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第1章 異世界へ。現状を知る
異界のお姫様
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「なあ、そろそろ食堂にいかぬか? わらわはお腹がへってしまったのじゃ」
兄の声が、陽菜の追憶をたちきった。
といっても、その中身は異世界の少女なのだが。
「食堂? やだよ。もう暗いし、外に出たくない」
窓の外はもう真っ暗だ。陽菜はカーテンを閉める。
時計を見ると、すでに夜の9時近かった。
「外? どうして外にいかなければならぬのじゃ。ここは3階あたりじゃろ?」
「5階だけど。それがどう関係あるの?」
「?」「?」
なにか話がおかしい。陽菜とディニッサは顔を見合わせた。
「5階もある城の保有者が、食堂ひとつ持っていないなどありえんじゃろ?」
「城? あー、ディニッサの常識だと、そうなるんだ……」
陽菜は溜息をついた。
「ここはワンルームマンションといって、たくさんの人たちがそれぞれ暮らすおうちです。私たちの自宅は、奥の鉄の扉から内側だけです。はい、わかった?」
「はあ!? 狭すぎじゃろ、家畜ですらもっとマシな家をもっていよう」
「お兄ちゃんが頑張って働いたお金で借りている家に、文句言わないで」
「む……。それは、悪かった。そなたらは、最下等の貧民なのじゃな。こういう暮らしをしている者も、いるとは聞いた事がある」
「そこまで貧しくないよ……」
「それで食事はどうするのじゃ?」
陽菜は冷凍庫からピラフと唐揚げを取り出した。
料理をつくる気分にはなれなかったのだ。袋から皿に移して、電子レンジで温める。それにインスタントのワカメスープをつけてテーブルに並べた。
「貧民のわりに、良い魔道具を持っておるのじゃな?」
「貧民じゃないし、魔法でもないよ……。なに飲む、お茶でいい?」
「赤ワイン──」
「お茶ね、わかった」
* * * * *
「うむ、変わった味付けじゃが悪くはなかった。次の皿を用意するがよいぞ」
「次の皿って……。そんなのありません。これで晩ごはんは終了です」
「なん、じゃと……!? 三皿で晩餐が終わるじゃとっ。貧民の生活とはそういうものなのか。ありえん……」
ブツブツとなにか呟いているディニッサを無視して、陽菜は食器をシンクに放り込んだ。いつもならすぐに洗うところだが、明日にまわす。
「……ねえ、ディニッサ。お城に住んでるとか、そろそろ戦争になりそうとか、自分のこと詳しく話してくれたじゃない? でもこっちのことはぜんぜん聞かなかったのはどうして。変な場所だったらどうしよう、とか怖くなかった?」
「たしかに不安はあったのじゃ。しかしこちらの状況を伝える程度の時間しか、魔力がもたないのでな、やむをえん。そなたを騙して入れ替わるわけにはいかぬからの」
「そうだったんだ……」
ディニッサの話を聞いて、陽菜は恥ずかしくなった。
自分ばかりが勝手なことをやっている。
たしかに彼女の言うとおりだ。約束したのだから、それをちゃんと果たすべきだったのだ。そうすれば兄に迷惑をかける結果にはならなかった。なんであの時、急に怖くなってしまったんだろう?
「なあ、陽菜。わらわは大変なことに気づいてしまったのじゃが」
「えっ、なに、お兄ちゃんになにかあったの!?」
「いや、そうではなく。風呂はどうするのじゃ。やはり貧民は一月に一回くらいしか入浴もゆるされておらんのか?」
「……驚かせないでよ。お風呂ならちゃんとあるから、ちょっとまってて」
そう言いながら、自動湯はりのボタンを押した。
しばらくして電子音が鳴る。
「お風呂、わいたよ。使い方説明するからついてきて」
歩き出す陽菜。しかし、ディニッサがついてくる気配がない。
振り向くと、ディニッサは座ったまま両手を広げていた。
「……なに、してるの?」
「連れて行ってくれぬのか?」
「え?」
「わらわはいつも、侍女に運ばれておるのじゃが。こう、足と背中に手をまわして横抱きでな?」
「お姫様抱っこ!? いや、ムリムリムリ。学校いかなくなってからぜんぜん運動してないし、お兄ちゃんの体なんか持って歩けないよ」
そもそも見た目からしてキツイ。
細マッチョな社会人の兄を、お姫様抱っこする中学生の妹。
想像しただけで陽菜はゲンナリした。
「なんということじゃ……。これだから貧民の暮らしというやつは……!」
「貧民じゃないし、これ貧民関係ない。移動ぜんぶお姫様抱っこなんて、ぜったいおかしいって」
ディニッサは、しょんぼりとした様子で立ち上がり、陽菜のあとに続いた。
脱衣所に入ったあと、陽菜はディニッサに声をかけた。
「先にいっとくけど、お風呂狭いから。でも、こっちじゃこれくらいが普通なんだから勘違いしないで。貧民じゃないから。っていうか次言ったら怒るから」
しっかりと釘を差してから、風呂のドアをあける。
「狭すぎじゃろ! これが風呂? わらわのベッドより小さいではないか」
気遣いは無駄だった。
「……。こっちのフタを開けると中にお湯が張ってあるから。見て。この蛇口こっちにひねるとお湯、反対にひねると水が出るから。石鹸はこれ。頭洗うときは、最初にこっちで次にこれ。あとは──」
あきらめた陽菜は、風呂の使い方の説明をした。
ついでにトイレと洗面所の使用法も教えこむ。
ひととおり話し終えたところで、陽菜は居間に戻ろうとした。
「まて。服はどうするのじゃ?」
「大丈夫。着替えは、ディニッサがお風呂入ってる間に用意しておくから」
「そうではない。この服はだれが脱がすのかと聞いておるのじゃ!」
「そんなの自分でやってよ!」そう言いかけて、陽菜は口ごもった。
兄は会社帰りだ。当然スーツを着ている。
異世界から来たディニッサには、脱ぎ方がわからないのかもしれない。
「じゃあネクタイとボタンだけ外してあげるから、あとは自分でやって」
「ムリじゃ! わらわは、自分で服を脱いだことなど、生まれてから一度たりとてないのじゃぞ。にわかにそのような難題を押し付けられても困る」
「……。」
この子かなりダメだ。将来どうなるか心配。と、陽菜は自分のことを棚に上げて思った。最初の一回だけ手伝ってあげようか。しかし、すぐに手が止まる。服を脱がすということは、裸を見るということではないか?
陽菜は、想像して赤面した。
兄の声が、陽菜の追憶をたちきった。
といっても、その中身は異世界の少女なのだが。
「食堂? やだよ。もう暗いし、外に出たくない」
窓の外はもう真っ暗だ。陽菜はカーテンを閉める。
時計を見ると、すでに夜の9時近かった。
「外? どうして外にいかなければならぬのじゃ。ここは3階あたりじゃろ?」
「5階だけど。それがどう関係あるの?」
「?」「?」
なにか話がおかしい。陽菜とディニッサは顔を見合わせた。
「5階もある城の保有者が、食堂ひとつ持っていないなどありえんじゃろ?」
「城? あー、ディニッサの常識だと、そうなるんだ……」
陽菜は溜息をついた。
「ここはワンルームマンションといって、たくさんの人たちがそれぞれ暮らすおうちです。私たちの自宅は、奥の鉄の扉から内側だけです。はい、わかった?」
「はあ!? 狭すぎじゃろ、家畜ですらもっとマシな家をもっていよう」
「お兄ちゃんが頑張って働いたお金で借りている家に、文句言わないで」
「む……。それは、悪かった。そなたらは、最下等の貧民なのじゃな。こういう暮らしをしている者も、いるとは聞いた事がある」
「そこまで貧しくないよ……」
「それで食事はどうするのじゃ?」
陽菜は冷凍庫からピラフと唐揚げを取り出した。
料理をつくる気分にはなれなかったのだ。袋から皿に移して、電子レンジで温める。それにインスタントのワカメスープをつけてテーブルに並べた。
「貧民のわりに、良い魔道具を持っておるのじゃな?」
「貧民じゃないし、魔法でもないよ……。なに飲む、お茶でいい?」
「赤ワイン──」
「お茶ね、わかった」
* * * * *
「うむ、変わった味付けじゃが悪くはなかった。次の皿を用意するがよいぞ」
「次の皿って……。そんなのありません。これで晩ごはんは終了です」
「なん、じゃと……!? 三皿で晩餐が終わるじゃとっ。貧民の生活とはそういうものなのか。ありえん……」
ブツブツとなにか呟いているディニッサを無視して、陽菜は食器をシンクに放り込んだ。いつもならすぐに洗うところだが、明日にまわす。
「……ねえ、ディニッサ。お城に住んでるとか、そろそろ戦争になりそうとか、自分のこと詳しく話してくれたじゃない? でもこっちのことはぜんぜん聞かなかったのはどうして。変な場所だったらどうしよう、とか怖くなかった?」
「たしかに不安はあったのじゃ。しかしこちらの状況を伝える程度の時間しか、魔力がもたないのでな、やむをえん。そなたを騙して入れ替わるわけにはいかぬからの」
「そうだったんだ……」
ディニッサの話を聞いて、陽菜は恥ずかしくなった。
自分ばかりが勝手なことをやっている。
たしかに彼女の言うとおりだ。約束したのだから、それをちゃんと果たすべきだったのだ。そうすれば兄に迷惑をかける結果にはならなかった。なんであの時、急に怖くなってしまったんだろう?
「なあ、陽菜。わらわは大変なことに気づいてしまったのじゃが」
「えっ、なに、お兄ちゃんになにかあったの!?」
「いや、そうではなく。風呂はどうするのじゃ。やはり貧民は一月に一回くらいしか入浴もゆるされておらんのか?」
「……驚かせないでよ。お風呂ならちゃんとあるから、ちょっとまってて」
そう言いながら、自動湯はりのボタンを押した。
しばらくして電子音が鳴る。
「お風呂、わいたよ。使い方説明するからついてきて」
歩き出す陽菜。しかし、ディニッサがついてくる気配がない。
振り向くと、ディニッサは座ったまま両手を広げていた。
「……なに、してるの?」
「連れて行ってくれぬのか?」
「え?」
「わらわはいつも、侍女に運ばれておるのじゃが。こう、足と背中に手をまわして横抱きでな?」
「お姫様抱っこ!? いや、ムリムリムリ。学校いかなくなってからぜんぜん運動してないし、お兄ちゃんの体なんか持って歩けないよ」
そもそも見た目からしてキツイ。
細マッチョな社会人の兄を、お姫様抱っこする中学生の妹。
想像しただけで陽菜はゲンナリした。
「なんということじゃ……。これだから貧民の暮らしというやつは……!」
「貧民じゃないし、これ貧民関係ない。移動ぜんぶお姫様抱っこなんて、ぜったいおかしいって」
ディニッサは、しょんぼりとした様子で立ち上がり、陽菜のあとに続いた。
脱衣所に入ったあと、陽菜はディニッサに声をかけた。
「先にいっとくけど、お風呂狭いから。でも、こっちじゃこれくらいが普通なんだから勘違いしないで。貧民じゃないから。っていうか次言ったら怒るから」
しっかりと釘を差してから、風呂のドアをあける。
「狭すぎじゃろ! これが風呂? わらわのベッドより小さいではないか」
気遣いは無駄だった。
「……。こっちのフタを開けると中にお湯が張ってあるから。見て。この蛇口こっちにひねるとお湯、反対にひねると水が出るから。石鹸はこれ。頭洗うときは、最初にこっちで次にこれ。あとは──」
あきらめた陽菜は、風呂の使い方の説明をした。
ついでにトイレと洗面所の使用法も教えこむ。
ひととおり話し終えたところで、陽菜は居間に戻ろうとした。
「まて。服はどうするのじゃ?」
「大丈夫。着替えは、ディニッサがお風呂入ってる間に用意しておくから」
「そうではない。この服はだれが脱がすのかと聞いておるのじゃ!」
「そんなの自分でやってよ!」そう言いかけて、陽菜は口ごもった。
兄は会社帰りだ。当然スーツを着ている。
異世界から来たディニッサには、脱ぎ方がわからないのかもしれない。
「じゃあネクタイとボタンだけ外してあげるから、あとは自分でやって」
「ムリじゃ! わらわは、自分で服を脱いだことなど、生まれてから一度たりとてないのじゃぞ。にわかにそのような難題を押し付けられても困る」
「……。」
この子かなりダメだ。将来どうなるか心配。と、陽菜は自分のことを棚に上げて思った。最初の一回だけ手伝ってあげようか。しかし、すぐに手が止まる。服を脱がすということは、裸を見るということではないか?
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