寝起きでロールプレイ

スイカの種

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第一章

第51話 重体

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 寝ていたベッドに介護用ベルトでガッチリ拘束された俺は、二百人近い人が整列するだだっ広いホールの中心をガラガラと搬送される。
 少し背もたれを高く上げてあるので、周囲の人が目ん玉ひん剥いているのが分かる。
 頭は固定されてるので、リアクションが取りにくい、穴があったら入りたいくらい恥ずかしいのだが、目を瞑るしか逃げ道が残されていない。

 大丈夫、俺は恥ずかしくない。
 恥ずかしくない、恥ずかしくない。

「ぷっ」

 誰かが噴き出した。
 顔が真っ赤になり、汗がぶわっと噴き出す。
 向き合わせでベッドを押しているノリユキは気付いて恥ずかしがって下を向いているが、つつみちゃんはドヤ顔で満面の笑みだ。
 大丈夫。
 痛くも痒くもない。
 今までしてきた怪我に比べれば、何のダメージも無い・・・はずだ。
 少し、胃がひっくり返りそうに気持ち悪いが、大したことではない。
 さっき吐いたし。胃はすっからかんだ。大丈夫。

「おぇ」

 我慢できなくて嘔吐いた。
 これ、吐いたら気管に詰まらないか?
 つつみちゃんが、慌てて、頭と胸のベルトを外し始め、周囲に立っていた制服組も手伝う。
 俺が吐いて窒息死するところなど、誰も見たくないだろう。
 グダグダのまま、スミレさんたちの前にやってきた。

「さて、役者も揃ったようなので、説明始めるわね」

 見なかったことにするらしい。大人の余裕だ。

「皆、聞いてると思うけど。熊谷は今、新都心派の手に落ちたわ」

 圧が高まる。
 スミレさんの隣でベッドにいるのだが、方々から怒りの気迫が飛んでくる。

「熊谷と籠原の開発計画に携わっていたチームには残念だけど、今回は涙を呑んでもらいます」

「代表!報復はしないのか!」

 一斉にブーブー始まるが、スミレさんが手を上げて抑える。

「熊谷はほどほどに発展するでしょう。もしかしたら、近い未来、わたしたちがまた関わる機会もあるかもしれない」

 皆を見回し、一呼吸置く。

「鈴木君、何で熊谷は急速に発展しているのかしら?」

 一番前で、プルプルと怒りに震えていた若いスーツに質問が飛ぶと、一瞬自分だと気付かなかったのか、スミレさんと目が合ってから苦しそうに答えた。

「っと、ファージ関連企業の誘致です」

「そうね」

 今この場にシナリオは無いのだろうが、スミレさんは人前で話すのにかなり慣れていた。
 この二百人からの怒りをモノともしないでゆったり話している。
 ぶっちゃけ、俺は少し息苦しく、四百以上の眼からの熱い視線に圧迫感を感じる。
 只の、ライヴハウスのマスターじゃ無い事は、あの熊谷市役所の地下で駅長と話していた時に、なんとなく察していたが、一連の流れを見るに、サン=ジェルマンの時もファージによるデータサルベージに関わっていたのではないだろうか。
 さらりと物事を進める手腕、異様に広い伝手、このバカげた資金力、料理も上手い。最強かよ。
 たぶん、前回の経験を生かして、穏便に進めたかったのだと思う。
 でも、あのライヴ前につつみちゃんの所でサワグチがコンタクトを取った事により、変更を強いられた。それが本当かどうかは兎も角。
 自宅を爆破されても何とも思ってなかったみたいだし、襲撃はある程度予想されていたのだろう。
 俺が冷や汗かいていたのを見かねたのか、顔の周りにだけ冷風が当たり始めた、心地いい。
 声出したらまた吐きそうだ、挨拶しろとか言われたらファージ起動して体内弄ってしまって良いかな。
 いまここで許可取るのもなんだし、話振られたら確認取ろう。

「前回の反省を踏まえ、都市自治法に冷凍睡眠者保護法が出来た訳だけど、第一発見者とその所属都市に優遇される形が問題視され、実際、かなりの施設が早い者勝ちで破壊され、多くのスリーパーが無理矢理起されて死亡したわ」

 半分、俺に聞かせてる感じだな。

「幸い、籠原の施設は、ファージが濃すぎて完全破壊を免れたけど、危険すぎて常駐は置けなかった。うちの者が偶々第一発見者となった訳だけど」

 と、そこでつつみちゃんを見る。
 只の音楽大好きハーフエルフじゃなかったのか。
 んでも、初めて会ったあの時も、その後暫くの対応も、仕事って感じでも無かったよな?

「その執念は皆も知ってるわね」

 つつみちゃんが、恥ずかしそうにもじもじしている。

「・・・私たちは、もう二度と失敗はしない」

 スミレさんが声色を変え、急にドスを効かせる。
 息をのみ、居住まいを正す者が多い。

「戦争?報復?出来るでしょう。当然勝つでしょう」

 目を瞑り、深呼吸している。

「それは些事であり、力を入れて取り組む本質ではないわ。わたしたちはもっと先を見なければならない」

 皆が、俺を見ている。
 この為に連れてきたのか?
 でも、どうつながるんだ?

「この会社に入るとき、皆に聞いたわね。それは基本であり、本質。
 ・・・さぁ、以上よ。持ち場に戻って」

 ほぼほぼ、納得した顔で退出していく。
 どこにいたのか、金属袋がつつみちゃんとスミレさんとぼそぼそ話しているが、遠くて良く聞こえないな。興味あるけど、もう駄目。
 おい犬。じゃなかった。

「ノリユキ。俺もう寝たいんだ」

「うん、お疲れ」

 限界だ。



「長い会議が始まるのかと思ったけど、すぐ終わったな」

 俺は男子トイレで、ノリユキと連れションしている。
 オフラインのポッドが空いてないからという理由で一般病棟にいる俺は、この後、地獄の点滴三リットルが待っている。
 医者が”どうせ君は人類で一番頑丈だろう”と宣った。
 たぶん、医療ポッドのオフライン化が面倒なのか、俺のハッキングが怖いのだろう。
 尿瓶も尿道カテーテルも嫌だ!
 なので、なるべく減らしておく。
 まだ貧血が酷く、目の前がチカチカするが、緊張が解けた為か、吐き気は収まった。

「あーん。なんだっけな?よくボスが言ってるけど、”言いたい事は的確に、伝えたいことは正確に”ボスはゆとりは好きだけど、無駄が大嫌いなんだよ」

「集まる必要あったのか?」

「ボーイがそれ言う?」

 あ、やっぱ俺がキーマンだったのか。

「生体接続者を押さえてれば、そこが世界の中心だ。今の世界は、そこを中心に回っている」

 俺のチ〇コ指すなよ。
 リアルでそのセリフを聞くとは思ってもみなかった。

「まぁ、そうアピールしておきたいってのが本音だけどね」

 俺は社員に対する、サワグチの件の隠れ蓑か。全く話出てなかったな。

「フィフィが重症だから色々まだだけど、動けるようになったらボーイも一緒に会ってもらうんじゃない?」

 そういや、見てないな。
 他のメンバーたちの安否、聞いてないわ。

「ソフィアはどんな状態なんだ?」

 狼男は肩を貸そうと手を出してきたが、断って自力でベッドに戻る。
 またベッドを押してもらう。通りすがりの窓から見える機械式駐車場の骨組みがおもちゃみたいだ。地表面は十メートル以上の厚みがある地盤のはずだが、透けて上のビルと空が見えている。見えてるのがスクリーンで、上に有ったモニュメントがカメラだったのか?
 いや、カメラは庭に埋まっているのか?
 はめ込み映像か?
 無駄に考えてしまう。後で聞こう。

「足が焦げて炭化してた。後半、ファージでマリオネットしてたらしいよ?」

 鬼気迫るな。そこまでして踊りたかったのか。



 翌日会ったソフィアは、まだ車椅子だった。

「普通ね、こんがり逝ったら、治っても痛くて動けないのよ」

「発痛物質除去すればいいじゃんか」

「一般人はねぇ!それやると脳が誤作動起して後遺症がでるの!」

 ハハハ。自分が一般人みたいにおっしゃる。

「なら俺も誤作動起きてんのか?」

 怖いから神経は弄ってないんだけど、どうなんだろ?

「さぁね。解剖されてみれば分かるんじゃん?」

 一瞬、有りかなとか思った。
 俺が黙り込んだのを勘違いして、あたふたしているが、面白いから放って置こう。

 ここは、スミレさんの別邸。
 大宮にある二ノ宮地所本社の地下百二十メートルに建設された大宮データセンター。いやそれは語弊があるか。
 入口があるのが地下百二十メートル。
 地下三百二十メートル付近に設置された五万キロワット級の超小型窒素冷却式融合炉を中心に、ファージの冷却保管庫を兼ねる日本有数の情報集積地だ。
 ファージ分布は、多すぎても、少なすぎても支障をきたす。
 その北関東近縁の都市におけるファージ含有率は大宮で集中管理されている。
 集中管理と聞くと危険にも思えるが、衛星通信網もケーブル通信網も機能マヒしているので、長距離ミサイルの使用が難しい現在、テロ、事故、人材確保の観点から、分散させた方がリスクとコストが高くつくという現実があった。
 可住区域は、地表から二百メートルくらいまでで、今俺がいるのは、比較的地表に近い、地下七十メートル、階高四メートルとすると・・・。つまり、地下の入口から十三階の位置にいるな。
本社ビルの直下は機械式立体駐車場、南側は巨大な収集センターになっていて、二ノ宮グループの流通も一部管理している。
 古来より、インフラと情報を押さえた者が世界を制すると言われているが、現代においてその最たるシネマティックファージのコントロールを引き受けてる中の一つと言えば、規模も分かるだろう。
 島争いなど、スミレさんたちにとっては本当に些事なんだと、規模を聞かされて思う。

 俺が起きてた当時、世界を支配し、動かしていくには百京円必要だと言われていた。
 当時の誰にも不可能な金額だ。
 三世紀前の二ノ宮グループは、元々は不動産で小規模な街づくりを提案する程度の中規模の会社だった。
 文明崩壊のどさくさで世界各地に大量の土地を手に収め、そこを足がかりに地域インフラに食い込んでいった。
 不動産だけでなく、様々なノウハウを蓄積していった会社は、二百年前、シネマティックファージの出現と共に世界が混乱する中、一挙にインフラの掌握にかかる。
 そしてそれは他の追随を許さず成功してしまった。
 世界インフラに名乗りを上げたアジアの島国の一企業に、当然欧州連合は良い顔をしない。
 世界経済は自分たちの為にあるという自負があるからだ。
 黄色い猿に大きい顔をさせるな、動物園で見世物で有難がられるくらいで十分だ。と。長年に渡りありとあらゆる手段で妨害があったらしい。
 面白いのは、この時の対立は歴史に出てこないという点だ。
 この辺り、ラグランジュ点関連の戦争にも密接に関わってくるのだが、今は良いだろう。
 表面的に、どことどこで戦争があった。紛争があった。会社が潰れた。買収があった。誰それが病気や事故で亡くなった。
 その裏で動く金、流れた血はどれほどだったのか。
 結局、欧州連合は見下していた黄色い猿とファージに負けた。
 既存勢力の拡張に意識を裂きすぎ、新分野に食い込めなかった。
 マーケットは変わり、変化に対応できなかった、いや、対応させてもらえなかった欧州連合は、老人会の愚痴の場としてしか機能せず、つい十数年前に解体された。
 この時、牽引したのが、日本の四大財閥、二ノ宮、貝塚、月極、天原だ。
 二ノ宮と貝塚は、世代によって、仲が良かったり悪かったりしたそうだ。
 今の世代は・・・、あの車中を思い起こせばなんとなく想像はつく。

 いやちょっと待て。スミレさんも世界財閥解体の当事者なんじゃ?!

「いつもぼーっとしてるけど。聞いてるの?」

 ソフィアがお冠だ。

「フィフィ。絡むの止めて」

 つつみちゃんも少々機嫌が悪い。

「カルシウム剤いるか?」

 メタルザックは、・・・こいつ何でカルシウム剤持ち歩いてんの?

「いるのはヒマリちゃんだろ?」

 俺たちは今、大勢の医療スタッフに囲まれた、肉の詰まったポッドの前で頭を捻っている。ドラムの二人と金属頭の取り巻きはいない。別行動だそうだ。

「アンドロゲンの生成が足らなかったんだろう?ボーイが白いのブッカケれば反応も始まって骨も作られ始めるんじゃないか?」

「あんたさぁ。死んどけば?」

「イヌが・・・」

「あ、ごめん足が滑った」

 後ろから、メタルザックの鉄板入りっぽいハイヒールで金的蹴りがきれいに極まった、ノリユキは無言でしゃがみ込み、その鼻面にソフィアの落書きだらけのギプスで車椅子回し蹴りを喰らい、鼻血を吹いて気を失った。
 三人が俺を見る。

「俺、男だけど、どうかと思う」

 怖かったわけではない。
 なので、これは言い訳ではない。

「違うの。コレ外に出しておいて。ヒマリが空気感染で妊娠しちゃったら困るでしょ?」

「あ、はい」

 つつみちゃんは爽やかな能面で、ベースに震える手をかけていた。
 下ネタ程度で事故死するのも流石に可哀そうなので、駄犬の足を引っ張り、ラボの外に放りだす。
 こいつ、優しいし良い奴だけど、口で身を亡ぼすタイプだよな。
 因みに、アンドロゲンとかいうのは男性ホルモンの一種で、骨芽細胞という骨を作る細胞の鍵として使われるモノだ。
 これの生成が足りなかった為、召喚時に骨がしっかり形成されず、骨も筋肉も内臓もぐちゃぐちゃになってしまっている。
 因みに、生きてはいるが、植物状態だ。
 循環器系も呼吸器系も機能している。肺はケージで維持し、胸骨が無いので液体型人工呼吸器を付けている、組織補修剤でどうにかなるレベルを超えてそうだ。

 戻ってきた俺に、ソフィアがギプスの足を出す。

「汚い、ねぇ、拭いて?」

「はい」

 俺はいつもハンカチを持ち歩いてるんだ。でもね、ソフィアさん。これもう浸み込んじゃって拭いたくらいじゃ落ちないよ。

「フィフィ。女王様みたいね。慣れてそう」

 つつみちゃんの恐怖度が増している。

「ち、違うわ!けが人には介護が必要でしょう?!」

「なんか、かしずかせ慣れてた」

 金属袋、こいつはいつも。火に油を注ぐのが好きなのか?

「くっ!いつまで拭いてるのよ!もういいわ!」

 お前ら。ちょっと可愛いからって理不尽が赦されると思うなよ!
 てか、俺らいる意味あるの?
 向こうで頭蓋骨内部形成の顕微鏡手術してる人たち、笑い堪えて手が震えてるけど。

 
 
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