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現世〜昇華〜

告白〜ユージン〜

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「夢を…見ておりましたの」

目を開けたクリスティナ様は、まだぼんやりと遠くを見ているようだった。


「アカリとノールの夢を」

「クリスティナ…様?」

「過去に囚われず、わたくしの好きなようになさいと。
それが彼らの望みであると、言われてしまいました」


そこで、彼女の視点がようやく定まった。
たった今、夢から醒めたような顔でまじまじと俺を見つめる。


「ユージン?何故あなたがここに?」

驚きのあまり瞠られた目が、痛みのせいかまたキツく閉じられる。


「動いてはいけません、クリスティナ様」

「その、ようね…」

まだ記憶が混濁しているのか、目を開けてもクリスティナ様は落ち着かなさげに辺りを窺っている。


「学院の医務室です。
階段から落ちた事、覚えていますか?」

「あぁ…。
そう、そうだったわね、」


遠くを見つめるような眼差しに、ふと先ほど感じた恐怖が蘇る。

咄嗟に手を取り握りしめた俺を、クリスティナ様は不思議そうに見つめた。


「もう…こんな思いはたくさんです」

「ユージン?」


ギリと胸の奥が痛むのを堪え、クリスティナ様をまっすぐに見据える。

「1度目は王宮で倒れたと偶然知り、何も出来ない自分に歯噛みしながらあなたの無事を祈り、待ち続けるだけだった」


あの時も、そして今も。
代われるのなら代わりたいと、どれ程願った事か。

何の力もないおのれを嘆き、何も出来ない事を悔やみ、ただ待つ事しか出来なかった。


「そして今度。
あの時と違って側にいる、手を伸ばせば触れられる距離に。

2度も貴女を失うかと思った。
あんな身の内の凍りつくような思いは、もうしたくない。
黙って見ているのも待つのも、もうイヤだ」

クリスティナ様の手に額を寄せ、呻くように告げる。


「ユージン」

戸惑いを含んだ微かな声を遮って

「聞いてください」

初めて、怪物化の恐怖をクリスティナ様に打ち明けた。


「幼い頃から同じ夢を見るんです。
前世の夢と知ったのは…数年前でしたが、怒りと憎しみで我を忘れ、身体中硬い鱗で覆われる夢を」

「それって…」

「えぇ、アカリを失ったノールが魔に堕ちた時の姿です」


髪に柔らかく触れる気配。
顔を上げると、不自由な体勢ながら必死に手を伸ばしたクリスティナ様の、労りを含んだ視線とぶつかった。
目線だけで「続けて」と促され、ポツリポツリと話す。


「幼心に感じたのは恐怖でした。
あれが自分の事だと、感覚的にわかっていましたから、いつか自分もそうなってしまうのではないかと。

俺の背には鱗のように硬い部分があるから」

「…」

「クリスティナ様と出会い、その恐怖が現実のものとなった気がしたんです。

いや、違うな。
果てのない悪夢の向こう側から呼びかけられたのかと…最初に『ノール』と呼ばれた時は思いました」

「そう…だったの」

細く息を吐き出したクリスティナ様を、じっと見つめる。


「怖かったんです。
あなたと関わる事で、俺もいつか怪物になってしまうのではないかと。
だからわざとあんな酷い態度を…。
申し訳ありませんでした」

「……今、は?」


戸惑いだけではない。
どこか期待の滲む眼差しに、ドクリと心臓が跳ねた。


「今は違う意味で怖いです、クリスティナ様を失う事が…」



——ようやく。

素直に思いの一端でも伝える事が出来た。


「あなたが他の誰かのものになってしまう事が、怖い」


目を合わせ、心のうちをありのまま伝える。


「クリスティナ様が諦めてしまった事が辛かった。
俺のせいだから、辛いなんて言う資格がない事はわかっています。
だから距離を置こうとしました。
結果は…ご存知の通りですが。

でも…一方でこの気持ちが、ノールだからなのか、俺の本当の気持ちなのかとずいぶん迷いました。
前世に引きずられているのかと、最初は思ったんです。

でも違う。
俺が、あなたを、諦めたくないんです」


一語一句に想いを込めて告げる。



「やっと…言えた」

「ユージン」

クリスティナ様の潤んだ目に、まだ諦めなくても良いのだろうか、等と都合の良い勘違いをしてしまいそうになる。


「物分かりの良いふりをして、全てを諦めて…いいえ、向き合わずに逃げてきたけれど、そうしてわたくしに何が残るというのでしょう」

「…」

クリスティナ様の真意を知りたくて、黙って続きを待つ。


「わたくしも、あなたを諦めたくはありません。
ユージン、出来ることならばあなたと…」



——あぁ!

魂が歓喜に震えた気がした。

熱いものが込み上げてきて、胸がいっぱいになる。


「クリスティナ…」

掠れた声で名を呼ぶと、彼女は花が綻ぶような可憐な笑みを浮かべた。
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