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六章 金の神殿

115. マグダリーナの結婚

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 春になり、マグダリーナ達は中等部へ進級した。

 丁度そんな頃、ショウネシー領の東門では面倒な訪問客がいた。


「だーかーらー、俺はショウネシー伯爵家の婿だって言ってるだろ!」

「そんな話しは聞いていませんし、伯爵も心当たりが無いと言っています」
「ちゃーんと婚姻契約書もあるんだ! さっさとここを通せよ、ああ?!」

 茶色の髪をした、三十代の体格の良い男が、書類を門番に見せつけながら、大声を出していた。

 とうとう堪忍袋が切れたのか、男は門番の胸ぐらを掴もうとして、防御魔法に弾かれる。

 ショウネシー領の門番達も、アーベルに防御魔法を叩き込まれていた。


「伯爵様の知らない、お嬢様の結婚などあり得ません。お引き取り下さい」
「ふざけんな! こっちはちゃんと証拠があるんだよ!」

 何度も同じやり取りをして、男は馬車に戻ると、馭者に命じてとうとう無理矢理門を越えに来た。

 ところが馬車に一瞬強く揺れる衝撃が走ったと思った瞬間、ショウネシー領の東門を背に、ゲインズ領の馬車道にいたのだ。
 狭い道を苦労して方向転換すると、またショウネシー領に向かう。

 彼らは荷馬車も含め五台の馬車でやって来ていた。


 すったもんだの挙句、馬車からくすんだ金髪の男性が放り出された。

 彼は門番のところに行き、自分はジョゼフ・ショウネシーだと名乗ると、ダーモットかハンフリーに会いたいと申し出た。



◇◇◇



 ジョゼフは、領主館の入り口で、ハンフリーとダーモットに会うと、美しい所作で床に手をついて誤った。

「申し訳ありません!!!!!」

 ダーモットはジョゼフに立ち上がるよう促す。

「久しぶりだね、ジョゼフ。君の謝罪は四年前にショウネシー領を捨てたことかい? それとも、おかしな輩をこのショウネシー領に連れて来た事かい? 何でも私の知らない間に私の娘と結婚しているとか」

 いつもぼんやり穏やかそうにしているダーモットの瞳が、今日はかなり厳しい。


 ジョゼフ・ショウネシーはダーモットの従兄弟であり、ハンフリーの実兄だった。

 元々ショウネシー領の領主をしていたが、流行り病で両親が亡くなると、衰退の一途を辿るショウネシー領を弟に押し付けて妻の実家に行ってしまった。

 そのまま音信不通だったのに、とんでもない騒ぎを引き連れてやって来たの。


 騒ぎを聞きつけた、エステラ一家とドーラとカレンも集まり、伯爵邸の広い入り口の中に入り込んで見守っていた。

 ジョゼフがもう一度石の床に手をつき、見事な土下座を決めた。

「その全てです、ダーモット兄さん。私は貴方にもハンフリーにも許されないことをした……」

 ダーモットは今度は彼に立つようには言わなかった。

「ショウネシー領を出たことはもういい、過ぎたことだ。私の大事な娘に『疑書の結婚』を仕掛けたのは、君か?」
「……すみません」

 ジョゼフはポツリとそう呟くと、短剣を取り出し、自らの首に当てた。


「疑書の結婚ってなに?」


 チャーの転移で、マグダリーナとヴェリタスが姿を現す。

 ジョゼフの意識がそっちに逸れた隙に、ハンフリーはジョゼフを取り押え、短剣を取り上げた。

「莫迦な真似はやめるんだ、兄さん」

 ハンフリーがまだジョゼフを押さえているところに、勢いよく扉が開いて、茶髪の男が入ってきた。

「おい! いつまで待たせるつもりだ!」

 身なりから、貴族だとはわかるが、ショウネシーの者達にとっては、それだけだった。

 男は押さえられているジョゼフを見て、鼻で笑った。

「捕まってんじゃねーよ、使えない奴だな。まあいい、今からこの俺がショウネシーの主だ! この婚姻契約書にあるようにな!!」

 ダーモットが「あの婚姻契約書の中身を書いたのは君か?」と視線でジョゼフに問うと、ジョゼフは微かに頷いた。
 そこでダーモットは、ジョゼフはジョゼフなりに、この男に抵抗していたのを知った。

「私は引退もしていないし、伯爵家を継ぐのはアンソニーで、マグダリーナではないよ。私の娘と結婚したくらいではショウネシーの主にはなれない」


 自分に関わる事で、大変なことが起こっていると、アンソニーから連絡が入ったので、転移の出来るチャーと一緒のヴェリタスを巻き込んで、慌てて早退して来たマグダリーナだった。
 だが、今一つ現状について行けなくて、ドーラ達に何が起こってるのか尋ねる。

 ドーラがドヤ顔の闖入者を視線で指して言った。

「あの茶髪の男が、リーナの婿だって乗り込んできたのよ。婚姻契約書を持って」


 マグダリーナはドーラの視線の先を見て、呆れた顔をした。

「え? 私知らないし、詐欺よね? 詐欺にしても図々しくない?! あの人、お父さまより歳上のおじさんでしょ?」

 エステラも頷いた。

「絶対、特殊性癖の変態よ。でなきゃこんな恥ずかしいマネ、普通できないわ」

 男のこめかみがぴくりと動いた。
 リーナ達の声は、しっかり聞こえている。

「それで『疑書の結婚』ってなに?」

 姪の質問にドーラは答える。

「二代前の王の時代に流行った詐欺よ。お金持ちや高位貴族の署名を魔法で偽造して、婚姻契約書を作るの。無理な政略結婚を進めるためにね。これがどんどん進化して、とうとう鑑定魔法で偽造が見破れ無くなって、疑わしいけど証拠が出ない書類……という事で、『疑書の結婚』って言われたわけ」

「偽書の魔法は数少ない平民魔法使いが、詐欺の為に発展させた珍しい魔法の上、詐欺撲滅の為に使い手は徹底して逮捕されたらしいのよ。あのジョゼフさんどこで覚えたのかしら?」

 エステラも少し興奮気味に喋り出すが、こっちの興味は完全に魔法に関してだ。

「それでなんで、あのおじさんは私と結婚したらショウネシーが手に入ると思ってるわけ? 家門の資産相続と婚姻はそもそも手続きは別よね?」

 この国の法では、結婚したら自動的に配偶者にも相続権が発生するようにはなっていない。おそらく件の詐欺が流行ったせいで法改正されたのだろうとマグダリーナは予測して、後でアンソニーと一緒に図書室で答え合わせをしようと思った。

「その通りよ! その辺りは高等部から習うのに、よく知ってたわね」
「爵位をいただいた時に、シャロン伯母様が教えて下さったの。詐欺の的になりやすいから気をつけるようにって」

「流石シャロン様ね! ああ、だからあの人、シャロン様が領にいない今日を狙って来たのかしら?」

 シャロンは今日、王妃様のところへお話相手として行っている日だった。
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