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改正番;王宮編

12話,レイナと再会したよう-ローナ

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唯一の国立である貴族学院は14歳で入学し24歳で卒業する。
けれどそれは形式だけで、我が国では18歳から結婚を許されていて、ほとんどの貴族は結婚した後は学院に通わず、卒業式だけ出席して終わりだ。兄上はコールマン嬢が18歳になった時結婚し王となるはずだったが、ポーリッシュ嬢に御執心だったからポーリッシュ嬢が18歳となり兄上が24歳となる時まで兄上が結婚する事は無いだろう。婚約破棄するのか、それともポーリッシュ嬢を愛人として扱うのか。そんな事を私は日々考えていた。
ある日、王族主催のパーティーが開かれ私は王族としての義務を果たすべくパーティーに参加した。ワインの入ったグラスを片手に持ちながら御令嬢と話す。婚約者探しの為にも周囲には優しく振る舞わねばならない。一番の理想は王位懸賞権第3位を持つレイナとの婚約、次に兄上から婚約破棄されたコールマン嬢との婚約だ。レイナを口説きおとすのは難しいだろうから、コールマン嬢との婚約が無難だろう。私の株が上がる。早く婚約破棄してほしい。そう思ながら私は、兄上に放置され1人ポツンとシャンパンを飲んでいるコールマン嬢に話し掛けた。
「こんにちは、コールマン嬢」
「っ……、御機嫌麗しゅう、第2王子殿下。この度は御招待頂きありがとうございます」
「コールマン嬢ならばいつでも大歓迎だよ。今日は一段と美しいな。銀のドレス、良く似合ってる」
「あ、ありがとうございます。弟が選んでくれた物で」
そう嬉しそうに笑みを浮かべてドレスを見下ろすコールマン嬢に、私は作り笑いを浮かべた。
「こんな美しい女性なら、弟君もさぞかしドレスの選びがいがあるだろうな。そうだ、今度貴方にドレスを送ろう」
「えっ……」
嫉妬か牽制か、多くの貴族の視線が私達に降り注いだ。コールマン嬢は気まずそうに視線を上げた後、困ったような笑みを浮かべて私の言葉に答える。
「光栄です。けれど、わたくしにはアルフィー様という婚約者が居りますので、受け取れません」
「私との仲じゃないか。遠慮しなくていい、兄上もきっと分かってくださる」
「申し訳ありません、第2王子殿下の手を煩わせる訳にはまいりませんので」
「……ふぅん……」
もうすぐ捨てられるくせに、何をそんなに頑なになるのか。未練でもあるのだろうか。
無意識に笑みを消してそう考えていた私は、警戒するようにこちらを見るコールマン嬢に少し慌てて笑みを浮かべる。
「な、なら、私の事を名前で呼んでくれ。前々から貴方とは親睦を深めたいと思っていたから、いい機会だと思う。私も貴方の事をエスメ嬢と呼ばせて貰いたい」
「構いませんが……。では、ローナ王子殿下で」
──ローナ王子殿下
「っ……」
ふと、レイナの声が頭を過った。我ながら馬鹿馬鹿しい、たかが義妹に心を乱されるなんて。
疲れているのかと額に手を当て俯くと、コールマン……エスメ嬢はそんな私を見てこてりと首を傾げた。
「エスメ・コールマン」
その時、聞き覚えのあるその声が頭の上から降ってきた。会場で最も高い場所に立つ兄上と、ポーリッシュ嬢。それを見上げていると、兄上の腕に抱き付く彼女と目が合ってしまった。周りの注目が自身に集まる中、彼女はブンブンと私に手を振ってくる。
伯爵令嬢の分際で私を見下ろすな。
彼女をあの場所から蹴り落としたい感情を押さえながら、私は視線を外してワインを飲む。隣に立っていたエスメ嬢は、2人を見上げごくりと唾を飲み込み、メイドにグラスを預けて呼ばれた方に向かって行った。
ついに婚約破棄か。
そう思いながら私は飲み干して空になったグラスを専属執事、パトリック・ソアレスに差し出し新しいワインを注がせる。毒が無い事を確認した後ワインを口に付けながら、私は兄上がエスメ嬢の起こした悪事を並べていくのを見つめた。ふとこの後の事を思い出し、視線を動かさず小声でパトリックに話し掛ける。
「ブランケットの準備は?」
「既に。………、本当にやるのですか」
「当然だ。それに私は彼女を救ってやろうとしているだけなのだから、何も問題は無い」
「行動はね、本心は乙女心に漬け込もうとしている最低野郎です」
パトリックの言葉に私は眉を寄せた。グラスを揺らして、ちゃぷちゃぷと動く鮮やかな赤紫の液体を見つめる。
「乙女心、か……。私には一生縁の無い物だ」
「折角の顔が勿体無い限りです。ほんと、剥ぎ取ってやりたい」
「黒い黒い」
そんなやり取りをしていると、兄上はいつの間にか長い長い冤罪の数々を並べ終わっていた。
「何か異論はあるか?エスメ」
「しょ、証拠はあるんですか?!」
それは犯人の言葉だエスメ嬢。
思わず口に出しそうになり、パトリックから脛に蹴りを食らう。凄い痛い、クビにしてやろうか。けれど数少ない、信頼できて面と向かって物を言ってくれる者だ。失うなんて勿体無い。そんな事を考えているとエスメ嬢が顔を覆って崩れるようにしゃがみこんだ。パトリックからブランケットを受け取る。
貴族達が距離を置く為に描かれた円の中心に居るエスメ嬢に向かって一歩踏み出した、その時だった。
「御機嫌麗しゅう、皆様!」
「ここに、エスメ・コールマンとの婚約破棄を宣言する!」
誰だ、このタイミングで登場した馬鹿は。何が御機嫌麗しゅうだ、全く麗しい展開じゃないだろ。
何となく声の主に感付きながらも、私は呆れた物を見る目で入り口の方を向いた。
「…っと、このレイナ・エヴァンズ・ティアーズは本日より社交復帰致します」
何やってんだろ、あいつ…。
煌びやかな容姿に透けて見える邪悪な心。幼い頃悪ガキだった私は良くレイナとヒャッハーしてはっちゃけていた。私よりヒャッハーしてたレイナの事だ、私でさえまだ内部にヒャッハーが残っているのにあいつがそうじゃない訳が無い。
そんな事を思っていると、いつの間にか兄上がポーリッシュ嬢と共にレイナの元に居り、レイナはエスメ嬢に手を差し伸べている。エスメ嬢がレイナの手を取った時、今回の私の計画は失敗に終わった。過去に気を取られている暇なんて無かったのだ。どうせ、過去なんて戻りも直りもしないのだから、捨ててしまえばいいのに。それが出来ない自分が嫌いだ。
「………、帰る」
「御意」
パトリックに一言言い、私はレイナを視界から外して会場の外へと歩き出した。
王宮に戻って着替えていると王族会議が開かれると知らされ、私は着替え終わってすぐ執事達を連れて早足で貴人会議室へ向かう。
貴人会議室に到着すると、パトリックから渡された白いベールをかけ貴人会議室の扉を開けさせた。私は会議室に入るとすぐに扉が閉まる。気にせず私は国王と王妃を認識しその場に跪いた。
「ご機嫌麗しゅう、父上、母上」
「うむ」
「どうぞ座って」
「有り難き御言葉」
私はそう言った後立ち上がり席に着く。兄上が婚約破棄し伯爵令嬢への色心に現を抜かした今、王位に近いのは私とレイナだ。レイナは本家の娘では無い上に女。兄上はエスメ嬢との婚約と王太子の立場、実力で王位懸賞権第1位となっていた。公爵家と伯爵家の権力差は歴然、コールマン家の配下の貴族達も派閥を変更するだろう。そうなれば私の敵はレイナのみだ。『完璧王女パーフェクトクイーン』と謳われる彼女を後押しする貴族は少ない訳が無い。
生かすか、殺すか……。
私は会議が終わり次第すぐに、レイナに婚約を申し込んだ。断れる事も承知の上で。
彼女を愛せるかわからない、彼女が愛してくれるかもわからない。それでも、期待してしまう。
けれど案の定、婚約は断られた。今朝の「嫌だァァァァッッッッッッ!!!」はその「嫌だァァァァッッッッッッ!!!」だろう。念のためパトリックにこっそりレイナの様子を確かめさせに行かせたが
「婚約申請を見たレイナ様の反応は、青い、それは青い、青でした」
「パトリック、語彙力どうした」
という報告をされ呆気にとられた。
数日後、私は昼食を食べ終わり何もやる事が無く暇になっていた。ふとレイナに2回目の婚約申請をした事を思い出し、レイナの離宮へ訪れる事にする。
馬車から降りてレイナが居ると報告された場所に向かう。木陰で木の幹に寄りかかっているレイナを見つけ、私は彼女に歩み寄った。
「え?マジ?あの、王位LOVE!人間が?」
「誰が王位LOVE!人間だって?」
「………え………?」
レイナは私の声にビクッ肩を上げ、ギギギと音が幻聴が聞こえる動きでこちらを見た。
「会うのは先日ぶりか、レイナ。そして、王族である私の陰口とはな」
「めめ、めめめめ滅相もございません!!」
レイナはもはや残像が見える程高速で首を振る。けれど彼女の顔には、だって事実だし、と書いてあった。勿論比喩だが。私は思わず冷ややかにレイナを見下ろす。
しばらくの沈黙の後、レイナが口火を切った。
「いやぁ、ローナ様。ご機嫌麗しゅう。本日も清々しい晴天ですね!まるでローナ様の心を表しているよう」
急に義妹が媚を売り始めた。意味がわからない。どうしてそうなる。
けれどレイナの目は死んでいた。
私の目も死んでいるだろう。
そして何より、レイナ専属メイドの目が限りなく死んでいた。
久々に心の底から人を憐れんだ瞬間だった。
そして後日、私が残していった椅子がレイナの手により解体された事がパトリックに報告され、私は真顔で書類を引き裂いてしまったのだった。
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