52 / 71
第一章
第52話 ブリーフィング
しおりを挟む
植物状態だと思われていたサワグチヒマリのコピー体は、頭蓋骨を形成し、痛覚を切ったら直ぐに意識が戻った。
苦しいので意図的に切っていたそうだ。
人工呼吸器はそのままで、気管に舌の動きと連動するボンベを繋いだので、喋ることはできる。四肢はまだ無いがファージ経由でログ生成もできるから、意思疎通には問題ない。
ただ、見た目に問題があり過ぎて、本人も恥ずかしがっているので、音声とチャットログでのコミュニケーションになった。
万が一の盗聴を恐れて、隣の部屋への有線接続だ。
「皆、久しぶり。初めましての方もいるね」
初めて聴く他のスリーパーの声は、発声がきついのか、少ししゃがれている、暗いが優しい声だった。
ドラム二人とギターたちを抜くバンドメンバーとソフィアとスミレさんだけ部屋の中にいる。
この部屋には椅子も無く。有線接続された壁掛けの端末のみだ。
盗聴や盗撮を恐れてだろう。カメラでこちらの様子は確認しているみたいだが、画面はチャットログのみで向こう側は表示されていない。
俺もアトムスーツの着用を命じられていた。
つつみちゃんは感極まっている。
これが偽物の線は無いのだろうか?
「つつみ。気付いてくれてありがとう。ガードが甘くなった隙をやっと作れて、ライヴに間に合って良かった。きっと呼んでくれると思ったよ」
これが幸手の罠で、俺を誘き出す算段とか、普通にありえそうだ。
音楽で神が呼び出せる世の中だ。
意識を持つ肉の塊が生体接続者のコピーの振りをしても何の不思議もない。
実は俺らへのスパイだったり。こいつ自体が幸手の罠を把握しておらず、自力でこの状態にもってきたと勘違いしてる可能性もある。
でも、あれか。
スミレさんいるしな。
俺が考えるまでも無く、その程度は想定しているだろう。
何十手先も読んでいる筈だ、あえて俺がどうこう言う必要は無いか。
と、ここまで考えて、次のそいつの言葉で疑念は少なくなった。
「もう、生きるのが辛くてね。最後にどうしても、皆に会いたかったんだ」
こいつ、死ぬ為に出現したのか?
「末期の水は君たちにやって欲しかったからね」
確かにこいつは、俺の時代の人間だ、もしかしたらもう少し前の世代か。
「そんなの分からないよ。そんな事言わないで」
つつみちゃんはボロボロ泣き出し、他のメンバーも渋い顔をしている。
金属袋はどんな顔かは分からない。
「想定はしていたけど」
スミレさんが口を挟んだ。
話しながら隣の部屋のデータからサワグチの脳波を確認している。
「あなたが本当に生きているのなら、失うつもりは無いわ」
「スミレ。この状況自体が罠かもしれない。それに、あたしはもう疲れたんだ。あの頃の想いも熱意も、全て、擦り切れてしまった・・・。今はただ、安らかになりたい」
拷問生活でも送っていたのだろうか。
心が折れているのか。
「向こうはもう、脳と脊髄だけなんだ。とりあえず、ネクローシス起動するよ。一泡くらい奴らに吹かせてやりたいからね」
「待って!」
「待ちなさい!」
「おい、さわぐち」
皆が俺の顔を見る。
サワグチも俺を見た。
「そうか。随分重装だなとは思ったけど、君はスリーパーか」
話が早いな。
俺はメットを取る。
スミレさんが額を押さえた。
済まんの。
「そっち行くぞ」
「え、あ、ちょ!来ないでよ!嫌!」
なんか叫んでいるが、無視して隣の部屋へ行く。
ロックが掛かっているが、無視だ。
バチコンとドアを開けると、カーテンの向こうで叫んでいる。
「ヤダヤダ!ちょっと!来ないでよぉ!」
前を塞ぐ医療スタッフたちが俺の後ろを見て退いた。後ろでスミレさんが許可を出したのだろう。
「ああっ!もう・・・。ばかぁ」
仕切りのカーテンを開けると、形成外科手術途中で顔前面は皮膚も形成された首があった。眉やまつ毛も生えて、髪の毛も、五分刈り程度に生えそろっている。
目線を揃え、話しかける。
「初めまして、俺は横山竜馬。ついこの間起きたスリーパーだ」
折角、話が合うかもしれない世代に出会った。
失う手は無い。
「拷問され過ぎて疲れたのか?」
「もっと酷いよ」
「ここまで来たらいつでも死ねるだろ。後一日くらい待てよ」
「えっ?」
スミレさんがびっくりしている。
「スリーパーとしての役目は後は俺が負う。明後日からお前は、つつみちゃんたちと面白おかしくただ生きてゆけばいい」
「口ではなんとでも言える。そう単純な話ではないんだよ」
死にゆく人間にする話は、単純明快だ。
「ここで今死んで、顔を拭ってもらうのか。後一日待って、平穏を手に入れるのか」
スミレさんがファージ接続で各所に指示を出し始めた。
気付かない振りで話を進める。
「期待は裏切らない。俺はお前ともっと話したいんだ」
「恨むよ」
「好きにしろ。でも、明後日同じ言葉がその口から出るかな?」
「吹くね。君」
罠だったらそれはそれで。
本当だったら、取り戻せばいい。
出来なかったら?クソの俺が余計クソなレッテル貼られるだけだ。
安いもんだ。
「奪還任務は得意なんだ」
ゲームの中だけだけどな。
「知ってる事全て話せ。作戦を立てる」
スミレさんを見る。頷いてる。
”せめてもう少し余裕持ったスケジュールにしなかったの?”
クローズドチャットで苦言が来た。
”向こうもそう思ってるだろ”
”まぁ、そうね”
ご丁寧に、サワグチはタイマー表示を起動した。寝る暇は無さそうだな。
「とりあえず、向こうの部屋いってくれないかな?恥ずかしいんだ」
自分の内臓に目を向けながら、泣きそうな顔をしていた。
確かに。俺でも恥ずかしい。
突入系ミッションのブリーフィングは大好物だった。
難しいミッションの前は、スクワッドを組んでたプレイ仲間と、何時間でも話し合っていた。
現実に起こった突入作戦とかも、スクワッドにそっちの伝手がある奴がいて、建物の資料や作戦時行動なども手に入ったので、自分らだったらどうするとか、あーでもないこーでもないやっていた。
ゲームとはいえ、作戦がスマートにキまると皆で祝杯を挙げていた。バカなこと考える奴らばっかだった。
その記憶が蘇ってきたのが有難い。
今、この場で、無駄にはならない筈だ。
「今、監禁されているのは、幸手市役所の地下だ。多分、地下五階の大金庫エリアだと思う」
「あそこに研究設備置くスペースは無かった筈だけど」
スミレさんが首を捻っている。
今この隣の部屋にいるバンドメンバーはつつみちゃんだけ、それも、後ろで話を聞いているだけだ。
他には、スミレさんと、荒事担当らしいいかついおっさんが三人か、後スーツ組が二人来ている。
「もうデータ抽出しかされてないよ。ああ。大丈夫。今はオフラインにしてある」
「現在の幸手市役所の図面出します」
スーツの一人が手元を弄り、市役所とその周辺図もフレーム表示されたが、ここよりは全然優しい要塞だ。
「現地までのルートが面倒だな。最寄り駅は久喜。太い道路は南北にしか通ってない」
むさいおっさんが腕を組んで図面を睨んでいる。
現状公示されてる幸手の戦力と確認できる戦力、設備等が次々と入力されていく。
「飛んでるカメラの数が公示と合ってないわね」
「そうですね。久喜駅の警備もライヴの前日は六人三交代だったのが、あれ以降ここだけで九十人四交代制に変更してます」
スーツの一人がデータ入力しながら相槌を打つ。
幸手の奴ら、あからさまだな、怪しいって自分で言ってらっしゃる。
「対空迎撃はどの程度予想されるんだ?」
俺の問いにスミレさんが答える。
「大宮のサポートは受けられないわよ。話してもどうせ手伝う気は無いわ」
「飛び出してった俺を救助したくはなるだろ?」
「そういうの駄目!」
つつみちゃんが口を挟むが、スミレさんが視線で黙らせた。
「遠隔操作できるヒト型ロボットとか無いのか?」
「あるけど、すぐ壊れるし、ハッキングもされ易いわ」
むさいおっさんたちが、面白そうに俺を見ている。
「貫通のみのバンカーバスターみたいのはあるのか?」
スミレさんが首を捻って、スーツ組を見た。
「ええと。地中貫通弾ですね。有りますが、保持している弾頭の性能は内部で爆発しないタイプだと、重金属複合シリコン弾頭になります。・・・強化コンクリートで十メートル、鋼板で二メートルが限界です」
「金庫エリアの材質は?」
「セラミック層、発砲コンクリ層、炭素繊維層、鋼層、繊維プラスチック層、最後にまたセラミック層。厚みはしめて三メートル二十センチ」
最近の金庫って凄いなぁ。
きれいに穴開けるのは無理だな。
「毎日十分間だけ、金庫エリアに入ってデータ抽出があるの。警備は強化されるけど、その時だけは確実に開け閉めがある」
サワグチが苦し気に口を挟んだ。
それだ!
「次はいつなんだ?」
「あと、四から五時間後ね。防犯の為だろうけど、時間は固定されてない」
「ミサイルは発射と同時に気付かれるわ」
「幸手付近の空路の状況はどうなってるんだ?」
おっさんが答えた。
「確かに、地上の流通が悪いんで輸送ヘリはかなり飛んでいる。市役所への離着陸も多い。でも、この通り防空もかなり厚いぞ」
幸手付近の偵察が始まったのだろう。リアルタイムで、判明している警備はどんどん更新されていってる。対空迎撃システムは公示されてる部分だけでも、幸手上空を何十回も面制圧できる厚さだ。ここをヘリで突貫は確かに自殺行為だな。
「ギリで俺が独断で動いてしまったって言えば、捕獲に動くんじゃないかな?」
「大宮が救助に動いたとして、幸手側に捕まったら素直に渡すとは思えないぞ?」
確かに。
「狙撃されて無力化とかはありえると思う」
「ちょっと」
スミレさんが待ったをかけた。
「リョウ君、スーパーヒーローにでもなったつもり?」
トラブルメーカーは幸手の連中だろ。
「エルフの」
周囲が固まった。
「ええと、誰だっけあいつ、ルール―・・・」
つつみちゃんが嘆息した。
「ナツメコさんね」
それだ。
「つつみちゃんありがとう。あそこにあるアシストスーツで金庫閉鎖に併せて強行突入する。電源喪失時の金庫エリアの対応とか分かるかな?」
あれ着てれば大抵なんとかなる。
「開閉自体は独立電源の自動開閉だけど、正面から操作できる。ファージ繋げばあたしの本体が弄れる」
さっすがスリーパー。
「どうやって保管されてるんだ?」
動かせないと少し面倒だな。
「シリンダー式の脳缶ユニット。型式は・・・、本体がエヌエイチサンのゼロゴ二エスかな?」
「五二年製の汎用モデルですね。トランク型の保管器が直ぐ用意できます」
スーツ組は仕事が早いな。
「ルルルに連絡取りたいんだが」
アイツのことだ、涎垂らしながら二つ返事で貸してくれるだろう。
「わたしが連絡取るわ」
スミレさんの一言につつみちゃんと顔を見合わせる。
「スミレさん、それならわたしが」
「任せてくれないかしら」
怖ぇ。
「続けてて」
スミレさんは部屋から出て行ってしまった。
時間は有限だ。
「続けるぞ。突入に合わせて市役所の電源も破壊したい」
「待て待て。どうやって突入する?」
「駅とのルートも開拓されてないみたいだし、正面道路の流通悪いんなら、輸送ヘリはどうせ市役所の屋上にも発着するんだろ?待機してて時間に合う便に乗ればいい」
「確かに駅からの定期便は三分ごとに出てますけど・・・」
「無茶言うぜ」
できそうだな。
「なら、伝達混乱させてえから数秒前に爆撃開始するか。撃ち落とされなかったとしても、爆薬無しだと穴は三階分くらいまでしか抜けねーぞ?」
「パルス出すデコイ混ぜて、狙い複数、ピンポイントでピストン爆撃しろよ」
おっさん三人が笑いだす。
ウケる所か?
「爆撃機の準備してくるわ」
おっさんの一人が部屋を出ていった。
「市庁舎ビルの構造はこの通りなのか?」
「です・・・ね」
スーツ君が何枚か市役所図面のワイヤーフレームを重ね合わせている。
「建て付けの変更記録は無いので、概ねこの通りでしょう」
なら、フロアごとの鉄骨はスカスカだ。爆撃が失敗しても多少の床抜きはあのベルコンで十分だな。
「金庫の入口前までの直下掘りが出来れば、なんとかなる。銃撃は別に良いんだが、物量で拘束されると厄介だ。方法はどういうのがあるんだ?」
アシストスーツが固められたら手間だ。それだけは避けるしかない。
「制圧用の拘束はワイヤーネットタイプと速乾性のシリコンポリマーが主流だ。どちらもそんなに大量には出まわっていない」
残ったおっさんの一人が直ぐ答えてくれた。
「使われるとしたら、どんな形でどのくらいの量だ?」
「グレネード型の射出タイプしか現存しない。誤射すると掃除が手間だから、予め装備していない限り、突入から身バレして二分後まで使われる心配はないだろう。ネットは絡まれる前に撃ち落すしかない。シリコンポリマーは当たれば固まって動けなくなる。撃たれない様にするか、遮蔽物で防ぐしかないな」
盾でも投げるか。一応、ハッキング出来なかった時の為にネット射出のグレネードも用意していくか。
そうだ。
「ファージは換気されてるのか?」
「上から穴を開ければそこから入るでしょうけど、内部から強制換気されるでしょう。少し積んでいきますか」
よし。市役所ごと焼却されない限りなんとかなりそうだな。
「ぱっと思いつくのはこんな所だ。意見を出してくれ」
自分の命が掛かっているし、大量虐殺してしまうかもなのだが、ワクワクしている。
ゲームじゃないと分かっているのだが。
碌な死に方しねーよな。
どうせ、拷問大好きに関わってる奴らなんだ。
知ったこっちゃない。
サワグチのが大事だ。
***
いつもご愛読ありがとうございます。
近況ノートにお盆期間中の更新について追記したので、ご覧ください。
苦しいので意図的に切っていたそうだ。
人工呼吸器はそのままで、気管に舌の動きと連動するボンベを繋いだので、喋ることはできる。四肢はまだ無いがファージ経由でログ生成もできるから、意思疎通には問題ない。
ただ、見た目に問題があり過ぎて、本人も恥ずかしがっているので、音声とチャットログでのコミュニケーションになった。
万が一の盗聴を恐れて、隣の部屋への有線接続だ。
「皆、久しぶり。初めましての方もいるね」
初めて聴く他のスリーパーの声は、発声がきついのか、少ししゃがれている、暗いが優しい声だった。
ドラム二人とギターたちを抜くバンドメンバーとソフィアとスミレさんだけ部屋の中にいる。
この部屋には椅子も無く。有線接続された壁掛けの端末のみだ。
盗聴や盗撮を恐れてだろう。カメラでこちらの様子は確認しているみたいだが、画面はチャットログのみで向こう側は表示されていない。
俺もアトムスーツの着用を命じられていた。
つつみちゃんは感極まっている。
これが偽物の線は無いのだろうか?
「つつみ。気付いてくれてありがとう。ガードが甘くなった隙をやっと作れて、ライヴに間に合って良かった。きっと呼んでくれると思ったよ」
これが幸手の罠で、俺を誘き出す算段とか、普通にありえそうだ。
音楽で神が呼び出せる世の中だ。
意識を持つ肉の塊が生体接続者のコピーの振りをしても何の不思議もない。
実は俺らへのスパイだったり。こいつ自体が幸手の罠を把握しておらず、自力でこの状態にもってきたと勘違いしてる可能性もある。
でも、あれか。
スミレさんいるしな。
俺が考えるまでも無く、その程度は想定しているだろう。
何十手先も読んでいる筈だ、あえて俺がどうこう言う必要は無いか。
と、ここまで考えて、次のそいつの言葉で疑念は少なくなった。
「もう、生きるのが辛くてね。最後にどうしても、皆に会いたかったんだ」
こいつ、死ぬ為に出現したのか?
「末期の水は君たちにやって欲しかったからね」
確かにこいつは、俺の時代の人間だ、もしかしたらもう少し前の世代か。
「そんなの分からないよ。そんな事言わないで」
つつみちゃんはボロボロ泣き出し、他のメンバーも渋い顔をしている。
金属袋はどんな顔かは分からない。
「想定はしていたけど」
スミレさんが口を挟んだ。
話しながら隣の部屋のデータからサワグチの脳波を確認している。
「あなたが本当に生きているのなら、失うつもりは無いわ」
「スミレ。この状況自体が罠かもしれない。それに、あたしはもう疲れたんだ。あの頃の想いも熱意も、全て、擦り切れてしまった・・・。今はただ、安らかになりたい」
拷問生活でも送っていたのだろうか。
心が折れているのか。
「向こうはもう、脳と脊髄だけなんだ。とりあえず、ネクローシス起動するよ。一泡くらい奴らに吹かせてやりたいからね」
「待って!」
「待ちなさい!」
「おい、さわぐち」
皆が俺の顔を見る。
サワグチも俺を見た。
「そうか。随分重装だなとは思ったけど、君はスリーパーか」
話が早いな。
俺はメットを取る。
スミレさんが額を押さえた。
済まんの。
「そっち行くぞ」
「え、あ、ちょ!来ないでよ!嫌!」
なんか叫んでいるが、無視して隣の部屋へ行く。
ロックが掛かっているが、無視だ。
バチコンとドアを開けると、カーテンの向こうで叫んでいる。
「ヤダヤダ!ちょっと!来ないでよぉ!」
前を塞ぐ医療スタッフたちが俺の後ろを見て退いた。後ろでスミレさんが許可を出したのだろう。
「ああっ!もう・・・。ばかぁ」
仕切りのカーテンを開けると、形成外科手術途中で顔前面は皮膚も形成された首があった。眉やまつ毛も生えて、髪の毛も、五分刈り程度に生えそろっている。
目線を揃え、話しかける。
「初めまして、俺は横山竜馬。ついこの間起きたスリーパーだ」
折角、話が合うかもしれない世代に出会った。
失う手は無い。
「拷問され過ぎて疲れたのか?」
「もっと酷いよ」
「ここまで来たらいつでも死ねるだろ。後一日くらい待てよ」
「えっ?」
スミレさんがびっくりしている。
「スリーパーとしての役目は後は俺が負う。明後日からお前は、つつみちゃんたちと面白おかしくただ生きてゆけばいい」
「口ではなんとでも言える。そう単純な話ではないんだよ」
死にゆく人間にする話は、単純明快だ。
「ここで今死んで、顔を拭ってもらうのか。後一日待って、平穏を手に入れるのか」
スミレさんがファージ接続で各所に指示を出し始めた。
気付かない振りで話を進める。
「期待は裏切らない。俺はお前ともっと話したいんだ」
「恨むよ」
「好きにしろ。でも、明後日同じ言葉がその口から出るかな?」
「吹くね。君」
罠だったらそれはそれで。
本当だったら、取り戻せばいい。
出来なかったら?クソの俺が余計クソなレッテル貼られるだけだ。
安いもんだ。
「奪還任務は得意なんだ」
ゲームの中だけだけどな。
「知ってる事全て話せ。作戦を立てる」
スミレさんを見る。頷いてる。
”せめてもう少し余裕持ったスケジュールにしなかったの?”
クローズドチャットで苦言が来た。
”向こうもそう思ってるだろ”
”まぁ、そうね”
ご丁寧に、サワグチはタイマー表示を起動した。寝る暇は無さそうだな。
「とりあえず、向こうの部屋いってくれないかな?恥ずかしいんだ」
自分の内臓に目を向けながら、泣きそうな顔をしていた。
確かに。俺でも恥ずかしい。
突入系ミッションのブリーフィングは大好物だった。
難しいミッションの前は、スクワッドを組んでたプレイ仲間と、何時間でも話し合っていた。
現実に起こった突入作戦とかも、スクワッドにそっちの伝手がある奴がいて、建物の資料や作戦時行動なども手に入ったので、自分らだったらどうするとか、あーでもないこーでもないやっていた。
ゲームとはいえ、作戦がスマートにキまると皆で祝杯を挙げていた。バカなこと考える奴らばっかだった。
その記憶が蘇ってきたのが有難い。
今、この場で、無駄にはならない筈だ。
「今、監禁されているのは、幸手市役所の地下だ。多分、地下五階の大金庫エリアだと思う」
「あそこに研究設備置くスペースは無かった筈だけど」
スミレさんが首を捻っている。
今この隣の部屋にいるバンドメンバーはつつみちゃんだけ、それも、後ろで話を聞いているだけだ。
他には、スミレさんと、荒事担当らしいいかついおっさんが三人か、後スーツ組が二人来ている。
「もうデータ抽出しかされてないよ。ああ。大丈夫。今はオフラインにしてある」
「現在の幸手市役所の図面出します」
スーツの一人が手元を弄り、市役所とその周辺図もフレーム表示されたが、ここよりは全然優しい要塞だ。
「現地までのルートが面倒だな。最寄り駅は久喜。太い道路は南北にしか通ってない」
むさいおっさんが腕を組んで図面を睨んでいる。
現状公示されてる幸手の戦力と確認できる戦力、設備等が次々と入力されていく。
「飛んでるカメラの数が公示と合ってないわね」
「そうですね。久喜駅の警備もライヴの前日は六人三交代だったのが、あれ以降ここだけで九十人四交代制に変更してます」
スーツの一人がデータ入力しながら相槌を打つ。
幸手の奴ら、あからさまだな、怪しいって自分で言ってらっしゃる。
「対空迎撃はどの程度予想されるんだ?」
俺の問いにスミレさんが答える。
「大宮のサポートは受けられないわよ。話してもどうせ手伝う気は無いわ」
「飛び出してった俺を救助したくはなるだろ?」
「そういうの駄目!」
つつみちゃんが口を挟むが、スミレさんが視線で黙らせた。
「遠隔操作できるヒト型ロボットとか無いのか?」
「あるけど、すぐ壊れるし、ハッキングもされ易いわ」
むさいおっさんたちが、面白そうに俺を見ている。
「貫通のみのバンカーバスターみたいのはあるのか?」
スミレさんが首を捻って、スーツ組を見た。
「ええと。地中貫通弾ですね。有りますが、保持している弾頭の性能は内部で爆発しないタイプだと、重金属複合シリコン弾頭になります。・・・強化コンクリートで十メートル、鋼板で二メートルが限界です」
「金庫エリアの材質は?」
「セラミック層、発砲コンクリ層、炭素繊維層、鋼層、繊維プラスチック層、最後にまたセラミック層。厚みはしめて三メートル二十センチ」
最近の金庫って凄いなぁ。
きれいに穴開けるのは無理だな。
「毎日十分間だけ、金庫エリアに入ってデータ抽出があるの。警備は強化されるけど、その時だけは確実に開け閉めがある」
サワグチが苦し気に口を挟んだ。
それだ!
「次はいつなんだ?」
「あと、四から五時間後ね。防犯の為だろうけど、時間は固定されてない」
「ミサイルは発射と同時に気付かれるわ」
「幸手付近の空路の状況はどうなってるんだ?」
おっさんが答えた。
「確かに、地上の流通が悪いんで輸送ヘリはかなり飛んでいる。市役所への離着陸も多い。でも、この通り防空もかなり厚いぞ」
幸手付近の偵察が始まったのだろう。リアルタイムで、判明している警備はどんどん更新されていってる。対空迎撃システムは公示されてる部分だけでも、幸手上空を何十回も面制圧できる厚さだ。ここをヘリで突貫は確かに自殺行為だな。
「ギリで俺が独断で動いてしまったって言えば、捕獲に動くんじゃないかな?」
「大宮が救助に動いたとして、幸手側に捕まったら素直に渡すとは思えないぞ?」
確かに。
「狙撃されて無力化とかはありえると思う」
「ちょっと」
スミレさんが待ったをかけた。
「リョウ君、スーパーヒーローにでもなったつもり?」
トラブルメーカーは幸手の連中だろ。
「エルフの」
周囲が固まった。
「ええと、誰だっけあいつ、ルール―・・・」
つつみちゃんが嘆息した。
「ナツメコさんね」
それだ。
「つつみちゃんありがとう。あそこにあるアシストスーツで金庫閉鎖に併せて強行突入する。電源喪失時の金庫エリアの対応とか分かるかな?」
あれ着てれば大抵なんとかなる。
「開閉自体は独立電源の自動開閉だけど、正面から操作できる。ファージ繋げばあたしの本体が弄れる」
さっすがスリーパー。
「どうやって保管されてるんだ?」
動かせないと少し面倒だな。
「シリンダー式の脳缶ユニット。型式は・・・、本体がエヌエイチサンのゼロゴ二エスかな?」
「五二年製の汎用モデルですね。トランク型の保管器が直ぐ用意できます」
スーツ組は仕事が早いな。
「ルルルに連絡取りたいんだが」
アイツのことだ、涎垂らしながら二つ返事で貸してくれるだろう。
「わたしが連絡取るわ」
スミレさんの一言につつみちゃんと顔を見合わせる。
「スミレさん、それならわたしが」
「任せてくれないかしら」
怖ぇ。
「続けてて」
スミレさんは部屋から出て行ってしまった。
時間は有限だ。
「続けるぞ。突入に合わせて市役所の電源も破壊したい」
「待て待て。どうやって突入する?」
「駅とのルートも開拓されてないみたいだし、正面道路の流通悪いんなら、輸送ヘリはどうせ市役所の屋上にも発着するんだろ?待機してて時間に合う便に乗ればいい」
「確かに駅からの定期便は三分ごとに出てますけど・・・」
「無茶言うぜ」
できそうだな。
「なら、伝達混乱させてえから数秒前に爆撃開始するか。撃ち落とされなかったとしても、爆薬無しだと穴は三階分くらいまでしか抜けねーぞ?」
「パルス出すデコイ混ぜて、狙い複数、ピンポイントでピストン爆撃しろよ」
おっさん三人が笑いだす。
ウケる所か?
「爆撃機の準備してくるわ」
おっさんの一人が部屋を出ていった。
「市庁舎ビルの構造はこの通りなのか?」
「です・・・ね」
スーツ君が何枚か市役所図面のワイヤーフレームを重ね合わせている。
「建て付けの変更記録は無いので、概ねこの通りでしょう」
なら、フロアごとの鉄骨はスカスカだ。爆撃が失敗しても多少の床抜きはあのベルコンで十分だな。
「金庫の入口前までの直下掘りが出来れば、なんとかなる。銃撃は別に良いんだが、物量で拘束されると厄介だ。方法はどういうのがあるんだ?」
アシストスーツが固められたら手間だ。それだけは避けるしかない。
「制圧用の拘束はワイヤーネットタイプと速乾性のシリコンポリマーが主流だ。どちらもそんなに大量には出まわっていない」
残ったおっさんの一人が直ぐ答えてくれた。
「使われるとしたら、どんな形でどのくらいの量だ?」
「グレネード型の射出タイプしか現存しない。誤射すると掃除が手間だから、予め装備していない限り、突入から身バレして二分後まで使われる心配はないだろう。ネットは絡まれる前に撃ち落すしかない。シリコンポリマーは当たれば固まって動けなくなる。撃たれない様にするか、遮蔽物で防ぐしかないな」
盾でも投げるか。一応、ハッキング出来なかった時の為にネット射出のグレネードも用意していくか。
そうだ。
「ファージは換気されてるのか?」
「上から穴を開ければそこから入るでしょうけど、内部から強制換気されるでしょう。少し積んでいきますか」
よし。市役所ごと焼却されない限りなんとかなりそうだな。
「ぱっと思いつくのはこんな所だ。意見を出してくれ」
自分の命が掛かっているし、大量虐殺してしまうかもなのだが、ワクワクしている。
ゲームじゃないと分かっているのだが。
碌な死に方しねーよな。
どうせ、拷問大好きに関わってる奴らなんだ。
知ったこっちゃない。
サワグチのが大事だ。
***
いつもご愛読ありがとうございます。
近況ノートにお盆期間中の更新について追記したので、ご覧ください。
1
お気に入りに追加
4
あなたにおすすめの小説
ママと中学生の僕
キムラエス
大衆娯楽
「ママと僕」は、中学生編、高校生編、大学生編の3部作で、本編は中学生編になります。ママは子供の時に両親を事故で亡くしており、結婚後に夫を病気で失い、身内として残された僕に精神的に依存をするようになる。幼少期の「僕」はそのママの依存が嬉しく、素敵なママに甘える閉鎖的な生活を当たり前のことと考える。成長し、性に目覚め始めた中学生の「僕」は自分の性もママとの日常の中で処理すべきものと疑わず、ママも戸惑いながらもママに甘える「僕」に満足する。ママも僕もそうした行為が少なからず社会規範に反していることは理解しているが、ママとの甘美な繋がりは解消できずに戸惑いながらも続く「ママと中学生の僕」の営みを描いてみました。
小学生最後の夏休みに近所に住む2つ上のお姉さんとお風呂に入った話
矢木羽研
青春
「……もしよかったら先輩もご一緒に、どうですか?」
「あら、いいのかしら」
夕食を作りに来てくれた近所のお姉さんを冗談のつもりでお風呂に誘ったら……?
微笑ましくも甘酸っぱい、ひと夏の思い出。
※性的なシーンはありませんが裸体描写があるのでR15にしています。
※小説家になろうでも同内容で投稿しています。
※2022年8月の「第5回ほっこり・じんわり大賞」にエントリーしていました。
砂漠と鋼とおっさんと
ゴエモン
SF
2035年ある日地球はジグソーパズルのようにバラバラにされ、以前の形を無視して瞬時に再び繋ぎ合わされた。それから120年後……
男は砂漠で目覚めた。
ここは日本?海外?そもそも地球なのか?
訳がわからないまま男は砂漠を一人歩き始める。
巨大な陸上を走る船サンドスチーム。
屋台で焼き鳥感覚に銃器を売る市場。
ひょんなことから手にした電脳。
生物と機械が合成された機獣(ミュータント)が跋扈する世界の中で、男は生き延びていかねばならない。
荒廃した世界で男はどこへいくのか?
と、ヘヴィな話しではなく、男はその近未来世界で馴染んで楽しみ始めていた。
それでも何とか生活費は稼がにゃならんと、とりあえずハンターになってたま〜に人助け。
女にゃモテずに、振られてばかり。
電脳ナビを相棒に武装ジャイロキャノピーで砂漠を旅する、高密度におっさん達がおりなすSF冒険浪漫活劇!
蘇生魔法を授かった僕は戦闘不能の前衛(♀)を何度も復活させる
フルーツパフェ
大衆娯楽
転移した異世界で唯一、蘇生魔法を授かった僕。
一緒にパーティーを組めば絶対に死ぬ(死んだままになる)ことがない。
そんな口コミがいつの間にか広まって、同じく異世界転移した同業者(多くは女子)から引っ張りだこに!
寛容な僕は彼女達の申し出に快諾するが条件が一つだけ。
――実は僕、他の戦闘スキルは皆無なんです
そういうわけでパーティーメンバーが前衛に立って死ぬ気で僕を守ることになる。
大丈夫、一度死んでも蘇生魔法で復活させてあげるから。
相互利益はあるはずなのに、どこか鬼畜な匂いがするファンタジー、ここに開幕。
MMS ~メタル・モンキー・サーガ~
千両文士
SF
エネルギー問題、環境問題、経済格差、疫病、収まらぬ紛争に戦争、少子高齢化・・・人類が直面するありとあらゆる問題を科学の力で解決すべく世界政府が協力して始まった『プロジェクト・エデン』
洋上に建造された大型研究施設人工島『エデン』に招致された若き大天才学者ミクラ・フトウは自身のサポートメカとしてその人格と知能を完全電子化複製した人工知能『ミクラ・ブレイン』を建造。
その迅速で的確な技術開発力と問題解決能力で矢継ぎ早に改善されていく世界で人類はバラ色の未来が確約されていた・・・はずだった。
突如人類に牙を剥き、暴走したミクラ・ブレインによる『人類救済計画』。
その指揮下で人類を滅ぼさんとする軍事戦闘用アンドロイドと直属配下の上位管理者アンドロイド6体を倒すべく人工島エデンに乗り込むのは・・・宿命に導かれた天才学者ミクラ・フトウの愛娘にしてレジスタンス軍特殊エージェント科学者、サン・フトウ博士とその相棒の戦闘用人型アンドロイドのモンキーマンであった!!
機械と人間のSF西遊記、ここに開幕!!
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる