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十三話 「ただの人間」 下中下
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魔王は右の拳を振り上げ、いつものように一撃必殺の構え。
だけど本人もソフィアさんに、この拳が当たるとは全く思えていないのだろう。
食いしばる歯、左右に揺れる視点、明らかに迷いが現れている。
「クソがァァァァァ……!」
魔王の構えは無茶苦茶以外の何物でもなく、両足は左右に開き、肩幅から動かない。
これではスムーズな体重移動は難しく、ソフィアさんを捉える打撃は放てやしないだろう。
「あれは……!?」
しかし、ここに来て魔王はフォームをスイッチしてきた。
右半身を前に、両腕は胸の前に、まるでと言うまでもなく、
「ボクシング!?」
「感謝するぜぇぇぇ勇者!」
まさか僕が見せた一発のジャブから、独自に発展させてボクシングの構えを編み出したというのか。
体重の乗らない打撃でも魔王にかかれば、それは一撃必殺になるのは今更言うまでもない。
腕力は重い聖剣の打撃を打ち返し、魔力は全てをえぐり穿つ。
そして、
「これならどうよ、かっけーお嬢ちゃん!?」
当たらないなら、当たるだけ放てばいい。
体重が乗らないという事は、一撃の返しが早いという事だ。
とにかく速い魔王のジャブは一発放たれる毎に洗練されていく。
右拳一本、だがその拳は勇者の力で強化された僕の動体視力でも見えず、もはや残像しか残らない拳の弾幕がソフィアさんがいそうな辺りを目掛けてぶちまけられる。
「粉っっっっ々に砕けなァァァァァァ!」
放たれるジャブの先には、いつものように黒い渦。
高速で疾る黒い渦が僕の目に残り、黒い津波がソフィアさんを飲み込もうと押し迫る。
「くっ……!」
「動くな、リョウジ」
このままではいくらソフィアさんと言えど、と動こうとした僕を、いつもと変わらない声が押し止めた。
魔王の超高速の弾幕に当然のように踏み込みながら、ソフィアさんは涼しい声で言った。
「この程度、当たらん」
「なら試してみようか!」
一発一発が一撃必殺の超高速のジャブ、ソフィアさんに出来るのは避ける事だけ。
もうとっくに刀を振れる間合いには入っているはずなのに、ゆらゆらと身体を揺らし魔王という名の嵐を避け続ける。
「悪い夢か、こりゃあ」
「お互いに悪い夢を見てるんだろう」
ソフィアさんの左手が刀の鯉口にかかり、いつでも抜き打てる体勢に。
どこをどう狙うかはわからないけど、何かを狙っているのは魔王も理解しているのか、更にギアを激しく上げた。
ここに至っては両者無言。
たった一秒が過ぎ去る間に、一体何発のジャブが放たれ、一体何発避けているのか。
飛行機の回転するプロペラに頭から突っ込み、生きて戻れと言われる方がまだマシな光景。
そんな中、僕には見えない隙を見つけたソフィアさんは、抜いた。
チィルダの鈴の音と共に、気合い十分の猿叫。
「イヤァァァァァァァァァ!!」
ソフィアさんは飛び、
「そいつを待ってたぜえ……!」
魔王は嘲った。
にたり、という笑いを浮かべた魔王は最後の切り札を切る。
これまでピクリとも動かさなかった左の拳には、魔力の気配は一切ない。
ここまでのジャブを見せ札に、切り札を隠すために魔力を使わなかったのか。
しかし、しっかりと溜めたバネは放たれる寸前の弓矢と等しく力に満ちていて、宙を舞い刀を振りかぶったソフィアさんに照準がぴたりと合っている。
「俺のパンチと、てめえの剣。 どっちが強いか確かめてみようじゃねえか!」
放たれた魔王の拳は、振り下ろされたチィルダを寸分違わず打つ。
「俺様の……勝ちだ!」
鈴の音が砕けた。
半ばから真っ二つに折れたチィルダの切っ先は、ひゅんひゅんと虚空を切り裂く音を立てながら回転して、魔王の拳が生み出した衝撃は、ソフィアさんの細腕に新しく関節を生み出す。
肘から先が一体どうなっているのかわからないくらい、ぐしゃぐしゃにへし折れ皮と肉を破り、彼女の腕を完膚なきまでに破壊。
「ソフィアさん!?」
僕は悲鳴にも似た叫びを上げ、
「はっ」
魔王は安堵の溜め息を吐いた。
「今、私に勝ったと思ったな」
ひゅんひゅんと回転するチィルダの刃先が、ソフィアさんの歯に噛み取られ、そのまま全身を叩きつけるようにして魔王の首筋に突き刺さった。
一瞬の安堵は魔王の身体から力を奪い、力の抜けた一点なら抜ける。
「がっ……!?」
整った顔を歪め、ソフィアさんは刃を噛み、魔王に押し込んで行く。
「て、めえ……!」
「しっ」
最後の力を振り絞り、つかみかかろうとした魔王の手を肩口で跳ね上げ、足を払えば魔王の身体は浮き上がる。
「言っただろう? お代は貴様の首だと」
しなる鞭のような蹴りが魔王に、魔王の首に刺さったチィルダを打ち、更にその傷口を広げる。
チィルダの刃はソフィアさんの足甲を傷付けるが、そんな事を気にせず二発目の蹴りがぶち込まれた。
「堅いな……!」
だが、まだ魔王の首は落ちない。
「ソフィアさん、行きます!」
今しかない。
あとで怒られるかもしるないけど、魔王に確実なトドメを刺さないと!
全速力で踏み込み、体を回し、聖剣を横殴りに振るう。
「うおりゃぁぁぁぁぁぁ!」
しっかりと刃筋を意識して打ち込めば、ぽーんと魔王の首が跳ね上がり、青い空を舞う。
どさり、と倒れた自分の身体の上に落ちた魔王の首は、目を見開き驚いた表情をしていた。
ソフィアさんはそれを確認すると、ふっと息を吸い、
「魔剣チィルダが主ソフィア・ネート、勇者リョウジ・アカツキ! 魔王、討ち取ったり!」
ソフィアさんの名乗り上げに、歓声が爆発した。
辺りに隠れていた兵隊さん達が喜びの声を上げる中、
「すまん……チィルダ」
それだけを言い残すと、ソフィアさんは倒れた。
「まぁ今回ばかりは許してやる、リョウジ」
「ははは……」
その言葉を聞いて力の抜けた僕も、糸の切れたマリオネットみたいに倒れこむのだった。
「終わった……」
終わったよ、ルー。
だけど本人もソフィアさんに、この拳が当たるとは全く思えていないのだろう。
食いしばる歯、左右に揺れる視点、明らかに迷いが現れている。
「クソがァァァァァ……!」
魔王の構えは無茶苦茶以外の何物でもなく、両足は左右に開き、肩幅から動かない。
これではスムーズな体重移動は難しく、ソフィアさんを捉える打撃は放てやしないだろう。
「あれは……!?」
しかし、ここに来て魔王はフォームをスイッチしてきた。
右半身を前に、両腕は胸の前に、まるでと言うまでもなく、
「ボクシング!?」
「感謝するぜぇぇぇ勇者!」
まさか僕が見せた一発のジャブから、独自に発展させてボクシングの構えを編み出したというのか。
体重の乗らない打撃でも魔王にかかれば、それは一撃必殺になるのは今更言うまでもない。
腕力は重い聖剣の打撃を打ち返し、魔力は全てをえぐり穿つ。
そして、
「これならどうよ、かっけーお嬢ちゃん!?」
当たらないなら、当たるだけ放てばいい。
体重が乗らないという事は、一撃の返しが早いという事だ。
とにかく速い魔王のジャブは一発放たれる毎に洗練されていく。
右拳一本、だがその拳は勇者の力で強化された僕の動体視力でも見えず、もはや残像しか残らない拳の弾幕がソフィアさんがいそうな辺りを目掛けてぶちまけられる。
「粉っっっっ々に砕けなァァァァァァ!」
放たれるジャブの先には、いつものように黒い渦。
高速で疾る黒い渦が僕の目に残り、黒い津波がソフィアさんを飲み込もうと押し迫る。
「くっ……!」
「動くな、リョウジ」
このままではいくらソフィアさんと言えど、と動こうとした僕を、いつもと変わらない声が押し止めた。
魔王の超高速の弾幕に当然のように踏み込みながら、ソフィアさんは涼しい声で言った。
「この程度、当たらん」
「なら試してみようか!」
一発一発が一撃必殺の超高速のジャブ、ソフィアさんに出来るのは避ける事だけ。
もうとっくに刀を振れる間合いには入っているはずなのに、ゆらゆらと身体を揺らし魔王という名の嵐を避け続ける。
「悪い夢か、こりゃあ」
「お互いに悪い夢を見てるんだろう」
ソフィアさんの左手が刀の鯉口にかかり、いつでも抜き打てる体勢に。
どこをどう狙うかはわからないけど、何かを狙っているのは魔王も理解しているのか、更にギアを激しく上げた。
ここに至っては両者無言。
たった一秒が過ぎ去る間に、一体何発のジャブが放たれ、一体何発避けているのか。
飛行機の回転するプロペラに頭から突っ込み、生きて戻れと言われる方がまだマシな光景。
そんな中、僕には見えない隙を見つけたソフィアさんは、抜いた。
チィルダの鈴の音と共に、気合い十分の猿叫。
「イヤァァァァァァァァァ!!」
ソフィアさんは飛び、
「そいつを待ってたぜえ……!」
魔王は嘲った。
にたり、という笑いを浮かべた魔王は最後の切り札を切る。
これまでピクリとも動かさなかった左の拳には、魔力の気配は一切ない。
ここまでのジャブを見せ札に、切り札を隠すために魔力を使わなかったのか。
しかし、しっかりと溜めたバネは放たれる寸前の弓矢と等しく力に満ちていて、宙を舞い刀を振りかぶったソフィアさんに照準がぴたりと合っている。
「俺のパンチと、てめえの剣。 どっちが強いか確かめてみようじゃねえか!」
放たれた魔王の拳は、振り下ろされたチィルダを寸分違わず打つ。
「俺様の……勝ちだ!」
鈴の音が砕けた。
半ばから真っ二つに折れたチィルダの切っ先は、ひゅんひゅんと虚空を切り裂く音を立てながら回転して、魔王の拳が生み出した衝撃は、ソフィアさんの細腕に新しく関節を生み出す。
肘から先が一体どうなっているのかわからないくらい、ぐしゃぐしゃにへし折れ皮と肉を破り、彼女の腕を完膚なきまでに破壊。
「ソフィアさん!?」
僕は悲鳴にも似た叫びを上げ、
「はっ」
魔王は安堵の溜め息を吐いた。
「今、私に勝ったと思ったな」
ひゅんひゅんと回転するチィルダの刃先が、ソフィアさんの歯に噛み取られ、そのまま全身を叩きつけるようにして魔王の首筋に突き刺さった。
一瞬の安堵は魔王の身体から力を奪い、力の抜けた一点なら抜ける。
「がっ……!?」
整った顔を歪め、ソフィアさんは刃を噛み、魔王に押し込んで行く。
「て、めえ……!」
「しっ」
最後の力を振り絞り、つかみかかろうとした魔王の手を肩口で跳ね上げ、足を払えば魔王の身体は浮き上がる。
「言っただろう? お代は貴様の首だと」
しなる鞭のような蹴りが魔王に、魔王の首に刺さったチィルダを打ち、更にその傷口を広げる。
チィルダの刃はソフィアさんの足甲を傷付けるが、そんな事を気にせず二発目の蹴りがぶち込まれた。
「堅いな……!」
だが、まだ魔王の首は落ちない。
「ソフィアさん、行きます!」
今しかない。
あとで怒られるかもしるないけど、魔王に確実なトドメを刺さないと!
全速力で踏み込み、体を回し、聖剣を横殴りに振るう。
「うおりゃぁぁぁぁぁぁ!」
しっかりと刃筋を意識して打ち込めば、ぽーんと魔王の首が跳ね上がり、青い空を舞う。
どさり、と倒れた自分の身体の上に落ちた魔王の首は、目を見開き驚いた表情をしていた。
ソフィアさんはそれを確認すると、ふっと息を吸い、
「魔剣チィルダが主ソフィア・ネート、勇者リョウジ・アカツキ! 魔王、討ち取ったり!」
ソフィアさんの名乗り上げに、歓声が爆発した。
辺りに隠れていた兵隊さん達が喜びの声を上げる中、
「すまん……チィルダ」
それだけを言い残すと、ソフィアさんは倒れた。
「まぁ今回ばかりは許してやる、リョウジ」
「ははは……」
その言葉を聞いて力の抜けた僕も、糸の切れたマリオネットみたいに倒れこむのだった。
「終わった……」
終わったよ、ルー。
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