47 / 59
47心配してくれたんですね
しおりを挟む
『さて、これからどうしようか。組合員全員をこの世から消すのは、後々面倒なことが起こりそうだな』
『このビルから、彼ら以外は非難したようですよ』
『目の前の二人に責任を背負わせればいい』
九尾たちは、私の家を出る直前に、組合という組織ごとつぶしてしまおうという、物騒なことを言っていた。しかし、組合に所属していた、ただのバイトたちまでを消すのは止めたようだ。私にとってはどちらでも構わないが、それでもいきなり数十人単位の人間がこの世からいなくなるのは世間的にまずいだろう。消すのは簡単だが、その後の対応が面倒そうだ。彼らの家族や親せき、知り合いなどの記憶を書き換えるとなると、かなりの人数になり、さすがの九尾たちでも苦労するはずだ。
それが、たったの二人が責任を取れば済むということになった。そうするだけで、私たちの気分は晴れるし、平穏な生活が戻ってくる。
なんて心優しい神様かと感心してしまう。組合の実質的トップ二人がいなくなれば、私たちの町にある組合は崩壊する。そうなれば、私たちを狙う輩もいなくなる。
『さ、さっきもいったが、我々と組合を消しても、本部から追手が』
『た、助けてくれ。もう、二度と、あなた方には近づきません、か』
「時間切れです。まったく、私たちの仕事を増やすなと言ったはずですが」
ビルの中の様子は確認できないが、火はビル全体に回っていて、この状態になっても消防車も救急車も到着していないのが不思議なくらいの状況だった。中に人が残っていて生きているというのが奇跡と呼べるほどの炎の上がり方だ。それなのに、さらに新たな人物がビルの中に現れた。脳内に新たな声が聞こえてくる。
相変わらず、私はビルの前に立っていて、中の様子をうかがうことはできない。それでも、頭の中に聞こえる声には聞き覚えがあった。
『ふむ、お前が来たということは、ここはもう終わりか。翼、狼貴、帰るぞ』
『ハイ』
『まったく、これだから野蛮な獣は嫌いなんです。後片付けは誰がすると思っているんですか』
聞こえた声は、知り合いの死神の声に似ていた。いや、炎に包まれたビルの中で平然といられる時点で彼は人間ではない。新たな声の主は車坂だろう。彼がビルに現れたということは、荒川結女の魂は、彼に回収されてこの世にないということか。
彼らの声はそこで途切れた。それと同時に、今まで原型を保っていたビルが急に崩壊し始めた。
「ブーブー」
スマホのバイブ音で目を覚ます。ソファに身体を伸ばして寝ていたらしい。身体を伸ばしてスマホに目を向ける。机の上に置かれていたスマホは振動して着信を告げている。
「もしもし」
「ねえ、大変なことになっているみたいだけど、蒼紗は今、何処にいるの?」
「自宅のソファで寝ていましたけど」
電話をかけてきたのはジャスミンだった。私が応対するとすぐに居場所を聞いてきた。切羽詰まった慌てた声がスマホ越しに聞こえてくる。いったい、何があったというのだろうか。
「よ、よかったあああああああ」
私の居場所がわかると、途端に安心した気が抜けたような声に変わる。状況が分からないので、さっさと説明して欲しい。
「さっき、ニュースで見たんだけど、隣町のビルが放火されたみたい。その放火されビルの名前が……」
「サイオン寺子屋組合、ですか?」
ジャスミンの言葉を遮るようにビルの名前を口にする。先ほどまで見ていた夢が頭に浮かぶ。夢で見た光景が現実で起こってしまった。
「やっぱり、そのビルのことを知っているみたいね」
「……」
知っているも何も、そのビルの持ち主である組合とは、ただならぬ関係がある。それを今、この場でジャスミンに伝えてしまっていいものだろうか。放火されたビルとの関係をどう説明しようかと考えて無言になってしまう。
「はあ。私はそのビルのことをニュースで初めて知ったんだけど、どうにも名前が怪しかったから、気になって蒼紗に電話したの。だって、『サイオン』なんて、あからさますぎるでしょう?」
しばらく沈黙が続いたが、それを破ったのはジャスミンだった。ため息を吐いて話を続けるが、そこで電話をしてきた本当の理由に気付く。そうか、これが親友というものかと納得する。
「私がそのビルにいないか、心配だったんですね。お気遣いありがとうございます。ですが、さっきも言った通り、私は家に居ますから大丈夫ですよ」
「ま、まあ、わ、私は、蒼紗の親友なんだから、心配するのは当然でしょ。とにかく、なんだかこの町の治安が良くないみたいだから、特に今日は外出しない方がいいわ」
私の言葉に少し照れているようだ。電話越しの声が少し上ずっていた。確かにジャスミンの忠告通り、今日は家に引きこもっているのがいいと思う。しかし、私にはやるべきことがある。
夢で見た内容の続きを確認するために。
先ほどソファで見たのは予知夢に違いない。九尾たちが組合のビルを燃やしたのだろう。そして、ご丁寧にも代表たちの会話を私に聞かせてくれた。だったら、今から私が現場に向かえば、その後どうなったかわかるはず。夢の続きを現実で知ることができる。
「ねえ、もしかして、私の忠告をさっそく破ろうとか、思ってないでしょうね?」
電話を切るタイミングを逃してしまい、再度、無言の時間が続く。この沈黙がジャスミンに不信感を与えてしまったようだ。ジャスミンの勘の良さには毎回驚いてしまう。まさしく野生の勘が働いている。
「さあ、どうでしょう。とりあえず、電話ありがとうございました。ではまた大学で」
「ちょ、ちょっとま」
何か言いかけたジャスミンの言葉を無視して電話を切る。スマホの画面が暗くなるのを確認して、私は素早く出かける用意を始めた。
『このビルから、彼ら以外は非難したようですよ』
『目の前の二人に責任を背負わせればいい』
九尾たちは、私の家を出る直前に、組合という組織ごとつぶしてしまおうという、物騒なことを言っていた。しかし、組合に所属していた、ただのバイトたちまでを消すのは止めたようだ。私にとってはどちらでも構わないが、それでもいきなり数十人単位の人間がこの世からいなくなるのは世間的にまずいだろう。消すのは簡単だが、その後の対応が面倒そうだ。彼らの家族や親せき、知り合いなどの記憶を書き換えるとなると、かなりの人数になり、さすがの九尾たちでも苦労するはずだ。
それが、たったの二人が責任を取れば済むということになった。そうするだけで、私たちの気分は晴れるし、平穏な生活が戻ってくる。
なんて心優しい神様かと感心してしまう。組合の実質的トップ二人がいなくなれば、私たちの町にある組合は崩壊する。そうなれば、私たちを狙う輩もいなくなる。
『さ、さっきもいったが、我々と組合を消しても、本部から追手が』
『た、助けてくれ。もう、二度と、あなた方には近づきません、か』
「時間切れです。まったく、私たちの仕事を増やすなと言ったはずですが」
ビルの中の様子は確認できないが、火はビル全体に回っていて、この状態になっても消防車も救急車も到着していないのが不思議なくらいの状況だった。中に人が残っていて生きているというのが奇跡と呼べるほどの炎の上がり方だ。それなのに、さらに新たな人物がビルの中に現れた。脳内に新たな声が聞こえてくる。
相変わらず、私はビルの前に立っていて、中の様子をうかがうことはできない。それでも、頭の中に聞こえる声には聞き覚えがあった。
『ふむ、お前が来たということは、ここはもう終わりか。翼、狼貴、帰るぞ』
『ハイ』
『まったく、これだから野蛮な獣は嫌いなんです。後片付けは誰がすると思っているんですか』
聞こえた声は、知り合いの死神の声に似ていた。いや、炎に包まれたビルの中で平然といられる時点で彼は人間ではない。新たな声の主は車坂だろう。彼がビルに現れたということは、荒川結女の魂は、彼に回収されてこの世にないということか。
彼らの声はそこで途切れた。それと同時に、今まで原型を保っていたビルが急に崩壊し始めた。
「ブーブー」
スマホのバイブ音で目を覚ます。ソファに身体を伸ばして寝ていたらしい。身体を伸ばしてスマホに目を向ける。机の上に置かれていたスマホは振動して着信を告げている。
「もしもし」
「ねえ、大変なことになっているみたいだけど、蒼紗は今、何処にいるの?」
「自宅のソファで寝ていましたけど」
電話をかけてきたのはジャスミンだった。私が応対するとすぐに居場所を聞いてきた。切羽詰まった慌てた声がスマホ越しに聞こえてくる。いったい、何があったというのだろうか。
「よ、よかったあああああああ」
私の居場所がわかると、途端に安心した気が抜けたような声に変わる。状況が分からないので、さっさと説明して欲しい。
「さっき、ニュースで見たんだけど、隣町のビルが放火されたみたい。その放火されビルの名前が……」
「サイオン寺子屋組合、ですか?」
ジャスミンの言葉を遮るようにビルの名前を口にする。先ほどまで見ていた夢が頭に浮かぶ。夢で見た光景が現実で起こってしまった。
「やっぱり、そのビルのことを知っているみたいね」
「……」
知っているも何も、そのビルの持ち主である組合とは、ただならぬ関係がある。それを今、この場でジャスミンに伝えてしまっていいものだろうか。放火されたビルとの関係をどう説明しようかと考えて無言になってしまう。
「はあ。私はそのビルのことをニュースで初めて知ったんだけど、どうにも名前が怪しかったから、気になって蒼紗に電話したの。だって、『サイオン』なんて、あからさますぎるでしょう?」
しばらく沈黙が続いたが、それを破ったのはジャスミンだった。ため息を吐いて話を続けるが、そこで電話をしてきた本当の理由に気付く。そうか、これが親友というものかと納得する。
「私がそのビルにいないか、心配だったんですね。お気遣いありがとうございます。ですが、さっきも言った通り、私は家に居ますから大丈夫ですよ」
「ま、まあ、わ、私は、蒼紗の親友なんだから、心配するのは当然でしょ。とにかく、なんだかこの町の治安が良くないみたいだから、特に今日は外出しない方がいいわ」
私の言葉に少し照れているようだ。電話越しの声が少し上ずっていた。確かにジャスミンの忠告通り、今日は家に引きこもっているのがいいと思う。しかし、私にはやるべきことがある。
夢で見た内容の続きを確認するために。
先ほどソファで見たのは予知夢に違いない。九尾たちが組合のビルを燃やしたのだろう。そして、ご丁寧にも代表たちの会話を私に聞かせてくれた。だったら、今から私が現場に向かえば、その後どうなったかわかるはず。夢の続きを現実で知ることができる。
「ねえ、もしかして、私の忠告をさっそく破ろうとか、思ってないでしょうね?」
電話を切るタイミングを逃してしまい、再度、無言の時間が続く。この沈黙がジャスミンに不信感を与えてしまったようだ。ジャスミンの勘の良さには毎回驚いてしまう。まさしく野生の勘が働いている。
「さあ、どうでしょう。とりあえず、電話ありがとうございました。ではまた大学で」
「ちょ、ちょっとま」
何か言いかけたジャスミンの言葉を無視して電話を切る。スマホの画面が暗くなるのを確認して、私は素早く出かける用意を始めた。
0
あなたにおすすめの小説
百合ランジェリーカフェにようこそ!
楠富 つかさ
青春
主人公、下条藍はバイトを探すちょっと胸が大きい普通の女子大生。ある日、同じサークルの先輩からバイト先を紹介してもらうのだが、そこは男子禁制のカフェ併設ランジェリーショップで!?
ちょっとハレンチなお仕事カフェライフ、始まります!!
※この物語はフィクションであり実在の人物・団体・法律とは一切関係ありません。
表紙画像はAIイラストです。下着が生成できないのでビキニで代用しています。
どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~
さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」
あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。
弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。
弟とは凄く仲が良いの!
それはそれはものすごく‥‥‥
「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」
そんな関係のあたしたち。
でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥
「うそっ! お腹が出て来てる!?」
お姉ちゃんの秘密の悩みです。
あるフィギュアスケーターの性事情
蔵屋
恋愛
この小説はフィクションです。
しかし、そのようなことが現実にあったかもしれません。
何故ならどんな人間も、悪魔や邪神や悪神に憑依された偽善者なのですから。
この物語は浅岡結衣(16才)とそのコーチ(25才)の恋の物語。
そのコーチの名前は高木文哉(25才)という。
この物語はフィクションです。
実在の人物、団体等とは、一切関係がありません。
妻からの手紙~18年の後悔を添えて~
Mio
ファンタジー
妻から手紙が来た。
妻が死んで18年目の今日。
息子の誕生日。
「お誕生日おめでとう、ルカ!愛してるわ。エミリア・シェラード」
息子は…17年前に死んだ。
手紙はもう一通あった。
俺はその手紙を読んで、一生分の後悔をした。
------------------------------
病弱な彼女は、外科医の先生に静かに愛されています 〜穏やかな執着に、逃げ場はない〜
来栖れいな
恋愛
――穏やかな微笑みの裏に、逃げられない愛があった。
望んでいたわけじゃない。
けれど、逃げられなかった。
生まれつき弱い心臓を抱える彼女に、政略結婚の話が持ち上がった。
親が決めた未来なんて、受け入れられるはずがない。
無表情な彼の穏やかさが、余計に腹立たしかった。
それでも――彼だけは違った。
優しさの奥に、私の知らない熱を隠していた。
形式だけのはずだった関係は、少しずつ形を変えていく。
これは束縛? それとも、本当の愛?
穏やかな外科医に包まれていく、静かで深い恋の物語。
※この物語はフィクションです。
登場する人物・団体・名称・出来事などはすべて架空であり、実在のものとは一切関係ありません。
次期国王様の寵愛を受けるいじめられっこの私と没落していくいじめっこの貴族令嬢
さら
恋愛
名門公爵家の娘・レティシアは、幼い頃から“地味で鈍くさい”と同級生たちに嘲られ、社交界では笑い者にされてきた。中でも、侯爵令嬢セリーヌによる陰湿ないじめは日常茶飯事。誰も彼女を助けず、婚約の話も破談となり、レティシアは「無能な令嬢」として居場所を失っていく。
しかし、そんな彼女に運命の転機が訪れた。
王立学園での舞踏会の夜、次期国王アレクシス殿下が突然、レティシアの手を取り――「君が、私の隣にふさわしい」と告げたのだ。
戸惑う彼女をよそに、殿下は一途な想いを示し続け、やがてレティシアは“王妃教育”を受けながら、自らの力で未来を切り開いていく。いじめられっこだった少女は、人々の声に耳を傾け、改革を導く“知恵ある王妃”へと成長していくのだった。
一方、他人を見下し続けてきたセリーヌは、過去の行いが明るみに出て家の地位を失い、婚約者にも見放されて没落していく――。
【完結】『左遷女官は風花の離宮で自分らしく咲く』 〜田舎育ちのおっとり女官は、氷の貴公子の心を溶かす〜
天音蝶子(あまねちょうこ)
キャラ文芸
宮中の桜が散るころ、梓乃は“帝に媚びた”という濡れ衣を着せられ、都を追われた。
行き先は、誰も訪れぬ〈風花の離宮〉。
けれど梓乃は、静かな時間の中で花を愛で、香を焚き、己の心を見つめなおしていく。
そんなある日、離宮の監察(監視)を命じられた、冷徹な青年・宗雅が現れる。
氷のように無表情な彼に、梓乃はいつも通りの微笑みを向けた。
「茶をお持ちいたしましょう」
それは、春の陽だまりのように柔らかい誘いだった——。
冷たい孤独を抱く男と、誰よりも穏やかに生きる女。
遠ざけられた地で、ふたりの心は少しずつ寄り添いはじめる。
そして、帝をめぐる陰謀の影がふたたび都から伸びてきたとき、
梓乃は自分の選んだ“幸せの形”を見つけることになる——。
香と花が彩る、しっとりとした雅な恋愛譚。
濡れ衣で左遷された女官の、静かで強い再生の物語。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる