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二十六話 ドラゴンの生態とカワヒロの生態
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この島では漁師が真面目にリヴァイアさんと呼ぶまさかの巨大ナマズにあやかって漁をしている。
そいつは特殊な超音波で魚群を誘って食らう。
人はリヴァイアさんに食われないよう距離を置いてお裾分けを頂く。
でも獲りすぎると怒りを買い船を破壊されて海に放り出されるらしいので、彼に向かって野菜や果物を放り投げる。
その昔から続く潮の花舞う伝統を僕達は目に見て体感した。
船は荒波で激しく上下に揺れるし波しぶきでビチョビチョになるし海風に凍えるしで記憶はほとんどない。
花屋敷さんみたいに涙を流すほど船のスリルにビビったり、間近で口を開けるリヴァイアさんにビビったりしてた訳ではない本当に。
逆瀬川ちゃんが誰より興奮してもはや別人のようになって叫んでいたのと、百日紅の羽が失われたのと、たくさんの漁船が集まって競争するお祭り騒ぎが圧巻だったのは忘れられない。
明くる朝は七時、起きるのが辛かった。
昨夜、僕と花屋敷さんと逆瀬川ちゃんとで集まって昨日一日の体験を議論したのだが、まあ真面目な二人の話が盛り上がって長いこと。
担任の先生に与えられた課題なんて早く終わらせてしまおうと考えていたのに日を跨ぐまで続いた。
やっと解散して、百日紅の死体みたいに眠る姿をぼんやり眺めて僕は二時過ぎに寝落ちした。
「ん?羽が復活してる」
「いま起きたら枕元にあった。ほんま良かったわ」
「クリスマスプレゼントかよ」
また気持ち悪い怪奇現象発生。
余計に寝覚めが悪い。疲れで体も怠い。
それでも僕は元気だ。
「何や元気やね」
「当たり前だろう。今日はドラゴンの実習なんだ!」
僕はドラゴンの実習が一番、大好きだ。
初めて実習を行う日の前夜も興奮して眠れなかったっけ。
火山の中腹に奥が知れないほど広大な乳白色の温泉がある。
そこへ待っていたかのようにドラゴンは空から現れた。
鋭い翼を羽ばたかせて湯気の中へ降り立つ巨影に僕は息を飲んだ。
風圧で湯気が散り、全貌が明らかになる。
黒に近い深緑のゴツゴツした体躯、深紅の瞳、白銀の爪。
一目見て世界が変わった。
僕という存在は今度こそ、この瞬間にこそ、空想の世界に息づいた。
感動の最中にドラゴンが口を開く。
ドラゴンはモンスターの中で唯一、自由意思で人語を話すことが出来る。
でも僕は驚かなかった。
「君は異世界からの転生者か?」
ドラゴンは初めに僕に向かってそう聞いた。
僕は拳を握りしめて答えた。
「ああ。俺はお前を求めて次元を越えて来た」
ドラゴンはニヤリと笑って僕に迫った。
一歩踏みしめる度に大地が怯えるように震える。
しかし、僕は恐れない。
「この姿を見ても動じぬとは大した度胸だ」
ドラゴンは大声を上げて笑った。
空気が悲鳴をあげて逃げたが僕は逃げない。
「面白い。今日は楽しくなりそうだ」
「望むなら、とことん楽しませてやるよ」
初めての実習後、僕はドラゴンと空を飛んで心ゆくまで楽しんだ。
とっても楽しかった。
また遊びたいなと思った。
「あん時めっちゃ悲鳴あげて怖がってたのに」
「言うなって。安全装備も何もなしにドラゴンの背中に捕まって空を飛べば、誰だってそうなる」
「でも自己責任て言われたのによう乗ったやん。男前やったで」
「そうだろう」
「見て。あの人が持ってるフランスパンみたいなん美味しそう」
「おいこら。お前は本当に食いしん坊だな」
僕達は旅館を出るとボートに乗った。
町にはターコイズブルーの湯の川が流れていて、ボートが主な交通手段となっている。
湯気に妨げられない光を放つ信号機までちゃんとあった。
それに乗って火山の麓へ向かう道中、僕はパンなぞに現を抜かす百日紅とは違って、ドラゴンとまた遊覧飛行出来たらなと夢を馳せていた。
この世界にドラゴンと飛行する人なんていやしない。
なぜなら、ドラゴンは神聖なモンスターのうち最上位と言える存在だからである。
「ドラゴンは生き物が平穏に暮らすに欠かすことの出来ない存在なのだ」
僕達の担任であり福祉の授業を担当しているインプ先生の教え。
インプ先生と心の中で呼ぶのは、決して愚弄している訳ではなく、剥き出しの目と鋭い歯が小悪魔っぽい特徴だから安直に思ったに過ぎない。
とっても優しい先生は授業で、ドラゴンと人、そしてこの惑星との関係を続けて教えてくれた。
「ドラゴンは惑星のエネルギーを調整する役割を持っており、呼吸をするようにエネルギーを吸収するのだ」
そのおかげで、人も、他の生物も平穏に暮らすことが出来る。
過去に大地震や大噴火の歴史が各地にあったことがドラゴンから人へ語られている。
あまねく命を守るために我々は生まれたのだと彼らは語ったという。
やがてドラゴンは神格化され、強く信仰する人達が集まり、人の住まぬ厳冬の極地に人が暮らすようになった。
というわけで、ドラゴンのトリミングは究極に重要な奉仕活動となる。
行う側も失礼のないよう相応の心構えで臨まなければならない。
「緑ヶ丘さん。ドラゴンはどう誕生するのか答えてください」
緑ヶ丘恵さん。
恋人募集中のお姉さん。
が、背も低く幼い雰囲気のお姉さんなので、僕のストライクゾーンからはギリギリ外れてしまい彼氏として立候補することはなかった。
ところで彼女は、とても親切で面倒見がよく、しかも頭がいい。
一年生の時は試験前、彼女を頼るクラスメイトの姿を多く見た。
僕は情けなくも恥ずかしく頼れなかった。
しかし、このドラゴンの実習授業では何度も助けてもらった。
「ドラゴンは惑星の核から奇跡的に誕生します」
「正解。彼らは求められる時に核から生まれ、大地のエネルギーを吸収して育つ。どこかの火山で前触れなく姿を現すとそこに住まい、命果てるまでその土地を鎮守するのだ」
ドラゴンの話は最も神秘性が高くふわふわしている。
彼らは多くを語らず、人も多くを知ろうとしないためだ。
不可侵を守ることでドラゴンへの信仰心は強くなる。
「さっそく実習を始めたいところですが……」
時を戻そう。
僕達は火山の麓でボートからトロッコ列車に乗り換えてのんびりと斜面を登った。
そして終着駅から少し歩いて、溶岩に囲まれた厳かな神社の境内を抜けて、いつもの広大な温泉に到着した。
毎度のこと片道で四十分くらいかかる。
日頃お世話になっている旅館からボート、ボートからトロッコ列車、終着駅から神社、その境内を抜けてやっと到着。
と次元を越えて移動が可能なフェアリーサークルがあってもここまで面倒なのは、ここがドラゴンのお膝元で聖域だからだ。
見上げると煙を吐く火口がすぐそこにある。
「みなさん。大変申し上げにくいのですが……」
集合したみんなを待っていたドラゴン実習の先生が、開口してすぐに言い淀む。
先生は眼帯をした恰幅のよいご老人なので、僕はサイクロプス先生と心の中で呼んでいる。
彼は遅刻なんて言葉を神聖なドラゴンに対して扱いたくないのだろう。
次に待機してくださいとだけ命じて、何となく察した僕達は素直に従って屋内で談話することにした。
温泉の側に建てられた実習を行う建物は、まるで飛行機の格納庫のよう。
休憩する部屋は二階にある。
それにしてもドラゴンが遅刻するのは珍しく、この時が最初で最後だった。
いつもは温泉の側で腹を見せてだらしく寝ていたり、サイクロプス先生と仲良く談笑していたり、時にはラスボス然と険しい顔で待ち構えていたりする。
彼には少し茶目っ気があった。
「百日紅さんお久しぶりです。お元気ですか?」
「うん!元気やで!えーと」
「私は緑ヶ丘恵です。改めてよろしくお願いします」
「よろしくね!」
「私は、ファイナルクライマックスヨシコです」
「ヨシコさんも覚えた!よろしくね!」
「私は」
「愛姫紗綾香さん!」
「私のことは覚えていてくれたんですね」
「むふふ、川大くんにとって特別な人やからね」
百日紅の口をアチアチ温泉卵で塞いでやりたいところだが、多目に見て許してやろう。
なにせ彼女のおかげで、僕は美女三姉妹に囲まれているのだ。
「川大くんは、今も紗綾香のことが好き?」
ファイナルクライマックスヨシコさんはいつもファイナルクライマックス状態だ。
旦那さんとラブラブな生活を順風満帆に送って常にハイテンション。
幸せの爆発が止まらないらしく、大人に見えて子供みたいに悪戯好きで、僕を何度と悩ませる。
昨日の夕食で紗綾香さんの隣に僕が座るようセッティングしたのはヨシコさんだって気付いているその節はありがとう。
「勘違いしないで。あくまで友達としてだよ?」
ヨシコさんの追い打ちに僕が答えるより早く紗綾香さんが答える。
それは意外な答えで、僕は君に溺れてのぼせそうになった。
「好きだよ」
悪戯な笑みを添えた一言で間欠泉が噴き出したように場が盛り上がった。
紗綾香さんはノリがいい。
というか人が良過ぎる。
決して僕が傷付かないようにいつだって心掛けてくれている。
おとこというのはそんなことをされたらますますすきになってしまうものでぼくはすとーかーになんてなりたくないしなるつもりはとうぜんなくおともだちとしてこれからもなかよくできたらそれでいいとおもっているわけでありまして。
「でも最近は紗綾香さんの話、ちいともせえへんのよ」
たまーについ話しちゃったせいで痛いしっぺ返し。
お母さん気取りの百日紅がまた余計なことを言った。
やっぱりアチアチ温泉卵でその口を塞いでやりたい。
「百日紅さん、それは複雑な男心ですよ。ね、川大くん」
緑ヶ丘さんのあどけないウィンクに思わず胸キュンしてしまった。
うむ。
眼球が弾け飛びそうなほど魅力的なのは間違いない。
「川大くんとしては男らしく諦めたい。でも、こうして会う度に紗綾香に心を惹かれてしまうのです。それでも、男だからこそ、誰にも打ち明けることは出来ない。彼にもプライドがあるから、グッと我慢しているのです。んー青春ですなあ」
「そういうことやったんか」
そういうことだからやめてほしい。
緑ヶ丘さん今日は絶好調の様子。
誰か止めてくれ。
「やめなさい恵。他人が言うことじゃないよ」
ヨシコさんはニヤニヤしながら楽しそうに言う。
まったく説得力がない。
「で、実際はどうなの?」
ほらまた茶化す。
「二人ともそこまで。彼も困ってるし、私は怒りますよ」
紗綾香さんは怒った風に注意した。
その演技がまた可愛らしい。
「あれ、川大くん楽しそうやね」
気付いたか我が眷族よ誉れ高いぞ。
僕は正直言って、いま不快ではない。
むしろ浮わつくほど嬉しい。
この感じこの雰囲気。
「楽しい。まさに青春って感じで」
三人とも微笑んでくれた。
ほっと一安心する。
ぽかぽかしてふわふわする春うらら、僕はそんな青春をずっと望んでいた。
フラれたことは辛いけど、まだ女々しく引きずってたりするけど、不思議と幸せな気持ちで胸いっぱいだ。
叶わない恋でもいい。
卒業まで片想いを全力で楽しもうと約束した。
そいつは特殊な超音波で魚群を誘って食らう。
人はリヴァイアさんに食われないよう距離を置いてお裾分けを頂く。
でも獲りすぎると怒りを買い船を破壊されて海に放り出されるらしいので、彼に向かって野菜や果物を放り投げる。
その昔から続く潮の花舞う伝統を僕達は目に見て体感した。
船は荒波で激しく上下に揺れるし波しぶきでビチョビチョになるし海風に凍えるしで記憶はほとんどない。
花屋敷さんみたいに涙を流すほど船のスリルにビビったり、間近で口を開けるリヴァイアさんにビビったりしてた訳ではない本当に。
逆瀬川ちゃんが誰より興奮してもはや別人のようになって叫んでいたのと、百日紅の羽が失われたのと、たくさんの漁船が集まって競争するお祭り騒ぎが圧巻だったのは忘れられない。
明くる朝は七時、起きるのが辛かった。
昨夜、僕と花屋敷さんと逆瀬川ちゃんとで集まって昨日一日の体験を議論したのだが、まあ真面目な二人の話が盛り上がって長いこと。
担任の先生に与えられた課題なんて早く終わらせてしまおうと考えていたのに日を跨ぐまで続いた。
やっと解散して、百日紅の死体みたいに眠る姿をぼんやり眺めて僕は二時過ぎに寝落ちした。
「ん?羽が復活してる」
「いま起きたら枕元にあった。ほんま良かったわ」
「クリスマスプレゼントかよ」
また気持ち悪い怪奇現象発生。
余計に寝覚めが悪い。疲れで体も怠い。
それでも僕は元気だ。
「何や元気やね」
「当たり前だろう。今日はドラゴンの実習なんだ!」
僕はドラゴンの実習が一番、大好きだ。
初めて実習を行う日の前夜も興奮して眠れなかったっけ。
火山の中腹に奥が知れないほど広大な乳白色の温泉がある。
そこへ待っていたかのようにドラゴンは空から現れた。
鋭い翼を羽ばたかせて湯気の中へ降り立つ巨影に僕は息を飲んだ。
風圧で湯気が散り、全貌が明らかになる。
黒に近い深緑のゴツゴツした体躯、深紅の瞳、白銀の爪。
一目見て世界が変わった。
僕という存在は今度こそ、この瞬間にこそ、空想の世界に息づいた。
感動の最中にドラゴンが口を開く。
ドラゴンはモンスターの中で唯一、自由意思で人語を話すことが出来る。
でも僕は驚かなかった。
「君は異世界からの転生者か?」
ドラゴンは初めに僕に向かってそう聞いた。
僕は拳を握りしめて答えた。
「ああ。俺はお前を求めて次元を越えて来た」
ドラゴンはニヤリと笑って僕に迫った。
一歩踏みしめる度に大地が怯えるように震える。
しかし、僕は恐れない。
「この姿を見ても動じぬとは大した度胸だ」
ドラゴンは大声を上げて笑った。
空気が悲鳴をあげて逃げたが僕は逃げない。
「面白い。今日は楽しくなりそうだ」
「望むなら、とことん楽しませてやるよ」
初めての実習後、僕はドラゴンと空を飛んで心ゆくまで楽しんだ。
とっても楽しかった。
また遊びたいなと思った。
「あん時めっちゃ悲鳴あげて怖がってたのに」
「言うなって。安全装備も何もなしにドラゴンの背中に捕まって空を飛べば、誰だってそうなる」
「でも自己責任て言われたのによう乗ったやん。男前やったで」
「そうだろう」
「見て。あの人が持ってるフランスパンみたいなん美味しそう」
「おいこら。お前は本当に食いしん坊だな」
僕達は旅館を出るとボートに乗った。
町にはターコイズブルーの湯の川が流れていて、ボートが主な交通手段となっている。
湯気に妨げられない光を放つ信号機までちゃんとあった。
それに乗って火山の麓へ向かう道中、僕はパンなぞに現を抜かす百日紅とは違って、ドラゴンとまた遊覧飛行出来たらなと夢を馳せていた。
この世界にドラゴンと飛行する人なんていやしない。
なぜなら、ドラゴンは神聖なモンスターのうち最上位と言える存在だからである。
「ドラゴンは生き物が平穏に暮らすに欠かすことの出来ない存在なのだ」
僕達の担任であり福祉の授業を担当しているインプ先生の教え。
インプ先生と心の中で呼ぶのは、決して愚弄している訳ではなく、剥き出しの目と鋭い歯が小悪魔っぽい特徴だから安直に思ったに過ぎない。
とっても優しい先生は授業で、ドラゴンと人、そしてこの惑星との関係を続けて教えてくれた。
「ドラゴンは惑星のエネルギーを調整する役割を持っており、呼吸をするようにエネルギーを吸収するのだ」
そのおかげで、人も、他の生物も平穏に暮らすことが出来る。
過去に大地震や大噴火の歴史が各地にあったことがドラゴンから人へ語られている。
あまねく命を守るために我々は生まれたのだと彼らは語ったという。
やがてドラゴンは神格化され、強く信仰する人達が集まり、人の住まぬ厳冬の極地に人が暮らすようになった。
というわけで、ドラゴンのトリミングは究極に重要な奉仕活動となる。
行う側も失礼のないよう相応の心構えで臨まなければならない。
「緑ヶ丘さん。ドラゴンはどう誕生するのか答えてください」
緑ヶ丘恵さん。
恋人募集中のお姉さん。
が、背も低く幼い雰囲気のお姉さんなので、僕のストライクゾーンからはギリギリ外れてしまい彼氏として立候補することはなかった。
ところで彼女は、とても親切で面倒見がよく、しかも頭がいい。
一年生の時は試験前、彼女を頼るクラスメイトの姿を多く見た。
僕は情けなくも恥ずかしく頼れなかった。
しかし、このドラゴンの実習授業では何度も助けてもらった。
「ドラゴンは惑星の核から奇跡的に誕生します」
「正解。彼らは求められる時に核から生まれ、大地のエネルギーを吸収して育つ。どこかの火山で前触れなく姿を現すとそこに住まい、命果てるまでその土地を鎮守するのだ」
ドラゴンの話は最も神秘性が高くふわふわしている。
彼らは多くを語らず、人も多くを知ろうとしないためだ。
不可侵を守ることでドラゴンへの信仰心は強くなる。
「さっそく実習を始めたいところですが……」
時を戻そう。
僕達は火山の麓でボートからトロッコ列車に乗り換えてのんびりと斜面を登った。
そして終着駅から少し歩いて、溶岩に囲まれた厳かな神社の境内を抜けて、いつもの広大な温泉に到着した。
毎度のこと片道で四十分くらいかかる。
日頃お世話になっている旅館からボート、ボートからトロッコ列車、終着駅から神社、その境内を抜けてやっと到着。
と次元を越えて移動が可能なフェアリーサークルがあってもここまで面倒なのは、ここがドラゴンのお膝元で聖域だからだ。
見上げると煙を吐く火口がすぐそこにある。
「みなさん。大変申し上げにくいのですが……」
集合したみんなを待っていたドラゴン実習の先生が、開口してすぐに言い淀む。
先生は眼帯をした恰幅のよいご老人なので、僕はサイクロプス先生と心の中で呼んでいる。
彼は遅刻なんて言葉を神聖なドラゴンに対して扱いたくないのだろう。
次に待機してくださいとだけ命じて、何となく察した僕達は素直に従って屋内で談話することにした。
温泉の側に建てられた実習を行う建物は、まるで飛行機の格納庫のよう。
休憩する部屋は二階にある。
それにしてもドラゴンが遅刻するのは珍しく、この時が最初で最後だった。
いつもは温泉の側で腹を見せてだらしく寝ていたり、サイクロプス先生と仲良く談笑していたり、時にはラスボス然と険しい顔で待ち構えていたりする。
彼には少し茶目っ気があった。
「百日紅さんお久しぶりです。お元気ですか?」
「うん!元気やで!えーと」
「私は緑ヶ丘恵です。改めてよろしくお願いします」
「よろしくね!」
「私は、ファイナルクライマックスヨシコです」
「ヨシコさんも覚えた!よろしくね!」
「私は」
「愛姫紗綾香さん!」
「私のことは覚えていてくれたんですね」
「むふふ、川大くんにとって特別な人やからね」
百日紅の口をアチアチ温泉卵で塞いでやりたいところだが、多目に見て許してやろう。
なにせ彼女のおかげで、僕は美女三姉妹に囲まれているのだ。
「川大くんは、今も紗綾香のことが好き?」
ファイナルクライマックスヨシコさんはいつもファイナルクライマックス状態だ。
旦那さんとラブラブな生活を順風満帆に送って常にハイテンション。
幸せの爆発が止まらないらしく、大人に見えて子供みたいに悪戯好きで、僕を何度と悩ませる。
昨日の夕食で紗綾香さんの隣に僕が座るようセッティングしたのはヨシコさんだって気付いているその節はありがとう。
「勘違いしないで。あくまで友達としてだよ?」
ヨシコさんの追い打ちに僕が答えるより早く紗綾香さんが答える。
それは意外な答えで、僕は君に溺れてのぼせそうになった。
「好きだよ」
悪戯な笑みを添えた一言で間欠泉が噴き出したように場が盛り上がった。
紗綾香さんはノリがいい。
というか人が良過ぎる。
決して僕が傷付かないようにいつだって心掛けてくれている。
おとこというのはそんなことをされたらますますすきになってしまうものでぼくはすとーかーになんてなりたくないしなるつもりはとうぜんなくおともだちとしてこれからもなかよくできたらそれでいいとおもっているわけでありまして。
「でも最近は紗綾香さんの話、ちいともせえへんのよ」
たまーについ話しちゃったせいで痛いしっぺ返し。
お母さん気取りの百日紅がまた余計なことを言った。
やっぱりアチアチ温泉卵でその口を塞いでやりたい。
「百日紅さん、それは複雑な男心ですよ。ね、川大くん」
緑ヶ丘さんのあどけないウィンクに思わず胸キュンしてしまった。
うむ。
眼球が弾け飛びそうなほど魅力的なのは間違いない。
「川大くんとしては男らしく諦めたい。でも、こうして会う度に紗綾香に心を惹かれてしまうのです。それでも、男だからこそ、誰にも打ち明けることは出来ない。彼にもプライドがあるから、グッと我慢しているのです。んー青春ですなあ」
「そういうことやったんか」
そういうことだからやめてほしい。
緑ヶ丘さん今日は絶好調の様子。
誰か止めてくれ。
「やめなさい恵。他人が言うことじゃないよ」
ヨシコさんはニヤニヤしながら楽しそうに言う。
まったく説得力がない。
「で、実際はどうなの?」
ほらまた茶化す。
「二人ともそこまで。彼も困ってるし、私は怒りますよ」
紗綾香さんは怒った風に注意した。
その演技がまた可愛らしい。
「あれ、川大くん楽しそうやね」
気付いたか我が眷族よ誉れ高いぞ。
僕は正直言って、いま不快ではない。
むしろ浮わつくほど嬉しい。
この感じこの雰囲気。
「楽しい。まさに青春って感じで」
三人とも微笑んでくれた。
ほっと一安心する。
ぽかぽかしてふわふわする春うらら、僕はそんな青春をずっと望んでいた。
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