィンキーで合っていた。
転移の指輪でターマインから単独飛行。
心が読めなかったのはもう一つの指輪の阻害の所為。
ネックレスと残りの指輪は運勢を引き上げる道具。
リュックサックは南東大陸の迷宮産の巨大収納鞄。
先程のショットグラスは毒ではなく呪いの魔道具?
今垂れ流しで読めたのはそこまで。
毒ではなかったからお互い死ななかった。それは助かったがいったい何の呪いだ?
自分の体調に変化は無い。若干トイレに行きたい程度。
洗面所の鏡で顔色を見ても至って普通の赤ら顔。
楽しくてつい飲み過ぎた。
取り敢えず…歯磨いて寝よ。
---------------
深夜に隣の唸り声で起こされた。
「何だ。煩いぞ」
「うー。うー」
芋虫みたいに畝ってる。
「便所か?」
大きくウンウン。
担ぎ上げ運び。下着を下ろして便座に座らせた。
ちり紙で他人のケツを拭き上げ流した。
水洗で良かった…。て介護か!!
申し訳無さそうな顔で泣いていた。
泣きたいのはこっちだ。
手と顔を洗って目が冴えてしまった。
「叫んだら拷問するぞ」
ウンウン。
猿轡を外して様子を窺う。
「み、水を…」
水瓶を見て叫ぶ事無く呟いた。
暖炉に火を入れ前に座らせ、グラスから飲ませた。
「落ち着いたか」
「あぁ…。有り難う」
「店で飲んだのは毒じゃなかったんだな」
「あれは…。自分より運気の悪い奴を絶対服従させる呪いの杯だ。何でもいいから液体を注いだ者の支配下に置ける魔導食器です」
絶対服従?
「今直ぐ死んでみろ」
ウィンキーは椅子から転げ。顎肩腰膝を駆使しながら盛大に燃える暖炉に向かって前進を開始した。
「や、止め!て、撤回して下さい!」
何気に面白い。
「撤回する。生きろ」
動きを止めた所で椅子に戻した。
「た、助かった…」
「世話の焼ける奴だ。ちょっと邪魔された位で首謀者が単独でホイホイ表に出て来てどうする。ベテラン冒険者を嘗め過ぎだぞ」
自分が二種の道具を越える程の強運の持ち主だったなんて驚きが天を衝く。旦那と出会って激変した気がする。
「済みません…」
「先程譫言でタイラントの英雄の名を口にしていたが。お前との関係性は」
「俺の雇い主との関連で知り合い。もう直ぐ再来訪するんで仕事の商談を持ち掛けるか。ティンダー様が関係者だったら餌にして呼び出そうと」
急に稚拙になったな。頭が良いのか悪いのか。
「残念だが俺は関係者じゃない。酒場で偶然居合わせただけの一冒険者だ。俺では人質にも成らん」
「そうでしたか…」
適当な話でも信じるらしい。餌にならないのはホントだと思う。
「で、英雄殿を呼び立ててどうする積もりだった」
「罠を巡らせたメレディスに飛ばして殺害しようと」
何だと!
「相当な自信だな。そんな稚拙な罠に英雄殿が掛かるとは到底思えんが」
「ご尤も。ですがあのバッグに内包する道具を組み合わせれば数秒間は硬直出来ます。如何に英雄でも数秒有れば死に至れる」
一応策は有ったらしい。
「お前の名と雇い主の名。お前の役所を教えろ」
「俺はウィンキー。ターマインで東部仕入れ担当をしています。雇い主はクワンジアの大老長ソーヤン・グータ。
役は金庫番。裏金と闇で流れた上位の魔道具や装備を一括で管理してます」
とんでもない大物が出たな。クワンジアの状勢は詳しくないが旦那が暴れてる最中に知り合った高官か。
「色々気になるが。道具類は全部あの中か」
「はい」
かなりの容量だな。
「裏金とは何だ」
「クワンジアで開かれた闇のバザーで英雄から騙し取った金です。メレディスの同盟組織に支払う報奨金に充てようと俺の口座で預かりました」
旦那から奪った金で旦那を殺そうとするとは何とも。
「幾ら預かったんだ」
「バザーでの落札総額が約金四千六百万枚。内二百万は他国の道具を漁るのに使い。残りは四千四百万です」
「よっ…」
資産の次元が違い過ぎる。俺だったら一生掛かっても使い切れん。そんなに持ってても身を滅ぼさないとはやっぱり旦那は凄い。それに尽きる。
話が大きくなる一方だがこいつ自身をどうすべきか。
「今回お前はターマインに告げて出て来たんだ」
「ターマインの帰国組は俺の裏の顔を知りません。転移道具は持っているのは知られているんで。先に寄り道しながらクワンジアに帰ると言伝ました」
「暫く行方を眩ませても問題無いか」
「はい。ソーヤンに通信道具で伝えるまで二週間程度は余裕が有ります」
時間は有るな。旦那が来るなら直接引き渡そう。
「絶対服従に期限は有るのか」
「発動から二十四時間です」
おぉそっちの時間が無かったか。
「引き伸ばす方法は」
「手持ちの道具の中には有りません。杯を再使用してもまた運任せの賭けになるんで」
幸運は続かない。これは謂わばビギナーズラック。俺は危ない橋は渡らない。
「そうか…。では雇い主に内緒でメレディスの組織をお前一人で壊滅するにはどれ位の時間が要る」
「転移具とバッグの中の武器を数本使えば…。四半日有れば余裕です」
規模は局所に集中してる。僥倖だ。まあこいつが仕組んだ罠だしな。
「良いな。必要な物だけ持って行ける予備の収納袋はあの中に有るか」
「有ります」
「では明日の朝一で荷物を纏め。英雄殿に返金処理をしてからメレディスに飛べ。捕まったら転移具を壊して自害しろ。木っ端に。完膚無き迄に。塵も残さず完遂出来たら」
耳元に口を寄せ。
「愛情たっぷりのご褒美をくれてやる」
優しく肩を揉んでやろう。それ以上は気色悪いし。
「精一杯頑張ります!」
「もう寝よう。明日は忙しくなる。難しく考えるな。お前が撒いた種を拾い集めるだけさ」
「はい」
---------------
翌朝。道具と武器を仕分けさせ何処の宿を取っているのかと聞くと何とエリュライズに連泊していると答えた。
他人の金を湯水に使うとは悪い奴だ。
軽く叱り付け。リュックの所有権を俺に移行させてからホテルの解約手続き。ギルドでの返金処理を見守り。誰も居ない路地裏からウィンキーを北へ飛ばした。
宿に戻ってリュックの中身の検分。しても俺にはさっぱり解らない。旦那に丸投げしよう。
ウィンキーは死んでも良いが持って行った転移具と武器は勿体ないな。責めて自分でも使えるか試せば良かったと少し後悔した。
もしも戻って来た時を想定。…あれ?幸運グッズを俺が身に着けて杯を使えばいいんじゃね?
存外に単純な話だった。見た目は金のネックレスと指輪。有り難く頂き装備した。
失敗しても死ぬのは俺だけだ。
四人は旦那に預ければいい。そう思い立ち旦那宛に遺書と紹介状を書いた。
十一時過ぎに部屋へ来た四人に旦那との関係性とクワンジアの大物ウィンキーと敵対していると話し、アイールに封書を渡した。
「もう直ぐスターレン様がエリュライズに来る。もし俺がくたばったらこれをホテルのフロントに届けろ。中身は俺の遺書とお前らの紹介状だ」
「先輩…。何となく、英雄様と知り合いなんじゃないかって思ってましたけど」
ソアが続けて。
「相手は一人なんですよね。だったら五人で囲めば」
「馬鹿言うな。相手は上級冒険者並みの手練れだ。転移具も優秀な武器も持ってる。隷属化の呪いも何時解けるか解らねえ。気付けばあの世に行ってるぜ」
「そんな…」
「んな湿気た顔すんな。少し旅を共にした知り合いのおっさんが死ぬだけだろ。冒険者なんだから当たり前だ」
「…」
何とも言えねえな。
「今日はあの酒場でお別れ会だ。夜までにウィンキーが現われたらもう一度奴隷の杯を使う。遠目から見て俺が気絶したら負け。迷わずエリュライズに駆け込んでスターレン様が来るまで連泊しろ。
現われなかったら…。俺は娼館近くかこの部屋で死んでるだろう」
「どっちにしても不利なんすね」
「クワンジアでもメレディスでも。大国を丸ごと動かせるような連中だぞ。端から勝ち目なんてねえ。正面から打ち勝てるのは、スターレン様御一行だけさ」
「普通にお会いしたいもんすね。ま、取り敢えず飯にしませんか?俺ら腹ぺこなんで」
「狡ぃなぁ。お前らだけスッキリしやがって。今日は俺の奢りだ。しこたま美味いもん食いに行くぞ」
「やったぜ」
前から気になってた飲食店や商店街を巡り。夕方を待って酒場に入った。
探すでもなくウィンキーはさも当然な顔をして二階席に座っていた。
「ティンダー様。それに後輩君たちも」
こちらを見付け軽やかに手を振って。
身綺麗にしても良く解る。こいつの全身が血生臭い。
内町の小綺麗な酒場には似合わぬ風体。異質な臭いを誰もが避けた。
「首尾は上々みたいだな」
「ええサクッと。リーダーと側近の首を落として罠を全部発動させて拠点三個崩壊させる何て。庭の散歩と変わりませんよぉ」
戦ったら勝てねえわ。
「そうかそうか。ご苦労だった」
青い顔したアイールたちは離れた卓を囲み。俺はウィンキーの対面に座った。
「ご褒美の前に。時間が無いから契約更新と行こうじゃないか」
「あれやるんですかぁ。後悔しますよ」
「かもな。だが放置しても術が解けたらどの道俺は死ぬ」
「まあ…否定は出来ませんね」
昨日のグラスを並べて甘いワインを注いだ。
幸運は続かない。人に因って上限が決まってると思ってる口だ。そんな俺が見えない運に頼ってるとはお笑いだ。
昨日使い切ったなら今の俺は残り粕。
後は頼んだぜ、旦那。
同時にグラスを取り、一気に煽った。
---------------
そっと薄目を開けると…。突っ伏してたのはウィンキーの方だった。
なけなしの運?いや、どうやら別の要因が有りそうだ。
店員を呼んで毛布を要求。
「またですか…。連日お連れ様を潰して楽しいんですか?」
「正直楽しい。会計余分に払うから起きるまで寝かせといてくれ」
「払って頂けるならいいですが。毛布は少々お待ちを」
転移具と腰巻き収納鞄を回収してアイールたちの卓に移動した。
「賭けに勝った、らしい」
「お疲れっす。しっかし…化けもんすねあいつ。目を見ただけで震えましたよ」
「真面に遣り合ったら勝てねえ、て意味が解ったろ」
四人共頷いた。
「昨日までは心情を隠す指輪を填めてた。それでもドス黒いもんが見えて腰が抜けたぜ」
「それでも切り抜けられた先輩は凄えっすよ」
「これは運じゃない。何か別の要因が加わってる。冒険者が運に頼ったら終わりだ。運勢は飽くまでオマケ程度に考えて置くんだな」
「運よりも自分の経験と感覚を磨けって奴ですか」
「まあそんなとこだ。所でお前らはクワンジアの中央に詳しいか」
「俺ら北中部のグリムゾルテって町の生まれなんであんま詳しくないっすよ。一般的な知識程度なら」
「そうか。ならいいや」
俺もソーヤンの名前位は知ってる。次の指示をどうするかが悩み処。それをアイールたちに委ねても後味が悪い。
仮でも主の自分が決めなきゃな。
昨晩よりも早く目覚めたウィンキーを便所に行かせて晩餐を解散した。
回数を重ねると短くなるのかも知れない。これが俺の最後の晩餐になるかもと考えると名残惜しいがアイールたちには何も告げずにウィスキーを宿に引き取った。
---------------
ご褒美の肩揉みをしながら問う。
「お前の家族は」
「家族は居ませんねぇ。正確には居るんでしょうが誰が母親なのかも解りません。何十と居るソーヤンの妻の中の誰かだと」
金持ちがハーレムを作るのは女神教なら当たり前。流石にそいつらを殺せと命じるのは非道が過ぎる。
「次の時間内にクワンジア。ソーヤン周辺を倒す事は出来るのか」
「…難しいですね。防衛道具は山盛り。何より専属護衛のブーリが俺より強い。ソーヤンの背後を取っただけで首が飛んでます」
まだ上が居やがるのか。
「じゃあソーヤンが持つ転移具を奪うのは」
「その程度なら何とか。手持ちが故障したとか言えば取れそうです」
「他に何か…。例えば、人の記憶を消す道具とかは有るか」
そんな都合の良い物が有れば。
「似た様な物ならリュックの中に。下位の物はバザーでスターレン一行が買って行きました」
旦那なら悪用はしないと踏んで粗悪品を売付けやがった。何処までも金に汚い。
同情はしなくていいな。
「明日の仕上げに何処か知り合いが誰も居ない土地に行き山奥に道具類と武器を埋めた後。遠く離れて書き換え道具で自分自身の記憶を全部抹消しろ。綺麗にな」
「え…」
暖炉を見せ。
「嫌なら今直ぐ死ねと命じるが」
「わ、解りました…」
「何も死ぬ訳じゃねえ。ちゃんと場所を選べば安全に生きられる。当面の現金と言語と算術と生活一般知識を残しゃいいんだ。簡単な話だろ」
「ま、まあそれなら生きられますかね」
「身分証もソーヤンのとこに置いてけよ。北の異常を偵察しに行くとか何とか言って」
「はい。ティンダー様は頭が良いですね。しっかり学び直せば凄腕の商人になれますよ」
お前に褒められても微塵も嬉しくない。
世界の頂点付近に立つ旦那を見ちまってやる気も失せた。
生きて会えたら弟子にでもして貰おうかな。
後で探す事になるかもと。道具類の名称を紙に書かせて宿から出した。
上手くやれよ。俺もお前も。生き残る道はそれしか無いんだからな。
一向にやって来ない?
「何だ?俺は賭けに勝ったのか?」
「え?あれ?あ…れ…」
ウィンキーを包んでいた黒い霧が晴れた。かと思えば白目を剥いてテーブルに突っ伏した。
死んだのかと首筋を触ると脈はしっかり有り呼吸も穏やかだった。
擽ったそうに笑い。何やら譫言のように旦那の名を口にしていた。
旦那とも知り合い?何なんだこいつ。
離れた席の客もチラ見はしたが興味無し。暫く待っても起きもしないし仲間も現われない。
放置しようか悩んだが。ここで死なれても俺の悪評が立つと思い、持ち込みグラス二つとワインボトルを自分の道具袋に押し込んだ。
席で六人分の会計を済ませ。ウィンキー(推定)を背負って宿に帰った。
フロントの兄ちゃんに驚かれ。
「ティンダーさん…。そんな趣味が?」
「違うわ!酒場で突然絡まれてよ。勝手に騒いで飲んで潰れた赤の他人だ。名前も知らねえし宿も不明。仕方ねえから同室に転がす。追加は後払いで飲み水入れてくれ」
「承知です。まあ一晩位なら追金は無しでいいですよ」
「気前がいいな。損するぞ」
「ティンダーさんの部屋は国から別料金頂いてるんで」
なーんだ。
「んじゃ遠慮無く」
水も用意して空きベッドに転がした。しかしこれからどうしようか。
一晩中監視していたのでは俺が眠れない。
夜襲対策を兼ねて戸締まりは厳重に。ウィンキーの背負い鞄を離れた場所に置き。下着まで剥がして身体検査。
ネックレスと指輪が左右で三つ。
足や口の中には何も無い。
アクセサリーを外すと心が読めるようになった。手足を縛り布巾で猿轡を施し、じっくりと観察。
見苦しいので下着は履かせ直して。
こいつの名はウィンキーで合っていた。
転移の指輪でターマインから単独飛行。
心が読めなかったのはもう一つの指輪の阻害の所為。
ネックレスと残りの指輪は運勢を引き上げる道具。
リュックサックは南東大陸の迷宮産の巨大収納鞄。
先程のショットグラスは毒ではなく呪いの魔道具?
今垂れ流しで読めたのはそこまで。
毒ではなかったからお互い死ななかった。それは助かったがいったい何の呪いだ?
自分の体調に変化は無い。若干トイレに行きたい程度。
洗面所の鏡で顔色を見ても至って普通の赤ら顔。
楽しくてつい飲み過ぎた。
取り敢えず…歯磨いて寝よ。
---------------
深夜に隣の唸り声で起こされた。
「何だ。煩いぞ」
「うー。うー」
芋虫みたいに畝ってる。
「便所か?」
大きくウンウン。
担ぎ上げ運び。下着を下ろして便座に座らせた。
ちり紙で他人のケツを拭き上げ流した。
水洗で良かった…。て介護か!!
申し訳無さそうな顔で泣いていた。
泣きたいのはこっちだ。
手と顔を洗って目が冴えてしまった。
「叫んだら拷問するぞ」
ウンウン。
猿轡を外して様子を窺う。
「み、水を…」
水瓶を見て叫ぶ事無く呟いた。
暖炉に火を入れ前に座らせ、グラスから飲ませた。
「落ち着いたか」
「あぁ…。有り難う」
「店で飲んだのは毒じゃなかったんだな」
「あれは…。自分より運気の悪い奴を絶対服従させる呪いの杯だ。何でもいいから液体を注いだ者の支配下に置ける魔導食器です」
絶対服従?
「今直ぐ死んでみろ」
ウィンキーは椅子から転げ。顎肩腰膝を駆使しながら盛大に燃える暖炉に向かって前進を開始した。
「や、止め!て、撤回して下さい!」
何気に面白い。
「撤回する。生きろ」
動きを止めた所で椅子に戻した。
「た、助かった…」
「世話の焼ける奴だ。ちょっと邪魔された位で首謀者が単独でホイホイ表に出て来てどうする。ベテラン冒険者を嘗め過ぎだぞ」
自分が二種の道具を越える程の強運の持ち主だったなんて驚きが天を衝く。旦那と出会って激変した気がする。
「済みません…」
「先程譫言でタイラントの英雄の名を口にしていたが。お前との関係性は」
「俺の雇い主との関連で知り合い。もう直ぐ再来訪するんで仕事の商談を持ち掛けるか。ティンダー様が関係者だったら餌にして呼び出そうと」
急に稚拙になったな。頭が良いのか悪いのか。
「残念だが俺は関係者じゃない。酒場で偶然居合わせただけの一冒険者だ。俺では人質にも成らん」
「そうでしたか…」
適当な話でも信じるらしい。餌にならないのはホントだと思う。
「で、英雄殿を呼び立ててどうする積もりだった」
「罠を巡らせたメレディスに飛ばして殺害しようと」
何だと!
「相当な自信だな。そんな稚拙な罠に英雄殿が掛かるとは到底思えんが」
「ご尤も。ですがあのバッグに内包する道具を組み合わせれば数秒間は硬直出来ます。如何に英雄でも数秒有れば死に至れる」
一応策は有ったらしい。
「お前の名と雇い主の名。お前の役所を教えろ」
「俺はウィンキー。ターマインで東部仕入れ担当をしています。雇い主はクワンジアの大老長ソーヤン・グータ。
役は金庫番。裏金と闇で流れた上位の魔道具や装備を一括で管理してます」
とんでもない大物が出たな。クワンジアの状勢は詳しくないが旦那が暴れてる最中に知り合った高官か。
「色々気になるが。道具類は全部あの中か」
「はい」
かなりの容量だな。
「裏金とは何だ」
「クワンジアで開かれた闇のバザーで英雄から騙し取った金です。メレディスの同盟組織に支払う報奨金に充てようと俺の口座で預かりました」
旦那から奪った金で旦那を殺そうとするとは何とも。
「幾ら預かったんだ」
「バザーでの落札総額が約金四千六百万枚。内二百万は他国の道具を漁るのに使い。残りは四千四百万です」
「よっ…」
資産の次元が違い過ぎる。俺だったら一生掛かっても使い切れん。そんなに持ってても身を滅ぼさないとはやっぱり旦那は凄い。それに尽きる。
話が大きくなる一方だがこいつ自身をどうすべきか。
「今回お前はターマインに告げて出て来たんだ」
「ターマインの帰国組は俺の裏の顔を知りません。転移道具は持っているのは知られているんで。先に寄り道しながらクワンジアに帰ると言伝ました」
「暫く行方を眩ませても問題無いか」
「はい。ソーヤンに通信道具で伝えるまで二週間程度は余裕が有ります」
時間は有るな。旦那が来るなら直接引き渡そう。
「絶対服従に期限は有るのか」
「発動から二十四時間です」
おぉそっちの時間が無かったか。
「引き伸ばす方法は」
「手持ちの道具の中には有りません。杯を再使用してもまた運任せの賭けになるんで」
幸運は続かない。これは謂わばビギナーズラック。俺は危ない橋は渡らない。
「そうか…。では雇い主に内緒でメレディスの組織をお前一人で壊滅するにはどれ位の時間が要る」
「転移具とバッグの中の武器を数本使えば…。四半日有れば余裕です」
規模は局所に集中してる。僥倖だ。まあこいつが仕組んだ罠だしな。
「良いな。必要な物だけ持って行ける予備の収納袋はあの中に有るか」
「有ります」
「では明日の朝一で荷物を纏め。英雄殿に返金処理をしてからメレディスに飛べ。捕まったら転移具を壊して自害しろ。木っ端に。完膚無き迄に。塵も残さず完遂出来たら」
耳元に口を寄せ。
「愛情たっぷりのご褒美をくれてやる」
優しく肩を揉んでやろう。それ以上は気色悪いし。
「精一杯頑張ります!」
「もう寝よう。明日は忙しくなる。難しく考えるな。お前が撒いた種を拾い集めるだけさ」
「はい」
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翌朝。道具と武器を仕分けさせ何処の宿を取っているのかと聞くと何とエリュライズに連泊していると答えた。
他人の金を湯水に使うとは悪い奴だ。
軽く叱り付け。リュックの所有権を俺に移行させてからホテルの解約手続き。ギルドでの返金処理を見守り。誰も居ない路地裏からウィンキーを北へ飛ばした。
宿に戻ってリュックの中身の検分。しても俺にはさっぱり解らない。旦那に丸投げしよう。
ウィンキーは死んでも良いが持って行った転移具と武器は勿体ないな。責めて自分でも使えるか試せば良かったと少し後悔した。
もしも戻って来た時を想定。…あれ?幸運グッズを俺が身に着けて杯を使えばいいんじゃね?
存外に単純な話だった。見た目は金のネックレスと指輪。有り難く頂き装備した。
失敗しても死ぬのは俺だけだ。
四人は旦那に預ければいい。そう思い立ち旦那宛に遺書と紹介状を書いた。
十一時過ぎに部屋へ来た四人に旦那との関係性とクワンジアの大物ウィンキーと敵対していると話し、アイールに封書を渡した。
「もう直ぐスターレン様がエリュライズに来る。もし俺がくたばったらこれをホテルのフロントに届けろ。中身は俺の遺書とお前らの紹介状だ」
「先輩…。何となく、英雄様と知り合いなんじゃないかって思ってましたけど」
ソアが続けて。
「相手は一人なんですよね。だったら五人で囲めば」
「馬鹿言うな。相手は上級冒険者並みの手練れだ。転移具も優秀な武器も持ってる。隷属化の呪いも何時解けるか解らねえ。気付けばあの世に行ってるぜ」
「そんな…」
「んな湿気た顔すんな。少し旅を共にした知り合いのおっさんが死ぬだけだろ。冒険者なんだから当たり前だ」
「…」
何とも言えねえな。
「今日はあの酒場でお別れ会だ。夜までにウィンキーが現われたらもう一度奴隷の杯を使う。遠目から見て俺が気絶したら負け。迷わずエリュライズに駆け込んでスターレン様が来るまで連泊しろ。
現われなかったら…。俺は娼館近くかこの部屋で死んでるだろう」
「どっちにしても不利なんすね」
「クワンジアでもメレディスでも。大国を丸ごと動かせるような連中だぞ。端から勝ち目なんてねえ。正面から打ち勝てるのは、スターレン様御一行だけさ」
「普通にお会いしたいもんすね。ま、取り敢えず飯にしませんか?俺ら腹ぺこなんで」
「狡ぃなぁ。お前らだけスッキリしやがって。今日は俺の奢りだ。しこたま美味いもん食いに行くぞ」
「やったぜ」
前から気になってた飲食店や商店街を巡り。夕方を待って酒場に入った。
探すでもなくウィンキーはさも当然な顔をして二階席に座っていた。
「ティンダー様。それに後輩君たちも」
こちらを見付け軽やかに手を振って。
身綺麗にしても良く解る。こいつの全身が血生臭い。
内町の小綺麗な酒場には似合わぬ風体。異質な臭いを誰もが避けた。
「首尾は上々みたいだな」
「ええサクッと。リーダーと側近の首を落として罠を全部発動させて拠点三個崩壊させる何て。庭の散歩と変わりませんよぉ」
戦ったら勝てねえわ。
「そうかそうか。ご苦労だった」
青い顔したアイールたちは離れた卓を囲み。俺はウィンキーの対面に座った。
「ご褒美の前に。時間が無いから契約更新と行こうじゃないか」
「あれやるんですかぁ。後悔しますよ」
「かもな。だが放置しても術が解けたらどの道俺は死ぬ」
「まあ…否定は出来ませんね」
昨日のグラスを並べて甘いワインを注いだ。
幸運は続かない。人に因って上限が決まってると思ってる口だ。そんな俺が見えない運に頼ってるとはお笑いだ。
昨日使い切ったなら今の俺は残り粕。
後は頼んだぜ、旦那。
同時にグラスを取り、一気に煽った。
---------------
そっと薄目を開けると…。突っ伏してたのはウィンキーの方だった。
なけなしの運?いや、どうやら別の要因が有りそうだ。
店員を呼んで毛布を要求。
「またですか…。連日お連れ様を潰して楽しいんですか?」
「正直楽しい。会計余分に払うから起きるまで寝かせといてくれ」
「払って頂けるならいいですが。毛布は少々お待ちを」
転移具と腰巻き収納鞄を回収してアイールたちの卓に移動した。
「賭けに勝った、らしい」
「お疲れっす。しっかし…化けもんすねあいつ。目を見ただけで震えましたよ」
「真面に遣り合ったら勝てねえ、て意味が解ったろ」
四人共頷いた。
「昨日までは心情を隠す指輪を填めてた。それでもドス黒いもんが見えて腰が抜けたぜ」
「それでも切り抜けられた先輩は凄えっすよ」
「これは運じゃない。何か別の要因が加わってる。冒険者が運に頼ったら終わりだ。運勢は飽くまでオマケ程度に考えて置くんだな」
「運よりも自分の経験と感覚を磨けって奴ですか」
「まあそんなとこだ。所でお前らはクワンジアの中央に詳しいか」
「俺ら北中部のグリムゾルテって町の生まれなんであんま詳しくないっすよ。一般的な知識程度なら」
「そうか。ならいいや」
俺もソーヤンの名前位は知ってる。次の指示をどうするかが悩み処。それをアイールたちに委ねても後味が悪い。
仮でも主の自分が決めなきゃな。
昨晩よりも早く目覚めたウィンキーを便所に行かせて晩餐を解散した。
回数を重ねると短くなるのかも知れない。これが俺の最後の晩餐になるかもと考えると名残惜しいがアイールたちには何も告げずにウィスキーを宿に引き取った。
---------------
ご褒美の肩揉みをしながら問う。
「お前の家族は」
「家族は居ませんねぇ。正確には居るんでしょうが誰が母親なのかも解りません。何十と居るソーヤンの妻の中の誰かだと」
金持ちがハーレムを作るのは女神教なら当たり前。流石にそいつらを殺せと命じるのは非道が過ぎる。
「次の時間内にクワンジア。ソーヤン周辺を倒す事は出来るのか」
「…難しいですね。防衛道具は山盛り。何より専属護衛のブーリが俺より強い。ソーヤンの背後を取っただけで首が飛んでます」
まだ上が居やがるのか。
「じゃあソーヤンが持つ転移具を奪うのは」
「その程度なら何とか。手持ちが故障したとか言えば取れそうです」
「他に何か…。例えば、人の記憶を消す道具とかは有るか」
そんな都合の良い物が有れば。
「似た様な物ならリュックの中に。下位の物はバザーでスターレン一行が買って行きました」
旦那なら悪用はしないと踏んで粗悪品を売付けやがった。何処までも金に汚い。
同情はしなくていいな。
「明日の仕上げに何処か知り合いが誰も居ない土地に行き山奥に道具類と武器を埋めた後。遠く離れて書き換え道具で自分自身の記憶を全部抹消しろ。綺麗にな」
「え…」
暖炉を見せ。
「嫌なら今直ぐ死ねと命じるが」
「わ、解りました…」
「何も死ぬ訳じゃねえ。ちゃんと場所を選べば安全に生きられる。当面の現金と言語と算術と生活一般知識を残しゃいいんだ。簡単な話だろ」
「ま、まあそれなら生きられますかね」
「身分証もソーヤンのとこに置いてけよ。北の異常を偵察しに行くとか何とか言って」
「はい。ティンダー様は頭が良いですね。しっかり学び直せば凄腕の商人になれますよ」
お前に褒められても微塵も嬉しくない。
世界の頂点付近に立つ旦那を見ちまってやる気も失せた。
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後で探す事になるかもと。道具類の名称を紙に書かせて宿から出した。
上手くやれよ。俺もお前も。生き残る道はそれしか無いんだからな。
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