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42これが現実

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「昨日ぶりね。蒼紗」

「ゆめ、身体は大丈夫なの?」

 病室の奥にあるベッドに、荒川結女は身体を起こして待っていた。昨日ほどではないが、顔色が悪く蒼白い顔をしている。年齢が年齢なので、ある程度の身体の不調は仕方ないかもしれない。だが、彼女の命が残り少ないことは私の目にも明らかだった。年のせいではなく、何者かに故意に命を削られた。

「おかしなことを聞くのね。大丈夫なら、こんな場所に寝ていないわ」

「そ、そうだよね。ご、ごめんなさい。私、無神経なことを聞いて」

 顔色が悪い様子を見れば、大丈夫ではないことなど簡単にわかる。それなのに、つい、尋ねてしまっていた。彼女ともう一度会うことができたことで、気が動転しているのかもしれない。

「それより、私はあなたに言ったわよね。あの時の言葉を忘れたの?」

 私が動揺している様子を目にした彼女だが、特に言及することはなく、別の話題を振ってくる。昨日の会話を思い出していると、しびれを切らしたのか、すぐに答えを話し出す。

「私は『早く逃げろ』と言ったはずよ。それは、『あの家から離れろ』という意味だけではなかったのだけど」

 確かに昨日、彼女は自分の身体の急変にも関わらず、私の身を案じるかのように逃げろと言っていた。本当は彼女が救急車に運ばれるまで寄り添っていたかったが叶わなかった。私は九尾たちによって家を離れることになった。

「そのことだけど、どうしてそんなことを言ったの?」

 理由はなんとなく予想がついている。とはいえ、本人の口から聞いておきたい。それがもし、最悪の展開に結び付くとしても、聞かずに後悔するよりましである。

「そんなの、あなたのことを思って、に決まって……」

 私の質問に答えようとした幼馴染だが、途中でせき込みだした。ごほごほと苦しそうに咳をしている彼女を見ていると、急に今朝見た夢を思い出す。そこからは、どこか既視感のある内容の会話が続いていく。自分自身が発する言葉は、頭で考える前に口から飛び出していた。


「蒼紗、私はもうダメみたい。最期にあなたに言っておきたいことがあるの」

「ゆめ!体調はもう大丈夫なの?」

 突然、せき込み始めた彼女の背を慌ててさする。当然のことだが、年を重ねていることを証明するかのように、彼女の顔や体にはしわが刻まれていた。髪も白髪となり、どこからどう見ても高齢の女性に見える。そんな彼女が『最期の言葉』などと口にすると、不吉なものに聞こえてしまう。

「最期だなんて言わないでよ。確かにずいぶんと年を取ってしまったけれど、まだまだ身体は元気だって、向井さんが」

「そう、あの子は辛い現実を直視したくはないのでしょうね。私のことを一番慕ってくれていたから……。私がいなくなることを受け入れがたいのよ」

「だったら、長生きすればいいだけじゃないの!人間は100歳を越えても生きていられる。あなたもまだまだ生きて」

「それは無理ね。何者かによって、私の身体は死に急速に近づいているの」

 彼女から告げられた言葉に妙に納得してしまう。それは私も考えていたことだ。その何者かを私はこれから。

 私が考え事をしている間にも、会話は滞りなく進んでいく。彼女は次に昔話を始めた。長話になりそうだと思い、近くのイスに腰かける。

これは今朝見た夢が再現されている。だとしたら、彼女に現実で会えるのはこれが本当に最期ということになる。だったら、彼女との最期の会話をしっかりと記憶に焼き付けておく必要がある。彼女との思い出を少しでも忘れないために。


「どうして私があなたの幼馴染の朔夜蒼紗だと気づいたの?」

「そんなの簡単なことよ。蒼紗、あなたの周りの人間を見れば、すぐにわかったわ」

 あなたの周りにいるのが能力者とか、人外ばかりなんだもの。

 昔話は終わり、今度は自分の能力について話し出す幼馴染。そして、向井さんの身体を乗っ取り、私を見つけたときのことを語りだす。すでにこの話を聞くのは二度目なので驚きはないが、心と身体は一致していないようだ。自分がどんな表情をしているのか不明だが、彼女に笑われてしまう。

「そんなに驚くこと?昔から変な人間に好かれていたでしょう。ああ、姿が変わらないのは体質で、幼馴染の本質は変わっていなかったんだって思ったの。まさか、こんな近くに幼馴染がいたなんて。私はうれしさと同時に、あなたのことが心配になったの」

 まだまだ話は続きそうだが、時間は大丈夫だろうか。ここは病室で、彼女は入院中の身である。親戚などが面会に来たら、私は邪魔になってしまうのではないか。急に目の前の女性には見舞いの客がいるのだと思い出す。心配してくれる身内がいるのだと気づいた。

「あの、話はこの辺にしましょう。私はいったん、家に帰ります。その話はまたの機会に」

「それは無理ね。私はもう、あなたに会うことはないと思うから」

「長々と話してごめんなさい。本当に最期の言葉だから、これは聞いて頂戴」

 あなたのお友達に手紙を出したのは私なの。でも、私は手紙を出しただけ。これ以上、あなたに辛い別れを経験させたくなかったの。私はあなたの幸せを……。


「トントン」

 どうやら少しの間、ぼうっとしていたようだ。扉をノックする音にハッと我に返る。ベッドに横たわる彼女を見ると、黙って頷くのみ。部屋に入れてもいいのだと判断し、ドアを開けるためにベッドから離れる。

「あなたの幸せを祈っているわ」

 幼馴染が何かつぶやいた気がしたが、特に気にすることなく、ドアを開ける。

「向井さん?」
「朔夜先輩?」

 ドアの外にいたのは向井さんだった。当然、荒川結女の身内なので、ここで出会うのは不自然ではないが、タイミングが悪すぎる。昨日の電話で荒ぶっていた彼女のことを思い出す。また、私は罵倒されるのだろうか。

「こ、こんにちは。ええと、荒川ゆ、あなたのひいおばあさんとの話は終わったから、帰りますね」

 私のせいで彼女が倒れたのかもしれないが、他人に言われると傷つくものだ。その前にさっさと帰ろうと廊下に足を踏み出した。

「どうして、お見舞いに来たんですか?」

 相手は何も聞かずに帰すつもりはないようだ。病室を出ようとした私の腕を向井さんがつかんだ。仕方なく私はまた病室に居座ることになった。

「それは、私があなたのひいおばあさんに会った時に、突然、倒れるから心配で」

「それはわかりますが、それ以外に何かあるでしょう。そうでないとおかしい。先輩の態度も、ひいおばあちゃんの態度も。私に何か隠していますよね?」

 病室のイスに座った私たちは向かい合う。口火を切ったのは向井さんで、質問攻めにあう。どう答えようかと考えたが、よい回答が思い浮かばない。

「なんて、こんな質問、先輩を困らすだけですよね。ひいおばあちゃんがいる目の前でする質問ではありませんでした」

 ちらりと荒川結女の様子をうかがうと、目をつむって眠っていた。胸が上下に動いているので生きている。先ほどまでの会話で疲れてしまったのかもしれない。向井さんも来たことだし、やはりこのままさっさと帰宅するべきだ。

「そうでしたか。とりあえず、今日は彼女の顔を見ることができたので帰ります。また、大学で会いましょう」

 せっかくイスに座ったのに、すぐに立ち上がることになった。向井さんは荒川結女が寝ている様子を確認すると、今度は私を引き留めることはしなかった。

「先輩と話がしたかったら、大学でいくらでもできますもんね。わかりました。ききたいことはたくさんありますが、今日はひいおばあちゃんに免じてやめておきます」

 向井さんとは病室の前で別れた。

 これが荒川結女との最期の会話になることはわかっていたはずなのに、向井さんが来たことで、すっかりとそのことが頭から抜け落ち、幼馴染とはまた会えるなどと思ってしまった私をどうして責められるだろうか。

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