前世では番だったかもしれないけど…

吉野 那生

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現世〜出会い〜

葛藤〜ユージン〜

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一番最初にその「夢」を見たのは6歳になった頃だった。


深い悲しみと怒り。
憎しみと後悔。
そして絶望。


6歳の子供には到底理解できないような、激しすぎる負の感情。
底なし沼に引きずり込まれるような、得体の知れない恐ろしさがあった。

その絶望の果て、自分の肉体が「異質なモノ」へと変容してゆく。

体はもちろん顔まで鱗で覆われ、「ヒト」としての姿からかけ離れた「バケモノ」になってしまう。


それは6歳の児童にとって、恐怖以外の何ものでもなかった。


同時に心の何処かで、自分の姿形なんかより…命よりも大切な「モノ」を奪われたからだ、と理解もしていた。



——何があっても守ると約束していたのに。

「つがい」だったのに…。



「つがい」が何なのか…幼かった俺にはよく分からなかった。

ただ、1つだけ。
理屈抜きに知っていたのは…

「つがい」とはかけがえのない大切な、父や母とも弟とも違う、無条件に愛おしく共に在るのが当たり前の存在だという事。

そして世界中を敵に回したとしても、守ると誓った存在だという事だけは、本能的に知っていた。


夢の中では鮮明なその「つがい」の顔も声も、目がさめると途端に思い出せなくなる。

痛いほど愛おしくて切なくて、大切なその人を覚えていたくて、遠ざかる夢のカケラに必死に手を伸ばす。

けれど、掴んだと思った指の隙間からするりとこぼれ落ちてしまう記憶。
急激に色褪せ、ぼやけていくその人が、そしてその夢が、対照的にひどく鮮明に確かな存在感を持って脳裏に焼き付けられた。



夢の中で自分は『ノール』と呼ばれていた。


手を懸命に伸ばす『ノール』
決して届く事のない手と手。
胸が張り裂けんばかりの悲しみと、底のない絶望。
怪物となった自分と、恐ろしいまでの破壊の衝動。
激しい憎悪と怨嗟。

世界で1番大切な優しい声。

切ない祈りとかわされた誓い。


幾度となく繰り返されるそれは、見るたびに胸が掻き毟られるようなもどかしさと切なさを伴い、やがて懐かしくも哀しい悪夢へと成り果てた。


* * *


「ノール!」

その名前で呼ばれた瞬間、心臓が止まるかと思った。


悪夢のせいで良い印象は全くない、むしろ思い出したくもない名前。
その名前で呼ばれる、だなんて。

…その名を知っている者が他にもいる、だなんて。


果てのない悪夢の向こう側から呼ばれたのかとさえ思った。
夢だと思っていた“怪物化”が、急に身近に迫ってくるように思え、心臓が暴れ出す。


「…は?」

一体どこのどいつが?と怒りに任せて睨みつけると、制服に身を包んだ女子生徒と目があった。


期待と…微かな恐れと、緊張。
千々に乱れ揺れる眼差しに、ジリっと胸の奥が焦げた。


「あ、の…」

こちらの反応を伺うよう、口を開いたそいつに

「人違いじゃないですか?」

吐き捨てるように答え、そのまま背を向ける。



——見た事のない顔だった。

向こうも俺の事を知っている風ではなかった。


なのに、どうしてこうも胸が騒ぐのだろう。
どうして…もう一度彼女の元へ戻りたくなるのだろう。


自分でも訳のわからない衝動に抗いながら、断固として立ち去った。


振り向いてしまえば…認めてしまう事になる。

「ノール」であると。

彼女を一目見た瞬間に抱いた訳のわからない思い。
全身の血がたぎるような…何かとても大切なものを見つけたような、そんな気持ちを。



——そんなバカな事、あるもんか。

初対面な筈なのに、ひどく懐かしくて泣きたくなるなんて…。
そんな、バカな事。
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