テイマー勇者~強制ハーレム世界で、俺はとことん抵抗します~

つづれ しういち

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第九章 北壁

1 ハグ

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 そこから、俺たちはさらに北を目指した。
 北壁はどんどん迫ってきている。ここからなら、あと十日ほどで到着するだろうというのがマリアの説明だった。
 俺は道々、心の中だけでリールーに例の件について話をした。

《ふーん。ちょっとの間だけ、あの赤いおねーさんのお手伝いをすればいいんだねー?》
《ああ。これはリールーにしかできない仕事だ。手数を掛けてしまうが、どうかよろしく頼みたい》
《あははっ。あいかわらずだねー、ヒュウガー。かたいのー》
《……そうか?》
《そうだよー。トモダチなんだから、もっとカンタンにお願いしたらいいのー。じゃあボクは、おねーさんをどこか遠くに下ろしたら、すぐに戻ってきたらいいんだねー?》
《ああ。だが、くれぐれも、リールーにとって危険だと思ったらすぐに手を引いてくれ。それだけは守ってほしい》
《うふふ。心配してくれるのー? うれしーい。ありがと、ヒュウガー。だいじょうぶだよー》

 リールーの心はころころ笑って、こちらの気持ちを温めてくれるようだった。じんわりと彼女の心が伝わってきて、俺は済まなく思うとともにひどく嬉しくも思った。
 実はリールーは、あのときライラとレティがパーティーを抜けることになったのをひどく残念がっていた。二人とも心がきれいで、とても優しい女性だったからだ。リールーは彼女たちが大好きだったのだ。
 
 ちなみに、ここから北壁までが十日というのは、「緑パーティーのドラゴン、シャンティの翼でなら」という但し書きつきだ。もしもリールーが本気を出せば、その数倍の速さが出るものらしい。
 要するに、ここまではリールーは完全にお遊び気分だった。彼女にとってはこんな「旅」、そこいらをぶらぶらと散策するのに変わらない、楽な仕事に過ぎなかったということだ。

 なお、マリアの説明によれば、ドラゴンのスピードはそのよわいに比例して速くなる。リールーの姉である白きドラゴン、シエラならばもっと速いし、その母親である帝都のドラゴンならさらにそうだという。
 ちなみに彼女らの父親であるドラゴンは、もはやこの世界の伝説的な生き物になっているらしい。世界の原初から生きている、もはや神格化された存在なのだそうだ。リールー自身、すでに数百年以上も会ったことがないらしい。
 いや、そればかりではない。人間はそのドラゴンを目にしなくなって、すでに数千年が過ぎているのだとか。恐ろしくスパンの長い話である。
 そのドラゴンであったなら、空をめぐるあの月まででも、ほんの一瞬で飛び越えるものであるらしい。

 さて。
 心の中だけで会話のできるリールーはともかくも、マリアの目を盗んでうちのパーティーメンバーにその話をするのは、けっこう難しいことだった。
 だが、俺はそこから数日後に、どうにかその時間を作ることができた。とはいえ全員同時ではマリアの目をかいくぐれないため、まずはギーナ一人だけを自分用の天幕にそっと呼んだ。

「あんたそれ……本気なの?」

 ギーナの第一声は、そういうものだった。まあ予想通りである。

「ほんっと、お人好しなんだから。あんなお調子もんの子のために、ヒュウガがそこまでしてやる義理がどこにあんのよ」
 いや、そこは俺自身もそう思わないわけではないが。
「手数を掛けてしまって申し訳ない。だが、あれでも一応、ミサキは俺にとっては同じ世界から来た仲間みたいなもんなんだ。剣の鍛錬のことでは、大いに世話にもなっている。済まないが、どうか協力してほしい」

 一気に言って、俺は頭を下げた。
 そう言われると、さすがに一言もないらしい。ギーナは黙って、やや不満げに俺を見返していたが、やがてため息とともにこう言った。

「しょうがないねえ。わかったよ。いざとなったらうまく動いてあげるから、そこらあたりは任せといて。商売柄、そういうのは得意だからさ」
「助かる。済まない……」
「どうせ、反対したって無駄だろう? あんたが一旦そう言い出したら、絶対曲げないってのはわかってるんだから」
「ありがとう。恩に着る。ギーナ」
「よしなよ、まったく……」

 再び頭を下げた俺を見て、「かなわないねえ」と手を振ると、ギーナは女性用の天幕へ戻ろうとした。が、ふと思い立ったようにこちらを振り向き、意味深な笑顔を浮かべた。
 そのままするするっと俺に近づき、すぐ前に立つ。

「んね。じゃあ、ちょっとぐらいは、もらってもいいかい?」
 その手がまた、下からするりと俺の胸に這わされてきて、俺は身を固くした。
 なんだか嫌な予感がする。
「あの子たちがいるうちは、あたしも色々遠慮してたけどさ。……もういいでしょ? ヒュウガ」
「……なにがだ」

 さらに腰が寄ってきて、胸の上で彼女の指がくるくると俺の「青の宝玉」をなぞるようにした。
 豊満な胸元がぴたりと俺の体に触れている。髪から、独特の甘い香りがする。
 ギーナの顔が俺の顔に近づいてきた。

「別にさ。いきなり『夜のお供』までさせてなんて言わないからさあ。触れるだけのやつなら、いいじゃない? 口吸いぐらい、ケチケチしなくってもさあ」
「…………」
「ねえ……ダメ?」

 艶めいた美貌で下から見上げられ、言われたことに面食らう。
 いや、待て。いきなり何を迫って来てるんだ、この女。
 「口吸い」とはまた古風な言い回しだが、それは要するにキスのことだろう。
 この女にしては相当可愛らしいお願いなのは間違いないが。
 いや、ダメだ。

「……すまん。断る」

 彼女の細い肩をぐっと押し戻したら、ギーナは「あはっ」と軽く笑った。

「そりゃそうよね。大丈夫、言ってみただけ。ちゃあんと協力させてもらうわよ」
「……そうなのか?」
「当たり前でしょ? あたしのお堅~いは、女のこんな下手な誘惑に簡単に乗るような男じゃないものね」

 言って、くるりときびすを返す。
 その背中がひどく寂しいものをこらえているように見えて、俺は思わず呼び止めた。

「ギーナ! 待て」

 天幕の入り口に掛かった布の前で、ギーナはぴたりと足を止めた。が、うしろは振り向かない。
 俺は彼女に大股に近づくと、その肩に後ろから腕を回し、ゆっくりと引き寄せた。両腕で、力をこめて抱きしめる。

「ヒュ……」

 言いかけて、ギーナはやめた。黙ってされるまま、うつむいて俺に体を預けている。
 抱きしめてみて実感した。彼女はあまりにも細くて、繊細な体をしていた。このまま本気で力を入れれば、簡単に骨でも折れてしまいそうなほどに。普段のあの大きな態度からはちょっと想像もつかないぐらい、彼女の体はか弱かった。
 それはそうだ。魔力こそあっても、彼女の体は普通の女のものなのだから。

(……いいのか)

 そんな思いが湧きあがった。
 いくら魔力を持っているからとは言っても、彼女だってか弱い女には違いない。ライラやレティのことはさっさと離脱させておいて、「奴隷」だった女のうち、彼女だけは連れてくることにしてしまった。
 本当に、本当にそれでよかったのか。
 やはり彼女にも、離脱してもらうべきだったのでは。

 もと「緑パーティー」の三名は、それでも完全に自分の意思でついてきてくれている。しかし、ギーナはそうだとは言い切れない。どうしたって「勇者の奴隷」としてのくびきが彼女の感情を支配してしまうはずだからだ。
 それは、彼女を信じられないという意味ではない。断じてない。
 ないが、ただただ、申し訳なかった。
 俺が彼女にしてやれることはほとんどない。
 彼女が今までと、そしてこれから俺のために払う犠牲に、俺はなにほども返してやれないだろうと言うのに。
 今だってこうやって、彼女が望んでいることの万分の一も返してやれないのだから。
 俺は、彼女を抱く腕に力をこめた。
 
「済まない。……今は、これだけで許してくれ」
 言ったらギーナは、ふっと寂しげに息をついた。
「バカだね、ヒュウガ。ほんと、謝ってばっかなんだから」

 その手がすっと上げられて、俺の髪を撫でるようにする。たおやかな優しい手だった。
 つられて少しだけ腕をゆるめると、ギーナは少しだけこちらに顔を向け、ゆるりと艶麗そのものの顔で笑った。

「……あんたは、そのままでいいの」

 それは、一瞬のことだった。
 ギーナはぐいと俺の頭を引き寄せると、さっと俺の頬に唇を触れさせた。
 と思った次にはもう、天幕布を跳ね上げて外へ飛び出ていってしまった。


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