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第30話 来館するもう一つの学校

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公園に入り、案内図を見て集合場所と美術館の位置を把握すると、聡美姉が腕を組んできた。

「そんなのスマホで確認すればいいでしょう?行こうよ。まだ時間あるみたいだし」

公園を腕を組みながら歩くのは、少し恥ずかしいものだ。
最近は、人の目が気になるようになった。

以前の俺なら、気にならなかったのだが……

スマホの地図にGPS機能で現在位置を表示させる。
思ったより広い公園であり、周辺には博物館や動物園まである。

咄嗟に逃走ルートを確認したのは、職業病だろうか……

「学校のみんなと周るんだよね。お昼に合流して一緒にご飯食べよう」

聡美姉のバッグには、お弁当らしき物が入っていた。
雫姉が作ってくれたようだ。

「美術館の開館は何時から?」
「確か10時だよ」
「じゃあ、それまで、少し散歩しようか」
「うん」

広い公園の中を腕を組んで歩き出す。
聡美姉は『男の子とこんな風に歩くのなんて初めて』と言っていたが、俺だって公園を恋人のように歩くのは初めてだ。

そして、車の中で話してたハムレットの話に戻る。

「私はオフィーリアのお兄さん、レアティーズが好きなんだ。妹のオフィーリアを大切に思っているんだけど、本当は恋人のように愛してたのよ」

「近親間でそういう事は良くあるんじゃないか?家族は最も小さな社会だし、兄妹で恋愛感情を持つ事は理解できるよ」

「へ~~カズ君、話がわかる口だね。うん、うん、」

「一方的であり、度を越すほどの感情を抑えきれず、相手に勝手に求める関係は好きじゃない。それは、兄妹でも他人同士の普通の恋愛でも同じ事だと思う」

「この間のストーカーみたいだね。自分勝手な思いは周囲を不幸にする。ハムレットも同じだよ。前王を殺した現王は、前王の王妃と結婚するけど、結局、王妃もハムレットもオフィーリアも亡くなって、しまうんだからね。残された現王は、何を思うのだろうね。罪の意識?それとも馬鹿な奴等が勝手に死んだ?そう言う男って、結局、周りを巻き込むだけ巻き込んで、今の地位を得たんだよ。多くの犠牲の上に成り立っているんだ。それだけ重い地位のはずなのに、自分の欲望の事だけしか考えていないのが多いんだよ。それに、多くの犠牲の上にその地位を得たのに、欲望は枯れない。常に喉が乾くように何かを求めてるんだ。そんな人生、不幸でしかないよね。だって、何をしたって満たされないんだもの」

「『 He is rich that has few wants 』だな」

「欲しがりすぎない人こそ豊かである、でいいのかな。日本にはね、『足るを知る』って言葉があるんだよ。意味は同じだと思う」

「確かに人の欲望は、無限の状態に落ち入る事ができる。それを行動に移せば、必ず犠牲になる者が現れる。だが、良い方に向かえば何かをする時の原動力にもなる。会社を起こすとか、新しいものに挑戦するとか、だな」

「そうだよね。戦国時代、織田信長のような破天荒で行動的な人でなかったら天下統一の手前まで行く事が出来なかっただろうしね。豊臣秀吉は農民のままだっただろうし、徳川家康では難しかったと思うよ。欲望の為に突っ走る人でなかったらできなかった事だよね」

「ああ、でもそういう奴は平和な世界には厄災になるだけだ」
「何処かの某国みたいだね」
「少し喉が渇いたわ。何か飲む?」

自動販売機の前で、聡美姉は財布を取り出した。

「じゃあ、微糖のコーヒーを」
「私は何にしようかな~~すっきり爽やかにするね」

俺達は空いてるベンチに座って、喉を潤す。
少しどんよりとした空模様が、心地良いと初めて思った。





そろそろ時間が迫って来たので、一旦、聡美姉とは別行動だ。
そして、お昼に会う約束をした。

集合場所では、生徒が待っていた。
俺は、後ろの方でその様子を眺めている。

鴨志田結衣は、同じクラスの佐伯楓と一緒にいる。
2人で仲良く話をしていた。

少し離れたところで、鈴谷羅維華達の女子グループが話をしている。
こうしてみると、佐伯楓は羅維華達より鴨志田さんを選んだのかも知れない。

俺がそんな様子で、生徒達を見ていると、時間が迫っているのに余裕で歩いてくる3人組が合流する。
同じクラスの立花光希達だ。

「さっきの女、超美人だったよな~~」
「胸もデカかったし、あの胸に顔を埋めたいよな」
「確かに美人だった。ああいうお姉さんもいいかもな」

朝から女の話で盛り上がっている。
でも、あいつらの来た方向って聡美姉と別れた方角だったような。まさかな……

引率の先生が前に立ち大きな声を上げている。

『お~~い、集まれ~~集合だ』

先生方の指導でクラスごとに集まる生徒。
A~E組まである生徒達が一か所に集まってるのは壮観だ。

「小学生じゃあるまいし」
「集合とかダセーよな」

そんな文句が周りから聞こえてくる。
解散時間の午後2時半に、この場に再集合するという話をしている。
その間は自由行動だ。
後日、レポート提出もあるので、全くサボるわけにもいかない。

解散となった後、グループ同士で行動する人が殆どだ。
中には男女2人で仲良く話をしながら行動する人もいるらしい。

そんな男女を見て、周りの男子達は、

「う、羨ましい……」
「クソ~~リア充死ね!」

そんな事を言っている奴ばっかだ。
俺の周りにはこんな奴らしかいないのかと自分の人徳の無さを嘆く。

俺も美術館に行こうと、その方角に向けて歩き出すと、鴨志田さんが佐伯楓を連れだってやって来た。

「東藤君、私達と一緒に行こう」

そう声をかけてくれるのは、嬉しいのだが周りの視線が結構辛い。

「昨日は助かったよ。でも、良いのか?」

俺は鈴谷羅維華達を見る。
立花光希達と一緒に周るようだ。

「うん、大丈夫。いつかわかってくれるから」
「佐伯も良いのか?」
「結衣は何も悪くない。私だけは結衣と一緒にいる」

友達思いの人のようだ。
俺のせいとはいえ、鴨志田さんが女子の中で1人にならなくて良かったと安堵した。

「ついでにもう1人、いいか?」

俺の背後を通り過ぎようとした樫藤穂乃果のところに素早く移動してその手をとった。

「ほえ~~っ!」

変な喚き声を上げて俺に捕まった。
穂乃果は驚きと共に落胆してる。
捕まってしまった事がショックのようだ。

そんな様子を鴨志田さんはニタニタと佐伯さんは驚いて見ていた。





ウエノ美術館の側にある駐車場には、黒塗りの高級車数台を先頭に豪華なバスがやって来た。警備員は、頭を下げて確保していた駐車スペースに誘導していた。

バスが止まり、しばらくすると白来館女学院の制服に身を包んだ生徒達が20名ほど降りてきた。

黒塗りの車から降りていた黒いスーツ姿の男達は、既に周辺の警備にあたっている。

教師の誘導で女学院の生徒達が歩き出すと黒スーツの男達も歩き出す。
先頭に2名、それに続いて教師と生徒達、生徒達の左右に2名ずつ、そして後ろにも2名の黒スーツの男達が守護する形だ。

一般の人が見たら、さも驚くような光景だが、当の生徒達は慣れているのか楽しげに会話しながら歩いていた。

『目標地に到着時刻10:17分を予定』

先頭の1人の黒スーツが無線で連絡を入れている。
目的地である美術館でも相応の警備体制が引かれているようだ。

公園内を楽しげに歩く生徒達とは打って変わって、黒スーツの男の眼差しは厳しい。先頭の1人が、対抗して歩いてくる一般人を先立って上手く裁いている。

美術館が見えて来た。
美術館周辺を警備していた黒スーツ同士、眼で合図する。

一般客の入場が一旦、止められる。
文句を言う来館者もいるが、黒スーツの圧倒的な威圧感で口を閉じた。

そんな中、ふざけた様子で別の方向からやって来た若者がいた。
その者達は緑扇館高校の制服を着た男女6人組だ。
他にも緑扇館高校の生徒がいたが遠目に白来館女学院の生徒達を眺めていた。

ふざけながら目に出て来た生徒 新井真吾と南沢太一は、白来館女学院の生徒を見て歓声を上げた。

「マジ、あれ白来館女学院だよな」
「すげ~~モノホンのお嬢様だよ」
「見てみろよ。レベル高けーー!」

そこに立花光希が騒いでる2人に声をかけた。

「真吾も太一も静かにしろよ。黒スーツの奴らが睨んでるぞ」

黒スーツの者達は、ふざけた高校生など警戒するに値しないが、この騒ぎに乗じて奇襲される事を恐れていた。

白来館女学院の生徒でありながら、名家のお嬢様方を警護する者達もそれぞれ、警戒態勢に入っている。

そんな中、1人の黒スーツがふざけていた高校生の前に出る。

「申し訳ないのですが、しばらくお静かにお待ち下さい」

そう話したのは、女性の警護官だった。
背も高く凛とした立ち姿は、女性でも惚れるレベルだ。

「「わかりました……」」

騒いでいた高校生も静かになった。
白来館女学院の生徒は、守られながら美術館に入って行く。

立花光希は、ある1人の令嬢に目を奪われていた。
全くの勘違いなのだが、目が合った瞬間、彼女が微笑んでくれたからだ。

実際は、お付きの者が『緑扇館高校の生徒は動物園の猿みたいですね』と皮肉を言ったお付きの者のツンケンした姿がおかしくて令嬢は微笑んだだけなのだが……

そのお付きの者は遊佐和真里、そして令嬢の名は白鴎院百合子。

立花光希が一目惚れしてしまった人の名だ。


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