19 / 59
19私が知らない彼らの能力
しおりを挟む
「今日もよろしくお願いします」
今日は、組合で依頼された人探しについての話を雨水君たちとしてから、初めてのバイトだ。三つ子にケモミミ少年の身代わりを任せたらという言葉が気になって、塾で生徒たちを迎えるための支度をしていても、ずっとそのことを考えていた。
「朔夜さん、掃除の手が止まっていますよ。何か、悩みごとでもあるのですか。このまま仕事を続けていたら困ります。私に悩みを話してみてはどうですか?どうせ、ろくでもない悩みだとはお察ししますけど」
今日は車坂と私、途中から向井さんが来ることになっていた。翼君はシフトに入っていない。そのため、生徒を迎えるための準備は私と車坂の二人で行っていた。
「車坂さんは、もし、自分に捜索願が出されていたとして、どうやってばれないように替え玉を手配しますか?」
車坂は、すでに私たちのことを知っているので隠すようなことはない。西園寺家の複雑な事情も知っているし、私の特異体質も能力もばれている。その特異体質のせいで、私は死神である車坂に監視されている。
「いきなり、驚きの質問をしますね。捜索願で、自分の代わりに替え玉、ですか?そうですねえ」
しばらく車坂は私の質問について考え込んでいた。その間に私は生徒がいつ来てもいいように掃除を手早く終わらせていく。先ほどまで悩んでいたのが嘘のように、掃除に身が入る。やはり、他人に悩みは打ち明けるべきである。
「ところで、その捜索依頼とやらですが、実はすでに、蒼紗さんかもしくは、家に居る狐が何者かに指名手配されているとかではないですよね?」
「ええと、それはその、例えばの話ですよ。私みたいな普通の人間が誰に指名手配されるっていうんですか。わたしなんて、ちょっと不老不死体質で特殊能力があって、家にケモミミ美少年を居候させている一般人ですよ」
勘の鋭い死神である。しかし、ここで『はいそうです』とバカ正直に答えるのもなんだか負けた気分になる。私は黙秘することにした。私が黙っていると、車坂は大げさにため息を吐いた。
「朔夜さんの言う、一般人の基準がよくわかりませんが、そこは突っ込まないことにしましょう。あなたがたとえ話というのなら、そうということにしておきます。それで、私の答えですけど」
相手が人間であるならば、替え玉などまどろっこしいことはしません。捜索願を出した人間を調べ上げてつぶします。
なんとも物騒な回答である。私はそんな回答を望んでいたわけではない。ただ、車坂が言っていることは、九尾たちも考えそうなことである。彼ら人外には、人間の組織の一つや二つ、簡単につぶすことができる力がある。九尾たちが組合をつぶすと言い出さないだけ、まだましなのかもしれない。
「結局、朔夜さんが何者かに捜索願が出されているのですか?それとも、あの狐ですか?」
「たとえ話だと言ったのを信じてくれたのではないんですか?」
「朔夜さんがそんな例え話を唐突にするわけないですからね。塾で一緒に働く時間も長いですし、あなたの性格はだいぶわかってきましたよ」
すでにばれているのなら、先ほどまでの会話は茶番だったということか。まったく油断ならない死神である。とはいえ、そうだとしたら組合をつぶす以外の方法、つまり、最初に質問した、替え玉の方法を聞いてみればいい。
「私ではなく、九尾たちが西園寺家に関係のある組織に捜索されています。組織をつぶすとかいう物騒な方法を取ることはできません。だから、替え玉を作ろうと考えているのですが」
「替え玉、ですか。だったら、簡単な話ですよ。彼らに協力を求めればいい。ちょうど今日、彼らは塾に来る日なので、相談してみたらいいと思いますよ」
彼らとはいったい誰のことか。先日の翼君の言葉を思い出すが、まさか車坂も同じことを考えているのではないか。私が急に悩みだしたのを受けて、車坂は意外だとばかりに大げさに驚いて見せる。
「おや、私は替え玉と聞いて、真っ先に彼らを思いつきましたけどね。その悩みようだと、あのうさ耳少年辺りがすでに口にしていた、というところでしょうか」
高橋 陸玖(りく)、海威(かい)、宙良(そら)兄弟。
ここで、車坂が挙げた人物たちの名前は、翼君が口にした人物と同じだった。いったい、彼らにどんな能力があるというのか。塾に来ている生徒とはいえ、だいぶ親しくなってきたところである。そんな彼らの能力について、私は何も知らなかったのだと痛感させられた。翼君も車坂も私の知らない彼らの能力を知っているようだ。
「こんにちは」
「はい、こんにちは。今日も頑張って課題を進めていきましょうね」
ここで時間切れとなった。教室の扉を開ける音とともに元気な生徒の挨拶が聞こえてきた。
「先生たちが来るときは雨、降っていた?外は今、すごい雨だよ。おかげでここまで来るのにびしょ濡れになっちゃったよ」
生徒の言葉にちらりとガラスの扉の外を見ると、確かに大粒の雨が地面をたたきつけるように降っていた。私が家を出るときは曇り空だったのに、梅雨とは嫌な季節である。念のためと折り畳みの傘は持ってきたが、気分までどんよりとしてしまう。
「タオルを貸しますから、身体をしっかり拭いてから勉強を始めましょうね」
「はーい」
車坂の声と生徒の会話を聞いて、私は頬を軽くたたいて頭を仕事モードに切り替える。車坂の話しと三つ子のことは気になるが、今は仕事に集中するべきだ。
今日は、組合で依頼された人探しについての話を雨水君たちとしてから、初めてのバイトだ。三つ子にケモミミ少年の身代わりを任せたらという言葉が気になって、塾で生徒たちを迎えるための支度をしていても、ずっとそのことを考えていた。
「朔夜さん、掃除の手が止まっていますよ。何か、悩みごとでもあるのですか。このまま仕事を続けていたら困ります。私に悩みを話してみてはどうですか?どうせ、ろくでもない悩みだとはお察ししますけど」
今日は車坂と私、途中から向井さんが来ることになっていた。翼君はシフトに入っていない。そのため、生徒を迎えるための準備は私と車坂の二人で行っていた。
「車坂さんは、もし、自分に捜索願が出されていたとして、どうやってばれないように替え玉を手配しますか?」
車坂は、すでに私たちのことを知っているので隠すようなことはない。西園寺家の複雑な事情も知っているし、私の特異体質も能力もばれている。その特異体質のせいで、私は死神である車坂に監視されている。
「いきなり、驚きの質問をしますね。捜索願で、自分の代わりに替え玉、ですか?そうですねえ」
しばらく車坂は私の質問について考え込んでいた。その間に私は生徒がいつ来てもいいように掃除を手早く終わらせていく。先ほどまで悩んでいたのが嘘のように、掃除に身が入る。やはり、他人に悩みは打ち明けるべきである。
「ところで、その捜索依頼とやらですが、実はすでに、蒼紗さんかもしくは、家に居る狐が何者かに指名手配されているとかではないですよね?」
「ええと、それはその、例えばの話ですよ。私みたいな普通の人間が誰に指名手配されるっていうんですか。わたしなんて、ちょっと不老不死体質で特殊能力があって、家にケモミミ美少年を居候させている一般人ですよ」
勘の鋭い死神である。しかし、ここで『はいそうです』とバカ正直に答えるのもなんだか負けた気分になる。私は黙秘することにした。私が黙っていると、車坂は大げさにため息を吐いた。
「朔夜さんの言う、一般人の基準がよくわかりませんが、そこは突っ込まないことにしましょう。あなたがたとえ話というのなら、そうということにしておきます。それで、私の答えですけど」
相手が人間であるならば、替え玉などまどろっこしいことはしません。捜索願を出した人間を調べ上げてつぶします。
なんとも物騒な回答である。私はそんな回答を望んでいたわけではない。ただ、車坂が言っていることは、九尾たちも考えそうなことである。彼ら人外には、人間の組織の一つや二つ、簡単につぶすことができる力がある。九尾たちが組合をつぶすと言い出さないだけ、まだましなのかもしれない。
「結局、朔夜さんが何者かに捜索願が出されているのですか?それとも、あの狐ですか?」
「たとえ話だと言ったのを信じてくれたのではないんですか?」
「朔夜さんがそんな例え話を唐突にするわけないですからね。塾で一緒に働く時間も長いですし、あなたの性格はだいぶわかってきましたよ」
すでにばれているのなら、先ほどまでの会話は茶番だったということか。まったく油断ならない死神である。とはいえ、そうだとしたら組合をつぶす以外の方法、つまり、最初に質問した、替え玉の方法を聞いてみればいい。
「私ではなく、九尾たちが西園寺家に関係のある組織に捜索されています。組織をつぶすとかいう物騒な方法を取ることはできません。だから、替え玉を作ろうと考えているのですが」
「替え玉、ですか。だったら、簡単な話ですよ。彼らに協力を求めればいい。ちょうど今日、彼らは塾に来る日なので、相談してみたらいいと思いますよ」
彼らとはいったい誰のことか。先日の翼君の言葉を思い出すが、まさか車坂も同じことを考えているのではないか。私が急に悩みだしたのを受けて、車坂は意外だとばかりに大げさに驚いて見せる。
「おや、私は替え玉と聞いて、真っ先に彼らを思いつきましたけどね。その悩みようだと、あのうさ耳少年辺りがすでに口にしていた、というところでしょうか」
高橋 陸玖(りく)、海威(かい)、宙良(そら)兄弟。
ここで、車坂が挙げた人物たちの名前は、翼君が口にした人物と同じだった。いったい、彼らにどんな能力があるというのか。塾に来ている生徒とはいえ、だいぶ親しくなってきたところである。そんな彼らの能力について、私は何も知らなかったのだと痛感させられた。翼君も車坂も私の知らない彼らの能力を知っているようだ。
「こんにちは」
「はい、こんにちは。今日も頑張って課題を進めていきましょうね」
ここで時間切れとなった。教室の扉を開ける音とともに元気な生徒の挨拶が聞こえてきた。
「先生たちが来るときは雨、降っていた?外は今、すごい雨だよ。おかげでここまで来るのにびしょ濡れになっちゃったよ」
生徒の言葉にちらりとガラスの扉の外を見ると、確かに大粒の雨が地面をたたきつけるように降っていた。私が家を出るときは曇り空だったのに、梅雨とは嫌な季節である。念のためと折り畳みの傘は持ってきたが、気分までどんよりとしてしまう。
「タオルを貸しますから、身体をしっかり拭いてから勉強を始めましょうね」
「はーい」
車坂の声と生徒の会話を聞いて、私は頬を軽くたたいて頭を仕事モードに切り替える。車坂の話しと三つ子のことは気になるが、今は仕事に集中するべきだ。
0
お気に入りに追加
4
あなたにおすすめの小説
冬の水葬
束原ミヤコ
青春
夕霧七瀬(ユウギリナナセ)は、一つ年上の幼なじみ、凪蓮水(ナギハスミ)が好き。
凪が高校生になってから疎遠になってしまっていたけれど、ずっと好きだった。
高校一年生になった夕霧は、凪と同じ高校に通えることを楽しみにしていた。
美術部の凪を追いかけて美術部に入り、気安い幼なじみの間柄に戻ることができたと思っていた――
けれど、そのときにはすでに、凪の心には消えない傷ができてしまっていた。
ある女性に捕らわれた凪と、それを追いかける夕霧の、繰り返す冬の話。
エリート警察官の溺愛は甘く切ない
日下奈緒
恋愛
親が警察官の紗良は、30歳にもなって独身なんてと親に責められる。
両親の勧めで、警察官とお見合いする事になったのだが、それは跡継ぎを産んで欲しいという、政略結婚で⁉
後宮の手かざし皇后〜盲目のお飾り皇后が持つ波動の力〜
二位関りをん
キャラ文芸
龍の国の若き皇帝・浩明に5大名家の娘である美華が皇后として嫁いできた。しかし美華は病により目が見えなくなっていた。
そんな美華を冷たくあしらう浩明。婚儀の夜、美華の目の前で彼女付きの女官が心臓発作に倒れてしまう。
その時。美華は慌てること無く駆け寄り、女官に手をかざすと女官は元気になる。
どうも美華には不思議な力があるようで…?
黒神と忌み子のはつ恋
遠野まさみ
キャラ文芸
神の力で守られているその国には、人々を妖魔から守る破妖の家系があった。
そのうちの一つ・蓮平の娘、香月は、身の内に妖魔の色とされる黒の血が流れていた為、
家族の破妖の仕事の際に、妖魔をおびき寄せる餌として、日々使われていた。
その日は二十年に一度の『神渡り』の日とされていて、破妖の武具に神さまから力を授かる日だった。
新しい力を得てしまえば、餌などでおびき寄せずとも妖魔を根こそぎ斬れるとして、
家族は用済みになる香月を斬ってしまう。
しかしその神渡りの神事の際に家族の前に現れたのは、武具に力を授けてくれる神・黒神と、その腕に抱かれた香月だった。
香月は黒神とある契約をしたため、黒神に助けられたのだ。
そして香月は黒神との契約を果たすために、彼の為に行動することになるが?
粗暴で優しい幼馴染彼氏はおっとり系彼女を好きすぎる
春音優月
恋愛
おっとりふわふわ大学生の一色のどかは、中学生の時から付き合っている幼馴染彼氏の黒瀬逸希と同棲中。態度や口は荒っぽい逸希だけど、のどかへの愛は大きすぎるほど。
幸せいっぱいなはずなのに、逸希から一度も「好き」と言われてないことに気がついてしまって……?
幼馴染大学生の糖度高めなショートストーリー。
2024.03.06
イラスト:雪緒さま
翔君とおさんぽ
桜桃-サクランボ-
ライト文芸
世間一般的に、ブラック企業と呼ばれる会社で、1ヶ月以上も休み無く働かされていた鈴夏静華《りんかしずか》は、パソコンに届いた一通のメールにより、田舎にある実家へと戻る。
そこには、三歳の日向翔《ひなたかける》と、幼なじみである詩想奏多《しそうかなた》がおり、静華は二人によりお散歩へと繰り出される。
その先で出会ったのは、翔くらいの身長である銀髪の少年、弥狐《やこ》。
昔、人間では無いモノ──あやかしを見る方法の一つとして"狐の窓"という噂があった。
静華はその話を思い出し、異様な空気を纏っている弥狐を狐の窓から覗き見ると、そこにはただの少年ではなく、狐のあやかしが映り込む──……
心疲れた人に送る、ほのぼのだけどちょっと不思議な物語。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる