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現世〜出会い〜

奔流〜クリスティナ〜

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誰もが宝玉を抱いて生まれてくるこの世界で、家名でもあるクンツァイトを抱いて私も生まれた。


クンツァイト。
薄く紫がかったピンクの宝玉の意味は「無償の愛」「慈愛」

生まれる時に握りしめてた石はお守りとして加工され、肌身離さず身につける。
そんなクリスティナ・クンツァイトとして生きてきた15年が揺らいだ。



御剣 灯みつるぎ  あかりとして、そして聖女アカリとして生きた日々が、一気に蘇る。 
記憶の奔流に、立っていられないほどの眩暈がした。

横になっていても底なし沼に沈んで行くような、酷い眩暈に胸元のクンツァイトを握りしめる。



『どうかお願いです。
アラタ様、アカリ様、我がヴァルドラン国をお救い下さいませ』

オクタヴィア姫の言葉が。



『…直接の原因は知らん。
知らんが、仮にも軍人が利き手を失う。
それは生活をする上でも、軍人としてもとてつもない損失だ。
ざまぁみろ、だな』

あらたの言葉が。



『魔王はヒトの弱さより生まれし者。
悪しき者、邪な者のなれの果てです』

神官長の言葉が。



『ご両親の分まで私が貴女を愛し、守り抜きます。
ご自宅には敵わないかもしれませんが、暖かく居心地の良い家も用意します。
風呂をご所望なら、毎日でも使えるようにいたします。
何一つ不自由はさせません。
だからお願いです、アカリ、私のそばにいてください。
私の隣で笑っていてください。
つがいとなってください。
アカリ、幸せにすると誓います』

7つも年上の、しかも国1番の騎士であるノールが必死になって希う声が。



『肉体は滅んでも想いは消えない。
貴方が愛したこの国を、貴方と共に見守っていくわ。

ノール、私の名前の「灯」ってね「明るく照らす光」または「導く為の目印」という意味もあるのよ。
私がここに呼ばれた理由、それはつまりそういう事なんだと思うの』

『そして、いつかまた生まれ変わったら…。
もしまた巡り会えたなら、その時は絶対離さないで。
私も貴方を探し続けるから。
絶対、見つけ出してみせるから、私の事忘れないでね』


悲しい別れと切ない約束が。

確かな質量を持って鮮やかに蘇る。


夢物語や妄想なんかではない。
アレは確かに…“わたくし”の身に起こった事。

「御剣 灯」そして「聖女アカリ」として生を終えた直後、悲しみと怒りに囚われ魔に堕ちたノールがギリギリで踏みとどまり、交わした約束。


全部、かつてのわたくしが本当に体験した事。


でも…。
それならば、わたくしが「御剣 灯」の生まれ変わりだというのなら。
今まで過ごしてきた「クリスティナ・クンツァイト」としてのわたくしはどうなってしまうの?


——別にどうもなりはしない。
わたくしはわたくしなのだから。


そう思うそばから、過去に引っ張られ心を揺さぶられる。



——そうよ、先程出会った少年。

多分学院に入学してきた貴族の子弟だと思うけど、彼に抱いた感情は今のわたくし・クリスティナのものではなかった。


あんな激しい想い、今まで感じた事ないもの。
というか、そもそも彼がどこの誰なのか、知らないもの。

それなのに…
懐かしくて切なくて、再び出会えた事が嬉しくて、慕わしい。
家族の誰にも、友人にも抱いた事のない激しい思い。


『見つけた!』と魂が叫んでいるような。

今の私には説明のできない、訳のわからない高揚感。



——あぁ、でも…。

彼のあの眼差し。
 冷たく吐き捨てるような声が。
強張った肩が、全身で拒否していた気がする。

自分は「ノール」ではないと。


「ノール」との呼びかけに、反応してみせたのに。



——迷惑、だったのだろうか?

その事に考えが至った瞬間に、心臓を冷たい手で鷲掴みにされたような、そんな気がした。


前世は前世。
今は今。


過去に囚われているのはわたくしだけで、彼はもうどうでも良い事なのだろうか。


ノールの名も、交わした約束も。

彼にとっては忘れてしまいたい、文字通り“過去”の事なのだろうか。


そう考えるだけで胸が切り裂かれるように痛み、鼻の奥がツンとして涙がにじむ。

自分自身でも持て余すような感情の起伏についていけず、枕に顔を埋める。



——いっそ…全て夢なら良いのに。

そうすれば、こんな訳のわからない葛藤に思い悩む事もないのに。

そう思いながらも、目を閉じると思い出すのは

『…アカリ』

甘く切ない声。


その声がもう1度でいいから聞きたいなんて、バカな事を考える私は…やはりどこかおかしいのかもしれない。

そう思いながら、わたくしは静かに目を閉じた。 

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