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第1章 異世界へ。現状を知る
二人の契約
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「はは……。夢じゃ、なかったんだ」
「そろそろ、落ち着いたかの?」
「お兄ちゃんを元に戻してよ!」
怒鳴りつけられたディニッサは、涼しい顔で「無理じゃな」と答えた。
「もう一度おなじ魔法を使うだけの魔力はない」
「そんなの無責任でしょ、なんとかして」
責め立てる陽菜に、ディニッサは軽く手をふって応じた。
「そうわらわを責めるな。悪いのはそなたであろ? そなたが入れ替えを拒まねばこんな事にはならなかったのじゃ」
「だって……」
「そもそも、じゃ。嫌なら断ればよかったのじゃ。わらわは最初に、ちゃんとすべてを説明したはずじゃ。そなたは望んで、違う世界の住人となることを誓った」
「……」
ディニッサの言葉に、陽菜は反論できなかった。
そう。たしかに、夢の中で彼女はディニッサと約束したのだから。
* * * * *
小学校まではすべてが上手くいっていた。
それなりに友達はいたし、運動でも勉強でも上位の成績をおさめていた。
……けれどそれが良くなかった、と今の陽菜は思う。
勉強が得意だったせいで、調子にのって私立中学の受験に挑戦してしまった。
それも入れればみんなに自慢できる、というくだらない理由で。
陽菜の家からほど近いその中学校は、制服の可愛さで人気があった。
ついでにいえば、古くは良家のお嬢様が通う由緒ある女子校だったということで大人にも好評だった。時代の流れに逆らえず、共学に変わっていたが。
かなり偏差値の高い学校だったが、努力のかいあって、陽菜は無事合格することができたのだった。家族は褒めてくれ、友達には羨ましがられた。
けれども、そこが陽菜の人生の頂点だったのだ。
それでも入学してしばらくは悪くなかった。初等部から通うものがほとんどのため、人間関係がすでに固まっている、というハンデはあったものの、幾人かの友人もでき、それなりに楽しくやっていた。
──事件は、友達の告白のつきそいをした時におこった。
友人は振られた。それはべつに構わない。
もともと陽菜は、友人とその告白相手は吊り合わないと思っていた。
彼女がではなく、相手の男が。
友人は、美人の優等生で学校でも人気者だった。
告白相手もそれなりにモテてはいたが、それは学校に男子が少なすぎるため、みんなの目が曇っているせいだとしか陽菜には思えなかった。
あんなんだったら、うちのお兄ちゃんの方がぜんぜんカッコいいし、と。
……無自覚ながら、わりと陽菜もブラコンだった。
陽菜を含めた付き添いの三人は、告白が失敗し泣き出した友人を連れて、その場をはなれようとした。けれどあきらめがつかないのか、友人は相手に断る理由を聞いたのだ。
答えは最悪だった。
おそらく、その場にいた全員にとって。
「……ゴメン、ぼく白井さんが好きなんだ」
陽菜には、世界が凍る音が聞こえた気がした。
* * * * *
その日から学校は、陽菜にとって辛い場所になってしまった。
友人が人気者だったことも苦境に拍車をかけた。いつの間にか陽菜は、友人の気持ちを知りながら告白相手に色目使った女、というレッテルをはられていた。
それでも、と陽菜は思う。
相手があの男じゃなければ、これほど酷くはならなかったかもしれない。
時間をかければ、もう一度彼女と友達に戻れたかもしれない。
いじめられる陽菜をみて、責任を感じたのだろう。相手の男は陽菜をよくかばってくれた。けれど陽菜からしてみれば、それは余計なお世話だった。
彼が陽菜を助けるたびに、友人だった彼女の心が傷ついていくのだから。
結局、とある事故で警察が関わる事態にまでおちいり、すべてが終わった。
それ以後、陽菜は学校に行っていない。
* * * * *
しばらく家に引きこもっていた陽菜だったが、自宅付近にまで相手の男が出没するようになったため、兄の家に転がり込んだのだ。
自宅ではまだ「将来を考えろ」と、両親に小言を言われることもあった。
けれど兄は激甘だったのだ。歳の差がある兄は、共働きの両親の代わりに、幼いころから陽菜をかわいがってくれた。
オムツを代えてくれたこともあるし、保育園まで陽菜を迎えに来てくれたこともある。兄の優しさは、二人で暮らし始めても変わらなかった。陽菜もわがままは言わなかったが、そんな必要もなかったのだ。
……陽菜の気持ちを察して、勝手に兄が世話をしてくれるのだから。
そんな兄の甘さをいいことに、陽菜はダラダラと引きこもり続けたのである。
兄の家に来てから、家事をやり始めたことも言い訳になっていた。
食事の支度をしている時など、陽菜は自分がやるべきことをちゃんとやっているかのような気分になっていたのだった。
ただ陽菜も、完全に満足していたわけではない。
兄には迷惑をかけて申し訳ないと思っていたし、兄に恋人でもできたら、困ったことになるということもわかっていた。なんとかしないといけない。
……そう思いながらも、陽菜が実際にやった行動は、本を読んでの現実逃避だったわけだが。特に主人公が違う世界にいく話が気に入った。自分もやりなおせたらなあ、といつも羨んでいたのである。
そんな時、夢でディニッサと出会った。
彼女は、陽菜の妄想が現実になったかのような話をしてくれた。
そして一も二もなく、陽菜は体を入れ替えることに同意したのだった。
「そろそろ、落ち着いたかの?」
「お兄ちゃんを元に戻してよ!」
怒鳴りつけられたディニッサは、涼しい顔で「無理じゃな」と答えた。
「もう一度おなじ魔法を使うだけの魔力はない」
「そんなの無責任でしょ、なんとかして」
責め立てる陽菜に、ディニッサは軽く手をふって応じた。
「そうわらわを責めるな。悪いのはそなたであろ? そなたが入れ替えを拒まねばこんな事にはならなかったのじゃ」
「だって……」
「そもそも、じゃ。嫌なら断ればよかったのじゃ。わらわは最初に、ちゃんとすべてを説明したはずじゃ。そなたは望んで、違う世界の住人となることを誓った」
「……」
ディニッサの言葉に、陽菜は反論できなかった。
そう。たしかに、夢の中で彼女はディニッサと約束したのだから。
* * * * *
小学校まではすべてが上手くいっていた。
それなりに友達はいたし、運動でも勉強でも上位の成績をおさめていた。
……けれどそれが良くなかった、と今の陽菜は思う。
勉強が得意だったせいで、調子にのって私立中学の受験に挑戦してしまった。
それも入れればみんなに自慢できる、というくだらない理由で。
陽菜の家からほど近いその中学校は、制服の可愛さで人気があった。
ついでにいえば、古くは良家のお嬢様が通う由緒ある女子校だったということで大人にも好評だった。時代の流れに逆らえず、共学に変わっていたが。
かなり偏差値の高い学校だったが、努力のかいあって、陽菜は無事合格することができたのだった。家族は褒めてくれ、友達には羨ましがられた。
けれども、そこが陽菜の人生の頂点だったのだ。
それでも入学してしばらくは悪くなかった。初等部から通うものがほとんどのため、人間関係がすでに固まっている、というハンデはあったものの、幾人かの友人もでき、それなりに楽しくやっていた。
──事件は、友達の告白のつきそいをした時におこった。
友人は振られた。それはべつに構わない。
もともと陽菜は、友人とその告白相手は吊り合わないと思っていた。
彼女がではなく、相手の男が。
友人は、美人の優等生で学校でも人気者だった。
告白相手もそれなりにモテてはいたが、それは学校に男子が少なすぎるため、みんなの目が曇っているせいだとしか陽菜には思えなかった。
あんなんだったら、うちのお兄ちゃんの方がぜんぜんカッコいいし、と。
……無自覚ながら、わりと陽菜もブラコンだった。
陽菜を含めた付き添いの三人は、告白が失敗し泣き出した友人を連れて、その場をはなれようとした。けれどあきらめがつかないのか、友人は相手に断る理由を聞いたのだ。
答えは最悪だった。
おそらく、その場にいた全員にとって。
「……ゴメン、ぼく白井さんが好きなんだ」
陽菜には、世界が凍る音が聞こえた気がした。
* * * * *
その日から学校は、陽菜にとって辛い場所になってしまった。
友人が人気者だったことも苦境に拍車をかけた。いつの間にか陽菜は、友人の気持ちを知りながら告白相手に色目使った女、というレッテルをはられていた。
それでも、と陽菜は思う。
相手があの男じゃなければ、これほど酷くはならなかったかもしれない。
時間をかければ、もう一度彼女と友達に戻れたかもしれない。
いじめられる陽菜をみて、責任を感じたのだろう。相手の男は陽菜をよくかばってくれた。けれど陽菜からしてみれば、それは余計なお世話だった。
彼が陽菜を助けるたびに、友人だった彼女の心が傷ついていくのだから。
結局、とある事故で警察が関わる事態にまでおちいり、すべてが終わった。
それ以後、陽菜は学校に行っていない。
* * * * *
しばらく家に引きこもっていた陽菜だったが、自宅付近にまで相手の男が出没するようになったため、兄の家に転がり込んだのだ。
自宅ではまだ「将来を考えろ」と、両親に小言を言われることもあった。
けれど兄は激甘だったのだ。歳の差がある兄は、共働きの両親の代わりに、幼いころから陽菜をかわいがってくれた。
オムツを代えてくれたこともあるし、保育園まで陽菜を迎えに来てくれたこともある。兄の優しさは、二人で暮らし始めても変わらなかった。陽菜もわがままは言わなかったが、そんな必要もなかったのだ。
……陽菜の気持ちを察して、勝手に兄が世話をしてくれるのだから。
そんな兄の甘さをいいことに、陽菜はダラダラと引きこもり続けたのである。
兄の家に来てから、家事をやり始めたことも言い訳になっていた。
食事の支度をしている時など、陽菜は自分がやるべきことをちゃんとやっているかのような気分になっていたのだった。
ただ陽菜も、完全に満足していたわけではない。
兄には迷惑をかけて申し訳ないと思っていたし、兄に恋人でもできたら、困ったことになるということもわかっていた。なんとかしないといけない。
……そう思いながらも、陽菜が実際にやった行動は、本を読んでの現実逃避だったわけだが。特に主人公が違う世界にいく話が気に入った。自分もやりなおせたらなあ、といつも羨んでいたのである。
そんな時、夢でディニッサと出会った。
彼女は、陽菜の妄想が現実になったかのような話をしてくれた。
そして一も二もなく、陽菜は体を入れ替えることに同意したのだった。
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