上 下
19 / 27
改正番:学院編

18話,サロンで義兄と会ったよう

しおりを挟む
「第4学年、学年テスト開始!」
試験官の声が教室に響き渡る。
レイナが登校し始めてから約1週間、学年テストの日がやってきていた。
レイナは初めて保健室で無く教室でテストを受けていた。1教科の時間は50分、基本的に生徒は急ぐ事を意識して問題を解きギリギリ終わるような難易度だが、レイナはまるでカンニングを疑われるような速さで問題を解き終わらせている。本来計算しなければならない問題も暗算ですらすらと解き、記述問題なんて用意された答えよりも分かりやすく書いていた。そして開始からおよそ10分で既に手持ち無沙汰となったレイナは頬杖を付いてぼーっと見直しをしている。
今日は午前中でテストを終わらせ下校となる。
あぁ、早く帰りたい。
そう心の中でぼそりと呟きながら、ふとシエンナに言われた事を思い出し自身の名前が書かれているか確認する。
書いて無かった。
彼女は、問題を解き見直しをして寝て起こされ問題を解き見直しをして寝て起こされ問題を解き見直しをして寝て起こされ問題を解き見直しをして寝て起こされ…、終了する。
寝ると言っても机に突っ伏して寝る訳では無く頬杖を付く程度な上に、終了の合図があってすぐ目を開けた為気付く者は誰も居なかった。
解答用紙の回収が終わり試験が終了して教室が賑やかになる。ペンや消しゴムを片付けレイナの帰る支度をするシエンナに、当のレイナは小さくあくびをして教室を見回した。するとばちりとハーラン令嬢と目が合う。彼女はキッとレイナを睨み教室の外へ出ていってしまった。レイナに喧嘩を売って以来、ハーラン令嬢は孤立している。仲の良かった者達は彼女を避け、面識の無い者からも陰口を言われていた。ハーラン家の跡継ぎは彼女1人だけ、あの家はいつまで持つだろうか。
レイナがそんな事を考えていると教室が急に静かになる。彼女が顔を上げると、下級生であろう美男子にエスコートされたエスメが教室に入ってきてレイナの元に来た。
「御機嫌麗しゅう、レイナ様」
「御機嫌麗しゅう、王女殿下」
そうエスメと少年がレイナに頭を下げる。
「御久し振りです、エスメ。テスト、お疲れ様です。それで、そちらは?」
知っているだろうに。
そう思いエスメは苦笑を浮かべる。それに対し無表情な少年は胸に手を当て頭を下げた。初対面と言えど流石に学園では跪かない。
「御初に御目にかかります、王女殿下。エスメ・コールマンの弟、ユルゲン・コールマンと申します」
淡々とそう言ったユルゲンは帰るついでにエスメをエスコートしただけだそうで、レイナに挨拶をするとすぐに去っていった。
ユルゲン・コールマン。悪役令嬢の弟で乙女ゲームの隠れ攻略対象である。ゲームだと序盤からヒロインは悪役令嬢に虐められていた。始めは言われっぱなしだったが、次第に選択肢に反論を言う事と好感度の高い攻略対象への助けを求める事が追加される。ここでひたすら反論し続けるとそれを見掛けたユルゲンがヒロインに話し掛けて来るという展開だ。けれどそれは通常悪役令嬢と接する機会にプラスして、他のキャラと過ごす時間を潰してわざわざ悪役令嬢に虐められに行かなければならないので彼を発見したプレイヤーは少ない。
レイナがそんな事を思い出している内に、シエンナは彼女の帰り支度が済ませていた。それに気付いたレイナにエスメは話し掛ける。
「レイナ様、御時間ございましたらこの後サロンに行きませんか?レイナ様と御話したい事があるので」
「構いませんよ。わたくしもエスメと話したいと思っていたのです」
「では、参りましょう」
そう微笑んで差し伸べられたエスメの手を取って、レイナは立ち上がった。
この学院にはサロンがある。各国産の様々なフルーツやデザート、紅茶からジュースまで、種類が多く品質まで選べていた。最高品質だとオレンジジュース単品でも軽く万は越える。ちなみにセットで御得なんて物は存在しない。品質が選べるのは貴族階級の差を明確にする為だ。それなのに割引等で通常の値段より下がっている物を買い金の出し惜しみをしているなんてケチ臭い事を知られたら、社交界でその家は、その家の爵位を持つ家の中でも落ちこぼれ、貧乏と言われる。もし作りでもしたら馬鹿にしているのかと怒る貴族も居るだろうと考えられた為、そのような処方は作られていない。
そんなサロンでレイナはシエンナにより引かれた椅子に腰をかけようとしていた。サロンは吹き抜けがあり3階まで続いている。1階が男爵家と子爵家、2階が伯爵家と侯爵家、3階が公爵家と王族だ。けれどその階を利用できる階級の者同伴ならば例え階級が足りずとも過ごす事は出来る。けれどエスメは公爵令嬢、レイナの姿は珍しいがそれ以上でもそれ以下でも無い。それに階層が分けられているのは身分の高い者が自身より身分の低い者を見下ろす為だ。あまりジロジロ見上げ過ぎると不敬として罰せられる可能性が高い。
3階は広く豪華な割に彼女達と使用人以外居らず、レイナとエスメは少し気を緩めながらメニューを広げた。
「あら、チョコレートがありますね。珍しい」
「最近は南国との関係が良好で我が国との間の輸入、輸出が盛んだそうですよ。チョコレートケーキとか……、いえ紅茶でも頼もうかしら」
チョコレートとか頼もうかな。
そう言おうとしたレイナは背後からの冷気に口を閉じた。ちなみにレイナは先月より1kgは太っている。何故か、それは間食の食べ過ぎだ。最近はそれでシエンナが目を光らせているがレイナは彼女の目を盗んで食べるので体重の上昇は一向に収まらない。そもそも運動をしようとしない彼女が体重を減らす方法なんて減食しか無いのだ。
そのうち豚になりますよ。
最近シエンナに良く言われる言葉だ。レイナはため息を飲み込み他国産の紅茶を頼むと、エスメも同じ物を注文した。するとレイナの後ろからコツコツと品の良い足音が聞こえる。
「あぁ、誰かと思えばレイナか」
「…あら、ローナ王子殿下。御機嫌麗しゅう」
振り返りローナを目に映したレイナは、にこりと笑みを浮かべて立ち上がった。エスメも立ち上がり椅子から1歩横に移動してカーテシーをする。
「御機嫌麗しゅう、ローナ王子殿下。お久しぶりでございます」
「久しぶり。エスメ嬢も居るなんて、珍しいな。同席してもいいか?」
「是非、光栄です」
そう微笑みながら言ったレイナにローナは礼を言った後2人に着席の許可を出す。彼付きの執事は音を立てずに別の席から椅子を持ってきて彼の隣に置いた。ローナは黙ってそこに座り別の執事からメニューを受け取り開く。
「レイナとエスメ嬢は何を頼むんだ?」
「わたくしはアイラユィ帝国の紅茶を」
レイナはにこやかな笑みを浮かべながらそう言う。本当はチョコレートケーキがいいけど、と心の中でぼやくレイナに気付かずエスメはレイナ続いてローナに答えた。
「わたくしはチョコレートケーキを。レイナ様もスイーツを頼まれたら如何ですか?」
「……ふ、ふふ……。エスメは冗談が御上手ですね」
「え、いえ、冗談でなく……」
「では私も紅茶を貰おうか。レイナ、何か良い品を知っているか?」
エスメの言葉を遮ってローナは社交的な笑みを浮かべてレイナに話し掛ける。新メニューと書かれた緑茶を指差しながら、それにしても、とレイナは下の階を見た。興味津々といった様子でこちらを見上げてきている令嬢達と目が合い、彼女達はバッと慌てて目を反らす。2階に居るので恐らく侯爵家か伯爵家だろうと予想付けながらレイナは視線をローナとエスメの方に戻した。もし今居る面子でローナとレイナが義兄妹という関係でなければ、ローナが2人の令嬢を侍らせていたと噂が流れていただろう。
「緑茶……、あぁ、この前茶会でレイナが兄上から貰っていた物か」
あれを御茶会と言ったら他の御茶会に失礼だろと思いながらレイナはそれを表情に出さず笑顔で頷く。ローナは顎に手を当てしばらくメニューを眺めた後顔を上げて口を開いた。
「ではそれとショコラを頼もう」
「かしこまりました」
そう言って注文を伝えに行こうとレイナ達に背を向けた執事に、レイナはふと顔を上げる。すると、その執事とはシルヴェスターの事だったようで、レイナはサファイアのような青い目を瞬かせた。
しおりを挟む
1 / 5

この作品を読んでいる人はこんな作品も読んでいます!

王宮勤めにも色々ありまして

恋愛 / 完結 24h.ポイント:49pt お気に入り:417

転生令嬢の甘い?異世界スローライフ ~神の遣いのもふもふを添えて~

ファンタジー / 連載中 24h.ポイント:1,569pt お気に入り:1,543

死に戻りのクリスティアナは悪妻となり旦那さまを調教する

恋愛 / 完結 24h.ポイント:99pt お気に入り:1,364

もう何も信じないと決めたのに

恋愛 / 連載中 24h.ポイント:85pt お気に入り:1,725

愚かな側妃と言われたので、我慢することをやめます

恋愛 / 完結 24h.ポイント:653pt お気に入り:3,371

処理中です...