上 下
211 / 292
第四章 出現! 難易度SSSの新ダンジョン

アドローンの聖女の悲劇

しおりを挟む
 そもそも、ジューアを始めとした永遠の国ハイヒューマンたちが、カーナ王国の聖女アイシャを気にかける理由がある。

「お前は知らないかもしれないな。『アドローンの聖女の悲劇』を聞いたことがあるか?」
「アケロニア王国で、概要だけは。円環大陸の歴史書刷新の折、貴族講習で習いました」

 アドローンの聖女の悲劇は、数千年以上前、胎内の胎児ごと生贄にされた聖女の大事件だ。
 円環大陸の北部で起こった、この数千年間で最大の凶事と言われている。

 野心を持ったある男が、力を得るため当時の聖女を騙して誘拐し、強姦する罪を犯した。
 聖なる魔力の持ち主と交わると、英雄や勇者、偉人の資格を世界から与えられると言われている。その効果を狙っての蛮行だ。

 男は言い伝え通り比類なき権力を手に入れ、現在の円環大陸の北部に国を興し、王となった。

 監禁された聖女はやがて身籠るが、子供を産むことを男は許さなかった。
 当時、自分に聖女と交わる利益を教えた呪術師が男の耳元で囁いたのだ。

『より強大な力を得たければ、聖女を人柱にして新たな王城の礎の生贄とすればいい。聖女の孕んだ胎児ごとなら、より効果は高まるはず』

 結果として、男が興した北部の国は、北部から西部にかけて存在した複数の国を吸収しながら広がる大国に成長した。僅か数年間の出来事だったと伝わる。

 ただし、大躍進はそこまでだった。
 王城の地下の基礎に生きたまま埋められた聖女が死後、男と建国した国、関わった複数の国々を恨んで〝魔〟と変じたのだ。

 男の国は、彼が生きている間に文字通り崩壊し、本人と近親者はすべて。国民も半分以上が呪詛によって助かることなく死に絶えた。

 王城があった北部の地域はその後、何百年にも渡って、魔になった聖女の怨念で汚染された穢れ地となってしまった。

「確か、アドローンの聖女の魔は、北部の大国カレイド王国に封印されていたとか」
「そう。あの国の建国王は祓いの得意な弓聖のハイエルフだったから。……だが今の女王が幼かったとき、その封印が解けかけてしまった。それを急遽抑えたのが、カーナとこの私」
「確か、今のマーゴット女王が成人された後で、魔は祓われたと聞きましたが」

 その通り、とジューアは頷いた。

「ビクトリノが破邪の力で滅した。聖女のほうはな。……で、胎児だった生まれることのなかった魂はカーナが浄化して、西の方角に飛び去ったのを確認している」
「西とは……まさか!」

 再びジューアは頷いた。

「今から二十年以上前になるか。そう、このカーナ王国に向けて魂は飛んでいった」
「まさか、そのアドローンの聖女の子の魂がアイシャだと?」
「誤差は数年だ、間違いない。聖女投稿事件後、永遠の国の総合鑑定スキルの持ち主が派遣されている。密かに聖女アイシャを鑑定したところ、魂の履歴にアドローンの聖女が母と書かれてあったそうだ」

 該当する人物は、いま永遠の国に一人だけ。

「永遠の国の総合鑑定スキルの持ち主とは……フリーダヤか!」

 ルシウスがカーナ王国に来てすぐの頃、確かにあのリンク創成の魔術師フリーダヤが、トオンの古書店を訪れている。
 アイシャもトオンも留守だったから、すぐ帰ったとばかり思っていたら、しっかり目的を果たしていたわけだ。

「魔に変じたほどの聖女の子。その魂だから浄化されても人間を恨む傾向を持っているのではないか、と我らは危惧していた」
「……その心配はありません。そもそもアイシャは虐げられ、冤罪を吹っ掛けられても相手を恨まぬよう自己を抑制できた強い子です」

 アイシャの葛藤とその経過は、新聞連載された『聖女投稿』が伝えている通りだ。

「そうだな。その危機を乗り越えて今はリンクに目覚めた。私もカーナも、これでようやく安心できる」



「ピュイッ」

 しばらく沈黙が流れたダンジョン最奥部で、遠慮がちに鳴き声を上げたのは綿毛竜コットンドラゴンのユキノだ。

「ユキノ君。どうした、皆と一緒に地上に戻らなかったのか」
「ピゥ……(ボクはルシウスくんの随獣だからね。つらいならボクに寄りかかって)」
「ああ……助かるよ」

 適当に魔法樹脂で作った台に腰掛けていたが、ユキノに遠慮なくもたれかかった。極上の羽毛に沈み込み、しっかり受け止めてもらう幸福ときたら。

 落ち着いた頃、ユキノに雛竜たちが死んだことを聞かされた姉弟は。

「そう、か……」

 ほとんど塞がった肩の傷口を押さえながらルシウスはユキノの胸元の羽毛にますます沈み込んだ。

 いとけなく愛らしい雛竜たちに皆はメロメロだったが、一番可愛がっていたのはルシウスだ。
 もう気力も何もかも無くして萎れてしまった。

(皆、卵の頃から可愛がっていたのに)

 そこに鋭く待ったをかけたのはジューアだ。

「待て。雛竜たちは全部か? 私が引き取るはずだった五号も?」
「ピュイ……(うん……)」
「雛竜にはすべて認識タグを装着させていたはずだ。なのになぜ?」
「ピウウ……」
「つまりその冒険者とやらは、この神人ジューアのものを傷つけ、殺したと。生け捕りにしたのは良い判断だ。……生き延びたことを後悔させてやる」

 ただでさえ最愛の弟を傷つけられ、ダンジョンに囚われまでしたことで、ジューアの機嫌は最低最悪だった。
 唯一生き残った侵入者の男の未来はここで確定したも同然だった。










※マーゴットの「夢見の女王」とここでつながってくることに。あとアドローンの聖女もわりと重要人物かもです。
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

初夜に「俺がお前を抱く事は無い!」と叫んだら長年の婚約者だった新妻に「気持ち悪い」と言われた上に父にも予想外の事を言われた男とその浮気女の話

ラララキヲ
恋愛
 長年の婚約者を欺いて平民女と浮気していた侯爵家長男。3年後の白い結婚での離婚を浮気女に約束して、新妻の寝室へと向かう。  初夜に「俺がお前を抱く事は無い!」と愛する夫から宣言された無様な女を嘲笑う為だけに。  しかし寝室に居た妻は……  希望通りの白い結婚と愛人との未来輝く生活の筈が……全てを周りに知られていた上に自分の父親である侯爵家当主から言われた言葉は──  一人の女性を蹴落として掴んだ彼らの未来は……── <【ざまぁ編】【イリーナ編】【コザック第二の人生編(ザマァ有)】となりました> ◇テンプレ浮気クソ男女。 ◇軽い触れ合い表現があるのでR15に ◇ふんわり世界観。ゆるふわ設定。 ◇ご都合展開。矛盾は察して下さい… ◇なろうにも上げてます。 ※HOTランキング入り(1位)!?[恋愛::3位]ありがとうございます!恐縮です!期待に添えればよいのですがッ!!(;><)

お久しぶりです、元旦那様

mios
恋愛
「お久しぶりです。元旦那様。」

〖完結〗私は旦那様には必要ないようですので国へ帰ります。

藍川みいな
恋愛
辺境伯のセバス・ブライト侯爵に嫁いだミーシャは優秀な聖女だった。セバスに嫁いで3年、セバスは愛人を次から次へと作り、やりたい放題だった。 そんなセバスに我慢の限界を迎え、離縁する事を決意したミーシャ。 私がいなければ、あなたはおしまいです。 国境を無事に守れていたのは、聖女ミーシャのおかげだった。ミーシャが守るのをやめた時、セバスは破滅する事になる…。 設定はゆるゆるです。 本編8話で完結になります。

悪役令嬢の去った後、残された物は

たぬまる
恋愛
公爵令嬢シルビアが誕生パーティーで断罪され追放される。 シルビアは喜び去って行き 残された者達に不幸が降り注ぐ 気分転換に短編を書いてみました。

破壊のオデット

真義あさひ
恋愛
麗しのリースト伯爵令嬢オデットは、その美貌を狙われ、奴隷商人に拐われる。 他国でオークションにかけられ純潔を穢されるというまさにそのとき、魔法の大家だった実家の秘術「魔法樹脂」が発動し、透明な樹脂の中に封じ込められ貞操の危機を逃れた。 それから百年後。 魔法樹脂が解凍され、親しい者が誰もいなくなった時代に麗しのオデットは復活する。 そして学園に復学したオデットには生徒たちからの虐めという過酷な体験が待っていた。 しかしオデットは負けずに立ち向かう。 ※思春期の女の子たちの、ほんのり百合要素あり。 「王弟カズンの冒険前夜」のその後、 「聖女投稿」第一章から第二章の間に起こった出来事です。

断罪されたので、私の過去を皆様に追体験していただきましょうか。

下菊みこと
恋愛
悪役令嬢が真実を白日の下に晒す最高の機会を得たお話。 小説家になろう様でも投稿しています。

【完結】公爵令嬢は、婚約破棄をあっさり受け入れる

櫻井みこと
恋愛
突然、婚約破棄を言い渡された。 彼は社交辞令を真に受けて、自分が愛されていて、そのために私が必死に努力をしているのだと勘違いしていたらしい。 だから泣いて縋ると思っていたらしいですが、それはあり得ません。 私が王妃になるのは確定。その相手がたまたま、あなただった。それだけです。 またまた軽率に短編。 一話…マリエ視点 二話…婚約者視点 三話…子爵令嬢視点 四話…第二王子視点 五話…マリエ視点 六話…兄視点 ※全六話で完結しました。馬鹿すぎる王子にご注意ください。 スピンオフ始めました。 「追放された聖女が隣国の腹黒公爵を頼ったら、国がなくなってしまいました」連載中!

婚約者が私以外の人と勝手に結婚したので黙って逃げてやりました〜某国の王子と珍獣ミミルキーを愛でます〜

平川
恋愛
侯爵家の莫大な借金を黒字に塗り替え事業を成功させ続ける才女コリーン。 だが愛する婚約者の為にと寝る間を惜しむほど侯爵家を支えてきたのにも関わらず知らぬ間に裏切られた彼女は一人、誰にも何も告げずに屋敷を飛び出した。 流れ流れて辿り着いたのは獣人が治めるバムダ王国。珍獣ミミルキーが生息するマサラヤマン島でこの国の第一王子ウィンダムに偶然出会い、強引に王宮に連れ去られミミルキーの生態調査に参加する事に!? 魔法使いのウィンロードである王子に溺愛され珍獣に癒されたコリーンは少しずつ自分を取り戻していく。 そして追い掛けて来た元婚約者に対して少女であった彼女が最後に出した答えとは…? 完結済全6話

処理中です...
本作については削除予定があるため、新規のレンタルはできません。
番外編を閲覧することが出来ません。
過去1ヶ月以内にレジーナの小説・漫画を1話以上レンタルしている と、レジーナのすべての番外編を読むことができます。

このユーザをミュートしますか?

※ミュートすると該当ユーザの「小説・投稿漫画・感想・コメント」が非表示になります。ミュートしたことは相手にはわかりません。またいつでもミュート解除できます。
※一部ミュート対象外の箇所がございます。ミュートの対象範囲についての詳細はヘルプにてご確認ください。
※ミュートしてもお気に入りやしおりは解除されません。既にお気に入りやしおりを使用している場合はすべて解除してからミュートを行うようにしてください。