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3話 空白の玉座
しおりを挟むひとまずは混乱がおさまると、私は自室とやらに案内された……。
それがまた豪奢とか神聖とか、神々しいとか、目にした者からすればそんな言葉ばかりが脳裏に浮かぶ。とにかく呆気に取られる造りとなっていた。
まず部屋ではない。
端的に言うなら、広大な玉座の間だ。おそらくは2万人以上の人間が入れるぐらいの規模であり、広過ぎて呆れの溜息が出てしまう。
その最奥にある重厚な灰色の石でできた玉座は、背もたれが威容に分厚い。というのも、何十もの剣が突き刺さっているような造形が施されており、圧巻であった。巨大な石をその形にするためだけに削り、剣の一振り一振りが実在するかのように、細かいデザインの違いがある。
そして天井は吹き抜けになっているかと思えば、私が目覚めた部屋と同じくステンドグラスに似た色鮮やかに輝く――――透明度の高い宝石が板のように薄く伸ばされては、天井いっぱいに敷き詰められていた。
「いや、待って……あれは、そんな馬鹿なッ……」
思わずその光景に自分の目を疑ってしまう。
あれはまさしく【天光を透火する魔神石】と呼ばれる、様々な光を吸収し魔力を無尽蔵に生み出す貴重な鉱物だからだ。
3000年後の、今より遥かに魔導技術が進んだ時代であっても、あれの一粒で国が買えるほどの価値を持つ。そんな貴重な物を大量に、あんな贅沢に使うなど……言語道断。
そう叫び出したいところなのだけど、この空間が織りなす美しい景観から目が離せず、私の想いは胸に封じられるものとなる。
玉座までの道のりには、等間隔に配置された円柱が左右に続く。しかしそれもただの円柱ではなく、螺旋状に張り巡らされた大理石の塔みたいな構造物となっている。その芸術的な設計と計算の元、夜空に浮かぶ星々の光をたくみに取り入れては室内へ落とす。もちろん七色に光る【天光を透火する魔神石】によって厳かな魔力の粒子に昇華させられたものだから、玉座の間全体には幻想的な陰影が生みだされる。
決してうるさくはない配色。
まるで極彩色に煌めく、静寂の星降る玉座だ。
こんな場所は3000年後の栄華を極めた『魔導制アストラ合衆国』ですら、どこにもないと確信がもてる。
「ここが本当に私の部屋? 玉座の間の間違いじゃ?」
「我が君の第一の部屋にございます」
第一って、第二や第三があるってこと……。
「こちらが我が君の座すべき場、『百貴の神座』でございます」
この流れはやっぱり……。
ドM執事に促され、立派な玉座に腰を下ろしたものの……私のちんまくなった身体には、到底不釣り合いな程に玉座のサイズは大きかった。
「貴女様の元には、常に百の忠実なる『高貴なる血族』……『秩序の番人』がおります」
「は、はぁ……」
恭しく頭を垂れるドM執事を眺めながら、私は一つのとある仮説を立てた。
まず初めに聞こうと決めておいた質問を彼に投げかける。
「ここまで案内されておいて、あれなのだけど……君は一体、何者?」
「私ですか? 私、ニコラ・テスラは我が君のお目付け役です」
単なる歴史学者の身である私が、このような待遇を受けるのはありえない。
「誰の命令で私のお目付け役をしている?」
「我が君ご自身のご意思によるものです」
「私はそんなものは望んでいない」
「しかし、それが私に下された我が君の勅令でございます」
「そんな勅命を下した覚えはない……我が君というのは私の事で合っているの?」
「はい、我が君」
口では肯定しているものの、もしかすればドM執事の主君は複数という場合もある。
一方の主様の命令が私よりも、彼の中で比重が傾くというケースだ。
「他に君の、主に該当する生物……いや、存在はいるの?」
「いいえ。私の主君は至高にして究極の美姫、不浄にして不滅なる神殺しは貴女様しかおりません。ロザリア・ブラッディドール・ヴァルディエ・ロ・オブリス・ルクス様」
誰だ、それは。
歓喜に打ち震え、長ったらしい名前を朗読する彼の目は私を捉えて離さない。
私か? 私なのか!?
一旦は玉座から降り、右に動いて左に行っても、彼は私を見つめるばかり。これはもうアレだと観念し、大人しく玉座にちょこんと戻る。
「それが私の名か……?」
「はい。我が君」
「しかし、私はユーリ・イストリアという名前が……」
「…………左様でございますか。目覚めたばかりで、夢と現が混同しているのかもしれません。貴女様は正真正銘、ロザリア・ブラッディドール・ヴァルディエ・ロ・オブリス・ルクス様であります」
「……」
しばらくは無言を貫き、私は自分の思考をまとめようと努める。
「…………」
ええと、どういう事だ?
この状況は怖すぎない? どうして私が王様みたいな人物になってしまった?
無理無理の無理!
あぁ、とにかく落ち着くために何か飲み物でも口にして安心したい! そういえば私は、目覚めてから何も口にしてない事を思い出す。
「こちらを、どうぞ」
ふと喉に渇きを覚えれば、ドM執事が何を言わずとも飲み物を用意してくれた。
ワイングラスには真っ赤な果実水のような液体が入っており、見た目はちょっときつめだが、芳醇な香りが食欲をそそる。
ドM執事が渡す物を口にするのは危ないと思う反面、抗いがたい渇きに負けてワインのような飲料水を飲み干す。
「お、美味しい……」
喉を通る清涼感が私に安堵と冷静さを取り戻してくれる。
まだ物足りないと思えば、またもやドM執事がおかわりを持って来てくれた。なので私はワイングラスをくゆらし、玉座にもたれながら思考にふけった。
「……」
どうやら私は高貴な生まれであるようだ。
しかし、それも人族ではないように思える。ユーリ・イストリアであった時には感じなかった、無限とも深淵とも呼べるエネルギーが自分の奥底に蓄えられているのをひしひしと感じる。
おそらくは、自身に内包された圧倒的な魔力。人族の頃であった私に、魔法の才はからっきしだった。それが今では……自分の力が末恐ろしいと感じてしまう程の危機感を覚えている。万が一にもこの力が制御できなければ、実験を失敗した時のような大惨事を引き起こしかねない。いやそれ以上の被害を生み出してしまうかもしれない。
「そもそも……この時代では、これぐらいの力は標準なのか?」
誰に問うでもなく思考整理のために呟く。
この膨大な魔力が平均であるはずがない。むしろ2000年後の未来よりも、他種族が争いを繰り広げていた1019年では著しく魔力水準は低いはずだし、魔法技術は原始的だ。他種族が協力し合い、魔導の研究を進めていた3024年には到底及ばないはず。
個人が持つ魔力量の上限もそれに伴い、低かったはずだ。
「しかし……歴史とは、得てして改竄される場合もある……」
勝者による真実の隠蔽は当たり前で、『所詮は勝者が作った物語が歴史』と言う学友もいるほどだった。
どちらにせよ、まずは自身の能力を把握すべき。
概ね、なぜか自分の持つ力や権能は理解している。しかし、どうにもしっくりと来ない部分がある。まるで他人の身体を扱っているような、そんな感覚だ。
「まず、我が君がなさりたい事は、ご自分が保有する戦力の確認と分析ですね?」
すっかり思考の海に沈んでいた私を、現実という水面に救いあげたのはドM執事の声だ。内心を読むような発言もそうだが、さっきから目の前の執事はすこし気が利き過ぎる。
私が沈黙を内心で求めれば、言葉を必要とせずに口を閉ざす。必要と思った物は先回りして完璧に準備し、奉仕してくるのだ。
「待て――」
私は何者だ?
その質問を私が口にすることはなかった。
「我が君の種族名ならば、ございません……強いてお呼びするのであれば、【不死の姫】でしょうか?」
一早く私の問いに執事が答えた。異様なまでの先読み加減に猜疑心は膨らむばかりだが、それよりも気になる点が彼の口から発せられたので思わず聞き返してしまう。
「不死……?」
「はい。我が君は、寿命とは無縁の存在かと存じます」
「ははは…………そう、なのか? ……そう、だったな……」
不死だって? ありえないだろう。
そんな種族名は2000年後の様々な種族が共存していた【魔導制アストラ合衆国】の研究塔の資料にすら存在してない。そんな大それた種族であるならば、必ず歴史書に記録が残されているはず。
私の内心の混乱を知ってか知らずか、執事はゆっくりとその美麗なアルトボイスで私の事について説明し出した。
「我が君は、我らが【高貴なる血族】の【不死の姫】でございます――」
今の私は【高貴なる血族】という種族を束ねる存在らしく、臣下は幾万といるそうだ。城をいくつも所持しており、この世界の秩序を守るために君臨しているだとか……。それに加え、臣下たちの持つ権力も凄まじく、この大陸の5分の1を実質的な支配下に治めている勢力らしい。
【不死の姫】に続き、【高貴なる血族】なんてどの歴史書をひも解いても、そんな種族名はなかったはず。
だけれど彼の話を仮に信じるならば。
どうやら、私は過去の人物に転生したらしい。
もしくは何の因果か、精神と魂、記憶が2000年の時を遡り、この人物に定着してしまった。
冷静になればなるほど、その可能性は高いと判断する自分がいた。
なぜなら、心あたりがある。
死の直前、同僚であるフェニシアが放った炎。あれはおそらく、輪廻転生にまつわる魔法のように思えた。
しかしよりにもよって、憎むべき転生者に自分がなってしまうとは。
「いや……私はあいつらとは違う。同じでなるものか」
少なくとも私は地球からの転生者ではない。
彼らのように別世界から来た存在ではない。何の労力もなく、他者にもらった恩恵で、幸運にも強大な能力を手にした奴らとは違う。
私達の執念が、努力が、この機会を掴み取ったのだ。
「少し、一人にしてほしい」
内心で私の言葉がどれほどこの執事に効力を成すかビクビクしつつも、自分の要望をなるべく厳かに伝える。この変態が語る内容が真実なら、私はこの変態のれっきとした君主なのだから。
「かしこまりました。もし夜風に当たるのでしたら、そちらのテラスがよろしいかと存じます」
ドM執事は深々とお辞儀をし、広い玉座の間から出て行った。
私はそれから荘厳なテラスへ向かい、外の景色を見る。星々がこんなにも綺麗に見える夜があっただろうかと、感嘆の吐息をもらす。
夜も明るかった『魔導制アストラ合衆国』の都とはかけ離れた、見た事のない風景が広がっていた。
「2000年前、か……」
今、私がいる時代は、私達が転生者の侵略に抵抗していた時より2000年も前。
気の遠くなるような話だけれど……私は嬉しかった。
これなら救える。
「守ることが叶わなかった……両手からこぼれ落ちた多くの命を拾える」
夜天を再び見上げ、そっと息を吐く。
このまま2000年の時を生き永らえ、来たる転生者に備えれば、悪夢の未来を回避することができると。
気の遠くなるような話だ。
でも、それでも。
この決意が滅びの道を歩むことになるとしても……。
「……やりぬいてみせる」
頬をゆっくりと流れ落ちる、この涙に誓う。
家族を、学友を、戦友を、研究仲間を守れる未来を必ず築くと。
地球からの転生者、転移者の脅威を跳ねのけるだけの力を手にすると。
かすかに漂う不快な匂いに顔をしかめ、私は夜空を睨み続けた。
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